七章 オルフェリアの決断6
「あ、父ちゃんだ」
マーナがつぶやいた。
マルクと同じ金髪の男はまだ若い。おそらく三十をいくらか超えたくらいか。
「何事だ?」
フェーネンが警邏隊の男に尋ねる。
「倉庫群や、港で不審なことが起こってないかと、見回っていたところ、こいつがあっちの木コンテナのあたりで不審な行動をしてまして、ちょっとばかり職質をしたところ慌てて逃げようとしたので捕まえましたところ、拳銃の入った袋を持っていましてね」
と、彼は麻袋を掲げて見せた。
中から拳銃を取り出し、フェーネンは差し出された拳銃と、スミット商会の荷物から見つかったものとを見比べる。
拳銃は同じ規格のものだ。
「あ、あいつですよ。あいつに頼まれたんです!」
突然マーナの父親が叫びだす。
「その、後ろの方にいる男、見覚えあるぞ。俺に仕事を持ってきた男と一緒にいたのを見たことがある。割のいい仕事だと言われたんだ。指定した荷物の中にこれを忍ばせておけって。あああと、荷物の運搬も頼まれた。俺は人の言うことをきいただけで、何も悪いことはしてませんって」
「黙れ! うるさいぞ」
アウスタインの取り巻きの一人が叫ぶ。
しかし、警邏隊から解放されたい父親の口は止まらない。
「俺は何にも知りませんって。ただ、看板を付け替えるよう命令されたり、荷物番をしたりしているだけですって」
猫なで声をだし警邏隊を懐柔しにかかる。
「それで、マルクはどこにいる?」
フレンは警邏隊に取り押さえられている彼の父親に話しかける。
捕まってからすでに少なくない時間が経過している。もしも、彼に何かあったら。
先にスミット商会を黙らせる必要はあったものの、マルクの所在も健康状態も気にかかっていた。
「マルク、だと?」
身なりの良い男が、どうして自分の息子の消息を尋ねてくるのか理解できないといった面持ちで父親は拍子抜けした。
「ああ。彼を誘拐したんだって?」
「どうして、あんたみたいのが、うちの息子のことを知っているんだ?」
「彼とは友達なんだ」
その一言で父親が何を悟ったのか。彼はがっくりと項垂れた。
「ああそうだ、マルクに今後何か酷いことをしたら、今度はファレンスト商会が裏で手をまわしてあなたを北の島へ送って差し上げますよ。それくらいできる権力は持ち合わせていますから」
フレンは父親にだけ聞こえるように彼の耳元で素早くしゃべった。
警邏隊には聞こえているかもしれないが、マーナに届かなければよい。マーナはアルノーの側でじっとことの成り行きを見つめている。
「あいつは……倉庫街の外れに閉じ込めているよ。捕まった途端急にしおらしくなって、抵抗しなかったから、ひどい目にはあっていないさ」
「そうか。よかった」
フレンはほっと息を吐いた。
背後ではアウスタインらが役人たちに引っ立てれて歩いていく。
「ひとまず倉庫へと案内してもらおうか」
マルクの父親も警邏隊に腕を取られた状態で後ろに続いた。
フレンはルイスとマーナと共にマルクの救出に向かうことにする。二人いるうちの一人、警邏隊を連れていくことにして。
長い夜になった。
無事にマルクを助け出し、フレンはスミット商会の倉庫へ赴き、そこで自身の持っていたスミット商会とディートマルの秘密覚書をアウスタインの前に出してやった。
最後、アウスタインは唾を飛ばしながらフレンを罵った。
その後倉庫からは大量の武器が見つかり、また奴隷取引の帳簿と思わしき書類も見つかった。
今度こそアウスタインは言い逃れできないだろう。夜が明ける頃になると、警邏隊に応援部隊が駆け付け、また役人らは上司をたたき起こしに行った。
これでどうにかスミット商会との因縁にけりがつくことになる。
夜が完全に明けて、フェーネンの上司や警邏隊の一部隊が到着をして、アウスタインは捕らえられた。
彼はこの語の及んでまだ「何かの間違いだ」と叫んでいた。
フレンはそれらを見届けてから、仮眠をとるためにファレンスト商会の倉庫へと向かった。事務所には狭いながらも応接間もある。そこで少し眠って、次に起きたとき、フレンはマルクたちを引き取りに彼らの住まいへと向かった。
それというのもマルクの父親も事情聴取をうけることになりしばらくの間、警邏隊の詰め所に拘留されることになったからだ。その間子供たちの面倒を見る者がいなくなる。この界隈に住む者たちは自分たちの生活でいっぱいなのだ。他人の子供の世話をする余裕などない。
それに、ここまで一気にことが片付いたのは紛れもなくマルクの機転と行動力のおかげでもある。彼らの身の振り方が決まるまで、フレンはマルクと妹二人を預かることにした。彼は頭の回転もよいので文字を教え、教育を受けることができればやがて妹二人を養えるくらいの仕事に就くことができるだろう。
今回の功労者の一人でもあるマルクは、「飯が食べたい」と言ったので、フレンは相好を崩して彼の頭をぐしゃりとなでた。
「いいよ。肉でも魚でもなんでも好きなものを言ってごらん」
「ほんと? 俺肉がいいっ! でっかい肉の塊」
マルクは瞳を輝かせた。
「ああ、いいよ。けれど、その前にしっかり休まないとね。うちにはオルフェリアもいるから、マーナとマリーの面倒は彼女が見てくれるよ」
やっと終わった。
あとはオルフェリアとの結婚を認めてもらうだけだ。フレンは長い息を吐いた。
彼女に会いたい。
それだけだ。
きっとオルフェリアも安心してくれるだろう。
フレンらがファレンスト家の邸に到着するころ、ちょうど昼を少し回ったころだった。
◇◇◇
オルフェリアは身支度を済ませてファレンスト邸を後にした。
父親の元に戻ると言ったとき、最初ミネーレは反対した。「お嬢様が、犠牲になることなんてありませんっ! 子供というのは父親を蹴り飛ばしてでも巣立ちをするものです」などと、物騒な言葉を織り交ぜて親の理不尽に屈することはないと説き伏せたが、エグモントに何かを言われたらしい。
一度部屋から退出をして、オルフェリアの元に戻ってきてからは粛々と彼女の身づくろいを手伝った。
オルフェリアがこのままフレンの元にいるとファレンスト商会に迷惑がかかる。それがオルフェリアには耐えられない。
「悪く思わないでくれ」
最後、邸を後にするときエグモントから言われた。
「いえ。フレンには手紙を書きました。ファレンスト商会の今後の発展を願っています。フレンのこと……、なんでもありません」
最後、フレンのことをよろしく頼みます、と言おうとしてオルフェリアは言葉を噤んだ。オルフェリアが言う資格なんてないと思ったからだ。彼はフレンの父親である。
現状フレンに迷惑をかけているのはオルフェリアの父親だ。
オルフェリアは深々と頭を下げて、邸の前に泊まっている馬車へ足を進める。
馬車からはバステライドが降りてきていて、オルフェリアのことを待ち構えている。
昨日の今日だというのに、エグモントとバステライドの仕事は迅速だった。
朝食が終わって少しもしないうちにバステライドは迎えを寄越した。
馬車に乗り込むとシモーネの姿もあった。
彼女はオルフェリアを睨みつけた。
「オーリィ、ようやく帰ってきてくれたんだね。お父様はうれしいよ」
バステライドだけが上機嫌だ。
オルフェリアは無言を貫いた。
「きみの選択によって、ファレンスト商会の命運は決まってくることになる。私と一緒にアルメート共和国へ行ってくれるね」
「……ええ。わかっているわ。お父様」
もう何を言っても無駄だった。
バステライドにとってオルフェリアの意志など関係ない。ただ、彼はオルフェリアを手元に置いておきたいだけ。
馬車の中で、バステライドだけがはしゃいだ声を出す。
オルフェリアは自分がどんな返事をしたのか分からない。
彼女の中にあるのは、フレンとさよならをしたという事実だけ。やっと彼と気持ちが通じ合ったのに。
こんな形で裏切るように、黙って出てきたことが申し訳なかった。
フレンに会ったら、嘘でも嫌いになったなんて言えなくなる。彼に縋ってしまう。だから、手紙を書くことにした。
手紙なら、まだ嘘が書ける。
さようなら、フレン。
オルフェリアのせいで、ファレンスト商会を潰すわけにはいかない。
せめてもの救いは、アルメート大陸へ行けばおいそれとフラデニアの話題を聞くことはないということくらいか。
この先、フレンが誰かと結婚したとか、そういう話を耳にすることがなければ、オルフェリアにとっても救いだ。
結婚。
彼と、フレンの隣に並ぶのは自分だけなのに。それももうかなわない。
オルフェリアの頬をつうっと一筋の涙が伝った。
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