生まれ落ちた災厄
晴天の空の下、住んでいた住民は避難しているのか、塵になった町には人ひとり居ない。
昨日までこの町から、自分が住んでいる街に来る人も居たが、瞬く間に廃墟と化している。
所々壁は残っているが、少し触っただけでも崩れそうだった。
前方で何かが崩れる音がした。
誰か居るのだろうかと考えて近付くと、クロークを羽織った女性が座り込んでいた。
久し振りに左眼に紫色の炎を灯す。
こちらを振り向いた女性も、同じ様に紫色の炎を眼に灯していた。
その少女は何かを喋っている様だが、何を言って居るのか耳に入って来ない。
何故か体が吸い寄せられて、顔も見ていないのに誰か分かる。
「やっと見つけた」
被っているフードに手を伸ばすと、ティエオラは立ち上がって距離をとる。
これ以上近付いて逃げられるのも困る為、動かずに手を伸ばす。
「僕は、君に触れない。触れてみたいけど、僕に触れると……」
俯いて弱々しく喋るティエオラを、ぎゅっと強めに抱き締める。
今まで出来なかった分と、これから暫く出来なくなる分、二つ合わせて今する。
「あんたも私に触れたい、私もあんたに触れたい。それだけで、もう十分じゃないか。お腹の子、頼むぞ」
ティエオラの細くなった腕が、腰に巻き付けられる。
その瞬間、今まで足りなかったものが満たされる感覚がして、自分の体が形を失っていくのが分かる。
「だから、僕に触れると……」
「構わないさ。あんたを抱き締めて死ねるんなら……あんたの為なら、私はウラノスにだってなってみせるよ」
それは必ず帰ってくる思いと、きちんと創造神ガイア・ゲーの夫、ウラノスになってみせるという宣言でもあった。
ティエオラは創造神ガイア・ゲーの娘だが、自分が果たしてウラノスになれるかなんて分からない。けど、ウラノスはガイアが創り出したものであり、ティエオラが望むのなら何時でも駆け付ける。
そんな事を考えていると、意識がプツッと途切れる。
意識が戻ると、五感は何も無いのに、落ちて行く感覚がする。
ーーーーーーーー
僕は左眼の炎を失い、災厄になる事を避ける事が出来た。
でも、被害をもたらしたのは事実であり、償わなければいけない。
隣の街に何故か足が向いた、翠色の炎を使って空を飛ぶ。
一軒の少し大きな家の前に下りると、中から子どもたちの声が聞こえた。
覗いてみると、見慣れた顔だらけで、少しだけ動揺する。
空が割れた後落ちて行ったアルカナを、どう説明したら良いのか考える。
考えていると、突然誰かに腕を引っ張られて、家の中に引き摺り込まれる。
「久しいなティエオラはん、ウチは斑鳩や、あのちっこかった。これが完全体や」
見た事も無い様な綺麗な服を着た女性が、突然名を名乗る。
「え、うん」
「どうせ見とったんやろ、ストレント帝国の王都防衛を」
会ったこともないのに、何故かこの人は全て知っている。
奥には残党殲滅の任を任せていた都子と、秋奈が子どもたちと遊んでいた。
違う部屋の扉から出てきたのは、シェウトとミネルヴァで、二人とも僕を見るなり驚く。
「言わなくて良いから、ちゃんと分かってる。私はこの戦いが終わったら騎士やめるから。って元々騎士じゃないし」
都子の長い足によじ登る子どもたちを、都子は両腕で抱き上げる。
「私も抜けるから、新しい参謀を見つけて」
主に少女たちの着せ替え人形となっている秋奈は、本を読みながら言う。
「それは少し困るな、普段はここにいても良いけど、籍は騎士団に置いてもらえないかい?」
「別に良いけど、呼び出すのは緊急時だけね」
「私も」
「あの、私たちもお願いします」
話を聞いていたシェウトとミネルヴァが、一緒に頭を下げる。
僕は頷いて、了解の意を示す。
「僕の方からこの孤児院を援助させてもらうよ。足りないものがあったら何でも言うんだ」
「酒」
ずっと飲んでいた斑鳩が、手を上げてそう言う。
僕は一旦王都に帰って、明日来る災厄に備えて、騎士団に出撃準備をさせる。
災厄がいつ来るか分からない今、出来るのは迎撃準備と、街に被害を出さないこと。
「ティエオラ様! 何処にいらっしゃっていたのですか!」
自室に入ると、部屋の隅で蹲っていたエルトが、生気を取り戻したように立ち上がる。
僕の無い胸に顔を埋めて泣くエルトは、かつての面影を全く感じさせない。
テキトウに頭を撫でて椅子に座る。
「行方不明の子どもたちは解決した、色々と新しいことをしていこうか」
紙にこれからのことを纏めて、エルトに見せる。
腰を曲げて覗き込んだエルトは、瞬きを何回もして読み上げる。
「騎士大臣? 副騎士大臣? 孤児院を助ける?」
「騎士大臣は君だよエルト、各国から一人出してもらう。副騎士大臣も同じく。孤児院は都子たちの所だ」
直ぐに実施されると、エルトは騎士長から騎士大臣になり、副騎士大臣にはレクトが就任した。
騎士大臣の話し合いで、各国の軍事状況が把握出来て、争いが減った。
孤児院は人が増えて、もっと賑やかになったらしい。
八年の月日が流れて、僕はいつの間にか創造王と呼ばれる様になった。
しかし、その平穏は長く続かず。
ある日、突然空が割れた。
「ティエオラ様、やはり来るようです」
すっかり騎士大臣が板に付いたエルトが、険しい顔で部屋に入って来る。
「出撃」
「はっ!」
災厄の落下地点は不明、何処かに被害が出てからでないと、対処が出来ない。
孤児院の前では、秋奈が作り出した道具で、年齢を重ねていない都子と秋奈が、武器を持っていた。
人では無い斑鳩は、相変わらず歳をとらない。
鬼人と剣龍は元々長寿で、千年経ってやっと一つ歳をとるペースだ。
孤児院の子どもは大きくなって、アイネとクライネも、剣と槍を持っていた。
「出たぞ! この街だ、この街に出たぞ!」
「あれは元タリアス騎士のアルカナだ」
街の奥から歩いて来るのは、触れた壁を塵にするアルカナだった。
走り出した都子は、左眼に紅い炎を灯して、アルカナに突っ込む。
斬られたアルカナは真っ二つになって、上半身が地面に落ちる。
「やるな都子ちゃん!」
「流石灼眼の騎士のモデルだな!」
災厄が斬られたのを見て喜んでいる民は、都子を担ぎ上げる。
再び形成した災厄は、街を次々に塵にしていく。
都子と秋奈と斑鳩が応戦するが、何度斬っても止まらない。
シェウトが放った拳が、アルカナを砕いて、ミネルヴァが翼で煽って塵になった災厄を吹き飛ばす。
災厄の恐怖が去った街では、被害に遭った民が、孤児院の子どもたちを睨み付ける。
「お前たちがここに居るからだ」
「出ていけ!」
次々と浴びせられる罵声に、シェウトとミネルヴァは後ずさりをする。
「待って、あの子たちは……」
「助かったよ灼眼の騎士様、ティエオラ様の参謀様。あなた方が居なければ今頃は」
「何の騒ぎですか! 早く帰りなさい」
グランフリートの娘であるアインと、その側近のカナリアが来ていた。
アインの姿を見ると、皆は一斉に騒々しく会話を始める。
まだ幼かった二人は、アルカナの必死の懇願により、タリアス国で騎士になった。
ずっと拒否し続けていた貴族や、ティエオラが熱意に押されて折れた為、処分されず、国の平和維持を任されている。
「おい、アルカナが戻って来たぞ!」
指さされた方を見ると、ボロボロの軍服を着たアルカナが、ふらふらと歩いて来ていた。
災厄を見るなり逃げ出す国民に対して、アイネとクライネは、孤児院の子どもたちを纏め上げて、この街を守ろうと道に出る。
「下がってなさいあなたたち」
都子が言って、災厄の進路に立ち塞がる。
その隣に秋奈と斑鳩が並んで、少し離れてアインとカナリアが道を塞ぐ。
「私たちも戦います」
「この家を守る為に、居場所は奪わせません」
アイネが剣を構えて、クライネが槍を構えて孤児院の前に立つ。
「僕も戦うよ姉さん」
刀を持ってアイネの隣に並んだルミアは、初めての実戦に少し怯えている。
撹乱の為にバラバラに踏み込んだ都子たちが、同じタイミングで災厄に攻撃を仕掛ける。
純白の翼を広げた災厄に、全員が吹き飛ばされる。
羽根が刺さって体が麻痺した都子たちは、座ったまま動けずに居た。
都子に近付いた災厄は、腰を屈めて頭を優しく撫でる。
「ダイ……ジョウブ、ミテルダケデ……ワタシノカワリニ…ワタシノコレカラモ、アノコタチヲ……タノム」
「代わりは居ないの! どうして忘れるの、お兄ちゃんが一番分かってるでしょ!」
災厄はその言葉に答えずに、秋奈の下に行く。
「ササエテ……クレ、タノンダゾ。ワタシノ……カワリニ」
「ふざけないで、支えるどころか引っ張ってやるわよ」
災厄は撫でていた手を頭から離すと、左眼に紫色の炎を灯す。
武器を構える子どもたちの前に立って、災厄は聞き取りにくい言葉を、必死に叫ぶ。
「ヨク……キケ、ジブンノイバショヲ……ジブンデ……カチトレ」
人とはかけ離れた迫力に、三人は後ずさりをする。
そんな中、孤児院の中で潜んでいたフユが、ハルバードを構えて災厄の腕を斬る。
「アマイ……テカゲンハシナイゾ、シニタクナイナラ……タメラウナ……ジマンノワガコタチ」
フユのハルバードを塵にして、横腹に蹴りを入れる。
足を受け止めたフユは、災厄の首の前で手を翳して、槍を作り出す。
体の中に入った槍を、フユは引き摺り抜く。
大量の血が白い翼に降り注いで、翼を赤黒く染める。
アイネはそれに続いて、したからすくい上げる様に斬撃を放つ。
槍で支援したクライネが、災厄の追撃の手を貫いて止める。
形を崩していた腕が再生して、アイネの服を掴む。
触れられた箇所が塵になり、地面に落ちる。
孤児院の屋根の上から放たれた無数の矢が、アイネを掴んだ腕を射抜く。
退いた三人は冷静に考えて、ルミアが撹乱している内に、不死身である災厄の倒し方を考える。
「斬っても射抜いても駄目ならどうする?」
「ルミアが捕まる前に弾き出さないと、お父さんの戦い方は」
「都子さんたちの戦い方、全て記憶から引き摺り出して」
必死に考える三人だが、打開策が全く見つからない。
自我を徐々に失っていく災厄との戦いを、都子たちは静かに見守る。
ルミアが退いた為、標的を三人に変えた災厄の攻撃を、なんとか防ぐ。
「アルカナさん!」
拘束から抜け出したシェウトとミネルヴァが、災厄の気を引く。
標的を変えた災厄は、孤児院の前から少し離れる。
「姉さんたち、まだ躊躇ってる?」
フユの問い掛けに、アイネとクライネは口籠る。
「やっぱり、私には出来ない」
「私もパパを斬るなんて」
「お父さんが言ってただろ、迷いを捨てられなくても良いから、自分が今一番大事だと思うものを、その時失うと考えろって。そうしたら嫌でも体は分かってくれる」
壁にぶつかったシェウトとミネルヴァが沈黙すると、災厄は再び標的を子どもたちに向ける。
「一番大事なのは……お父さんだし、孤児院の子たちだから」
「私は戦うよアイネ、これは私たちの最後のチャンス。お父さんを殺せばこの街で暮らしていける、邪魔者扱いされなくなる」
前を向いたクライネは、槍を低く構えて、歩いて来る災厄に面と向かい合う。
フユとクライネが飛び出して、アイネひとりが置いていかれる形になる。
迷っていると、ふと災厄と目が合う。
意識が吸い込まれて、気付くと瓦礫の山の前に居た。
そこには自分がまだ幼い頃の、戦争の光景が流れていた。
銀色の髪のアルカナが戦っている姿、少しだけ髪が蒼色のアルカナ、体をどれだけ貫かれようと、 前に進み続ける姿。
そこにはアルカナの戦い方で、災厄の戦い方は何一つ無かった。
「どうする、ゆっくり決めると良い。でも、遅ければ遅い程人が傷付く。私を斬って今を守るか、このまま迷って、過去で満足するか。今を守りたいのなら、この剣で瓦礫の山の頂上に居る私を斬るんだ」
隣に突然現れたアルカナが、一振りの黒い剣を差し出して来て、手の中に置く。
「意地悪だよパパは……分かってるけど踏み切れないんだよ、それでもパパは怒らないもん。私が気付くまで怒ってくれないから」
「だからアイネはこんなに立派になった、私の自慢の娘だ。ほら、最後に別れのハグするか」
純白の翼と腕を広げたアルカナは、蒼色の髪を揺らして、笑顔でそう言う。
「今度会った時に取っとく、自慢の娘だもん」
その言葉を聞いたアルカナは、時折見せるせつない笑顔を見せて、それから嬉しそうに笑う。
「必ず帰ってくるよ、その時になったら、またこの翼の手入れをしてくれ」
「うん、その時は聞かせてね……懐かしい歌を」
瓦礫の山を登って、頂上で抱き着こうと両腕を広げたアルカナを斬る。
街の景色に戻ると、手に持っていた黒い剣で、災厄を斬っていた。
額の左半分に、三本の角を生やして、鬼人の力を目一杯使って、力任せに二発目で首を落とす。
雨が降り出した街は、瞬く間にびしょ濡れになって、体に付いた汚れや血を、綺麗に洗い流す。
傷だらけの体は、傷跡すら残さずに完治する。
「空が……割れてる」
雲の隙間から見える空の向こう側、更にその向こう側で、空が抜け落ちた様に割れている。
空を全員で見上げていると、紫色の炎が割れた空に落ちて行く。
「次はいつ会えるかな……待ってるよパパ」
騒ぎが終息したのに気づいて、街の人が次々に道に出て来る。
雨に濡れて空を見上げる子どもたちを見て、街の人は歓声を上げる。
神をも殺した勇者だとか、天誅を退けた英雄だとか、都合の良い言葉を並べていく。
「よくやったわ、貴女が守ったのよアイネ。国民の声はこんなもの、ふざけるなって思っても、心の中に留めておくこと」
落ちていた刀を鞘に収めた都子は、孤児院の中に入って行く。
「皆さ〜ん、風邪引いちゃいますよ〜」
都子に付いていたアルマが、タオルを手に持って、空を見上げる子どもたちを建物の中に入れる。
「さあ、これで災厄の脅威は去った訳やけど……復興はどうするんや」
全員か建物の中に入って、アルマが風呂に入れている時に、斑鳩と都子と秋奈が話し合っていた。
「国民があの子たちを悪い様にはしない、冬の本来の目的は果たされたけど。それはスタートの話だし」
「復興なんて勝手にしたければしてれば良いじゃない。私はこの国の国民じゃないし、全く関係無いから」
二つに割れた髪飾りを見つめて、都子が怒りを滲ませながら、雨が降っている街を見る。
「復興を手伝った方が、子どもたちの印象も良くなると思わへんか」
「良くなるだろうけど……あんな奴らの家を作ってやる義理なんて」
「一時の感情に身を委ねるのは良くない。彼奴も言うとったやろ、抑えてでもやらなあかん事もある」
「国民が私たちを助けてくれた事なんてあった? 無償の愛なんて存在しないの」
部屋のドアがゆっくり開くと、風呂から上がっていたアイネが、少しだけ覗き込んでいた。
「御免、聞こえてた?」
都子か謝ると、アイネは両手を必死に振って、聞こえてないと必死で伝える。
この子なりに気を遣っているのだろうが、恐らく聞こえていたと思う。
アイネが呼び出された理由は、額の角の件だ。
フユは幼い頃から、ずっと小さな翼が出ていて、成長するに連れ仕舞うことも出来る様になっていったが、アイネは自分が鬼人だと、気付いていなかったらしい。
「深くは聞かないけど、何か動かす様な体験をしたんでしょ?」
「はい、とても心地良い夢でした。でも、現実でこの剣を持ってて」
アイネが手に持っていた剣は、全く見覚えの無いもので、色以外は至って普通だった。
「まあ、考えても仕方が無いし。御飯にしよっか。晩御飯」
椅子からスッと立ち上がった都子は、キッチンに向かって、軽い足取りで歩いて行く。
「気負うことは無いでな、小さな英雄さん」
斑鳩はアイネの頭を撫でて、風呂場に続く廊下に消える。
「これから背負う命と今まで背負った命に、謝らないで良い様な生き方。貴女なら出来ると思ってる」
アルカナが使っていた鉢巻を机に置いて、秋奈は二階に上がって行く。
「この世界に無償の愛なんて存在しない……か、本当にそうなら、パパはどうなのでしょうか」
初めて鬼人の力を使った所為か、どっと疲れがのしかかる。
机に突っ伏すと、背後から笑い声が聞こえた。
顔を上げて笑い声の主を見ると、髪が濡れたままのシェウトが立っていた。
「なんか、アイネはお父さんに似てきたね。性格とか行動とか」
「そうかな、あんなに優しくなれないよ。あんなに頑張れもしないし」
向かいの椅子に座ったシェウトは、アイネの額をじっと見る。
見られている内に恥ずかしくなったのか、前髪で目を全て隠してしまう。
「髪留めで留めるよ」
「じっと見られると、流石に恥ずかしい」
「嬉しかったから、私と同じ形の角で、私と同じ本数の子は。今まで見たこと無かったから」
「鬼人自体それ程居ませんからね」
突然バタバタバタと、騒がしい足音が複数聞こえる。
ドアを勢い良く開けたエンジュと、その後に続く子どもたちが、全身濡れたままで部屋の中を走り回る。
濡れたままの髪を揺らしながら、水滴で少し濡れた服を着たアルマが、逃げ回る子どもたちを追いかけ回している。
「待って下さい、体を拭かないと風邪引いちゃいます」
廊下でぺたんと転けたアルマを、キッチンから様子を見に来た都子が、立ち上がらせる。
「毎日御苦労様。ほら、貴女もしっかり拭かないと風邪引くから」
「良い匂いですね、晩御飯が今日も楽しみです」
キッチンに入って行ったアルマに対して、早に立ったままの都子は、逃げ回っていた子どもたちを笑顔で見る。
「言う事聞かない悪い子は……全員食べるぞ」
それを聞いた瞬間、きゃーと悲鳴を上げながら、また孤児院の中を駆け出す。
寝た振りをしていたシェウトとアイネを、都子がつむじを押して起こす。
「痛い!」
同時に起き上がった二人は、目を都子に合わせようとしない。
「あんたたちも、注意くらいしてあげなさい」
「だって、怒るのは苦手で」
「そういう所ばっかりアルカナに似なくて良いの。嬉しいけど、優し過ぎるのも損だからね」
「はい」
よしっ、と言ってキッチンに戻って行った都子は、つまみ食いをしているアルマの、横腹をつまんで捻る。
「うゃぁ〜」
両手を上げて床に倒れたアルマは、ゆっくり都子を見上げる。
笑顔の都子を見たアルマは、血の気が引いたように青ざめる。
「観念しなさい、つまみ食いは行儀が悪いでしょ」
「こうなったら、最終手段を使うしか……」
ばっと跳躍したアルマは、地面に額を着けて、綺麗な土下座をする。
「申し訳……」
「許すか。罰として書庫の掃除を一週間しなさい」
アルマの顔に足を置いて、口の中に指先を入れる。
「そんなに食べたきゃ、私の足でも加えてなさい」
甘噛みをして足を齧るアルマは、至福の時の顔をしている。
災厄が去った後の孤児院は、今までよりもひとりひとりがよく考えるようになった。
自分の未来や使命、背負ったものや互いの心。
そして、命の大切さを誰よりも知る事になった。
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