ラナンとナノハ

 程なくして、カモミールの運転する二号車も山へ到着した。

 辺りは既に暗くなり始めていたが、遅めの昼食を取ったサクラコ一行からすれば、丁度良い頃合いだった。


 一号車のギボウシを除く面々は、二号車に積んである食材を含めた大量の荷物運搬を加勢するため、駐車場へ戻って来た。


 ようやくのことで二号車の面々と再会を果たしたサクラコは、とても安堵した。

「本当に済まない」

 降りて早々、カモミールは謝罪した。

「何を言っているの、無事で何よりだわ」

 サクラコは微笑んだ。そして、カモミールのすぐ隣にいるアベリアへ声をかけた。

「大丈夫ですか? アベリア」

 アベリアはサクラコのその一言を聞くと、意を決したかのように一歩を前へ踏み出し、両手を拝むように眼前で合わせた。

 その様子に全員が注目した。

「皆、ほんっとうに、ごめんなさい! つい出来心で……」

 アベリアは珍しく、かなり苦い表情を浮かべていた。声も何時もの元気な響きではなかった。

 当然のことながら、彼女のそんな表情を誰も望んでいなかったため、一同はすぐに首を横に振った。

 全員の思いをハスが代弁した。

「なにアベリア、気にすることはない。ラナンもナノハも、君の素晴らしさはよく理解している。旅先で多少暴れるぐらいが君の愛嬌というものだ。頼むからそこまで頭を下げないでくれ、そんな姿勢は似合わない」

 ハスがそう言うと、ラナンとナノハもうなずく仕草を見せる。二人とも、もう気にしてはいないようだ。

 だがアベリアは顔を上げたものの、依然として罰が悪そうな暗い表情をしていた。

 メンバーの中でフリージアに負けず劣らず、この旅行を楽しみにしていたことは間違いないだろう。

 別チームに声をかけ、こうしてハスやリナリア、ラナン、ナノハが来てくれたのは彼女の手腕なのだ。

 だが、それだけ楽しみにしていたからこそ、気持ちが空回りしてしまったのだろう。

 暫し気の不味い沈黙が流れた後、ふと、ガーベラが意地悪そうな口を開いた。

「ヤヴァイよ、リナちゃん。ジャイアニズムに満ち溢れた天下のアベ姉がまるで塩をまかれたナメクジみたいだよ。これは、日頃の鬱憤を晴らすチャンスだね」

 リナリアは待ってましたとばかりにニヤリとした。

「うん、そうだね。ガベちゃんの言う通り、今が難攻不落の要塞を攻め落とすチャンスだよ。おーい、アベリアさーん! こいつ、一号車でずっと、アベリアさんが昼間から酔っ払うなんて頭の弱い年増だなって言ってましたー! それと、若作りでヒール履くのいい加減やめろって言ってましたー!」

 アベリアはリナリアが可愛らしい声でそう言い放つのを聞くと、ガーベラをギロリと睨んだ。

「……はぁ?」

「ええええ、ちょちょ、リナちゃん、何言ってるの、私そんなこと微塵も言ってないんだよ!」

「はぁ、まったく。人が落ち込んでる時にお前はぁ……」

 アベリアは右肩を回しながらガーベラに接近する。

「ちょちょちょ、違うんすよぉ、私今回は超真面目だったんすよぉ! 賭博も一切やってないんすよぉ!」

「問答無用! 聖なる鉄槌!」

「ぐぼぉへっ……」


「そして、そのアベリアの見事な右拳は、しかとガーベラの鳩尾に命中し、彼女のあらゆる臓器をいとも簡単に破壊しました。悪の科学者ガーベラは崩れ落ち、地面へ俯せに倒れ、そしてぴくりとも動かなくなり、死んだのでした。めでたし、めでたし」


「死……オホ、ゴホ、んで……ない……けど……リアルで……痛い……」


 サクラコはガーベラリナリア劇場に、アベリアが参戦したことを確認すると、よし、と口を継いだ。

「さて、辛気臭い話はこの辺りにして料理にしましょうか、私少しお腹が空いてきたわ」

 サクラコが若干ワザとらしい口調でそう切り出すのを聞くと、一同はそれを合図に手荷物や食材を車から降ろし始めた。

 ふぅ、と、どうやら事が落ち着きそうだとサクラコは一息ついた。

 すると、そんなサクラコに、夏真っ盛りというのになぜか黒と白が基調の執事服の男、ラナンキュラスが話しかけてきた。

「サクラ!」

「私はサクラコと言うのだけれど……」

 ラナンは上背があるのは勿論のこと、その白い肌は張りがあり、目鼻立ちも整っていた。金色のショートヘアは貴公子のようだ。ルックスだけなら、女性の心を掌握するに足る力を持っていると言えた。だが、いかんせん、非常に奇妙な性格をしており、サクラコは苦手だった。またどこの国の出身かは不明だが、あまりこの国の言葉が堪能でないようで、発音に訛りがあった。

「オー、気にするな、サクラ! 軽いジョークジョークだ。ガーベラからいつも君は素晴らしいムネデカリーダーと聞いているよ! そんな君に伝えたいことがある」

「私はそんな役職についた憶えはないのだけど……何かしら?」

 少し神妙な物言いになってラナンは続けた。

「アベリア、すごく落ち込んでいた。でも、僕は全然気にしない。ナノハも反省している。アベリアはすごく楽しい。大好きだ。僕らもそうアベリアに伝えたけれど、だが彼女すごく変わらない。このままでは、これからもヨクナイ。だから、君から我々の魂、伝えてほしい」

 だが、このときばかりはサクラコは彼が言いたい意味が明瞭に理解できた。

「ヘイ、ナノハ」

「うん、私……、ラナン……愛してる……」

 一方で、ラナンと同じく黒と白が基調のこちらはメイド服を身に着けているナノハは相変わらずの返事をした。小顔で体格も小さい。ガーベラ程ではないが痩せており、その声はとても小さくか細い。まともに全て聞き取れるのは、ラナンぐらいのものだろう。先程からずっと、ラナンの腕にその長髪ごと巻き付くようにしがみ付いている。

「イエス、そういうわけだ。僕らも腹ペコだ、いざマイル」

 それだけを言うと、サクラコの返事も聞かず、彼らはニコイチで荷物を取りに行ってしまった。

「はぁ……」

 サクラコはそう嘆息しつつも、ラナンが悪いタイプの男ではないのだと、新たな一面を発見した気がして、少しだけフフ、と笑むのだった。

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