大森2
その日の放課後。
最後まで夢の件についてははぐらかす姿勢を見せた智美の時とは打って変わり、大森はすぐさまサクラコの着座する机に詰め寄ってきた。
「ちょ、ちょ、ちょっと、話があるんだけど……」
普段からあまり誰と話したりする様子もない彼がかなり挙動不審な態度で、いきなり女子に声をかけるのを見たからか、周りのクラスメイト達は「うわぁ、何?」「大森がなんかサクラコさんに話しかけてるよ」「えぇ、もしかして告白……」とひそひそ囁きだした。
サクラコは先ほどの夢の件だということが明白だったので、特に気に留めることもなく、「ええ、わかったわ、とりあえず外で話しましょう」と促した。
しかし大森は自分から誘ってきた割にはモタモタオロオロとしっぱなしでその場を動こうとしない。
サクラコは当時の男子学生から見れば、顔もスタイルも良い女子学生であったため、大森が緊張しているのは当然のことであった。
しかし、これから色々と夢について詰問したいと急いているだけのサクラコにとってみれば、ただもどかしさを感じるだけだ。
サクラコはとうとう我慢できなくなり、彼の腕を引っ張り、教室を飛び出した。
教室からは「おーっ」と黄色い意味合いの声が上がる。
しかしサクラコにとっては「大森とサクラコがまさか……?」などという他の学生達と同様の恋愛談義に心が着火することは微塵もなかった。
道中、下校途中の幾十の生徒から好奇の眼差しを浴びたが、それさえサクラコは全く意に介さなかった。
暫しの後、サクラコと大森は学校近くの公園にたどり着いた。
「とりあえず、ここで良いかしら?」
この公園は、植物の手入れが雑で、ベンチや遊具も古く錆びれており、普段はあまり人が寄り付かない。
しかし、聞き耳を立てられたくないサクラコにとってみればむしろ好都合だった。
「はぁ、はぁ……。あ、あ、う、うん……」
大森は息を切らし、更に依然として落ち着きがなく、サクラコはまともにコミュニケーションが取れるだろうか不安に感じた。
取り敢えずは彼に休息と緊張を和らげることを考え、バッグから財布を取り出して近くの自販機へ向かう。
自販機は蠅や蚊等の虫がたかっており、お世辞にも衛生的には見えなかったが、中身は問題ないだろうと考え、サクラコはスポーツドリンクのボタンを押した。
「急に走らせて悪かったわ、はい、私の奢りよ」
「あ、あ、あ、どうも……」
大森はひどく赤面した顔色でサクラコからスポーツドリンクを手を震わせながら受け取った。
「あっちに座りましょうか、ちょっと汚れているけれど……」
サクラコは腐敗が進んでいると思しき木製のベンチを指さし、二人は少し歩行するとそこに腰掛けた。
「さて、ではさっそくで悪いのだけど、話っていうのは……」
夢のことについてなんでしょう?
まずはそう切り出そうとするサクラコ。
――夢。あなた自身が。自殺しようとする夢。いったい、あなたはどんな心境でいたの。どんな心境であんな夢をみたというの。
だがそれを遮って、大森はなんと、突然立ち上がった。
「うわっ」
あまりの彼の勢いの良さに、サクラコの肩はビクッと脊髄反射した。
その勢いで、大森が持っていたまだ飲みかけのペットボトルは、ごとりと地面に落ち、中から漏れ出した液体が砂に滲んだ。
そうして大森は述べた。
「ぼ、ぼ、ぼ、僕は、サクラコさんが好きであります!!!!!」
「……は?」
サクラコは途端に思考が完全停止した。
「な、なにを言っているのいきなり……」
狼狽するサクラコを他所に大森は顔をリンゴのように真っ赤に染め上げた。
しまいには夕暮れに浮かぶ太陽のような茜色となり、そして声を張り上げる様に続けた。
「ず、ず、ず、ずっと前から好きだったんです! そしたら、さっき、国語の授業のとき、あ、さ、サクラコさんが出てきて、て、天使だったんだ! 僕の天使なんだ!」
うまく呂律が回っていない大森の言動に、サクラコは要領を得なかった。が、どうやら自分は愛の告白を受けているようだということだけは悟った。
「え、ちょっと待って……私……」
「好きでありまあぁああああああああああっす!」
「うわっ!? は、はいっ!……」
「はい!? うわあああああああよっしゃあああああああああああああああああああああああ」
「うぅ……」
まるでウジウジとなめくじのようだった大森が突然、獣のように咆哮したためサクラコは思わず手で耳を覆った。
そしてサクラコがその動作を取った隙に、なんと大森はそのまま公園を駆け出して行ってしまった。
「……。……え? ちょっと待って、大原君!」
サクラコが呼び止めようとするのも聞かず、先程の鈍足が嘘のように全力疾走で、大森は瞬く間に消え去ってしまった。
あまりの出来事にサクラコは暫し絶句した。
そして、なんとか気を取り戻した後、大森が地面へ落としたペットボトルを拾い、自販機近くのごみ箱に捨ててから、改めて思考に耽ってみた。
「これは、一体何が起こっているのかしら。もしかしたら、屋上の夢のせいで彼がおかしくなってしまっているのかも、だとすると、すごく危険かもしれない……。あの勢いで現実でも身を投げられでもしたら……」
無論、ただ単に大森はサクラコへ、思春期にありがちな好意を持っていたに過ぎなかったのだが、サクラコはこと、色恋というものに大変疎く、どちらかというと、気がふれてしまったと思しき、大森の身を案じていた。
そしてサクラコは心臓の鳴りを落ち着けたところで、大森の住所を知る手段として、智美に電話を掛けることとした。
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