キャンプ道中4

 「やはり」と言えばそこまで。

 だが、その「やはり」をいとも簡単に引き起こすのがアロエで、サクラコはそんな彼にどうしようもなく腹が立ってしまうのだった。


 案の定、電話をかけても、アロエ、フリージア、どちらにも繋がらなかった。

 3号車は、その二人と天体望遠鏡が乗っているのみなので、他にあてはない。

 明らかに苛々した表情を見せるサクラコをハスが宥めた。

「まぁ、落ち着くんだサクラコ。君が何でも背負い込むことはない。電話が繋がらないということは、既に山中にいて、電波が届かないだけとも考えられるじゃないか」

 しかしサクラコは顔色を変えなかった。

「そう都合良く事無きを得られれば良いけど。ハス、私の直感が言っているわ、まだ山には到着していないと思う」

 むぅ、とハスは浅黒い肌を歪めた。

「サクラコの勘は当たるからな……」


 サクラコらを乗せた一号車は、途中のパーキングエリアで昼食を取った後、ようやく山へ近づいていた。

 車内三列目に座るアズサは気疲れしたのかスヤスヤお休み中で、ギボウシも窓を眺めるだけで口は堅く閉ざされていた。

 ガーベラとリナリアは二列目で相変わらず宇宙語でも喋っているのか思わせるほど、奇天烈な会話を繰り返していたが、ふと、ボタニカルが壊滅したらという非常にナイーブな話に話題が移った。

「あれだけの研究員・軍人を集めて、地下で働かせているなんて正直言うと気味が悪いよね」

 ガーベラは頭ごなしにそう言った。

「その気味が悪い組織の看板たる夢園師のトップチームとして、色々やらかしてるガベちゃんが言えた義理じゃないと思うけどね」

 リナリアは、ガーベラへ嘲るように言った。

「ううう、でも私はここで働くしかなかったんだよぉ。沢山掛け金……じゃなかった、お給料も貰えるし、ギャンブルも自由にやって良いって言われるし。夢介入の能力も匿ってもらえるしさ。まぁでも面接のとき、夢園師のボス様はさておき、あの会長の浅見眞純あざみまずみって男は、すごく気持ち悪かったけどさ」

 浅見眞純という名前が挙がると、リナリアは急に語気を強めた。

「あいつは絶対、人を拷問したりJKをレイプしたり、クスリ決め込んだり、毒ガス室に放り込んだりしたことがあると思うね。明らかに悪の権化のような目してたよ!」

 発言を終えながらも、リナリアは顔を厳めしくあしらい、腕を組んでうんうんと頷いている。

 最も、可愛らしい彼女がそんな動作をしても、浅見眞純はビクともしないだろうが。

「だよねぇ。よよよぉ、どうしよぉ、実は私達っておっきな犯罪組織に肩入れしちゃってるんじゃないかなぁ……」

 サクラコはこれ以上アロエに苛立っていても仕方がないと諦め、暇つぶしがてらにその話に割って入った。

「本当に明け透けな話をするのねあなた達。そんなことを口走って、もしこの車が地下の人達に盗聴されていたら、何をされるかわからないわよ」

「うわー、サクラコ、怖いこと言わないでよ。そりゃ私はいつも死にたいけど、残忍な殺され方はしたくないよぉ!」

「はは、冗談よ。それに、あなたにもし何かあっても私達は決して見捨てたりしないわ」

「ふぇえええ。サクラコが優しすぎて涙が出ちゃうよぉ」

 わざとらしくそういい終えると、ガーベラは少し意地悪な表情をして続けた。

「んー、でも、それは私へのフォローになっていてもボタニカルのフォローにはなってないよかもよぉ、サクラコきゅん」

 サクラコはガーベラからそう挑戦を受け、少し考えると見解を述べた。

「そうね、確かにボタニカルについては推し量れないことが数多くあるわ。膨大な資金や人材ををどうやって遣り繰りしているのか、未来的に何を目指しているのか謎の多い組織ね。だけれど、私達が夢園師として組織的に夢介入を講じてきて、難病の患者や、凶悪な犯罪組織の親玉を改心させたりしてきたのは事実だわ。裏の存在と言えば悪しく聞こえがちだけれど、警察などの表立った存在とは別口で、救えた命が幾つもあることもまた認めなければいけないと思うわ」

 ガーベラはサクラコのその発言を耳に入れると、珍しく真面目な口調になって回答した。

「確かにそうだね。夢って人の精神面と密接にかかわっている。取り立てて現代人ってさ。外面の問題より、心的問題の方が重要度バリバリだよね。どんなに偉ぶってる悪行超人でもさ。なんだこんなことで悩んでのかよ、って案件いくつもあったよね。そう考えると、私達夢園師が要人のメンタルヘルスケアとして機能していることは功績として大きいと思う」

「ええ。加えて、そこから推測するに、やはり浅見眞純という男も一筋縄ではないのだわ。本当に邪悪の限りを尽くしたいのならば、私達を拉致監禁して、無理矢理言うことを聞かせて、それこそ、人助けをしている暇があったら、世界征服を画策すれば良い。そうしないのは、彼がただ慎重派の悪人だからなのか、それとも私達の任務内容に表れる通りの隠れたヒーローごっこが好きなタイプだからか。現時点ではそれを判断する術はないし、後者というのは確かに考えにくいけれど、少なくとも上層部の目論む目的は、まだ遠い地点にあるのだと思う。したがって、私達の身の安全についていえば、現段階ハイリスクとは言えない。私達夢園師のメンバーが、浅見眞純もといボタニカルを見極める猶予は、あると考えるわ」

 しかし、サクラコがそのように述べると、ガーベラではなく、そろそろ運転の時間も長時間に及んでいるハスが口を開いた。

「いや、サクラコ……。君の見解は立派だ。少し前なら私も類似の意見を出しただろう……」

 なぜ突然わざわざ一枚噛んできたのか、妙にもたついたハスの、サクラコの意見の否定ともいえる発言。

 そのハスの微妙な動揺ぶりをサクラコは見逃さなかった。

「どうしたの? ハス。私個人の意見はどう捉えられても構わないわ。あくまで私見であって、それも現段階の一時的なものでしかないのだから。ただその口振りは、何かあったわね?」

 ハスはサクラコにそう言われると、観念したかのように嘆息して、やれやれと言った調子で返答した。

「鋭いなサクラコは……。すまない、どちらにせよ、来週辺りで公表されることなのだし、君にだけは山に着いたらこっそり話すつもりではいたんだが、今言おう。先日のチームBにおける任務で、ある奇妙な少女を発見し保護した。その後移送し、地下で匿っている」

「少女?」

 ハスは既に言葉を用意していたのだろう。スラスラと続けた。

「あぁ。結論から言うと、我々チームBにも詳しいことはわからない。私と同じぐらいの肌をした褐色の十歳ほどの女の子だ。発見時は白いワンピースだけを身に着け、素足だった。そして、そのワンピースの胸元辺りに金属製のネームタグらしきものが結えられていた」

「ネームタグ?」

「あぁ。フロニカミド。それだけが書かれていた」

 フロニカミド? とても少女につけるような名前とは考えられないとサクラコは思った。

 だが、その名を聞いた途端、サクラコの直感が急激に稼働した。

 咄嗟にハスよりもガーベラに一瞬だけ視線を落とす。

 するとガーベラはなんと、普段は絶対に見せることのないような、悪魔めいた、身の毛のよだつような悍ましい、にたついた表情を浮かべていた。

 サクラコは思わず背筋が凍りつきそうになる。

 だが、刹那の内ハスにすぐ視線を戻した。

 おかげで、その顔を見られたことをガーベラに気付かれることはなかった。


 サクラコは何事もなかったかのように会話を継続した。

「フロニカミド……ね。で、細かい事情は後で聞くとして、私の意見の否定、即ち直近に迫る可能性のある私達への危険とは何?」

「まぁ、待て。サクラコ。決して、危険が間近に迫っているということではない。ただ、何かよからぬことが起ころうとしているんじゃないかという話だ。君も既知だと思うが、今度のチームCの任務が、その少女、フロニカミドの夢に入ることらしい」

「らしいって……。それだけではわからないわ。そのフロニカミドは何か精神的な病を持っているの?」

「うーむ。普通に考えればただそれだけの事なのだろう。だが、この前会議でボスは、チームCを全員、少女の夢へ送り込むと言っていた」

 サクラコは驚いた。

「全員!? 普段の任務なんてせいぜい多くて三人だわ。それ以上だと、介入された人の脳が壊れてしまうとも言われている」

「あぁ、その通りだ。我々の知識観では考えにくいことだ。ただ脳容積が大きく優れている者は、多数の夢介入でも耐えられると言っていた。ボスはその少女が世界を揺るがしかねない深刻な病を抱えているのだと婉曲的に説明していたように思う」

「深刻な病……ね。また大それた物言いね。何者なのかしら、その少女。というのはわからないんだったわね。なるほど、それはとてもきな臭い話だわ」

 だが、そう言いつつも、サクラコやハス、初めてそんな任務があることを知ったチームCのリナリア、はたまた後ろで実はしっかりと聞き耳を立てていたギボウシのいずれもが、直近の危険という意識は薄かった。

 なぜなら、この日までの任務においては、彼ら夢園師に死の危険が伴うことなど一度もなかったからである。

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