3・ケンメリと部室幽霊
俺は大学の小汚いクラブ棟の小汚いオカルト研究部の部室で県居を待っていた。オカルト研究、聞いただけであほくさくてため息がでる部活だが、それに所属してる俺らはもっとあほくさい。
俺が漫画を読みながら一服していると、県居がやってきた。
「おまたせ」
「何の用事だったんだ」
「ちょっとね」
こいつがこういうはぐらかしかたをする時は、問い詰めても答えない。
「まあいいや、行こうぜ」
部室棟を出て、大学の駐車場に停めた愛車のケンメリに乗り込んだ。狭い後部座席は俺の荷物と県居の荷物で埋まっていた。
「何で実家に帰るのにこんなに荷物がいるんだ?」
「こっちで買った抱き枕がないと寝れないんだよね」
「乙女かよ」
突っ込みながら、俺はエンジンキーをひねった。調子のいいエンジン音が聞こえてくる。
「さて、どこのSA寄ってくかな」
「ケンちゃん実はノリノリだよね」
「旅は楽しまなきゃ損だからな」
そう言って俺は、クラッチを踏み込んでギアをローに入れた。
*
高速に乗って、愛知を抜けて岐阜に入ると車も減ってきた。快速で走っていると、助手席の県居が運転席の方を見て言った。
「ケンちゃん飛ばしすぎじゃない?」
「そうか?こんなもんじゃないか」
俺がちらりとスピードメーターを見ると、針は150に振れていた。そういや、エンジンも唸ってる。下り坂で思った以上にスピードが出ていた。俺がアクセルを離そうとした瞬間、
「あ、オービス」
と県居から絶望的な言葉が漏れた。
「な…」
に、と言う間もなく、頭上に設置されたそいつは、一瞬白く光った。
「…終わった、いきなり免停かよ」
「まあまあ、せめてもの抵抗としてちゃんと変顔しておいた」
「…」
「警察の人も笑ってくれるだろう」
「うるせーよ」
失意の中、俺は車を走らせた。車の灰皿が一杯になってきた頃に、サービスエリアに立ち寄った。
昼飯はそこのフードコートで食べる事にした。そこで俺はけいちゃん焼き定食、県居は天ぷらうどんを頼んだ。番号札を渡されて、適当に窓際の空いていたテーブル席に腰かけた。県居は水を取りにいくといって席を立った。
「俺を置いていくなよ、拗ねるぞ!」
不意に聞き覚えのある無駄にでかい声が聞こえた。
声のした方を見ると、窓の外にオカケンのメンバーで大先輩、そしてとても面倒くさい男、直川勝之がいた。
「…ちわっす、直川先輩」
俺は小声で挨拶した。
「お前ら、先輩を置いて旅行とは、先輩哀しいぞっ!」
「直川先輩に連絡できないし、どこにいるか分からないじゃないですか」
「それもそうだな!はっはっはっ!」
先輩は大声で笑いながら、県居がさっきまで座っていた椅子に腰掛けた。
「で!何しにどこ行くんだ?」
テーブルに身を乗り出して、期待しているって顏をした。
「県居の奴は石川で将棋をやるって言ってましたけど、何するか詳しくは知らないですよ」
「何だって?」
先輩はあまり見たことのない考えるような表情をして、テーブルに頬杖をついた。
そんなやりとりをしていると、県居が水を汲んでやってきた。
「時間かかったな」
「近くのが熱湯しか出なかったんだよ」
県居はそう言って、俺と先輩の前にコップを並べた。
「ありがとよ、県居」
俺はそう言いながら、隣の椅子を引いた。
「あれ、直川先輩?」
県居がそう聞いてきたとほぼ同時に、呼び出しベルが鳴った。
「ちょっとすんません」
「おう」
俺は県居を連れて受け取りカウンターに向かった。
「何故バレたと思う?」
「あ、家のカレンダーに書いたかも」
「…そうか、不法侵入してくっからな。つまらなそうにしてたからよ、適当言って帰ってもらうわ」
「僕はいいけどね」
「俺がうるさいから嫌なんだよ」
「僕には見えないし、聞こえないし。まあ、オカケン全員集合でいいじゃない。」
「気楽に言ってくれるな」
俺はため息をついて、けいちゃん焼き丼定食を受け取った。
直川先輩は5年前に彼が大学3年生の時に交通事故で亡くなっている。今は訳あって俺たちと一緒に行動している浮遊霊というかオカケンの部室の縛られてない地縛霊みたいな何言ってるか分からない存在だ。
俺はガキの頃から幽霊って奴が見える。話も聞こえる。ただそれだけだが。悪霊を退散させる事も、式神を召喚することもできない。
「まあ、取り敢えず直川先輩、こんにちわ」
県居はそう言って、直川先輩のいる位置から右に少しずれた方向に頭を下げた。
「おう」
「じゃあ全員集合したし、作戦会議しようか」
「わーい、待ってました」
俺は棒読みでそう言って、サラダを口に放り込んだ。
県居は鞄から見覚えのある巾着袋を取り出して口を開いて駒を見せた。
「この駒は坂村教授の恩師が前の持ち主から譲り受けたもので、この駒を使って対局した人は血を吐いて死ぬと言われている」
「…さいでっか」
「この駒のルーツを探る。というより呪いを解くこと。それが坂村教授の依頼だよ」
「一週間で終わるのかよ」
「さあ」
この野郎、一週間って言っただろうが。県居の呑気な返事に拳に力が入る。
「…夏休み終わるまでだ。絶対にそれまでに終わらせるぞ」
「明後日には終わってるかもしれないしね」
「能天気過ぎるだろ、当てはあんのか?」
県居は笑顔を浮かべてメモを差し出した。
「前の持ち主は分かってるんだ、そっから手繰っていけば、ルーツも分かるでしょ」
「…確かにそうだが、わざわざ俺たちが現地に行く必要あんのかね。電話して聞きゃあいいだろ」
「電話できないんだよ、その人。喋れないらしくてさ」
「…はー、そうかい」
俺は薄ら寒いものを感じながら、再び県居の駒を見た。何も見えないが、まあ、碌でもないルーツがあるに決まってる。そもそも人の血で染まった駒なんてな。
「ホラーな話だな、オイ」
先輩、あんたが言うな。
「楽しそうでしょ」
県居はそう言って楽しそうに笑った。どんな神経してんだ、こいつは。ため息が出る。
「そういや、先輩はどうやってここまで来たんですか」
県居は思い出したようにそう言った。
「ケンの車の上にしがみついてたんだよ。驚かしてやろうと思ってな。気づかなかったろ」
ホラーな話だな、おい。
「ええ、先輩だったら瞬間移動ぐらいするのかなと思ってましたよ」
「ちゃんとオービスが光った時に上でピースしといてやったぜ!」
俺と県居は食事を終えると、車に乗り込んで再び高速を走り出した。先輩をケンメリの後部座席に蹴り込んで。
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