キャンプ道中1
当日。
早朝。
大型ワゴン車三台をレンタルして、一同はフリージアの薦める山を目指した。
当初は日帰りの予定だったが、話を聞いたオダマキや、フリージアの希望と聞いて俄然やる気になったアベリアが首尾よく諸々を手配し、目的の山で一泊のキャンプをすることとなった。
オダマキ自身は、休日ではあるものの流石に社長職というアイバナ建設を任される責任ある立場上、同伴はしなかったが(当日、業務などそっちのけで意気揚々と怪しげなビデオカメラを片手に車に乗り込んでいた彼をサクラコが蹴り飛ばして置いていった)、チームBおよびCの数名が是非同行したいということで、参加者は総計12名という大所帯となった。
それでも、車は八人乗りが二台あれば人数上は問題ないはずだったが、一つに荷物が大変多くなったことと、もう一つにフリージアもといメンバーの強い希望で天体望遠鏡を積むこととなったため、八人乗り三台を運転手らとアベリアが話し合い、こう振り分けた。
一号車
運転 ハス 助手席 サクラコ 二列目 リナリア、ガーベラ 三列目 ギボウシ、アズサ
二号車
運転 カモミール 助手席 アベリア 二列目 ラナンキュラス、ナノハ 三列目 各人の荷物
三号車
運転 アロエ 助手席 フリージア 二列目以降 大変高価な天体望遠鏡
しかし、これが決まった際、いつもの紫色の地味過ぎるジャージ姿のサクラコは猛反発した。
「ちょっと、なんでフリージアとアロエが二人きりなんですか!」
「おやおやぁ? 妬いてるのかなあ?」
これから山だというのに、胸の開いた黒Tシャツにジーンズ生地のホットパンツ、さらに堂々とハイヒールを履いているアベリアは雀斑の皮膚を歪めてニヤニヤしている。
「ち、 違います! ただフリージアの身を案じているだけです!」
紺のポロシャツに深緑のカーゴパンツを身に着けていたアロエは、赤い前髪を、その良く鍛えられた腕を伸ばし手で弄りながらサクラコを睨んだ。
「あ? ったく、眠てえし、キャンプも興味ねえのに、どうしても運転手が必要って姉貴が言うからわざわざ来てやったってのに。グダグダ言うな牛乳」
「ぎ、ぎゅ……牛乳ですって!? ほら、こんな下劣な男とフリージアを密室に閉じ込めるなどあってはならないことです!」
アロエと同じ紺色のTシャツから美しい曲線美を見せる胸のライン。グレーの綿パン姿のフリージアがサクラコを宥めた。
「い、いえ、サクラコさん、私は別に構いませんよ。アロエさんは悪い人ではありませんし……」
フリージアの言に、迷彩柄のジャケットを身に着けて、今日も五分刈りの頭が冴えるハスも頷いた。
「ああ。フリージアも持ち主として天体望遠鏡のある三号車に乗りたいだろう。それに、アロエは元レーサーだ。私とカモミールよりも運転の腕は確かだろう。天体望遠鏡は固定しているが、万が一ということもある。最も運転技術のあるアロエが乗るのが筋だろう」
「く、くう……」
サクラコは珍しく説得力皆無だった。
「アロエあなた、もしフリージアに何かしたらタダじゃ起きませんから!」
「まあまあ、落ち着こう、サクラコ。ほら、もう皆乗るよ」
マリンコーデが爽やかなカモミールに宥められると、流石にしおらしくなるサクラコ。
「は、言ってろ言ってろ。おら、金髪、さっさと行くぞ」
「あ、はい……」
ズカズカと車に乗り込んでいくアロエに、黙って追従していくフリージア。
一号車車内。
「まったく、なんですか、あの態度は」
サクラコがプンスカとアロエに対して怒っている様を見て、車内は特に空気が悪くなる様子もなく、むしろ意気揚々だった。
「ははは、若いとは良いことだな、羨ましい限りだ」
絶賛運転中のハスは、浅黒い肌をゆがめて柔和に笑んでいる。
仕事にも根を詰めがちなハスにとっては、リフレッシュできる非常に良い機会だった。
二列目では、相変わらずのカジノディーラー服のガーベラと、可愛らしい白いワンピースを着た黒髪セミロング、チームCのリナリアの仲良しコンビが話している。
「まずは世界を征服することから始めないとだよね」
サクラコは、すぐ後ろでリナリアからとんでもない一言が繰り出されたことで思わず噴き出した。
――妖精のような可愛らしい声をしておきながら、相変わずとんでもないことを言う子ね……。
サクラコは、アロエのことなどより、二列目の話に聞き耳を立てざるを得なかった。
「大学でさぁ、唯一やり損ねたことと言えば、そっち方面だよねぇ」
ガーベラが残念そうな口調で言う。
「そうそう、学生時代って、やっぱりどこか抜けているものだよね。物事を俯瞰的かつ多角的に見ることは意識していたけれど、結局存在すら認知してないことには及びがつかなかったっていうか」
「駄目だよねぇ、駄目だよねぇ、所詮私達ってその程度なんだよねえ。だから、やっぱりギャンブルで道を照らしていくしかないんだよね」
「いや、それは違うと思うけど?」
「えぇえええ?」
「いや、ガベちゃん、ほんと今度私の口座から無断でお金引き出したら殴るよ?」
「えええぇえええ。キャッシュカードと暗証番号まで教えてくれたんだから、普通使って良いって思わない?」
「思わない、最低、今この場で指切り落とす」
「よよよよよぉ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って、すぐ返すからちょっと待って。今、一発すごいの当てるから」
「ジャレアットイーグルは絶対負けるからダメ!」
遠部からみるだけならば、そこそこ可愛らしい女の子二人(ガーベラはちょっぴり病人ような顔しているが)談笑しているにしか見えないのかもしれなかったが、近場で聞けば危ない集団だ。
ガーベラは勿論、学生時代同期だったらしいリナリアも、かなり変わり者である。下手に頭脳が優秀な分、余計たちが悪い。
サクラコは話を聞いていると、頭が痛くなってきそうだったので、やはり聞き耳を立てるのを辞めることにした。
ふと、三列目をこっそり覗くと、互いにだんまりを決め込んでいるアズサとギボウシが視界に入った。
今日はどちらも黒のシャツを身に着けていた。悪い言い方をすれば被っていた。ペアルックかと見間違うほどに。
それにしても、明らかに(主にアベリアの)悪意ある座席順だとサクラコは感じた。
チームAで最も相性の悪い組み合わせは誰かと問われれば、間違いなく皆、アズサとギボウシを挙げるだろうからだ。
サクラコは、ピリピリしている二人を少しでも和ませようと話を振ってみた。
「ギボウシは、今何か読んでいるの?」
少し間があって、興味なさげにギボウシが返してきた。
「別に。乗り物酔いするから今は何も読んでいないね」
しかし、水を得た魚のようにアズサが突っかかって来た。
「はっ。普段から本の虫を誇示しているのに、この程度の揺れで読めなくなるなんて軟弱ね」
しまった、とサクラコは思った。
素直にハスと、今度のチームCの任務についての詳細でも話しておけばよかったのに、と。
だが、もう遅かった。
「乗り物酔いを精神論で推し量ろうなんて、君はやっぱり化石のような頭をしているんだね」
「はぁ? 男のくせに部屋の隅で本を読むことしかできない、身体も子どもサイズのミジンコ君に言われるなんて心外も良いところ」
「はぁ……。日々教養を高めることの重要さを、つゆほども理解できていないなんてね……。君はそういえば、動物園のサルのように、ただはしゃぎまわるだけのような男が好きなんだったね」
「は? 私は、精神も肉体も洗練されている逞しい男が好きなだけ。その言い方は語弊だらけ」
「じゃあ端的に言ってあげようか? 馬鹿が好きなんだろ? そう言えば君のお兄さんも……」
即座、アズサが腰から短刀を取り出してギボウシへ斬りかかろうとしたため、ガーベラとリナリアが二列目のシートを乗り出してアズサを掴んだ。
「アズアズ、ここは夢の中じゃないよ。銃刀法違反だよ」
「そうだよ、ギボウシも言い過ぎだよ」
「くっ、離せ、こんなやつが居るからお兄ちゃんはっ……!」
「ハス! 止めて止めて!」
「おい、落ち着くんだ皆っ!」
ギーッと、急ブレーキがかかり、ワゴン車は近くの民家の前で急停車した。
勢いでガーベラとリナリアは三列目まで吹き飛ばされた。
だが幸い、誰もアズサの短刀は刺さらなかった。
暫し全員が静止したのち。
「全員、一旦、車から降りなさい!」
サクラコがそうピシャリと言うと、彼らは熱くなるのを中断し、渋々と下車した。
数分後。
「もしもし、カモミール?」
「どうしたんだい? 取り敢えずすぐ近くのコンビニエンスストアの駐車場に止めてみたけど」
「そうね。ちょっと、こちらで揉め事があったの。それで、そうね……、私達はちょっと遅れて向かうわ……」
「大丈夫かい?」
「ええ、ハスも居るし大丈夫よ」
「わかった、アロエとフリージアにも伝えておくよ。先着してテントなどの準備を進めておくからゆっくりおいで」
「ありがとう、助かるわ」
サクラコは通話を切ると、まるで絵に描いたような白い入道雲が聳える空を眺めた。
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