百年の月日

災厄がこの世から去って百年。


ティエオラが毎年催す建国祭と言う舞踏会は、一ヶ月間もの間開催される。


舞踏会前日の今日は、王城で準備の仕上げが行われている。


その中も乗り気ではないティエオラは、毎年毎年自室でぼーっとしている。


「エルト。今年で何回目だろうか」


少し大人びた容姿になったエルトは、明日の為に衣装を部屋に運び込む。


「今年で百年目で御座います。さあ、ここからお選び下さい」


「今年もエルトに任せるよ。僕はライワーズに行ってくる」


名前もハッキリしていなかった小さな街は、災厄の事件が収束してから、そんな名前が付けられた。


なぜそんな名前かは知らないが、国民がそれが良いと言ったのなら否定はしない。


長く広げていなかった翼を広げて、部屋の中に白い羽を撒き散らす。


「うっ……」


「帰って来たらその翼の手入れですね。私は貴女様を信じていたから、手入れを全て貴女様させていたのですが」


「君がやると時間が掛かる」


「体の手入れは時間を掛けてするものです。そんな事では、ウラノス様が帰って来た時恥をかきます」


机の引き出しからブラシを出して、少しだけ翼を整える。


全く手入れをしていなかった髪は、伸び伸びとし過ぎて散らかって、肌も乾燥気味だ。


「君はそういう所だけ女らしいね。僕は別に誰に見られる訳でもないし、手入れをしなくても支障はないからね」


「ではウラノス様に引かれてください。私は言いましたから。後で後悔してもお助け致しませんから」


窓から飛び出て、飛ぶ感覚を覚えている翼が、勝手に動いてそれを滑る。


のんびりとした飛行だった為、いつもより少しだけ遅れてしまった。


孤児院の前に降り立つと、院の前を掃除していた都子とアイネは、僕の姿を認めると掃除を中断する。


アイネが道具を片付けて、都子が僕を院の中に招き入れてくれる。


「ティエラー!」


大きな机が置いてある部屋に入ると、机に突っ伏していたクライネが飛び付いて来る。


クライネの体を受け止めて、勢いを殺す為に何回か回転する。


浮かせていた足を床に着いたクライネは、まだ仕舞っていない翼に顔を埋める。


「久し振りだねクライネ。皆も元気そうで良かったよ。斑鳩は大丈夫かい?」


クライネを翼から引き剥がして、翼を仕舞ってから都子に聞く。


「大丈夫。いつも通り飲んだくれてるだけだから。寝込んでるんじゃなくて唯の二日酔い」


机をベッド代わりにして寝ている斑鳩は、魘されているように声を漏らす。


更にクライネが遅くまで看病していて、寝落ちしたみたいに突っ伏していたせいもあり、余計勘違いを加速させた。


僕の声に気付いた斑鳩は、机から体を落として、地面に転がる。


ゆっくりと立ち上がった斑鳩は、着崩した和服のまま前に立つ。


身長が少し高い斑鳩の顔を見上げて、挨拶するかしまいか考える。


「都子水をくれ」


「僕は都子じゃない。あっちの鬼人が着ると言う、割烹着とやらを着ているのが都子だ。酒臭い斑鳩、子どもたちに良い影響を与えない」


「っんだ、ティエオラか。うっぷ……」


口を手で押さえ始めた斑鳩は、必死に何かを耐えるように、じっと動かなくなる。


斑鳩を放っておいて椅子に腰掛けると、アイネが紅茶の入ったカップを机の上に置いてくれる。


「有難うアイネ。君はアルカナの良い所を受け継い……」


「吐くなら外にしろ!」


吐きそうな斑鳩の頬を、都子が思い切り手の平で叩くと、今まで堰き止めていた堤防が決壊して、斑鳩の口から新しい酒が出てくる。


「うわぁ……」


「ふぇっ……」


隣のアイネが明らかに引いた声を出して、両目を手で覆う。


「何してんの馬鹿! 吐くなら外にしろって言ったでしょ! そもそも毎日毎日酒を買って来ないで、その無駄な酒代で、ひとつでも多く子どもたちの玩具とか買えるでしょ!」


第二射を口から出した斑鳩は、都子の話を聞くどころではない。


それに更に都子が怒って、斑鳩を孤児院から追い出す。


「都子……」


「あ? 後免、間違えた」


誰と間違えたのかは分からなかったが、前を飛んでいた虫が、殺気で落ちたのはハッキリと見えた。


くるくると回していた包丁で林檎を剥きながら、キッチンに戻って行く。


「ただいま〜」


ゆるゆるの声が聞こえて来て、アルマが年少組と外から帰って来る。


わらわらと部屋に入って来た子どもたちは、僕の姿を認めると、目を輝かせながら、両手を前に突き出して走り寄ってくる。


直ぐにいっぱいになった足下は、雛鳥に餌をたかられる親鳥は、こんな気持ちなのだろうかと感じる。


「分かってる。お菓子は都子に渡す」


「ええー」


多くの批判と同時に、泣いてしまう子どもまで出てきてしまう。


「静かにするんだ。内緒でひとつずつだけだ」


声を潜めて、人数分が入った籠をアルマに渡す。


「駄目ですよ、見つかったら都子様が鬼になってしまいます」


「君の分も入れておいた」


「隠し通してみせます」


「じゃあ、僕は都子にこっちを渡してくるから」


左手に持った籠を、子どもたちが渇望の眼差しで籠を見つめる。


左肩に何かが置かれる。


ゆっくりと肩を引かれて、それに従ってゆっくりと振り向く。


「駄目ですよティエオラ様。あまり甘やかしたら」


肩を掴んでいたのはシェウトで、都子でなかったことに救われた。


「君の分もある」


「そんな事じゃ釣られませんからね。今回も目は瞑りますけど……あ、一応貰っておきます」


籠の中からパンケーキを取ったシェウトは、子どもたちを連れて、別の部屋に移動していった。


残ったアルマもキッチンに消えて行き、部屋にひとり残される。


そろそろ城に戻ろうと翼を広げると、バサバサの羽が部屋に撒き散る。


翠の炎を左眼に灯して、羽を全て集めて、塵に返す。


使い慣れた左眼の炎は、痛みが生じることも、勝手に力が増幅することもなくなった。


いち、にい、さんと数えて、三秒目で息を止める。


静まり返った部屋で耳を澄ませると、心臓の音が自分の中で反響して、体中に響いてる。


あの日奪われた紫色の炎の代わりに貰った、羽が紫色の硝子で出来ている、蝶の髪飾りを軍服の胸に刺す。


「ティエオラ様」


名前を呼ばれて振り返ると、ルミアが背後に立っていた。


その左手には剣を握っていて、表情も真剣なものだった。


「どうしたんだいルミア」


「僕を騎士団に入れて下さい」


「この国に争いが無い今、何故君は騎士になりたがるんだい?」


「今度はひとりで守れるように、もっと強くなりたいからです」


災厄襲来の時の事を、まだ本人は引き摺っているのだろう。


結局押され続けたルミアは、無力を感じて、自分は甘かったと改めて思ったのか、それとも唯強くなりたいだけなのか。


どちらにしても都子が怒りそうだ。


「そうだね。都子と相談してからにすると良いよ」


「では、改めてお頼みします」


頷いてドアを開けようとすると、先にドアの方から開く。


外から入って来たのは、アインとカナリアだった。


「ティエオラ」


「姉を呼び捨てとはね。まあ良いよ、僕は寛大な心の持ち主だからね」


互いに道を譲らない為、どちらも出たり入ったりが出来ない。


カナリアは端に避けて、既に道を開けているが、身長の高いアインは、僕を見下げて退こうとしない。


「ティエオラ行っちゃった? まだ言いたい事が……」


再びキッチンから出て来た都子は、この膠着状態を見て、溜息を吐いてルミアを見る。


首を横に振ったルミアは、剣を壁に立て掛けて僕たちの間に入ろうとするが、威圧に押されて入れないで居る。


「アイン、出る人が先でしょ。早く道を譲って」


見兼ねた都子がそう言うと、アインは渋々道を譲る。


「嫌味を言おうとしないでねティエオラ」


僕は通り過ぎる際に、有難う常識知らずと言おうとしていたが、先読みをしていた都子に潰される。


「……分かってるさ」


少し残念な気もしたが、都子に逆らうと良い事は無い為、嫌味を頭の中で処理する。


一礼して入っていったカナリアに対して、アインは仏頂面で院の中に入って行く。


「今日は有難うティエオラ。お菓子も貰っちゃって、明日から舞踏会で大忙しなのに」


外まで見送りに来た都子は、割烹着の袖を捲って、髪を縛り直す。


改めて都子を見直すと、かなり大人になったと思う。


見た目は勿論、性格や行動まで。


今まで見た中でも、一位二位を争う美人で、笑顔が可愛い。


反対の秋奈はとても可愛らしく、子どもみたいな見た目をしている。


こちらも今まで見た可愛らしい人の中でも、一位だと思う。


あまり笑わない彼女だが、照れる顔が僕は好きだった。


「何見てんの、私の顔になんか付いてる?」


そう言われて意識を引き戻すと、都子が少し不快そうな顔をしていた。


「綺麗な顔をしているなってね」


「私なんかよりも遥かに綺麗な顔のティエオラに言われると、唯の嫌味にしか聞こえないんだけど」


「君たちはとことん自分の魅力に気付かないんだね。アルカナと言い、都子と言い」


「私の魅力なんて、この左眼くらいでしょ。ほら、そろそろ行きなさい」


都子に翼を優しく撫でられる。


少し擽ったくもあったけど、母親に撫でられているような、悪くない感触が伝わる。


夏の終わりの風に乗って、羽が街の中に舞う。


「もしもウラノスが降りてきたら。ガイアの所に行くように、君から言ってくれないかい?」


振り返らずに翼を撫でられながら、優しい顔をしている都子に頼む。


「良いけど。あの人が本当に行くかどうかは保証出来ないわょ。行ってくれるように頑張るけど」


「有難う。子どもたちを頼んだ」


「任しときなさい」


膝を少し曲げて、膝を伸ばして地面を蹴る。


浮き上がった体を、翼で更に大空に上昇させる。


王城の前に戻ると、エルトが立って待っていた。


「お帰りなさいませ主上。珍しく御早い帰還ですね」


「いつも通りだけど。溜まっている書類を今日中に片付けてしまおう」


「もう終わっておりますよ。主上が昨日終わらせていらっしゃったではないですか」


「……なら少し休む。舞踏会に備えないと、例年みたいに倒れてしまいそうだ」


「明日は特別な年ですからね。お気持ちが上がるのも無理はありません。ゆっくりとなさって下さい」


「君は夫の所に行くと良いよ。きっと忙しい君に構ってもらえなくて、拗ねているだろうから」


久し振りに翼を使った為、筋肉が悲鳴を上げていた。


自室に戻ると、暇を与えた筈のエルトが付いて来ていた。


手に持っていたのはブラシと、一枚の紙だった。


「暇を与えた筈だけど」


「翼の御手入れが済んだら、お暇を貰います」


背もたれの無い椅子を部屋の真ん中に置いて、それに腰掛けると、エルトが背後に立って翼を整えていく。


「どうでしたか子どもたちは」


「皆元気だったよ。僕をお菓子を運んで来る鳥だと思っているみたいだ」


「それは良かったですね。一国の王がお菓子を運んで来る鳥だなんて。この国でしか出来ない事です」


「あいつが帰って来たら、絶対色々仕返ししてやる」


手を止めたエルトが、持っていた一枚の紙を僕に見せる。


書類に目を通した僕は、二つ返事でそれを承認した。


舞踏会当日の朝。空は鬱陶しいくらい快晴で、鳥が何羽も空を滑るように飛ぶ。


ドレスを身に纏った僕は、自室の窓辺でダレていた。


他国ではまだ戦争をしている国があるのに、この国は相変わらず百年もの間平和だった。


この百年と言う節目で、必ず何かが起こることはた大体予想が出来ていた。


「災厄が出るか……天使が出るか。どちらにしろ関係無いか」


少しずつ割れて行く空を見上げてから、それに全く気付かない国民を見下ろす。


国民は全員正装やドレスなどを着て、舞踏会の会場である王城を目指していた。


ドアがノックされると、返事も待たずに入って来る。


「姉さん。そろそろ大広間にいらしてください」


「君も王族なんだから、そんな格好してないで、僕みたいに着飾らせられるべきだ」


その言葉に答えずに、アインは捲っていた軍服の袖を、伸ばして整える。


アインに連れ添われて大広間に行くと、既に多くの人が居た。


陽が落ちて暫くして、僕が民衆の前に出る時間が来た。


騎士大臣のエルトが隣に控えて、大勢の国民の前に出る。


「皆が今年も集ってくれた事を嬉しく思う。この一ヶ月に渡る舞踏会を、存分に楽しむと良いよ」


僕が話し終えると、会場から拍手を浴びせられる。


お辞儀をして下がると、今度は会場を回らなければならない。


貴族への挨拶や、来ているであろう孤児院の子どもたち、それの引率、他国の王族と貴族。


毎年繰り返している事だが、一向に僕の体は慣れてくれない。


会場を歩くと、色んな人から名前を呼ばれて手を振られる度、僕も手を振って返す。


一通り回り終えると、ルミアが会場の端っこで立っていた。


「ティエオラ様。お綺麗ですね」


僕に気付いたルミアは、駆け寄って来て僕をじろじろと見る。


「他に来ていないのかい?」


「いえ、子どもたちが何人かと、シェウトとミネルヴァと斑鳩さんが来てたけど。シェウトとミネルヴァは子どもたちと回ってると思います。斑鳩さんはその辺で飲んでいるかと」


苦笑しているルミアの視線の先を見ると、斑鳩がいつもの和服で、町大工の男と飲み比べをしていた。


瓶三本目に突入した斑鳩に対して、男は二本目で既にふらふらだった。


「じゃあ、くれぐれも危ない人に絡まれないように」


ルミアに注意をしてその場を離れて、城の外に出る。


王都の通り一面に、出店のヘリオライトが輝いて、明る過ぎて誰も寝れそうな夜では無い。


目的の空を見上げると、完全に割れていて、既に降りて来ている様だった。


「エルト」


「駄目です。舞踏会が終わってからです」


「ひと月先まで待てない。僕は待つのが好きじゃない」


「我儘仰らないで下さい」


左眼に翠色の炎を灯して、飛ぼうとすると、エルトに体を止められる。


そんな事関係無く、エルトごと重力を無くして、孤児院目掛けて空を滑る。


エルトを振り落としてから暫くすると、孤児院の上空に到着して、重力を少し戻す。


そのまま孤児院のドアから入ると、都子と秋奈が大きな机の前に座っていた。


「ウラノスはどうだい?」


「まだ降りて来てないみたい。空が完全に割れていないもの」


「なら割っちゃえば良いのではないのですか〜?」


黒い翼を広げたアルマが、ゆるゆるの声でそう言う。


「やろう」


「やりません」


エルトに遮られて、アルマの提案が即座に斬り捨てられる。


「いいや、やるんだエルト」


「そうね、今日がなんの日か分かってない神を引きずり出しましょう」


都子が立ち上がって、刀を持って外に出る。


それに続いてアルマが外に出る、僕もそれに続いて、渋々エルトも付いてくる。


秋奈が最後に出て来て、アルマが龍の姿になる。


空の割れ目に向かって、アルマがアーセナルの中から、大きな剣を飛ばす。


無重力にして、剣の勢いを衰えさせないようにする。


今日は孤児院に残っていたアイネが、角を額から出して、アルマの背中に乗って剣に急接近する。


アルマがアイネをもう一つ放った剣に乗せて、空に飛んで行く剣に向かって発射する。


深淵に飛んだアイネは、黒い剣を携えて、鬼人の力を全力で振るう。


亀裂が大きくなって、空が割れて崩れる。


深淵から落ちてきた人影は、自由落下を続けて地面に墜落する。


続けて重力に従って、ふた振りの大きな大剣が落下してくる。


都子はそれを刀で受け流すと、孤児院を避けて剣が道に刺さる。


秋奈が落下地点を計算して、弾き出された場所に飛んで行く。


「行こうか」


「ティエオラだけで行ってきて、私たちは街の人に謝らないと。アルマは剣を仕舞って人に戻って、秋奈は孤児院の中の子どもをお願い」


都子の気遣いは、長年連れ添った夫婦にも劣らない。


都子の好意に甘えて、落下地点にひとりで向かう。


クレーターの中を覗き込むが、中には誰も居ない。


飛んで周りを見渡すが、やはり誰も居なかった。


この街の象徴とも言える時計塔で、時間を確認する。


もう舞踏会も終わる時間で、今日は諦めて王城に戻る事にした。






































































































































































































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救国の英雄王と根がネガティブな叛逆者に喝采を! 聖 聖冬 @hijirimisato

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