キャンプ道中5
一号車車内は暫しボタニカルの話題で緊張が走っていたものの、間もなく目的地に近づき、そしてアズサが起床したこともあり、お預けとなった。
「綺麗ね、景色」
アズサは起床第一声、寝ぼけ眼を擦りながらも、割合透き通った声でそう言った。
確かに山道に入ってからの夕暮れに染まる山の景色には目を見張るものがあった。
一号車にはオレンジ色の日が差し込み、一同は窓の外の景色に見惚れた。
「およよぉ。お金に換算すると、幾らぐらいかなぁ」
ガーベラが、いつもの調子で呟いた。
すかさずリナリアが合の手を入れる。
「一円の価値もないんじゃない?」
「こらぁ、そこぉ、自然のこと馬鹿にしちゃ駄目でしょうが!」
ガーベラが珍しく立腹する。
「いや、ガベちゃんのこと言ったんだけど」
途端、ガーベラはキョトンとした。
「え、私……? 私のこと? 私ノ―プライス?」
「イエスオフコース、ユーシャッドダーイ」
ガーベラは白髪まじりの頭をわしゃわしゃと手でかき乱した。
「ああああああああああああああああああ、もう死ぬ、死にます、私は自然とともに逝くでありまぁす!」
「ちょっと、馬鹿でしょあなた」
サクラコは前座席から、二列目の車窓を開けて身を乗り出そうとしていたガーベラの襟をつかんだ。
「うえええ、サクラコ力強ぃいぃ」
車内に引き戻され、座席の下へ転がったガーベラが感心した。
「胸筋がすごそうだもんね」
またリナリアが妙な事を言う。
「なんで腕を使ったのに胸筋なのよ……」
「いや、サクラコ、腕を使用した際も、胸の筋肉は使われているのよ」
元気になったアズサがなんと、三列目を乗り上げて二列目にやってきた。
ガーベラが問答無用で踏みつけられ、「ふぎゃ」という声を出す。
「ちょっと待って……。起きたと思ったら、胸筋の話に食いついてくるのあなたは……」
アズサは座席下にいるガーベラに(靴は脱いでいるが明らかにわざと)足を乗せながら、自信満々の笑顔である。
茜色の光がアズサの流れる黒髪と美顔を艶やかに照らしていた。女性のサクラコでさえ、思わずドキリとしてしまいそうなほどの端正な顔立ち。
その笑みを見た途端、何人の男がイチコロになることだろう。だが残念なことに、彼女の開かれた口から出る言葉は、愛ではなく筋肉だった。おまけに足で女の子を踏んづけているのだった。
「何を言うの、サクラコ。筋肉の話ってとても大事なことじゃない」
「はぁ……」
サクラコは嘆息した。
その後、アズサは持ち前のウェイトトレーニングの知識をふんだんに披露し、また、それに元軍人のハスも乗っかり、暑苦しい話題が暫く社内の温度を上げることとなった。
ガーベラとリナリアは別に何の話題が来ようと、オールマイティな変人対応を見せてきて、皆を笑わせた。
そして、アズサがドーピング薬物使用の浅はかさについて熱く語りだした頃合い、ようやく車は目的のキャンプ場へ到着した。
「なんだかんだでもう夕暮れね」
サクラコは一番に車を降りると沈みゆく太陽に向かって大きな伸びをした。
すると、アズサに踏みつけられていた部分を手で叩きながら、まだ痛そうに降りてきたガーベラがサクラコを指した。
「うわぁ、サクラコが太陽に胸を見せびらかしてるよぉ」
「ち、違うわよっ!」
サクラコは咄嗟に両腕で胸部を隠す。
ガーベラから少し遅れて降りてきたリナリアが頷いた。
「なるほど、太陽が胸筋フェチというのは初耳だった、ほら、お色気変態のガベちゃんも太陽に向かって伸びをしなきゃ」
ガーベラは戸惑う。
「いや、私はお色気魔神であって、変態じゃないし……」
「いや、ただの変態魔神でしょ」
「お色気すらなくなった!?」
「ここで全裸になれば、多少ハスかギボウシがびっくりするんじゃない? えい」
「ちょ、ちょ、ちょ、アズアズ、ありえないでしょ! ぅわあ」
三列目から自分の靴を取ってきて多少遅れてやってきたアズサがガーベラのディーラー服を引っ張った。
「お嫁に行けなくなるぅううううううう」
そんなやり取りに微塵も興味を感じないのか、ギボウシはニュッと車から顔を出したかと思うと、そそくさと歩き出した。
「ギボウシ、わかるかしら?」
サクラコは真面目な顔つきになって、既に車から離れた位置にいる彼の背に向かって言った。
ギボウシは振り向きもせず言った。
「時間が惜しい。管理棟に行って手続きを済ませてくる。その代わり料理の時は読書させてもらうよ」
サクラコはギボウシがこれでも自分なりに反省していることを知った。
「わかったわ、ありがとう。一応、アロエとフリージアが居ないか確認していただけないかしら?」
「……。わかった、聞いとくよ」
「ありがとう」
サクラコがギボウシとやり取りをしていると、ハスが荷台から荷物を下ろし終えていた。
「まぁ、殆どの荷物は二号車にあるから、我々が手に持っていく分はこれだけだな」
ハスは一号車全員分のバッグやらカバンやらを持ち上げると、両肩、両手、背中、全身全てを活用して、さながら合体ロボットのように自分へ装着した。
「重いでしょうに……けど助かるわ」
「なに、男としてこのぐらいはさせてくれ」
「何を言うの。これだけ長時間運転してもらって、頭が上がらないわ。料理のときはゆっくりしてて頂戴」
「悪いな、サクラコ。カモミールに料理で負けるつもりはない。これでも軍に居た時は食事係として評判だったんだ」
「そこまで言うなら止めはしないけど……」
そうして、一同は駐車場を後にした。
無論、その付近も含めて一同は、アロエ・フリージアが乗っていた三号車、もとい彼らの姿を探したが、当然とでも言うように発見できなかった。
管理棟から出てきたギボウシでさえ、「まだ来てないみたいだ」と、首を横に振るのだった。
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