七章 オルフェリアの決断5

「不服はないですな」

「俺はただの荷物番だ。勝手に荷物を開けられたら俺が怒られちまう! 責任者が到着してからにしてくれ」

 荷物番は喚いた。

 彼の仕事は荷物の見張りをすることで、それ以上の権限は持ち合わせていない。


「それは困ったね。では、きみたち、スミット商会に行って臨時検査の旨を知らせてきたまえ」

 フレンに名指しされた役人のうち一人が慌てて走り去った。

「とにかく。俺の仕事はここで荷物の見張りをするだけだ」

 数人の荷物番はフレンらと対峙するように荷物の前から動こうとはしない。


 大人たちが湖畔から動こうとしなくなり、マーナは不安げにフレンの服を引っ張った。

「お兄ちゃんのこと……」

 マーナの頭の中はマルクのことでいっぱいである。フレンたちが一向にマルクを探しに行かないことに不満をあらわにする。


「わかっているよ」

 フレンは優しい顔を作った。

 マーナは尚も疑わし気な視線を投げつけてくる。

「本当、おじちゃん?」

「おじ……。せめてフレンって呼んでくれないかな」

 フレンは苦笑いを浮かべた。


「わかった。フレンのおじちゃん」

 もう何も言うまい、とフレンは心に決めた。


 フレンがマーナの無邪気な精神攻撃にあっている間もスミット商会側との膠着状態は続いている。

 果たしてアウスタインは役人の求めに応じて港まで姿を現すのか、それとも別の者が代わりにやってくるのか。

 フレンとしてはどちらでもよいが、アウスタインに逃亡を許す時間は与えたくない、というのが本音だ。


 時間だけが経っていき、マーナはその場に座り込む。見かねたルイスが抱えてやった。ルイスの腕の中でマーナが船をこぎだしたころ、後方から明かりと、人の話し声が聞こえてきた。

 途切れ途切れに聞こえてくる声はフレンも知ったもの、アウスタインのもので間違いない。

 ファレンスト商会の名でも出したか、スミット商会のトップの登場にフレンらの間に緊張が走る。

 フレンはゆっくりと振り返った。

 アウスタインはこちら側に近づくにしたがって、余裕を取り戻したのか、ゆっくりとした足取りになった。

 取り巻きと思わしき男らに囲まれたアウスタインが、口を弧の字に曲げている。フレンは取り巻き連中の中に見知った顔、オルフェリアの父親を捜したが、あいにくと彼は見当たらない。


「おや。ァレンスト商会のみなさん、そろいで。自分たちの商会が最近不祥事続きだからと、こちらに因縁をつけるのはやめてもらいたいですね」


 アウスタインはにこやかに口火を切った。しかし、その瞳は笑っていなかった。

 冷え冷えとしている。

 アウスタインはフレンの正面まで歩き、二人は至近距離で対峙する格好となる。


「不用意な言葉は避けた方が身のためですよ。ファレンスト商会にやましいところなどありませんから。先ほどもハレ湖の担当官殿に協力を申し出てたくらいです」

 フレンはにっこり笑顔を作った。

 その笑顔に、アウスタインは方眉を跳ね上げる。

「協力、ですと?」


「ええ。道中お聞きになられたでしょう。本日、別の商会の荷物から害虫が発見された、と。砂糖や綿花を運んでいると避けては通れない問題ですね。アルメート大陸固有の害虫を西大陸で繁殖させるわけにはいきませんし、害虫駆除は早急に行わないとならない。そういうわけで捜査協力ですよ」

「そんなものに、貴殿がわざわざ?」

 アウスタインは胡散臭そうに眉根を寄せる。

「ええ。万が一にも不正が行われてはいけませんし、被害状況を迅速に把握することがこの商売、うまくいかせる秘訣だと考えます」


「ふんっ。青二才が声高に」

 今度ははっきりと侮蔑の色が混じる。


「そういうわけで、早急に終わらせますからご協力を」

 役人が荷物に近づく。

 荷物番の男たちは役人らを近づけまいとして荷物の前に立ちはだかる。

 立ち往生した役人のうち、年かさの男が背後に控えるアウスタインを振り返る。

 アウスタインは苛立ちを隠そうともしなかった。


「スミット氏」

 アウスタインはしばらくの間硬直した。

 荷物番の男たちは彼の命令を待っている。

 アウスタインは燃えるような瞳をフレンに向ける。フレンはそれを受け止めて肩をすくめた。あくまで、今回の検査がこちらとしても不意のものであったというように。


「……わかった。おまえら、そこをどけ」

 アウスタインの命令にしぶしぶ男たちが道を開ける。


 役人は被せてあった幌を数人がかりでひん剥いた。荷物番らは役人を手伝うそぶりを見せない。

 フレンに緊張が走る。

 それは、隣にたたずむアルノーも同じだったようだ。彼が一瞬、フレンのほうに視線を寄越した。フレンは小さくうなずく。


 今はマルクを信じるしかない。

 役人たちは次々と幌をはぎ取っていく。

 たいまつと角灯の明かりに照らされて、辺りは昼間とまではいかないが、二メートルくらい先までなら目視できるほどの明るさである。

 と、一人の男が声を上げる。


「フェーネンさん! 虫です。虫を発見ししました」

「なんだとっ!」

 アウスタインが叫ぶ。


 その声に釣られるように別の荷物に異常がないか確認をしていた役人らが声のした方へと急いで駆けつける。

 役人を押しのけるようにアウスタインが荷物に駆け寄った。

「これは、何かの間違いだ!」

「しかし、現に害虫が箱の外に出てきていますからね。とりあえず、中を改めさせてもらいます。他の荷積みも確認するぞ」

 フェーネンと呼ばれた男はまずはアウスタインに説明をして、最後に部下へ指示をする。

 荷物番の男たちは事態の急転におろおろと次の指示を待つ。


「やめろ!」

 アウスタインが叫ぶ。

 その言葉に荷物番が役人につかみかかろうとする。


「公務執行妨害になりますぞ」

 フェーネンが良く通る声を出した。

 その言葉にアウスタインが男たちに合図をする。

「やましいことがなければ、すぐに終わりますよ」

 フレンがそう嘯いた。


 この慌てようからすると、十中八九荷物の中に見つかってはまずいものがはいているのだろう、と察せられたが。

 役人が木コンテナの看板を読み上げる。

「中身は砂糖です」

「ふむ。そうか」

 コンテナが明けられる。


フレンは成り行きを見守った。

 役人らはコンテナの中身を取り出していく。けれど、彼らだけではらちが明かないため、すぐさま一人の男が応援を呼びに行く。その間もずっと作業は続けられ、確かに数匹の害虫が確認できた。

 ほどなくしてやってきた人夫らが軽々と荷物を運び出す。

「も、もういいだろう! この荷物はコンテナごと燃やす! だからさっさと元の状態に戻せ」

 アウスタインはフェーネンに詰め寄る。


 この焦りようは間違いない。砂糖に紛れて武器があるはずだ。もしくは、鉄鋼か。

 フレンはアウスタインの目が逸れているうちに素早く運び出された木箱や麻袋の中で何か変わったものがないか、確認していく。ルイスはそ知らぬ顔をして人夫を手伝い、自らも木箱を運んでいる。船をこいでいたマーナは周囲の騒音により眠りの世界より無事帰還したようだ。しっかりと自分の足で立っている。


 と、その時。

 がたんと、何かが揺れる音がした。

 それは小さな音だった。


「な、なんだこれは」

「どうした?」

 ルイスの声に驚いた人夫が尋ねる。ルイスは声をかけた男の腕の中の荷物を指さした。

「そ、それから今……変な音が」

 ルイスの指がわずかに震えている。

 そのおびえた様子に男が思わず箱を取り落とした。


「失礼」

 役人が落ちた箱を見分する。

「やめろ! 触るんじゃない」

 アウスタインが慌てる。叫ぶ形相がどこかの悪魔のように歪んでいる。

「おかしいですね。砂糖だけを積んでいると、そんな音しませんよ。まるで金属同士がぶつかるような音なんて」

 フレンがしらっととぼけた。

 ここにきてアウスタインはフレンに憎悪の眼差しを投げつける。

「き、きさま……」

 役人ははっとした表情をして、木箱を開けようとした。

「あなたもここまでのようだ」

 フレンは小さくつぶやいた。


 その言葉が届いたかどうかは分からない。アウスタインはこれでもかというくらい目を見開いて、役人を止めようとするが、フレンが前に踊りでる。

「やましいことがないのなら、堂々としていればいいのでは?」

「貴様! ふ、ふざけるな! 何の茶番だ」

「先に茶番を仕掛けたのはそちらですよ」

「ふざけるな! 若造がいい気になりやがて」


 アウスタインはフレンに掴みかかる。

 掴みかかった腕をアルノーがぐっと抑える。

 木箱を見分していた役人が声を上げた。


「これは……、拳銃か」

「どうして、こんなものが」

「そ、それは何かの間違いだ! そうだ、誰かが私を陥れようとしたに決まっている」

 役人はお互いに目配せをした。


「まあまあ、とりあえず、輸入書類の確認が先です。このコンテナの輸入許可証と荷積み書類を提出していただきましょう」

「何の権限があってそんなことをする!」

 アウスタインはフェーネンに掴みかかる。


「しかし、こんなものを発見した以上、一応は正規の手順を踏んで一通り確認をしないことには、いかないのですよ」

「そんなこと知るか! これはそこにいるファレンスト商会の罠に決まっている。調べるというのならそこの男の荷物を先に調べろ! きっと面白いものが出てくるに違いない」


 アウスタインは大きな声をだして、笑った。見開いた瞳は昏く、何か一種の興奮状態をほうふつとさせる。

 役人らがやれやれ、と言った風にそれぞれ息を吐く。

 押し問答が続けられていると、別の方向から明かりを持った人間が近づいてきた。

 その人物は警邏隊の男二人と、彼らによって引きずるように連行されている男だった。

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