6・黒駒
「負けだっ!」
勢いよく、馬場さんは投了した。
「ありがとうございました」
馬場さんは得意戦法の居飛車穴熊だったが、肝心の穴熊が脆いのは変わっていなかった。最低互角にさばければ先に寄せれる程だ。
「で、何が聞きたい?」
「この駒の事で」
僕が駒を取り出して見せると、馬場さんは、その駒を一瞥して眉をひそめた。
「何だ、こりゃあ。ひどいな」
「人の血をすった駒で、これで将棋を指すと死ぬらしいです」
「…ふむ。呪いの駒ってわけだ。どうしたんだ、これ」
馬場さんは銀と玉を取って、くるくると回しながらそう呟いた。
「教授から預かり物で、この駒の調査を仰せつかったんです」
「変わった先生もいるもんだな」
「何か分かりませんか?」
「彫師は『影月』ってもんだ…まあ、学も分かってるだろうが虎斑の盛上駒で字体は宗歩好。こうなってなけりゃ、いい駒だな」
「知りませんか、この影月って人」
「悪いが、この彫師は知らないな。…知り合いにも聞いといてやるよ」
「すみません、ありがとうございます」
「しかし、こりゃあ伝説の『黒駒』ってやつじゃあねえか?」
「…何です?その黒駒って」
「彫師の間で有名な与太話だ。聞きたいか?」
「ええ」
「大正時代、とある彫師と将棋指しがいた」
「彫師と将棋指しは親友で、彫師は無名だったが、熟練の彫師を感嘆させる程の駒を彫り、将棋指しはプロではなかったが、プロ並みの棋力を持つ常勝無敗の真剣師だった」
「だがある日、その強い将棋指しは真剣に負けた。途方もない大金と自分の命を賭けた真剣で。将棋指しは自害するまで夕刻まで待って欲しい、と言って彫師を自分の身代りとして対局の場に残してその場を離れ、彫師も納得して将棋指しを信じて待った。だが、将棋指しは日が暮れても姿を見せず、彫師が代わりに切り殺された。彫師は対局に使われた自分の駒を握ったまま絶命したそうだ。そうして彫師の血と怨念が宿った駒、黒駒が生まれたって話だ」
「メロスの逆パターンだな」
ケンちゃんが興味のなさげに呟いた。
「それで対局した人が死ぬようになったって事かな?」
「どんな呪いなのかは知らないがね」
頭を掻きながら困ったように馬場さんは言った。
「でも、おかしくないか?わざわざそんな不吉な駒を使って将棋をした物好きがいたってのか?いくら出来がいいからって血まみれなんだから捨てるだろ、普通」
ケンちゃんは左手で顎をさすってそう言った。
「そうだね…」
「ま、ただの与太話。これが黒駒なのかも分からないしな」
馬場さんは笑顔になって、駒をしまい始めた。
「ありがとう、馬場さん。ごちそうさまでした」
「ああ、また来なよ。何か分かったら家の方に電話しとくからな」
「ええ、ありがとうごうざいます」
「お世話になりました」
僕たちは店を後にして、渚ドライブウェイを北に走り始めた。
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