第2話 リッキーさんとクリス
「こんにちは!」
元気な声と共に目を覚ますと、お店の入り口にリッキーさんが立っていた。
「いらっしゃい、リッキーさん」
むくっと起き上ると同時にユウが席を立って、リッキーさんを迎えに行く。
ぼくからすればユウも背が高いけれど、リッキーさんはユウの頭一つ分は軽く背が高い。それに肩幅も広かった。
「今、休憩時間だからきちゃったんだ」
とっても大きな体格の割に、リッキーさんもくしゃっと皺をよせて笑う。
最初は怖かったけれど、リッキーさんはとても優しくて子供好きだ。
「アルクも元気にしてたか?」
初めてあったとき、怖くてユウの足にしがみついていたときも、しゃがんでぼくにしゃべりかけてきてくれた。
「うん、今ね、おなおししてもらったんだよ」
右足を前にだすと、リッキーさんはにこりと笑う。ぼくも右足に視線を落とすと、綿はちゃんと中に納まっていて、縫い目もすごくきれいだ。それに右足が軽くなった気がする。
「今日はどうしたんですか?」
「やぁ、ちょっとどうなったかなって気になってな」
頭の後ろをかく仕草をするとリッキーさんは、はにかむ。
「あぁ、もう少しだけ待ってくださいね」
そう言って、ユウは店の奥のソファーに座っていた人形を抱えて戻ってくる。
「すみません。この子のために服を何着か用意したくて」
「あぁ、この子が。やっと会えたね」
リッキーさんは笑って人形にそっと手を伸ばす。
ユウの抱える人形はぼくと違って、長い髪をした女の子。まだ命を吹き込む前だから、手も足も首もだらんとしてる。
それでも、リッキーさんはずっと笑っていた。
「おっといけない。そういや、ドアを閉めてなかった」
「こ、こんにちは」
閉めようとしたドアから、ユウの腰くらいの高さの男の子が覗いていた。茶色いベレー帽に、ベージュを基調としたチェック柄のベスト、茶色のズボンを穿いていた。
「どうしたんだい。こんなところに来たらお母さんやお父さんがびっくりするよ」
ユウがしゃがんで語りかける。リッキーさんも目を丸くしていた。
「お人形、欲しいの」
ユウがだっこしていた人形にその子は手を伸ばす。
「とりあえず、入って。外は危ないから」
ドアを閉めると、男の子は目を輝かせて店の中をぐるぐる見渡す。作業台には針や布。棚には色別にさまざまな布が用意してあるし、人形の服にかざりつける、キラキラした小石も瓶に入れて飾ってあった。
「お名前は? なんていうの?」
かがんだままのユウが尋ねると、一瞬、びくりとして「クリス」と小さな声で応えていた。
「ここはすぐに暗くなるから、ちゃんとおうちに帰ろう?」
そうユウが言っても、クリスはうなずかない。ぎゅっと下唇を噛んでいた。
「おい、ゼインが来たぞ」
ぼくはその声を聞いて、机から椅子、椅子から床へと下りて行く。
「アルク、この子を頼んだよ」
ユウはクリスをぼくの近くまで連れてくると、自分の抱えていた人形を窓辺に置いた。
「こっちへ来て、クリス」
戸惑うクリスの手を引いて、奥の寝室へと向かう。寝室にあるクローゼットを開いて、二人で隠れた。ユウの洋服がいっぱいかかっていて、二人でそっとしゃがむ。
「大丈夫だよ、クリス」
真っ暗で何も見えないけれど、クリスの手は震えていた。
ぼくよりクリスの方が背は大きくて、ユウがしてくれるみたいにぎゅってはできないけれど、ぼくは両手でクリスの手を包み込んだ。それでも、震えは止まらない。
「今日こそ、人形を渡してもらうぞ」
クローゼットに隠れていても聞こえるくらいの怒鳴り声。
ここ最近、ゼインという、この村のお偉いさんがやってきては人形を作れと言っていた。でも、その理由は、自分がいるお城の人をやめさせて、全部人形にするためだって言っていた。人形ならお金を払わらなくていいからって。
初めてこのお店に来たとき、ぼくはお店の裏で、ごはんになりそうな植物を摘んでいた。
それ以降、ヤツがくるときはクローゼットに隠れるように、とユウから言われていた。
「お金はいくらでも払う!早くつくらんか!」
一層、大きな声が響き渡ると、クリスはビクリと肩を震わせて、隣にあった、箱をくずしてしまった。
「なんだ、今の音は」
「野良猫か何かです」
珍しくユウの叫ぶ声がした。カツカツとヤツがこちらへやってくる。
「クリス。ここで待っててね。大丈夫だから」
クリスは何も返事をしなかった。震えていた。
本当はそばにいたいけれど、このままだと、クリスもゼインに見つかって、何をされるかわからない。
寝室のドアが開く直前、クローゼットから飛び出した。
「いるじゃないか」
そういって、黒いスーツを身にまとったゼインというおじさんはぼくに手を伸ばそうする。するりとかわして足の間を潜り抜けると、ユウの足元にしがみついた。
「その小汚いやつでもいい。掃除なり、なんなり役に立つだろう」
こっちの部屋に足を踏み入れると、ゼインはポケットから札束を出す。
「これで、どうだ。おおよそ、1年分の稼ぎはあるはずだ」
ばさっと作業台に放り投げられる札束。
「あなたにお渡しする人形はありません。この子たちにも命や気持ちというものがあります。道具ではありません」
ユウは拳をぎりりと力強く握る。短い爪が食い込んで、手全体が赤くなっていた。
「だったら、道具になるような人形を作ればいいじゃないか。そうすれば、いくらでも払ってやるさ」
また、ポケットに手を入れるとどんどん札束を出していく。
「そういうことではありません。人形も人と同じです。誰の元に行くかでその子の性格や人生が変わります。だからお引き取りください」
「だからだな、とにかく言うことの聞いてくれる人形をつくってくれれば……」
「ゼイン様、そろそろ帰った方がいいと思いますよ? ほら」
リッキーさんが窓の外を指差すと薄暗くなってきていた。まだまだお昼の時間だけど、この辺りは森にかこまれているからか、薄暗い。
「俺は平気ですけどね、この森、出るっていいますから」
リッキーさんは笑う。でも、いつもみたいにくしゃっとは笑わない。
「ち……。いいか、お前らみたいな変な
ゼインはそう吐き捨てて、迎えの馬車にのると去って行った。
「ありがとうございます。リッキーさん」
「いいってことよ。俺もあいつは嫌いだしな。ここんとこいろいろ税金がキツイしな」
いつも通りくしゃくしゃと笑って、休み時間が終わるからとお店を後にした。
「クリスー。もう大丈夫だよ」
寝室に行き、クローゼットを覗くと、そこにはクリスの姿がなかった。
人形師ユウとアルクの物語 牧 春奈 @maki-haruna
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