1-4 また明日

 某日、放課後。三人は街のコーヒーショップで寄り合いを開いていた。各々が抹茶ラテ、カフェモカ、キャラメルマキアートをテーブルに並べ、ゆったりとした青春を堪能している。トピックは皆の日常である。

 未来は、生まれも育ちも満喫町で、自転車通学をしており、休日は専ら街を放浪し、特技は霊との会話だと冗談交じりに話してくれた。

「みぃちゃん霊感あるの? さすがだね」

「未来さんオカルト少女なのか。俺は霊とかホラーとかマジで勘弁」

「本当にキミたちはあたしの言葉を鵜呑みにするね」

 未来の言動をすべて信じてしまいそうになるのは、醸す雰囲気だった。出会って数日、一目置く存在として認識していた愛佳には、普段の気だるい様子も、ばしっと否定を言い放つ姿も素敵に映ってしまうのだ。

「じゃあ家ではなにしてるの?」

「専らネット。あとは祖父が陶芸好きで、工房と窯を持ってるの。だから、たまに一緒に焼き物もする。まあ爺さんの道楽か」

「陶芸家なの? やっぱ、みぃちゃんはすごい子なんだね」

 一方、富士彦はどこにでも居る男子高校生だった。住まいは愛佳と同じ都心、成績は普通、スポーツも普通にこなす、友達もそれなりに居るし、趣味は年相応の遊び。

 スマートフォンでゲームをしたり、友達と娯楽施設に行ったり、健全な男子生徒として成人雑誌もこっそり読んでいるようだ。

 これという特徴がなかったが、むしろそこが特徴であると富士彦は自慢げに語っていた。

「フジさん普通の子なんだね。名前は大きいのになあ」

「やかましいわ」

「愛佳は? キミはどんな子?」

 無論、愛佳にも話題が流れたが、心底迷っていた。ここまできて口には出せないが、自分語りは苦手だったのだ。

 容姿について語っても面白みがない。茶髪にしているのは単なる高校生デビューみたいなものだし、ポニーテールにしているのも可愛く見えそうだったから。

 私生活を語っても、普通の父母が居るだけ。電子機器に疎く、スマホデビューは一生叶わないと格言する程度だ。

「わたし? そうだねえ、食事が三度の飯より好きかな」

 そのうち困り果てると、決まって食べ物の話を前に出す。特徴のひとつの『大食』を伝えておけば、会話も安定するという体験からである。

「食事は三度の飯に含まれないのか……。でも大食いクイーンの割に痩せてるよな」

「むしろ細すぎる気がする。大丈夫?」

 屈託のない富士彦に合わせて、未来は眉をひそめながら心配そうに、愛佳のフォルムを下から上へと見上げてきた。二人の視線が痛かったのは、まるで患者でも見つめるような面持ちだったからだ。

「え? 生きてるし大丈夫だってば」

 スレンダーとは言われても、病的とは言われない。事を大きくするのも、この場では相応しくない。軽く受け答えた愛佳は、トールサイズの抹茶ラテを口に含んだ。

「まあ、しっかり食べればよく育つか」

 発言がまるで母目線の未来は、カップに口をつけると一息吐き、

「そうそう。食と言えば、満喫町には食を司る神が居るんだって」

 不意にできた間に、さりげない話題を紛れ込ませてきた。愛佳と富士彦は、「へえ」と同じトーンで相槌を打った。

「だから食べ物をぞんざいに扱うと、えぐい天罰が下る」

「急にシビアになったねえ。天罰って具体的になにされんの?」

 カップを手に持ったまま肘を突き、「それは……」と、語尾に核心を含ませながら一拍置いた未来は、はきはきと一字一句を発言し始めた。

「神隠しってやつ。世間的には行方不明とも言うか。でも、本当に居なくなるの。去年も一昨年も――ううん、ずっと以前からそんな事件が起きていた。それは一歩一歩、音を立ててやってくる。ズルズルと、まるで大鉈を引きずるかのように」

 大方、鬼神の仕業に見せかけた人間の犯行かと思ったが、毎年起きているのであれば見解が変わってくる。愛佳は片手で、もう片方の二の腕をさすった。

「人為的なモンじゃなくて? わたしは謎めいた事件の方が寒気するや」

「なんでも昔からの言い伝えで、人々の恐怖を有史から蝕んでいた。あたしの祖父母の代も神隠しを信じていたって。だからこそ、この町の住民は食を大切にしている。得体の知れない化け物に強要されるかのように」

 食べ物を大切にするのは人として当たり前の行為だが、強大な力で押さえつけているかのようにも思える。しょせんは余所者の見解だろうか。

「でも、もし食べ物を粗末にすると」

 未来は目を見開き、悪戯っぽく笑うと力強くカップをテーブルの上に置いた。思った以上に大きい効果音は二階に響き、音韻が消えた頃に愛佳は寒気の本当の理由を悟った。

「また人が消える」

 未来の語り口調である。耳の奥をまさぐり、低くも落ち着いた声音だからこそ威圧に拍車がかかっていたのだ。

「じゃあさ、もし食べた物を吐いちゃったら粗末にしてることになるかな」

「女の子が汚い話をするな」

「まったく。でも、吐いちゃうのは仕方ないと思うけど」

 愛佳の突拍子もない発言を軽く制止する富士彦、補足のように真面目に対応する未来。基本、こういうやり取りで三人の関係性は出来上がっていた。

「さてさて」という誰かのクッションを皮切りに、三人の雑談は穏やかになった。

 明日は約束の第四土曜日。学校は休みだが用事がある。こうして三人が打ち解けたのも、安藤杏から謎の勧誘を受けたからなのだ。妙ちきりんな先輩が居なければ出会いはなかった。そう思うと少しばかり感慨深い。ようやく明日、出会った目的を果たすのだ。

 約一週間しか経っていない交友関係にも拘わらず、出会いが遠く感じてくる。それが学生生活、それが青春、瞬く間に過ぎてゆく金色の時代なのだ。

 本日も、「また明日」と別れを告げた三人は、春茜を眺めながら学校で会う約束をした。

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