第3話 人間の点数
セスは気持ちのいい朝陽に照らされて、ぼんやりと学校までの道を歩く。
セスは大人になりたいとは思っていなかった。その理由はもちろん血や痛いことが苦手というのもある。もうひとつ…。
「おっと失礼。」
ぼんやり歩くセスにぶつかりそうになった紳士が謝って去っていく。その気の良さそうな紳士の頭の上。
その頭の上には2桁の数字が表示されていた。それは…人間の点数。
生殖器の摘出手術を受けると同時に体に何かを埋め込まれるらしいそれは成人したと認められた日から点数が表示されるようになる。
その点数は他人からも確認することができた。そして25点を切ると保安局がどこからともなく現れて該当の人物を連れていく。
良からぬことを考えれば途端に点数は低くなり、無論いい行いをしている人は点数が高い。先ほどの紳士は95点。気持ちのいい謝りの言葉をすぐ口に出せる人は人間ができているということらしい。
「俺なんて50点あればいいとこ…だよなぁ。」
ガックリ肩を落とすセスに明るい挨拶がかけられた。
「おはよう。セス。今日は早起きね。」
まだあった。大人になりたくない理由。クレアだ。
朝陽の眩しさにもひけをとらない輝く笑顔をこちらに向けている。そのクレアとも大人になれば一緒にはいられない。
個々で生きていくライフスタイルが定着する世の中。大人になれば否応無しに別々の道を歩むことになる。
ただ、それらを理由に拒否することはできない。大人になることは誰でも通らなければならない道だった。
こうやって並んで歩けるのはいつまでなのかな…。
寂しい思いに囚われてしまわないようにセスは明るい笑顔で学校までの道を歩いた。
今日の授業は昔の生物の話。
「えー。昔はこのような害虫がたくさんいました。夏になれば蚊や蜂が街中を我が物顔で飛び回り、時には人間も襲っていました。」
教室の一番前。大きな画面をタップしてリアン先生が表示させた蚊や蜂の生態を表した映像。それを見た子ども達は恐怖に慄く。
「や〜!怖い!!」
「気持ち悪い…。」
「先生!こんなの本当にいたんですか?」
子ども達の声に微笑んで振り向いたリアン先生は頷きながら説明する。
「いましたよ。この映像は分かりやすく拡大しているので余計に気持ち悪いですが、実物は手足を含めて蚊なら10mm程度です。まぁ小さくても害虫に変わりありませんよね。」
みんなが怖がる中でセスはリアン先生の頭の上を見る。表示されているのは大抵が90〜95。今日は93点だ。
こんな胡散臭くても先生だから点数がいいのかなぁ。
「セス?聞いていますか?」
ぼんやりしていたセスの耳にリアン先生の声が響いた。
「あ、はい!もちろん!」
「では、蚊が絶滅したのはいつです?」
「えっと…それは…。」
クラスのみんなはクスクスと笑う。セスが話を聞いてなかったのはバレバレだった。
バツが悪そうにうつむいて頭をかく。
「ごめんなさい…。聞いてませんでした。」
「はぁ。全く…。」
リアン先生はため息混じりに注意した。
「授業に集中してください。蚊が絶滅したのは500年前。蜂の絶滅が800年前ですから蚊の方が絶滅が遅かったことになります。」
注意されてしょんぼりしたセスのことはお構いなしに授業は進んでいく。他のクラスメイトが手を上げて質問する。
「どうして蜂の方が先に絶滅しちゃったんですか?」
「いい質問ですね。それは花が先に絶滅してしまったからです。」
また先生が画面をタップすると綺麗な花畑が映し出された。女の子の中には「はぁ綺麗…」と感嘆の声を上げる子もいた。その中でクレアは凛とした声で質問した。
「でも先生!私たちは野菜を食べています。今朝のビスケットはほうれん草味でした。」
そう言えば…。と、みんなも口々に俺はキャベツ!私は人参!と今朝のビスケットの味を発表する。
「それは…。」
顎に手を当てて言い淀んだリアン先生は、少ししたのちに微笑んでクレアに向き合った。
「絶滅した植物を再生医療を応用して復元したのちに、栽培技術の進化を駆使した安全かつ効率的に栽培できる施設が作られたからです。ここまではまだ難しい話ですので、小学生では習いませんが。」
本当かよ。やっぱり胡散臭くせー。
セスはたまに見せるリアン先生の言葉に詰まる様子とその後に話される取って付けたような解説に到底信じられない気持ちだった。
きっと今回のことも栽培している施設について調べてみても、どこにも記載されておらず信憑性は怪しいものという結果になると思っていた。
それでもリアン先生の頭の上の数字は94点。さっきより上がっている。嘘というわけではないのだろうか…。それとも…。
授業が終わった休み時間。エリックが自慢げに言い出した。
「俺、昨日やってきたぜ。もう俺も大人の仲間入り。」
得意げに話すエリックの頭の上には75点という数字が…。それなのに摘出手術の話をし始めるとどんどん数字が上がる。大人になること。それがどれだけいいことなのかを表しているようだった。
「どんな風?手術痕を見せてよ〜。」
アンソニーの一言をきっかけに男の子達はよってたかってズボンに手をかける。
「待てよ。ここじゃ女の子もいるだろ。トイレ行こうぜ。」
そう言ったエリックの頭の上の数字がまた増えて今は82点になっている。手術痕を見せることは良いことのようだ。
すると「う…うぅ」と泣き声のような音が耳に入って一斉にそちらに視線が向かう。
泣いていたのはハンナだった。
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