第4話 野蛮人の結末
ハンナは、ぽちゃっとした可愛らしい小柄な女の子。白い肌に赤毛がよく映える。
ハンナの隣にはタイラー。褐色の肌に濃い茶色の髪がかかる。男らしい男の中の男という感じだ。そう思っているのも、そう思われているのも互いに小学生4年生ではあるが。
「タイラー。私…もう無理。」
シクシクと泣くハンナのただよらぬ雰囲気にみんな息を飲む。
「無理ってなんだよ。大丈夫だって。」
焦るタイラーが必死にハンナをなだめているように見える。
「だって私のお腹には赤ちゃんがいるってことでしょ?」
「えー!!!」
ハンナの言葉に一瞬で教室内はパニック状態になった。
「どうして?」
「だってお腹にって…野蛮人ってこと?」
「でもどうやって?」
心無い言葉を口々につぶやくクラスメイトにタイラーは大声を出した。
「お前ら何も知らないでそんなこと言うなよ!」
シーンと静まり返った教室。タイラーの声だけが響く。
「俺たちは愛し合ってるんだ。俺はハンナが大切なんだ。だからお腹の赤ちゃんだって大事にする。」
愛…。それはこの世界には必要のないもの。誰もタイラーの言葉に同意できる者はいなかった。ハンナは泣きながら言葉に詰まりながら弱々しい声をこぼした。
「タイラー。もう私は無理なの。だって…エリックを見て。立派に大人になったっていうのに…。私は何をしているのかしら。」
一斉にみんなの視線はエリックを捉える。居心地が悪そうに、でもまんざらではない顔でいるエリック。
生殖器の摘出手術をしたエリック。対して野蛮人とされる妊娠をしたと思われるハンナ。対極にいる二人を見比べるクラスメイト。
タイラーは声を荒らげて意見した。
「でも!どうするんだよ。俺たちの赤ちゃんだぞ。命なんだぞ。」
命…。そんなものが本当にお腹に?本当に?クラスの大半が半信半疑というよりも信じられない顔をしている。
そこによく通る凛とした声がかけられた。クレアだった。
「ハンナ。妊娠すると気持ちが不安定になる時もあるそうよ。だから今は仕方ないの。でも…貴女のお腹には命があるんでしょ?それはかけがえのないものだと思うわ。」
シーンとした教室の沈黙が突如破られた。
パチパチ…パチッ…パチパチパチパチ。
1人、2人と拍手をし始めるとみんなが拍手した。命。それはかけがえのないもの。そのクレアの意見に賛同する思いだった。
「みんな…。ありがとう。ありがとう…。」
また泣き始めたハンナの涙は先ほどの悲しい涙ではなく、綺麗な涙だった。
「なんの騒ぎですか?」
騒ぎを聞きつけたリアン先生が教室に顔を出した。みんなギクッとした顔をする。先生に…リアン先生に言って大丈夫なのだろうか。
沈黙を破る声が響く。
「リアン先生!ハンナが野蛮人の方法で妊娠したそうです。」
声高らかに手を挙げたのはエリックだった。温厚なはずのリアン先生の目が鋭く光った気がした。セスがリアン先生のことを信じられないのは、こういう目をすることがあるから…。
ハンナは顔を歪ませてまた涙で頬を濡らすと俯いた。ぐちゃぐちゃな顔を拭くこともせず、スカートをギュッと握った手はカタカタと震えている。
タイラーはハンナを守るように寄り添った。
「ハンナは悪くありません。お願いです。俺たちの赤ちゃんを…命を見捨てないで下さい。殺さないで…。」
タイラーの悲痛な声にクラスの女の子からはすすり泣く声が聞こえた。リアン先生は優しく諭すようにハンナに声をかけた。
「つらかったでしょう。大丈夫ですから。行きましょう。」
連れて行こうとするリアン先生の腕をつかんでタイラーは尚も訴えた。
「行こうってどこへですか?まだお腹の赤ちゃんは育っていないんです。俺、調べました。このままお腹にいないと…この命は…。」
リアン先生は腕をつかんでいる手をそっと外すとタイラーにも微笑んだ。でもセスにはその瞳の奥は笑っていないと思えてならなかった。ゾッとする笑顔。そう思えてしまう。
「大丈夫ですから。ここは私に任せて下さい。」
タイラーは反論することができずに俯いて立ち尽くした。
「あぁ。タイラーにも来てもらった方がいいかもしれません。」
その言葉に顔を上げたタイラーはハンナを気遣いながらリアン先生の後に続いた。
セスは嫌な予感しかしなかった。リアン先生のあの瞳。絶対にあの命は…あの命は殺される。
二人は二度と教室に戻ってくることはなかった。風の噂で未熟児な赤ちゃんは人工保育器の中で育てられているらしい。
そして二人は会えないように別々の場所に引っ越しさせられた。もちろん生殖器の摘出手術を強制的に受けさせられて。
例え赤ちゃんが元気に育ったとしても会えることはもうない。それは無駄なことだから。
教室内にどんよりした雰囲気が立ち込めていたが、それも数日の間だけ。
ただ、心に深く刻まれることになった。野蛮人の行為はやはり許されないことなのだと。そして愛などは幻想であると。
セスはやりきれない気持ちだった。その思いはクレアも同じようだった。以前のようにリアン先生を尊敬しているような発言をしなくなっていた。
そして何よりやりきれなかったこと。リアン先生にハンナが妊娠してると告げたエリックの頭の上の数字。発言した途端に90点になっていた。
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