三章 新年の空は曇り模様2

 さて、誰のところへいこうか。

 リシィルは今頃夢の中だろう。朝帰りした姉はそのまま部屋へ直行した。

 エシィルを探してみたけれど、あいにくと見つからなかった。適当に捕まえた使用人に聞いたら、大叔母の話し相手をしているそうだ。


(あの人も飽きないわね……)

 近づくと面倒なだけなので、オルフェリアは聞かなかったことにした。前時代な意見にまともに耳を傾けていると頭痛がしてくる。


 地上階の客用サロンには彼女の孫二人が座っていたけれど、二人も遜っているようにみせかけてオルフェリアに意地悪なことを言ってくることがあるからあまり関わりたくない。

 ということで、ユーリィレインの部屋へ行くことにする。

 彼女の部屋はオルフェリアらの部屋より一つ上の階にある。まだ子供部屋の一部を使っている。十二になるころから早く大人と同じような部屋に移りたいと駄々をこねていた。

 扉が少し開いていたから、そのまま開けて侵入した。


 ユーリィレインは寝台の上で腕をついて寝転んでいた。

「何しているの?」

 オルフェリアは後ろから覗きこんだ。

「ひゃぁぁぁ」

 思わぬ悲鳴にオルフェリアは眉をひそめた。


「なによ、変な声だして」

「なんだ、お姉様か」

 ユーリィレインは安堵した声を漏らしたが、何かをオルフェリアから隠すように、姿勢を俯かせたままだ。

 オルフェリアは少しだけ気になって覗きこんだ。

「いくらお姉様でも勝手に人の部屋に入ったらいけないのよ。ノックくらいしてほいしわ」

「だって少しだけ扉が開いていたもの」


 オルフェリアはおもむろにユーリィレインの脇腹に手をやった。

 指をわさわさと動かせば、ユーリィレインは「ひゃぁぁぁぁ」と悲鳴をあげてびくんと体を跳ねあげた。

「あはははは……! お姉様、くすぐったいわ」

 ユーリィレインはぜえぜえと肩で息をしている。妹の弱点くらい姉は周知しているのだ。

「あなた……」

「あ……」

 起き上ったユーリィレインの下に合った物。


 オルフェリアにも見覚えのあるものだ。

 淡いピンク色の真珠の髪留めや砕いた水晶を薔薇の形をかたどった型に散りばめたブローチだ。

 オルフェリアがユーリィレインを睨みつけると、彼女はバツが悪そうに視線をあからさまに逸らした。

「あなた、いつの間に」

 どれもすべてがオルフェリアの私物だった。

 正確に言うと、フレンがオルフェリアのために買い与えてくれた支給品。なんとなく、借り物という意識が強い。


「えへへ……ちょっと……」

 ユーリィレインは愛想笑いを浮かべた。

 オルフェリアはため息をついた。

 きっとミネーレが先ほど声を上げたのはこれのせいだろう。品物の点検をしていて、見当たらないものがあったからに違いない。

 仕える主人の私物を管理するのも侍女の仕事のうちだ。失くしたとあったらただでは済まない。


「ちょっと、じゃないわよ。昨日ミネーレに無理を言ったのくらい、聞いているわよ」

「だって、お姉様のドレスが羨ましくって。わたしなんて、ドレスを新調してくれたのずいぶんと昔なのよ。今日の正餐だってフレイツとお留守番だし」

「わたしはむしろあなたたちの方にまざりたいわ」

 ユーリィレインは自身の境遇への不満も一緒に吐き出した。


「それより、ちゃんと返してきなさい。彼女が困ってしまうでしょう」

「ええぇぇ~」

 なぜそこで声を荒げる。

 オルフェリアは理解できなくて眉を跳ねあげた。

「お姉様、これ……わたしに頂戴?」

「レイン……あなたね」

 妹の図々しいお願いにオルフェリアは頭を抱えたくなった。


 昔から、ちゃっかりした妹だった。一緒にドレスを新調すれば、オルフェリアのほうが可愛いと駄々をこねてちゃっかり二つとも手に入れようとする。人の部屋から小物を失敬するのも割とよくあった。本人に問いただせば、「ちょっと借りただけ」という答えが返ってきた。


「ねえ、お願い! だって、わたしこんな田舎でカリストたちに見張られてちっとも楽しくないんだもの。カリストったらリュオンの言うことは聞くのに、わたしのお願いはちっとも聞いてくれないのよ。ドレスも宝石も買ってくれないし」

 ユーリィレインは自身の境遇がどれだけ惨めか熱心に説いた。


 オルフェリアもユーリィレインも下の子供だから、カリストは彼女らにあまり手をかけない。教育だけはしっかり施してくれたが、ぜいたく品を与えることはあまりなかった。それでもまだ、バステライドがいたころは、ユーリィレインのわがままにも寛容で、彼女はよく父にドレスを強請っていた。

 追いうちをかけたのがバステライドの残した借金だった。父の借金のおかげで伯爵家は領地の南の方に有していた別宅を土地ごと売り渡した。


「わたしだってメンブラート伯爵家の子供なのに」

「あなた、フレンが持ってきたお姉様たちへの贈り物、全部もらいうけていたじゃない」

「全部じゃないわよ、いくつか、よ」

 ユーリィレインは訂正するが、もともと高級品に興味のない双子姉妹があっさり権利を放棄した品物をちゃっかり譲り受けたのがユーリィレインだったことをオルフェリアはしっかりと覚えている。

「あの中に宝石とか、なかったし」

「どこの世界に婚約者の姉に宝飾品を送る男がいるのよ」


 身につける宝石を贈るのは恋人と相場が決まっている。フレンというか、用意をしたのはほぼアルノーとミネーレだったが、そのあたりはちゃんとわきまえていた。手袋だとかマフや帽子、鞄などを選んでいた。

 最初は年の離れたフレンのことを「お兄様って呼ぶにはちょっと年齢が……」とか言っていたくせに、贈り物を貰ったとたんに「フレンお兄様ありがとう」と喜色満面な顔をしてのけたのだからオルフェリアは初日の夜に呆れてしまったくらいだ。


「とにかく、わたしの持ち物はすべてフレンが用意してくれたものなの。わたしが安易に誰かに譲るとか、いうわけにはいかないのよ」

「なあに、それ」


(だって、偽装婚約だし。一年契約終わったら返す予定だし)

 オルフェリアは心の中で呟いた。


 与えられたドレスや宝石類はすべて返すつもりだ。それがオルフェリアなりのけじめだ。

「とにかく、なんでも、よ。ミネーレが心配しているから返しなさい」

「いやあ! お姉様の意地悪っ! いままでそんなこと言うことなかったのに」

「それは……」

 それは単純にオルフェリアがことを荒だてるくらいだったら、自分が我慢をすればいいだけだと思っていたからだった。

 しかし、この年になってもこんな子供じみた真似をするようであれば、一度厳しく言わないといけない。


「なによ! 自分ばかり新しいドレスや外套を着て、見せびらかして。あのピンク色の外套だってわたしのほうが絶対によく似合うんだから! ずるいわ、お姉様ばかり。お姉様はいつもいつもずるいのよ」

 オルフェリアよりも、ユーリィレインの方がよく似合うと言われれば面白くない。

 だって、フレンがピンク色がいいと言ったから。正直ちょっとオルフェリアには派手かなと思ったけれど、挑戦してみたのだ。

「なにがずるいのよ。フレンはわたしの婚約者よ」

「彼のことじゃないわ。お姉様は昔から、ずるいじゃない。生い立ちで同情を引いて、お父様のことを独り占めにしていたわ。いつもいつもいつも、ずぅっとお父様のこと一人占めにして。美味しい思いばかりして。ついでに今回だって、勝手に一人でミュシャレンに行っちゃうし」


 ユーリィレインは大きな声をだした。

 その瞳はオルフェリアが初めて見る、暗い色を宿していた。

 オルフェリアはたじろいだ。いつも、無邪気でどちらかというと甘えん坊な彼女がこんなことを胸の中にしまっておいたことに。


「お父様のこと、関係……ないでしょう」

 けれど、ここで押し問答を続けても仕方ない。

「とにかく、今回は聞きわけてもらうわ」

 オルフェリアは固い口調で宣言をして、部屋から出て行った。


 オルフェリアの言葉が通じないのならば、別の人間に間にはいってもらうだけだ。オルフェリアは短く嘆息した。

 心の中にちくちくと針が刺さっているようだ。

 一人階段を下りて、カリティーファの部屋へと向かう間も、先ほどのユーリィレインの言葉が頭から離れなかった。

 彼女ははっきりと言った。


 生い立ちで同情を引いておいて、と。まさか、彼女がそんな風にオルフェリアのことを思っていたなんて、考えたこともなかった。

 リシィルやエシィルはどう思っているのだろうか。

 確かに、バステライドはオルフェリアを一番に気にかけていたと思う。オルフェリアの幼いころの思い出はいつも父が隣にいた。

 二人も本当は、オルフェリアのことをずるい、なんて思っていたのだろうか。

 一度いやな方に思考が傾くと、際限なくそちらへと落ちて行く。

 やがてカリティーファの部屋へとたどり着いたオルフェリアは力なく、扉を叩いた。

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