第16話 エラの秘密
「さぁ。奥へどうぞ。」
促されるまま奥へ進むと寝室のような部屋だった。窓はカーテンがきつく閉じられていて昼だというのに薄暗い。
「えっと…。」
不穏な空気に後退りすると後から部屋に来たエラに出口を塞がれてしまった。
はらりと身につけていた服を脱ぎ去ったエラは白く柔らかそうな肌を露出した。目のやり場に困っているセスにエラは構わず近づいて来る。
顔を背けても、そっと頬に手をかけられてエラの方へ向かされた。白い肌は露わになっており、漆黒に濡れた長い髪が僅かに隠すばかりだ。
理解できない状況に身の危険とは違う意味で心臓がドクドクと騒ぎ立てる。
「ど、どうしてこんなことを…。」
上ずった声が体裁の悪さを露呈してしまっているようで顔が熱くなる。
フフッと妖艶に微笑んだエラに吸い込まれそうになる一歩手前で、エラの言葉にビクッと体が停止した。
「いい男を見つけたら身を捧げないってアーロン先生が。」
身を捧げる…。どういうことだ。アーロンに言われたって…。アーロンともこういうことをしているのか…。
こういうこと。この状況から思い浮かぶ1つの動画。
脳裏に浮かんだその映像の恐ろしさから気持ち悪くなるとセスは後退りをした。
俺は…。俺はあんなことしたくない。
「どうしましたか?私じゃダメなのでしょうか…。」
そう悲しそうに言ったエラはセスの手を取ると、そっと自分の柔らかい胸元に導いた。えも言われぬ柔らかな温もりに心臓がドクンと波打ったのが分かった。
その時、セスの左腕に何かチクッとした痛みが走った。その部分を見てみると小さな黒い何かがついている。
視線に気づいたエラがパチンッと腕を軽く叩いた。
「ヤダわ。蚊が入ってたのね。」
その言葉を聞いたセスは目眩がして、その場に倒れてしまった。
目が覚めるとライリーの家らしい天井とアーロンの顔が視界に入った。
「気がついたか…。勘弁してくれ。驚くだろ?突然、エラから連絡があってセスが倒れたって行ってみればエラは半裸だわ、誰かさんは倒れて熱出してるわ。」
半裸って…。そこまで知られたと思うと急速に嫌な気持ちが押し寄せる。
「なんだ途中で怖気づいたのか?まぁ熱は感染症のせいみたいだが。」
「かんせんしょう?」
聞き慣れない言葉に疑問形で聞き返す。
「やはりそうか。テロメアでは感染症が起きないからひどい症状が出たんだな。」
アーロンに指された左腕を見るとパンパンに腫れていた。
「蚊を媒体にうつる病気もある。その抗体が無ければ感染症になる。」
そうだ。テロメアに蚊なんていない。絶滅しているとばかり思っていた。
「もう少し処置が遅かったら…。エラに感謝するんだな。」
エラ…。言われて艶めかしい姿を思い出すとブルっと身を震わせる。
「あの…アーロンはエラと…そういう…。」
セスが言いにくそうに言葉に詰まっているのを見てアーロンは吹き出した。
「プッハハハッ。もしかして俺に義理立てして手を出さなかったのか?残念だが俺は違う。俺はそういうのに興味が持てない。お陰でここゼロでは変わり者さ。」
自嘲気味に口の端を上げるアーロンにセスは違和感を覚える。
「テロメアではたぶんそれが普通だ。」
「あぁ。そうだったな。それでエラに驚いたのか。」
どうやらアーロンは随分とテロメアのことに詳しいようだ。
テロメアでの普通のことがここでは変わり者。セスは俺もこのままここに居たら変わり者扱いになってしまうのだろうか…と危惧し始めていた。
「そしてエラは両性具有。男も女も両方の性を持つ。」
「え!」
両方の性…。テロメアでは無理矢理に取り除いてしまう生殖器。それを2つとも持っているエラ。なんとも皮肉な存在だと思った。テロメアの思想に相対している。
「そのせいで…ここでは差別を受けてる。だからテロメアに憧れを抱いてるようだ。」
だからテロメアに?逆じゃないのか…。
セスはなんと言えばいいのか分からなかった。また熱が上がってきたのか頭がボーッとする。
「薬が効いてきたようだな。とりあえずは治るまで時間がかかりそうだ。治った後は何本もの予防接種を打った方がいい。ここの仕事を手伝うのも、それが全部済んでからだ。感染症を甘く見ると恐ろしいぞ。」
抗えない眠気に返事が出来ないまま深い眠りにいざなわれていく。眠りの淵でアーロンが付け加えて告げた。
「エラにはセスはそういうことは知らないからやめておけと伝えておこう。こうも倒れられたんじゃこっちの身がもたない。」
いや…倒れたのはたぶんそのせいじゃないんだけど…。まぁでもやめてくれた方がありがたいか…。
取り留めのない考えが頭を巡った後に深い眠りへとついたようだった。
テロメアー生命の回数券ー 嵩戸はゆ @Takato_hayu
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