第6話 リアン先生の秘密

 教室内を異様な雰囲気にしたままリアン先生は授業を終えて出て行ってしまった。

 言葉少ななクラスメイト達にクレアも何と声をかけていいのか困っていた。するとセスが明るい声で呼びかけた。

「なんだよ。みんな嫌なら食べなきゃいいだろ。肉が嫌なら別のビスケットにしてもらえよ。」

 セスは本物の動物なんて食べていないと思っていたため、リアン先生の言葉を信じるなんてみんな馬鹿だなぁと思いつつの言葉だった。それでもみんなは先ほどよりも明るく話す。

「そうだ。セスの言う通りだ。」

「どこに言えばビスケットの種類を変えてくれるかな?」

「リアン先生に聞いてみよう。」

 何故そこまでリアン先生を信じられるんだろう。

 セスはみんなとは別のことを考えていた。


 帰る時間になるとビスケットの変更届を持った子たちが急いで歩いて行く。クレアも手に持っていたから変更に行くらしい。セスはその様子をぼんやり眺めていた。

「なんだ。セスは変更届を出さないのかい?」

 突然、声をかけられて飛び跳ねて後ろを向くとリアン先生がセスに微笑んでいた。その微笑みはやはり瞳の奥は笑っていないように感じる。

「どうしてあんなことを言ったんですか?」

 セスは精一杯の冷たい視線でリアン先生を見る。

「あんなこととは?それよりセス。少し手伝って欲しいことがあるんだ。」

 リアン先生は質問に答えず、セスに来るように促して歩き始めた。


 ついて行くと連れてこられたのは古い本がたくさんある資料室。普段は全てタブレットで見ることができる。それなのに何を調べたいんだろう。

 リアン先生が鍵を開けると中から古い本の独特なにおいがした。顔をしかめながらセスも資料室に入る。

「明日の授業で使う資料を確認しておきたくてね。」

 リアン先生の言葉にも上の空で資料室を眺めた。

 すごいや。こんなにたくさんの紙…。初めて見た。

 初めて見る光景にソワソワして、よそ見しながら歩くセスは何かにつまずいた。

「うわっ…。」

 よろめいて思わずリアン先生にしがみつく。

 リアン先生にしがみつくなんて!不可効力だ。

 体制を立て直し謝罪を口にする。

「すみません。よそ見してて…。」

 ハッとして思わず飛び退いた。しがみついた場所。それは腰と下腹部の下辺り…。

「ハハハッ。どんな顔してるんだい。」

 セスは青ざめた顔をリアン先生に向けていた。対してリアン先生は楽しそうにこちらを見ている。

「今のは…何…。」

「何って知らないのかい?」

 知らないわけじゃない。自分にも…摘出手術していない自分にもあるモノだ。でも…リアン先生は…。

 この時ほどリアン先生の微笑みが恐ろしいと思ったことはなかった。微笑みを絶やさず一歩また一歩と近づいてくるリアン先生によろめきながら後退りする。

 狭い資料室。すぐに棚にぶつかって、もう後退りできない。それなのにリアン先生は一歩また一歩と近づいてくる。

「クククッ。そんなに怖がらなくてもいい。…そうだね。楽しいことしようか。」

 グッと押しつけられて否が応でも理解する。リアン先生は摘出手術をしていない。生殖器をまだ持っている。


「君たちが興味ある野蛮人の行為を教えてあげようか。」

 すぐ近くで囁かれた言葉にゾッとして寒気がした。

「な、何を言ってるんだ…。」

「興味あるんだろう?ハンナの時にみんなそういう顔をしてた。知らないだろうけど、男同士でも似たようなことは出来るんだよ。」

 顎のラインをツツツッと撫でられて、ゾワッと虫唾が走った。

「や…やめろよ…。」

 かろうじて切れ切れの声を絞り出す。

「あぁ。わざわざセスにそんなことしなくても女の子の方が私も良かったな。そうだなぁ。クレアなんてどうだろう。可愛い子だ。セスもそう思うだろ?」

 な…んだって…!?クレア…。

 セスはクレアの顔が浮かびリアン先生への嫌悪感がより一層増していく。思わず大きな声を上げる。

「何言ってんだ!そんなことさせない。だいたい…どうしてリアン先生はそんな体のままなんだよ!」


 クククッとまた気持ち悪い笑い方をするとセスから体を離した。

「あんまり悪戯すると私も保安局に連れて行かれてしまうね。」

 言われてリアン先生の頭の上を見るといつもは90〜95点のはずの点数が43点だった。急激に点数が下がっている。

「でもこれはダメな生徒に分からせるための行為だからね。大人になるのを促す…摘出手術を促進させるためのね。」

 リアン先生がそう口にしただけで点数はみるみるうちに上がっている。

 なんだよ。あれ!あんなのインチキじゃねーか!

 セスの心を見透かしたようにリアン先生はクククッと嫌な笑い方をする。

「へぇ。知らない行為でも怖いと思ったようだ。それとも知らないからこそかい?」

 セスは勝手にカタカタと震える手をギュッと握りしめた。

「大丈夫。私だって保安局へ連れて行かれたくないからね。」

 クククッとまた笑うリアンに反吐が出そうだ。

「まぁ怖いと思っておいた方がいい。あんなもの快楽に溺れているだけだ。」

「快楽って…。」

 戸惑ったセスにまた愉快そうな顔でクククッと笑う。

「そりゃいい思いがなれば行為に及ばないだろ?昔は種の保存をしなければならないからね。」

 無言のセスがよほどおかしいのかまだ笑っている。リアン先生は笑いを噛み潰しながら話す。

「だから恋だの愛だのは幻想なんだ、と言っている。だからそんなものも交わりも野蛮人の行為だ。今はそんなもの必要ないんだ。捨ててしまえ。」

 冷たく言い放たれた言葉。先ほどの押しつけられた時とは違う恐怖を感じた。


 セスはギリギリと奥歯を噛み締める。恋だの愛だの言われても分からない。それよりもリアン先生が信じられなかった。

 何より捨ててないのは自分じゃないか!

「質問に答えろよ!どうしてそんな体なんだよ!」

 ハハハハハッ。

 楽しそうなリアン先生。それでも笑っている目の奥は何も映してないように見えた。

 やっぱりコイツ狂ってる…。

 セスはより一層の嫌悪感を募らせた。リアン先生はシルバーの髪の毛を邪魔そうにかきあげて眼鏡を押し上げた。

「知りたかったら…最果ての地でルイスに会って来るんだね。」

 フッと笑うとセスに背を向けて「もう帰っていいよ」と資料室の奥へ行ってしまった。

 最果ての地…。セスは聞いたことがなかった。

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