フリージアの行きたい場所

 フリージアが二重人格だと気づくのに、メンバーは実はかなりの時間を要した。


 普段のフリージアは、とても物静かだった。

 たまに話をする際でも物腰柔らかく、大人として模範的で確かな品格を持っているというのがメンバーの共通見解。

 また、その白く透き通った肌、艶やかなブロンドの髪は、どこかの王家の血筋を持つ者ではないかという風格と気品さえ感じさせた。

「かわいいね」「エロいね」「胸がでかいね、ちょっとだけ触らせてくれないかな?」

 サクラコがしばしば男性から受けるような低俗な次元の言葉など、一切彼女に届くこともなければ届きようはずもなかった。

 サクラコとの格の違い。最早フリージアを前に男性も女性も述べる言葉はただ一つ。

「美しい」。それに尽きた。


 確かにフリージアもサクラコと同様に、背が高く肉付きの良い方であったが、そこには圧倒的な品位の差があった。メンバー内では一応常識人として通り、胸だけが唯一の取り柄であるサクラコにとってみれば、フリージアは仄かに憧れのような存在であったことは言うまでもない。


 しかし、裏を返せばフリージアはそれだけだった。

 性格は真っ当過ぎたし、こちらから話しかけることは躊躇われるような神々しさに似た何かががあった。灰色の瞳も金色の髪色もそれを助長していた。


 また、チームAは、非常に濃い性格のメンバーが多く、主張の強い者が多い。

 そのような中、皆の意見に同調することに終始するフリージアは、何かと陰に隠れがちなところがあった。


 そんな、フリージアのもう一つの人格、もう一人のフリージアが発覚したのは、蒸し暑い、夏のとある1日だった。


 フリージアの趣味と言えば、天体観測であることは誰もが知っていた。

 自室に自前の天体望遠鏡を保有。天体に関する本や映像も所狭しと並べられていた。


 フリージアは万年シンプルなストレートロングヘア―であるが、前髪だけは切り揃え、おかっぱだった。

 それは天体観測の際、前髪が邪魔になるからという理由からくるものだった。

 それほどに彼女は天体に対して強い思い入れを持っており、また、唯一星の話が議題に上がる時だけは、少しだけはしゃいだ調子でメンバーと談を交えるのだった。


 さて、とある日の前々日。蝉の合唱がピークに達し、元々築年数の深い雑ビル内のクーラーなど大して効きもしない。

 食事処では、メンバーもとい、主にアベリアやガーベラが、「海海プールプール暑い暑い暑い」「死にたい死にたい死にたい」、などと何の遠慮もなくぶちまけていたところ、カモミールがこう提案した。

「そうだなぁ、じゃあ明後日皆でどこかへ行こうか」

 カモミールの発言は世間的には何気ない有触れたものであったが、休みの日に連れ立って何処かへということが殆どなかったメンバーは、この提案への興味関心が殊の外高かった。

 また、これは単なる偶然だったが、この日、アロエ、シャクヤク以外の全員が食事処に居た。


 真っ先に調子づいたアベリアが他チームのビルまで触れ込みに行った。

 ガーベラは青白い顔をニタニタさせながら競輪場の全国ネットを開いた。そして、アズサに拳骨を食らった。


 議題は自然、「じゃあどこへ行くか?」となった。

 アベリアやガーベラの意見は論外であるとしても、サクラコはパッとした場所が思い浮かばなかった。挙句の果てに「公園とかはどうかしら?」と切り出し、全員から「いやぁ、それはないでしょ……」と否定された。

 アズサは「お祭りに行きたい」と述べた。だが調べたところ、近隣での開催はまだ先のようだった。

 カモミールが「アベリアが言っていた海はどうだい?」と避暑目的なら妥当と言える意見を出したが、「絶対に行きません!!! 水着なんてぜっっっっったいに着ません!!!」とサクラコが断固拒否したため、無しになった。

 ギボウシは一応、この場にいたが、既に食事を終え、食事処の大柄な十人掛けテーブルの、もう一つ向こうの方にあるソファーに座っていた。最早彼の特等席と化しているそこで、ギボウシは独り優雅な読書に集中しており全く聞き耳を立てている風ではなかった。

 ほかにもあれこれ意見が出たが、何かと癖がつき、結果的には煮詰まった。

 こういう時に手早く色々な意見を出すアベリアが、行き先もロクに把握せず出て行っていたことも大きかったが、ようやくのようやくで、アズサがふと、フリージアへ目を向けた。

「フリージアはどこに行きたい?」

 このとき、殆どの者が「どこでも大丈夫です」とか「皆さんの意見を尊重します」とか返事するものだろうと、高を括っていた。

 だが、予想を裏切り、彼女はその美しい桃色の唇を動かした。

「私、星を見に行きたいんです。皆さんもいかがですか?」

 と、そう述べた。

 一同は一時驚嘆した。ギボウシでさえ、読書を中断して目を丸くしていた。

 「なんだこいつ、興味ないフリをして結局聞いてたんだな」とその丸い目を見て一同は思った。


 オホン。ギボウシがわざとらしい咳払いをした。

「い、良いんじゃないかな。別に僕は遊興など時間の無駄だと思っていたけど、天体観測は意義的だと思うね」

 この時すでに、アベリアが散々「ギボギボは、フリちゃんにほの字ですわよ」などと言いふらしていたため、一同がギボウシの朱色に染まった頬で偉そうな態度を取るのを見て、こっそり苦笑と微笑みを浮かべていたことは述べるべくもない。


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