5・彫師

 東海北陸自動車道を走って岐阜を抜け、石川県にたどりついたのは午後2時を回っていた。

 渚ドライブウェイに行きたいとうるさい先輩と県居のために俺は進路を西にとって海沿いを走り始めていた。

「先輩はわかるけど、てめーは地元だろ」

「そう言いつつ向かってくれるケンちゃん最高ですよね、先輩」

「優しすぎるところがお前の弱さであり、強さだな!」

 うるせーよ。まあ、俺も少しは行きたかったからいいけど。

「洗車手伝えよ、県居」

「了解!」

 海沿いの道は雲一つない空の青と鮮やかな海の青でまぶしかった。この道も車は少なく、快適だった。窓を開けると、海鳥の鳴く声が聞こえ、わずかに潮の香りがした。クーラーで冷えた空気と外の熱風が混ざったが、その暑さも心地よかった。

「県居、夏っぽい曲を頼む」

「オッケー」

 県居はそう言ってスマホに変換器のアダプタを繋いだ。

「お聞きください、サブちゃんでまつり」

「…」

 ま~、と流れたところで俺は県居に突っ込む。

「待て待て!何だそのチョイスは!」

「え~ダメ?」

「そこはお前、井上陽水のかんかん照りだろ!」

「いや、お前ら俺より年下だよな」

先輩は珍しくツッコミを入れた。


                 *


 俺たちがそんなアホな話をしながら走っていると、渚ドライブウェイの入り口に辿り着いた。

「舗装路から砂まみれだな」

「こんなもんだよ」

 舗装路が終わって、海岸に入ると海まで遮るものは何もなかった。

「すげえな、これ」

「でしょ?」

 海沿いに車を止めて写真を撮っている奴が何人かいた。海岸に車がある風景はなかなか新鮮なもんだ。砂浜に突き刺さっている道路標識もなかなかシュールだった。海を見ると揺れる水面が白く輝いて一層まぶしかった。空と海が水平線でつながっている。

 ドライブウェイの砂は踏み固められていて、車がスタックするような様子は一切なかった。左の海を見ながら窓を全開にしてアクセルを踏み込む。ところどころの砂の盛り上がりで車がはねたが、俺達はワーワー言いながら楽しんでいた。

 渚ドライブウェイを走っていると右手に海の家がちらほら見えた。ホットドック、焼きそば、ラムネ…昼飯から大して時間は経っていないが、魅力的なワードが目に入る。

「県居、腹減ってるか?」

「みなまで言うなよ、ケンちゃん。もうちょい先に知ってる店があるんだ」

「流石地元民だな」

「あった、そこそこ。海の家まがり馬」

 県居の言う店の前に車をつけて、車を降りた。じりじりと暑い空気が俺たちを包んだ。

 海の家の暖簾をくぐると、奥でTVを見ていたおばさんがこちらを向いた。

「いらっしゃい。あら、学君じゃない」

「どーも、お久しぶりです。親父さんいます?」

「いるわよ、なんか頼む?」

「そーだね、ラムネを…3つと…」

 県居がこちらに視線を送ってきたので、俺はメニューを見ながら

「ホットドック2つで」

と言った。

「わかったわ、ちょっと待ってて。ラムネは3本でよかったの?」

 そう確認しながら、おばさんは氷のいっぱい詰まったクーラーからラムネを三本取り出した。

「ええ」

 俺と県居はラムネを受け取って、真ん中にあるテーブルの椅子に腰かけた。傍にはぼろいがでかい扇風機ががたがた音を立てながら風を送っていた。

「何か飲みたくなるよな」

「そーだね」

 おばさんが店の奥に入ってすぐに、どたどた、と足音が聞こえた。

「学~、久しぶりだな!」

 黒々と日焼けした爺さんが満面の笑みでこちらに駆け寄ってくる。年齢からしてさっきのおばさんとは親子だろうか。

「どうも、馬場さん」

「大学はどうだ?楽しいか?」

「ええ、楽しいですよ」

「そりゃよかった。まだ将棋はやってんのか?」

「ええ、そこそこで」

「お連れさんは大学の友達か」

 爺さんはこちらを向いて笑顔を浴びせてきた。

「はじめまして、多田健です。県居君にはいつもお世話になってます」

「よろしくな。健君か、ええ名前だ。君も指すのか」

 さす、って何だ。と思って考えていると、県居がフォローしてくれた。

「ケンちゃんは将棋はできないよ、馬場さん」

「はっはっは。そうか、そうか」

「お待たせ、ホットドック2つね」

「待ってました」

 おばさんからホットドックを受け取って、ほおばるとからしが効いていて旨かった。

「祥子。悪いけど将棋盤持ってきてくれ」

 そう言いながら、爺さんは俺達の対面に座った。

「お父さん、学君とはもう指さないって言ってなかった?」

「ばぁかもん。わしは、日進月歩で強くなっとる」

「はあ、手加減してくれる?学君」

 おばさんは、県居に向かって笑いながらそう言った。

「はは」

「馬場さん、将棋に負けたら無料ってまだやってるの」

「やってるよ。看板はひっこめたがね」

「お父さん、負けてもいいけど、ショックで倒れないでよね」

「わしは勝つぞ!」

 おばさんは呆れた様子で将棋盤と駒をテーブルの上に置いた。県居と爺さんはぱちぱちと駒を並べていく。

「馬場さん、そういや本業は?」

「もちろん、『恵水』は死ぬまで現役よ」

「本業って?」

 俺が県居に尋ねると、

「こちらの馬場雅文さんは、駒の彫師なんだよ」

と答えた。

「彫師…なるほどな」

 駒の職人ならば例の駒の事もわかるかもしれない。だが、そうならそうと先に言えよ。

「馬場さん、この勝負に勝ったらちょっと教えてほしいんだけど」

「いいぞ、わしにわかりゃあな。ふふふ、わしが勝ったら倍額だぞ」

「オッケー。振りますよ」

 県居の手から、からん、からん、と駒が転がった。

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