丘へ
無事、食事を終えた面々は満腹感で幸福そうな表情をしていた。
カレーはというと、結局サクラコと、苦しみ悶えながらも「責任だから」とカモミールとハスの二人が力を合わせて平らげた。
一件落着、と言いたいところだったが、食事を終えて後片付けに入った段階で流石に良い時間となっており、ここまで経っても姿を現さないアロエとフリージアのことが流石に気になり始めていた。
「アベリア、何か心当たりはないですか?」
サクラコはそれとなくアベリアに尋ねた。勿論、本調子に戻りつつある彼女の状態を測る狙いもあった。
すると、アベリアは通常の軽い声色で返してくれた。
「んー、ないねえ。本当に私の電話すら取らないからね、アロエったら、もう。これはマジで交通事故とかやらかしちゃってるのかなぁ」
二人でそのような会話をしていると、ギボウシが割って入って来た。
「いや、無いと思うよ。携帯で事故や事件のニュースを調べているけど、それらしいものは何もない」
サクラコはギボウシのその対応力に素直な感心を示してお礼を言った。
「あら、ありがとう。もしかして、さっきいなくなったのは駐車場を見てきてくれたのかしら?」
サクラコはフフッと笑んだ。
ギボウシは、気恥ずかしさからかサクラコからサッと目を離しつつも返答した。
「ふん。まぁ、念のためさ。だが残念なことに見当たらなかったね」
アベリアがそんなギボウシの態度を見てニヤニヤしている。
「あららぁ、それは残念ねえ、ギボギボ。フリージアったらいったいアロエと二人きりでどこに身を隠したのかしらー。どこのホテルに身を隠したのかしらー」
「不謹慎な!」
「不謹慎な!」
サクラコとギボウシは完全にハモってみせた。
勿論、アベリアはそんな二人の態度を予想済みだった。そして彼女は続けた。
「おやまぁ、お二人とも。でもねえ、アロエだってフリージアだって、年頃の男女なわけで。ほら、アロエもあんな奴だけど、そこそこがっしりした男前だし。フリージアも物静かだけどスタイル抜群の絵にもかけない若いお姫様みたいな訳で。のらりくらりとドライブしてたらさぁ。何だか車内で気が合っちゃってー? 良い雰囲気になっちゃってー? あらまぁ、二号車が何時の間にか誰かさんのせいで何処かへ行っちゃいました、どうしましょう。そんな時にー、よく高速なんかの近くには目立つ看板があるわけです。ネオン管に照らされたホテールの看板があるわけです。あ、そうだ、もうキャンプなんてどうでも良いんじゃないー? 星なんてまたいつでも見れるだろー? そうですねー。なぁ、そんなことよりー? 俺の天体望遠鏡でお前の星を眺めてみたいんだが?」
「不謹慎です!」
「不謹慎だ!」
サクラコとギボウシは更に顔を紅潮させ、同時に憤慨した。
「第一、あの二人に限って、そんな妙な関係性に発展することなど絶対ありえません!」
「そうだよ、二人はその何というか気質的に大きな隔たりがあってだね……。とにかく、ありえないことだ!」
ははは冗談冗談、とアベリアは笑って見せた。
「とまぁ、サクラコとギボギボを揶揄うのはさておき。本当にどこ行っちゃったんだろうね。まさか、こんな有名な場所、ちょっと迷ったぐらい、誰かに聞くなり携帯で調べるなりすれば良い訳だし。もしかして、何らかの事情でアイバナビルに帰っちゃったのかな」
「いや、それもない。オダマキさんには僕から連絡済みだ」
ギボウシが即座にキッパリ断言すると、アベリアはヒューと口笛を吹いた。
「うわー、ギボギボ、ホント行動的だね今回……」
サクラコはギボウシに更なる感心をあらわにするとともに、二人が忽然と姿を消したその原因がいよいよわからなくなってきたことに不安を募らせた。
「そこまで調べが回っているのなら、本当にわからないですね。両人とも皆を驚かせようと身を潜めるようなタイプでもないですから……」
そのように洗い場で悩む面々だったが、結局のところ、取れる手段が思い浮かばず、「待ってみるしかないだろう」という安易な結論に収束してしてしまうのだった。
そんな折、ガーベラがはしゃいだ調子で戻って来た。
そもそも、食事の後片付けそっちのけでガーベラ、リナリア、ラナン、ナノハの四人はどこに行っていたのだとサクラコは若干苛立った。
ガーベラは後片付けをサボった反省など毛頭ないような気配でぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「ねえねえ、あっちの方登ってくと、星ヤヴァイよ! すごいよ! もう、ラナンとナノハがたちどころに、二人の世界入っちゃってこっちに戻ってこないレベルだよ!!」
青白い顔に似つかわしくないぐらい、きらきらとした目を携えるガーベラ。
しかし、流石にそこまで大袈裟にまくしたてられると、サクラコも、ガーベラを叱る気になれなくなってしまう。
元から調べがついていたかのようにスラスラと、ギボウシが口を開いた。
「あぁ、ちょっとした丘になっているところだね。あそこが有名スポットらしいよ。全国でも有数の敷地面積を誇る天体観測にはもってこいの場所らしい」
ガーベラはどちらかというとギボウシそのものに目を丸くした。
「うわー、ギボギボの声、ひっさしぶりに聞いたよ。さっすが、フリージアのためにグボガグモモ……」
余計な諍いを生みかねない発言だったため、隣にいたリナリアがガーベラの口を、首にかけていた青いスポーツタオルで封鎖した。
ギボウシは怪訝な表情をしたが、「そうか、じゃあ皆で行ってみようか」と洗い物と片付けを終えたカモミールが促したため、注意がそちらに向いた。
そして、一同は件の丘を目指すこととなった。
「ほら、ガーベラ、丘まで競争」
アズサが唐突にズシリとした重厚感のある声で言った。先程のカレーの件は要するにサクラコのせいだったのだが、未だにカモミールと顔を合わせたがらない様子で、明らかにあまり機嫌が良くない。どうやら、カモミールの料理を楽しみにしていたのもまた事実で、それゆえに反動も大きいようであった。
アイバナビルのトレーニングルームで黙々と筋トレをしている時の表情に似た、何か遠くのものに途方もない憤りを感じ敵意を燃やしているような顔。
諸々を察したのか、アベリアがアズサの興を削がないよう威勢よく言った。
「よし、じゃあ、お姉さんがちょっと本気出しちゃおっかなー」
無論、アズサの機嫌を取り戻す片棒をかつぐ意味合いもあったのだろうが、元陸上部のアベリアは走ることそのものに対しても満更でもないしたり顔だ。
「えええ? アベリア、ヒールじゃん。無理でしょ」
ガーベラが突っ込みを入れた。
「あ、そっか。あはは、忘れてた。あー、ちょっとリナリアー、ごめん、靴交換しない?」
「良いよ。じゃあ私は歩いて行くね」
運動靴を履いていたリナリアは全く拒否反応を示すこともなく、むしろテキパキと自分の靴を脱いでアベリアの真紅のヒールと瞬く間に交換を成立させた。
小柄な二人であったため、靴のサイズ的にもちょうど同じぐらいで、両者足に問題なくフィットした。
「じゃあ、行っくよー」
アベリアはとアズサは、早々とこなれたクラウチングスタートの姿勢を取った。
ガーベラは特に何も態勢を取ることもなくそのままの姿勢で「ふっふっふー。もしかして私に勝てると思ってるのかなー、チミ達。私はねー、学生時代これでも頭脳明晰運動神経抜群の傾国系美女と評判だったんだから」などと自慢げにつらつらと述べていた。
「まぁ、嘘なんだけどね」
「こら、そこ、余計な事言わないの!」
ガーベラは「本当のことなのにぃ」と拗ねていた。
リナリアはガーベラへの突っ込みが相変わらず達者で、特にその会話の一端からは何も違和感がないように感じられた者がほとんどだったろうが、心無しか声のトーンが沈んでいるようだったのをサクラコは見逃さなかった。
「ハス、ピストルの準備を」
アズサがキリリとした眼差しでハスを見つめる。
ハスはいきなり自分に声がかかってかなり狼狽した。あるいは、アズサの素敵な眼差しに男心が揺り動かされドギマギしてしまったのかもしれない。
「そ、そんな目で見つめられても、当然私はピストルなど所持していない訳だが……。えー、まぁ承知した。掛け声でも大丈夫だろうか?」
アズサは頷いた。
「構わない、よし、行くぞ」
そうして、やるからにはしっかりやる、とばかりの大きなハスの「位置について、用意、ドン!」という掛け声とともに、彼女らは山道を勢いよく駆け上がり始めた。
「ふぅ。じゃあ、僕らも行くとしようか」
意外にもガーベラを含めてほぼ横一列で険しい山道を駆け上がり始めた三人の姿が小さくなると、
カモミールがそう述べた。
「はぁ、アズサは端正な顔をしていながら、相変わらずなかなか迫力がある。まるであれは獲物を狙う虎の如しだ。思わず肝を冷やしたよ」
ハスはそう言及しているが、サクラコとしては、やっぱりあのフェイスで見つめられたら、既に婚約者のいるハスでさえ、男心を燻られるのかしら、と邪推せざるを得なかった。
「はん。本当に、まったく……」
一方ギボウシは、あるいはそこでアズサへ悪態でもついてやろうかという調子だったが、どうやら心の内に留めたようだった。サクラコはそんなギボウシの様子を見て、変わらず笑んでいた。
さて、と、サクラコも既に前を歩き始めたカモミールらの背を追おうとしたが、ふと、後方にいたリナリアに袖を掴まれた。
「サクラコ、ちょっとだけ良い?」
今までリナリアに呼び止められる経験などまずなかったサクラコは、ちょっとびっくりしつつも「ええ、何かしら?」と優しく返答した。
「うん、ちょっとだけ話さない? ガベちゃんがいない今だけ」
サクラコはそれを聞くと何かを察したかのように無言で首を縦に振った。
そして、カモミールらに「ちょっと、私とリナリアは遅れて向かうわ」と大きな声で言うと、カモミールがこちらを向いた。
すると、事情を察したのかカモミールは、とてもニッコリとした表情で「暗いから気をつけるんだよ」とそれだけを述べた。そしてハスとギボウシに何かを伝えると、彼らは特に何も言わず歩みを進めた。
サクラコはそんなカモミールらの背中を見送りつつ、「ありがとう」と心中で思った。
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