三章 新年の空は曇り模様3

◇◇◇


 ユーリィレインがしたことはカリティーファの知るところになった。

 母親にたしなめられて、ようやく彼女はそれでも承服しかねるように仏頂面をして、くすねてきた品物をミネーレに返した。

 カリティーファには不承不承ながらも「ごめんなさい」と謝ったのに、オルフェリアには一度も目を合わせようとしない。


 オルフェリアだって、こんなことに母を巻き込みたくなかった。

 解決できるなら、自分ひとりでなんとかしたかったのだがどうにもできなかったのだから仕方ない。

「まあ、でも仕方ありませんわね。あのくらいの年頃ってこういうきらきらした物にあこがれますから」

「けれど、伯爵家の人間としてふさわしくない行いよ。いくら、姉妹でも、ミネーレを巻き込んだのだから」

 事の顛末を聞かされたミネーレのほうが慌てて謝ってきた。

 ユーリィレインに請われるままにオルフェリアの了承もなく勝手に衣装部屋へ彼女を入れたのはミネーレだからだ。


「あの子、怒っているかしら……」

 喧嘩のときに吐かれた言葉も気にかかる。

「姉妹喧嘩なんて、すぐに仲直りできますわ。あとでフレン様に相談してみましょう。ケチな方ではないですから、ブローチや髪留めくらいでしたら気前よく差し上げるとおっしゃいますわ。さすがに首飾りなどは駄目ですよ。婚約者の妹君であろうと、フレン様からそういうものを受け取っていいのはオルフェリアお嬢様だけです」

 ミネーレはオルフェリアの不安を払しょくするようにわざと明るい声を出した。

 最後に付け加えた言葉がどこか教師のようで、オルフェリアは少しだけ口の端を持ち上げた。フレンからアクセサリーを貰っていいのは、オルフェリアだけ。なんだかこそばゆい。


「あら、お嬢様ったら嬉しそうな顔をしていますわね」

「そ、そんなこと……ないわ」

「姉上、どうしたの?」

 稽古が終わったリュオンが部屋へと入ってきた。

「べ、別に。なんでもないわ」

「そう? レインと喧嘩したんじゃないならいいんだけど。あいつ、さっきすれ違った時なんだかむっつりした顔をしていたから」

 その言葉に急に黙り込んだオルフェリアに感じるものがあったリュオンはすぐさま顔を険しくした。


「やっぱりか!」

「いいのよ、リュオン。もう済んだことだわ。ミネーレが元気づけてくれていたのよ」

 今すぐ部屋を飛び出て行きそうなリュオンを、オルフェリアは慌てて引きとめた。

 他の人間が割って入れば、せっかく片付いたものが再びこじれてしまう。

 オルフェリアはなんでもない、と誇示するためにリュオンに笑顔を作った。


◇◇◇



 午後も四時近く。

 オルフェリアは外へとでた。フレンは今頃剣の特訓をしているはずだ。


 大晦日の夜、フレンが温めた牛乳を持ってきてくれたことが、思いのほか嬉しくてオルフェリアは今度は自分が何か差し入れを持っていこうと思いついた。

 屋敷の厨房に顔を出せば、料理番がお菓子をいくらか持たせてくれた。

 厩小屋のある当たりはいくらか開けた場所があるから、たぶんそのあたりにいるはずだ。リシィルお気に入りの場所なのだ。

 西側の庭園の隣には木立がある。木々が厩を遮るようにいくらか自然な森の形を残している。


「あれぇ、お嬢さん」

 歩いていると後ろから声をかけられた。

 聞き覚えのある声だった。オルフェリアは後ろを振り向いた。

「ポーシャールさん」

 ダヴィルドはくたびれた濃灰色の外套に首巻きといういでたちだった。

「どうしたの? こんなところで」

 今日は年が明けて一日目だ。さすがにフレイツやユーリィレインの授業というわけではないだろう。

「いやあ、リルお嬢さんを訪ねてきたんですけどね。お屋敷にいないみたいで。で、裏の方かなあと、こちらに回り込んでみた次第です」


 ダヴィルドは情けなそうに後頭部を掻いた。

 伯爵家を訪れるにしては頭は散らかっているし、着ているものもまるで無頓着だ。

 先日の、どこか挑発めいた発言から一転、今日のダヴィルドは風体の上がらないどこにでもいる男、といった風情だ。


「リルお姉様ならフレンに剣の稽古をつけているわ」

「ああ、聞きましたよ。明日、リュオン坊ちゃんと決闘するんですよね」

「誰から聞いたのよ」

 オルフェリアは苦いものを噛んだような顔をした。

「えっと……」

 ダヴィルドは視線をあからさまに泳がした。


「だから、誰から?」

「すみません。街でわりと、いや、かなり噂になっています。オルフェリアお嬢さんの婚約者が、婚約を賭けてリュオン坊ちゃんと決闘するって」

 狭い街だ。こういうことはすぐに広まる。


 真相はリシィルが面白がって率先して広めたという方が正しい。ついでに彼女はどちらが勝つかの賭けの胴元でもあるが、それはオルフェリアの預かり知らぬ話だ。

「……そう。べつにあなたのせいじゃないんだから、すみませんは余計だわ」

 オルフェリアは多少の気まずさもあって、ついそっけない言葉遣いになった。

「あはは。すみません」

「で、あなたはどうしてリルお姉様に会いに来たの?」

 オルフェリアは話を元に戻すことにした。


「ええ。明日が鎧祭り本番でしょう。聞けば去年は博物館の鎧まで勝手に持ち出したって言うじゃないですか」

「……ええ」

 オルフェリアは控えめに相槌を打った。

 調子に乗ったリシィルが代々の伯爵が身にまとったという鎧を勝手に持ち出してクレトに被せた気がする。

 もちろんそのあとカリストはこっぴどくリシィルを叱りつけた。効き目がなかったことは今年のリシィルを見れば一目瞭然だろう。


「ここの人たちはリルお嬢さんに遠慮してますからね。歴史的価値の高い鎧を守るためにも、僕みたいなよそから来た人間からしっかりと言った方がいいと思って。勇み足でやってきたんですけど、いざとなったら足がすくんじゃって。お恥ずかしい限りです」

 てへへ、と脱力したダヴィルドに釣られてオルフェリアも口の端をほんの少しだけ持ち上げた。

「リルお姉様はよその人相手でも、言うこと聞かないわよ。聞いていたらわたしたちも苦労しないもの」

「ああ、やっぱりそうなんですね。城の裏に保管してある鎧はいいとして、展示物には手を出さないでほしいんです」

「そうねえ……」

 歴史的価値はわからないけれど、展示してあるのだからそれはすでにメンブラート伯爵家だけのものではない。せっかくなのだからこれからも色々な人に見てもらいたい。

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