第14話 ゼロでの決意

 夜。静かになった家の中で明かりがもれる部屋があった。そっと覗くとその部屋にいた人も気がついたようだ。

「なんだいセス。眠れないのかい?」

「ううん。話がしたくて。」

 部屋にいたのはライリーだった。何か縫い物をしているようだ。それさえもテロメアにはなく衰退したと言われる仕事だ。全て支給される衣類は機械化された工場で大量生産されている。しかしそれさえも信じていいのか今のセスには分からなかった。

 ライリーに言いにくそうに、だけど言わなければとセスは口を開いた。

「昼間はごめんなさい。何も知らなかったからって…。」

「なんだい。そのことかい。いいんだよ。何もかもが違うんじゃ戸惑っても仕方ないってもんだよ。」

 ライリーは目尻にしわを寄せて笑った。その姿はやはりテロメアでは珍しいものだった。老化と呼ばれるものは排除されるのが普通だ。それなのにライリーのその笑顔はしわの分だけ優しさにあふれているような気さえした。

「今日みたいなことはもうしない。仕事も俺がやれるだけのことは手伝う。だから…少しの間、ここに置いてもらえないかな。」

 セスの言葉にライリーから笑顔が消え真剣な顔でセスを見据えた。

「いいのかい?テロメアに戻りたいんじゃないのかい?」

「…分からない。分からないから知りたいんだ。それで分かってからもう一度テロメアに行きたい。テロメアに…会いたい人がいるんだ。でも会うのはここの世界が何なのか自分が分かってからにしたい。」

「そうかい…。」

 ライリーはそれだけ言うと黙ってしまった。沈黙が降りたその場所でセスはじっとライリーの返事を待つ。

 ダメだと言われたら…テロメアに帰れと言われたら、どうしたらいいだろうか。

 得体の知れない世界に自分だけで過ごしていけると思えるほどの楽観的な考えは残っていなかった。

「よし。分かった。じゃここの世界「ゼロ」をよく知っていくんだね。午前中はうちの仕事もそうだけど近所の仕事も率先してやるんだ。そうすればここのことがよく分かるだろうよ。」

 ライリーの言葉にホッと息をつく。しかも自分がこの世界「ゼロ」を知るためのことまで考えてくれてたライリーに感謝してもしきれない思いだった。

 しかし次にライリーが告げたことはセスには理解できなかった。

「で、午後はアーロン先生のとこに行きな。」

「アーロン?」

 まず思いがけない人物に驚いた。そして1日中、仕事を手伝うものとばかり思っていたのにアーロン先生のところでセスがやれる仕事があるように思えなかった。

「そうさ。ここで貴重な医学に携わる人だよ。テロメアの医療技術とどう違うのかを知るのも大切なことじゃないかね。」

 だから生物学は苦手だってば…。

 ここのことを知りたいと言った手前、そんな文句を口に出せずにいると「じゃみんなにもセスに手伝わせてやってくれって頼んでおくよ」と話は決定しているようだった。

「力仕事が大半だ。早く寝て明日に備えないとまた倒れちまったら役不足だよ!」

 これ以上、世話をかけるわけにはいかない。ライリーがいた部屋から元の部屋に戻り、自分に与えられた布団に再び体を預けた。

 そこは大部屋に男の人たちが雑魚寝する形で眠る場所。自分に与えられた布団というよりもみんなが寄り添いあって寝ているような状態だ。隣にはブライアンの姿もある。

 眠るブライアンの服の袖からはたくましい腕がのぞいている。そして同じくたくましい胸板は規則正しいスースーという寝息とともに上下していた。

 セスは自分のガリガリで華奢な腕と比べて、はーっとため息をついた。

「肌も白くて女みてーだ」その言葉を思い出してまた嫌な夢を見そうな頭の中のぐちゃぐちゃを無理矢理に追い出して、いい夢が見れるようにとクレアを思い出す。

 心の中のクレアは透き通る白い肌にブロンドの髪がよそ風に揺れる。フフフッと笑いながら楽しそうに歩くクレア。会いたかった。でもだからこそここで頑張ろう。そう心新たに決意した。


 次の日の午前中、ブライアンとキャベツの収穫をした。明日は別のところに手伝いにいってもらうが、キャベツの収穫も待ってくれないからな。と忙しく働くブライアンの少しでも助けになるようにと必死で働いた。

 昨日動いたせいで体中が筋肉痛だったが、そんなことは言ってられない。

 午前中の作業が終わった時にブライアンがボソッとつぶやいた言葉に心を軽くした。

「お前、意外に根性あるんだな。」

 気づけば今日は昨日よりもたくさん収穫できていた。


 朝もお昼もライリーが気を遣ってくれているのか、ただ気づかないだけなのかご飯で気持ち悪くなることはなかった。動いた後はものすごくお腹が空いていて食べないともたない。セスは出来るだけ考えないようにして黙々と食べることにした。


 午後は言われていた通りアーロンのところに行くことになった。

 ライリーの家から数軒先の小さな家がアーロンの病院と呼んでいいのか困るくらいの場所だ。

 ドアを開けると奥の部屋からアーロンの声がした。

「セスか?奥に来てくれ。」

 奥に行くと何やら実験器具のような物に囲まれたテーブルで何やら作業しているアーロンがいた。

「助手みたいなことが出来るとは思えないが…。まぁ俺はテロメアの医療技術を知りたいからな。言ってみれば情報交換ってやつだな。」

 顎で座るように示されて辺りを見渡してみても座れそうな場所はない。雑然とした見慣れない色々をただ見つめた。

「任命されし者…か。」

 アーロンがつぶやいた言葉にセスが反応する。

「それなんだよ。前にも別の人に言われたけど。」

 自分のことを言われているのはなんとなく分かる。しかし自分は任命などされた覚えはない。

 アーロンは呆れたような声を出した。

「名前の意味を知らないのか。セスという名には任命されし者という意味がある。名は体を表す。セスという名には何かを任命されそれを全うする使命がある。」

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