第9話 敵か味方か

「イテテテ…。」

 変な受け身をとって自分の下敷きになった腕をさする。

 少し坂になっているところを転がり落ちたらしい。擦り傷がそこら中にあるがどこも重傷というわけではなさそうだ。


 転がり落ちる前のクレアがいる場所が急に騒がしくなった。クレアの発した声に不安を掻き立てられる。

「大丈夫ですから。離してください。」

 何があったんだ!クレア以外に誰かがいるのか!

 すぐに駆けつけたくても踏み出した足元は心もとなかった。踏み込んだ地面はボロボロと崩れ落ちる。あまり派手に登ればクレアを助ける前に自分も見つかってしまいそうだ。ジリジリするセスは頭をフル回転させる。

 どうすれば…。どうすればいいんだ。

「どうして保安局の人がここにいるんですか?」

 また聞こえたクレアの言葉に少しホッとした。相手は危険なはみ出し者ではなかったようだ。しかし保安局の人が恐ろしい言葉を口にした。

「クレアは捕らえました。セスはどこかへ姿を隠したようです」

 とら…えた?

 まるで犯罪者のような言われ方だ。

「近くにいるようです。人体認識チップの反応がありますので。」

 ハッとして自分の腕を見た。

 人体認識チップ。そうか…。これで居場所も名前もバレていたんだ。

 どうやらだいたいの場所しか分からないらしい保安局の人は坂の下に転がり落ちたセスを見つけられないでいるようだった。

 セスは不信感でいっぱいになっていた。何かしたわけではない。ただもう一度ここの場所に来ただけで犯罪者扱いなんて…。


 瓦礫の陰に身を寄せてセスは自分の腕をジッとみつめた。そしておもむろにポケットからナイフを取り出した。

 監視されるなんてまっぴらだ!

 そう思うのに鞘から出したナイフはカタカタと震える。自分の息遣いがやけに大きく感じた。

 ナイフは怪しく光り、腕に僅かに当てただけでツーッと真っ赤な血が腕をつたった。手の震えをますます止められなくなるとナイフを持つ手がおぼつかなくなる。

「やめておけ。」

 ドクンと波打つ心臓とともに声の方に震えるナイフを向けた。そこには見たこともないほどに老いぼれたとしか形容しがたい人が立っていた。

「ついてこい。」

 それだけ言うとおじいさんは歩いていく。服装さえも見すぼらしいその人について行っていいのか迷っている暇はない。今、セスにとって保安局の人の方が敵に思え、ここの最果ての地にいるはみ出し者らしいおじいさんの方こそ信用できる気がした。


「どうやら愚か者らしいな。」

 おじいさんの家らしいところに連れてこられたセスが素直に中に入ると急に振り返られてナイフを取り上げられた。アッと言う間も無くそれを突きつけられた。

 ギラリとナイフとその先にある眼光が鋭く光る。

「…だって。今は保安局の人の方が信用できない。」

 セスがかろうじて口を開けば、おじいさんは小馬鹿にしたようにハハッと笑った。

「それでワシを信用するとは短絡思考にもほどがある。」

 確かにそうだけど…。

 グッと押し黙ったセスにおじいさんは質問を投げて来た。

「人体認識チップを取り出そうとしていたみたいだが、取り出してどうする。」

「クレアを…友達を助けたいんだ。それでテロメアから脱出する。」

「ハハハハハッ。」

 乾いた笑いはセスを馬鹿にしているのが言われなくても伝わってきた。そんな大きな声で笑って保安局の人に気づかれやしないかとセスはヒヤヒヤする。

 このおじいさんがそもそも保安局の人にセスを引き渡すつもりだったら高笑いしたって見つかったって構わないだろうけど…。何故だかそうとは思えなかった。


 そもそもおじいさんはテロメアに似つかわしくない老いぼれだ。再生医療が一般化する世界ではみんなが若々しく、大人になってしまうと誰が何歳かなんて見た目では分からない。

 セス自身もこんな老いぼれたおじいさんは授業に出てくる画像でしか見たことがなかった。

「名はなんという。」

「名…。セス…。」

 しわくちゃの顔の中にある目が見開かれた。

「ほぉ。セスか。」

 何かを考えるように顎髭を触るおじいさんは程なくして別の質問を投げて来た。

「テロメアから脱出できると思ってるのか?」

「できるさ!」

「どうやって?」

「それは…。」

 短絡思考。そう言われても仕方ない。何か確信があって来たわけじゃない。ただ漠然と最果ての地に行けばその先に別の世界があると思っていた。

 それに…例えそれが夢物語だとしてもセスにとっては最果ての地に冒険しに来れればそれで良かったのかもしれない。

 ただ反発したかったのだ。自分の周りで起こった理不尽な出来事に。そんなテロメアの世界に。


 無言のセスにおじいさんは背を向けると何かをガサガサと探しているようだ。

 今、ここで逃げれば…。

 そう思うのに足が地面に張り付いて動けなかった。どうせ外には保安局。どっちに行ってもセスの望む道はない。

 外では「こっちにいたか?」「いえ。いません」という声が近づいてきている。

 クレアは大丈夫だろうか…。

 そんな思いでいるとおじいさんがまたセスの前に立ったため身構えた。

「今ごろ身構えた所で遅いわ。こんなにも愚か者でよく生きてこれたものだ。」

 また馬鹿にされ些かムッとする。その手を取られて何かを腕に巻かれた。それはちょうど人体認識チップがある場所。

「隊長!セスの反応がなくなりました!」

 外が何やら騒がしくなった。

「そんなはずはない。何か…磁場が強い所に行ったのか…。」

「外に出たってことは…?」

 ガヤガヤと騒がしい音が遠ざかるとおじいさんが告げた。それは威厳ある声だった。

「任命されし者よ。外を見てくるのだ。」

 外…。その外がここの家の外という意味ではないことはセスにも理解できていた。

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