第7話 最果て

 セスは冷静になればなるほど混乱していた。信用できないとは思っていたリアン先生。そのリアン先生の秘密を知ってしまった。

 大人になることを拒否できるということなのか…。喜ばしい発見…純粋にそうとも思えない。

 最果ての地。それに謎の人物ルイス。

 そもそもリアン先生に言われたことを真に受けていいのだろうか。


 次の日になってもセスは学校に行く以外にどうしていいのか分からなかった。自分の知っている世界が足元から崩れいくような不安に駆られていた。


 今日の授業は昔の乗り物についてだ。リアン先生はいつもの穏やかで少し胡散臭い先生に戻っていた。

「ずいぶん昔ですが、鉄道という乗り物がありました。お金を払って券を買うのです。」

「はい!僕、知ってます!」

 昔の乗り物、特に鉄道が大好きなブレイクが喜び勇んで手をあげた。リアン先生は微笑みを向ける。

「ではブレイク。説明してくれるかい?」

「はい。鉄道は道にある線路というレールの上を走るんです。大きな箱みたいな形の中にたくさん椅子があって、一度に100人以上の人を運ぶんです。」

 まだまだ話し足りないブレイクだったが、リアン先生は「よくできましたね」と褒め称えた。リアン先生が続きを補足する。

「乗車券はそのうちにカードのようなものに変わりました。」

「はい!リアン先生!僕は鉄道の次の時代を発表したいです。」

 もう一人の乗り物好きのベンが負けじと手を挙げた。

「じゃ次はベン。お願いします。」

 頼まれたベンは誇らしげな顔をして発表する。

「鉄道は時代の変化から時代遅れになると、浮遊する乗り物が主流になりました。」

 クラスメイトが競い合って発表する中で、セスは心あらずだった。リアン先生の正体はなんなんだろう。そんなことがずっと頭を巡っていた。


「最果ての地…か。」

 帰りにそうつぶやいてトボトボとマンションまで帰るセス。隣を歩いていたクレアが不思議そうな顔をしていた。

「最果ての地に何か用があるの?」

「え?」

 最果ての地。クレアは知って…?

「ずっとずっと向こうの、街はずれにある所でしょ?」

 クレアが指差した方を見てみても答えは分からない。

 昔は鉄道やはたまた浮遊する乗り物があったかもしれないが、ここは全ての無駄がない世界。乗り物は存在しない。

 住む場所は学校のすぐ近くが与えられ、仕事を始めればその職場の近くに住むのが当たり前だった。通勤ラッシュや渋滞なんていうものは昔の書物の中だけにしかなかった。

 そのため自分の生活する範囲は限りなく狭い。他に行く必要がないからだ。

「クレアはどうして最果ての地なんて知ってるんだよ。」

 最果ての地。どうせ胡散臭いリアン先生の口から出まかせだと思い込もうとしていたセスはクレアが知っているとは夢にも思わなかった。

「ん〜。私は心のお医者さんになりたいって言ったでしょ?ここだけに住んでいると知らない世界があるのよ。ここだけならテロメアはいい所って思うけどテロメアにも光があれば影があるの。」

 テロメアの影。考えたこともなかった。みんな当たり前のように学校に行き、その後は当たり前のように仕事を始める。それ以外の世界…。

「違う世界に行けば…大人にならないで済むのかなって。」

 クレアはお腹の辺りをギュッと押さえて辛そうに苦々しく笑った。前にも言っていた。摘出手術が怖くて仕方がないようだった。

「違う世界か…。」

 セスは自分には関係のない遠い世界のことに思いを馳せた。


 クレアと別れてマンションに着くとドアに腕をかざす。ピッピッと人体識別チップが反応してドアの鍵がガチャと開いた音がした。

 テーブルには自動で置かれたビスケットとビタミン剤。いつもと変わらない何もかもが揃っていて、何もかもが無駄がない日常。


 眠れない夜は初めてだった。目を閉じると気持ち悪いリアン先生の笑い声が頭にこだまして「最果ての地へ」と不気味に笑いかけてくる。昨日はそんなことなかったのに、今日になって鮮明に思い出された。

 テロメアの影…。闇夜に紛れてこそ何か分かるかもしれない。セスはベッドから這い出して夜の闇に消えた。


 外はシンと静かで知っている場所のはずなのに気味が悪かった。早足でクレアが指し示した方へ足を向かわせる。

 行けば行くほど綺麗だった街並みは瓦礫が道に散乱するような荒れた場所へと変わって行く。セスの足で何分歩いただろう。歩ける距離にあるのに知らなかったテロメアの一面。

 黙々と歩くセスの前方。瓦礫の間に月明かりに照らされた何かを発見する。

 それは昔の文献でしか見たことのなかったナイフだった。キラリと不気味に光るそれをゴクリと喉を鳴らして拾い上げると鞘から取り出してみた。

 柄の部分とは比べ物にならないほどの刃先の輝き。いやに自分の心臓の音を大きく感じながらそっと鞘に戻すとポケットにしまった。


 信じているわけではなかった。しかしここに来たからにはルイスという人物に会ってみたかった。それなのに誰も外を歩いていない。行けば行くほどに不気味さを増す街並みにセスの足取りは鈍くなる。

 風が吹けばいつもの風と変わらないはずなのに生温くて気味悪い気持ちになり、静かな綺麗な月夜でさえもセスの足音だけがやけに響いて心細くなる。

 月のか細い光を頼りに歩いていたセスは、急に明るい光に照らされてギクリと立ち止まった。体中が心臓になったかと思うほどに鼓動はドクドクと速まって喉がカラカラに乾いていくのを感じていた。

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