五章 ダイヤモンドの行方と大脱走1
『オルフェリアへ
手紙ありがとう。やっときみと連絡が取れてうれしかった。マルクへの駄賃は弾んだから心配のないように。きみの家族にも現状は伝えてある。きっと、いい方向に向かうと信じている。全部片付けてちゃんときみをリシィル嬢たちの元に返すから。少しばかり待っていてほしい フレン』
フレンから届いた手紙は読んですぐにマルクに返した。外部と接触していることがばれたらまずいからだ。
オルフェリアが事態の打開策を打ち出すことができずにオークションの日はやってきた。
オルフェリアはバステライドに無理を言って、オークションの見学をさせてもらう約束を取り付けた。
逃げようとは思っていない。メンブラート家の人間として、事態を見届けたいと主張して、デイヴィッドが味方をしてくれた。
ただオルフェリアと外出したかっただけらしい。
オルフェリアは父の用意した新しいドレスに着替えてローム市内のとある館へとやってきた。
馬車での移動中窓はカーテンで締れらていて、オルフェリアは詳しい場所を知ることができなかった。
「出品者は別室で待機することになっているんです」
オークションに参加する人々とは入り口から違うようで、オルフェリアは大きな屋敷の西側の扉から中へ入った。大理石の床にオーク材の木の扉。通された控室には花器や大皿などが飾られている。
オルフェリアは通された控室の調度品を見て回る。デイヴィッドは律儀にオルフェリアの後ろを歩く。
「今日も可愛いですね、オーリィ」
「あなたに褒められてもうれしくない」
オルフェリアはデイヴィッドの言葉におざなりに返した。
「そろそろ僕のこと、気になってきたりしません?」
「きみのことは気にならないし、オーリィを口説くのはやめてもらうか、デイヴィー」
遅れて入ってきたバステライドがオルフェリアの代わりに返事をした。
「バスティの返事なんていりませんよ」
デイヴィッドは不満げな声を出した。
「オーリィ、この男のことなんて気にする必要もないからね。必要があればデレーヌ夫人を通して会話をすること」
「お父様。本当にダイヤモンドを出品するの?」
「当たり前じゃないか。今日はオークション当日だよ」
オルフェリアは本題を切り出す。
ずっとずっと、何度も話し合おうとしてきたのに、彼は聞く耳を持ってくれなかった。
「今日で、やっと一区切りだ。あのダイヤモンドを売るという記事をアルンレイヒの新聞社に掛け合って書いてもらったんだ。あとは、『蒼い流星』だね。あれは王家へ返そうか。領地と一緒に」
「お父様!」
そんなこと、一言も聞いていない。
今更ながらに父の本気を悟ったオルフェリアは唇をかみしめる。外堀だけが否応なしに埋められていく。
「オーリィも強情だね」
「そっくりそのままその言葉をお返しするわ」
オルフェリアの真剣な表情だって、切羽詰まった声だってバステライドには届かない。
「お母様だって、悲しんでいるわ」
「カーリーのことは言わないでくれ」
カリティーファの名前を口にするとバステライドは初めて表情を歪める。ほんの少しだけ声が固くなる。
「どうして」
「彼女は、私のことなんて大切じゃなくなったんだよ」
バステライドは吐き捨てた。
「そんなことない!」
「彼女は結局地位とか名誉とか、そういうもののほうが大切になった」
「そんなことないわよ」
「そうかな。現に彼女からは手紙の一つも届かない」
バステライドはそれだけ言って、テーブルの上に用意されていた飲み物に手を付ける。冷たい水を自らグラスに注いで飲み干した。
娘から見ても二人は仲の良い夫婦だった。それなのに、バステライドはカリティーファを拒絶する。
父と再会してから、彼のカリティーファに対する頑なな態度が気になっていた。
「それは、たぶん忙しいから……。お姉様が大変な時だし」
「リルからは定期的に手紙が届いているのに? 彼女の報告だと、エルの容体も落ち着いたようだよ。ただ、まだ安静が必要でこっちには来られないから首を洗って待っていろ、って書いてあったけれど」
「そうなの。エルお姉様元気になったのね。よかった」
ここ数日、一人きりで夕食を食べていたオルフェリアはようやく家族の近況を知ることができて胸をなでおろした。
それにしても首を洗って待っていろ、とは物騒だ。リシィルも相当にお冠らしい。
「久しぶりにリルに会えるのに、どうやら私を殴り飛ばすのは決定事項らしい。とんだお転婆さんに育ったものだねえ」
「……」
それは確かに。そう同意したくなったけれど胸の中に押し込んだ。
バステライドはそれからリシィルの小さいころの思い出話をいくつか披露する。
どうやらカリティーファの話は終わりということらしい。
オルフェリアは悲しくなった。
二年の間に、バステライドとの意思疎通がこんなにも難しくなったからだ。彼は彼の信念に基づいて行動をしている。しかしそれはオルフェリアらとは相いれない。なのに、彼はそれを自分たちに強要する。
彼にオルフェリアの言葉は届かないのだろうか。
やがて、係の人間が扉をたたき、バステライドを呼びに来た。
オークションが始まったようで、参加者とは別の二階席で見学をするようだ。
「わかっていると思うけれど、今更横やりを入れても無駄だからね。淑女として行動をするように」
バステライドの念押しにオルフェリアは無言で抵抗をした。
「オーリィ」
返事をしないでいるとバステライドの声が険しくなって、オルフェリアは仕方なしに「わかったわ」と口にする。
この場に置いてきぼりにされるよりは、まだ会場を見学できる方がありがたい。
買った人間が分かれば、いつか首飾りらを買い戻すことだって可能かもしれない。
柔らかな絨毯が敷き詰められた回廊と歩いて階段を上った先の扉が開かれる。
オークション会場は吹き抜けになっていた。オルフェリアら出品主関係者は吹き抜けになった会場の二階席から見学できるようになっている。会場の前方には一段高くなっており、台などがあらかじめ用意されている。
二階席にはバステライドのほかにもなんに感の紳士らが待機をしている。オルフェリアと同じ年頃の女性はいないが、年配の喪服に身を包んだ女性もいる。
こういう場所で相手をじろじろ見るのは無作法だ。
オルフェリアは視線を伏せて、案内された椅子に腰かける。
「きみは私の隣だよ」
ちゃっかりオルフェリアの隣に座ろうとしたデイヴィッドをバステライドが咎める。オルフェリアの両隣にはバステライドとデレーヌ夫人の二人が腰かけた。
高い位置から下を見下ろすので、オークションの参加人らの頭が目に入る。
雑談も集まればなかなかの音量になり、場内はがやがやと音に包まれている。
オルフェリアはぎゅっとドレスを握りしめる。ローム随一の高級店で仕立てたドレスである。濃い紫色の上衣に下から見せるスカート部分は同じく色を淡くした紫で、これまで着ていたドレスよりもずいぶんと大人っぽい。
隣の父をちらりと見やれば、彼は涼しい顔をして会場を眺めている。
伯爵家に未練などないのだ。
オルフェリアはやりきれなくなった。
結局オルフェリアにはなんの力もないし、資金だってない。
先祖代々の宝物を売られてしまう危機にだってなすすべなく、座ってるだけである。
今日のオークションは主に宝石や絵画が出品されており、ディルデーア大陸だけでなくアルメート大陸の各国からも金持ちが集まっている。
客は男性のほうが圧倒的に多い。
金髪の男性を見つけると、オルフェリアはどうしてもフレンを思い浮かべてしまう。
年若い、金髪の男性なんてローム市内だけでもたくさんいるだろうに。
それでも、と、フレンと似た色を持つ男性を目で追っていたオルフェリアは息をのんだ。
ちらりと後ろを向いた男性は。
(フレン……どうして……)
懐かしい彼の顔を見間違えるはずもない。たとえ光量が抑えられた室内だろうと、恋しい男性の顔だ。彼は、オルフェラリアがすぐ上階にいるだなんて考えてもいないような表情でちかくの男性と話し込んでいた。
「ああ、あの男も参加しているんだった。まったく、金に物を言わせて」
バステライドはおそらく初めから知っていたのだろう、なんの感慨もなくつぶやいた。
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