今までとこれからと
互いの剣がぶつかり合った瞬間、城の至るところで爆発が起きる。
距離を離したグランフリートは、視線だけ動かして、何が起こっているのかを探る。
「よそ見すんじゃねーよ」
グランフリートの脇に飛び込んで、力任せに剣を叩きつける。
続けて回し蹴りでグランフリートの首を狙う。
肘で受けたグランフリートは、宙に浮いたアルカナ目掛けて、大きな剣を振るう。
真正面から食らったアルカナは、地面を転がって、跳ねて壁にぶつかる。
「勝てぬのが分からんか小僧」
「次の一撃で決めんじゃねーのかよ。案外覇剣も大した事ねーな、まだ諦められない」
崩れてきた天井の塊に押し潰される。
何度死んでも左眼の炎が、戦えと体を完璧に治していく。
その度に自分が消えてしまいそうで、何も音が聞こえなくなる時がある。
何時もならこういう時は口を挟んでくる斑鳩の声が、今は一言も聞こえてこない。
潰れた足を斬り落として、岩から脱出する。
足が治ると直ぐに立ち上がれる様になって、潰れていた痛みが綺麗さっぱり消える。
「呪いだな。死ねんのなら、何処かに封印してやろうか」
「ティエオラの理想に、手前も俺も邪魔なんだ……此処で殺す」
『勝ちたいのなら人間を辞めればええ』
斑鳩のいつも通りのおちゃらけた感じではなく、殺し屋時代の態度に、自分の決意が揺らぐ。
アルカナのままグランフリートを殺さなければ、人間が倒したからこそ価値のある勝利であり、これからの南タリアスに栄光をもたらす。
「……分かったよ」
グランフリートの剣が胸を貫通して、大量の血を吐く。
大剣を掴んで両手で砕く。
左眼の炎に全て任せて、唯目の前の騎士を殺すことだけに集中する。
髪が全て蒼色に染まって、眼の色が青と紫に変化する。
翼を大きく広げて、床に落ちている神殺しの剣を、手の中に引き寄せる。
「知ってるかグランフリート。本当の勇気の意味を」
「貴様は英雄にでもなるつもりか」
「残念だな、反逆者だ」
「人間にしては出来過ぎだと思ったが、ようやく納得した」
紫色の炎に飲み込まれた二人は、崩れる城の下敷きになった。
ーーーーーーーー
「これで良いんだよねお兄ちゃん」
城の外で崩れ行く様を見ていた南タリアス軍は、崩れ行く城を見て歓声を零す。
「ティエオラ様。我が父バートも、最後までグランフリートと一緒に死ぬと、あの城の中に残りました」
全身傷だらけのエルトは、血に濡れた白い剣を杖替わりにして、治療天幕から出て来る。
王都陥落から数日間の間、アルカナの遺体の捜索を続けていた南タリアス軍は、遂に王都に引き上げる事を決断する。
疲弊し切ったティエオラたちは、王都に着くと、公務を全て放棄して寝た。
床に伏せたティエオラは、毎日左眼の激痛に耐えながら、療養していた。
都子と秋奈は、残党の殲滅を続けており、まだ当分休みは無い。
凛凪はストレント帝国で、七凪の側近として働いており、南タリアスに顔を見せるのは重臣会議の時だけだった。
この戦争で多くの難民を出したタリアス国は、同盟国のストレント帝国と協力しながら、少しずつではあるが、元の姿を取り戻しつつある。
タリアス平定から一週間後、王都では国民が戦勝祭を催して、今までに無い程の繁栄を見せていた。
「失礼しますティエオラ様、お着替えの御用意が……」
ティエオラの着替えを床に落としたエルトは、ベッドの布団を急いで捲る。
「居ない……子どもたちの部屋か」
ティエオラの部屋から出て、シェウトたちの部屋に入るが、そこにティエオラの姿は無かった。
エルトの命令で直ぐにティエオラ捜索隊が結成されて、城の騎士の大半が各地に散らばった。
「そう、本当に人騒がせな王ね。私はこの戦争が終結するまでの約束だし、捜索に関係無い」
北タリアスの残党を捕縛する、左眼が赤い騎士の噂は、瞬く間に世界に広がった。
左眼に灯す炎は、神の遣いと言われ、各地で南タリアスの、女騎士の物語が作られた。
丁度北タリアス残党を捕縛し終えた秋奈は、街の書店で本を読んでいた。
「ふんっ、馬鹿馬鹿しい。この物語の影には、もうひとり英雄が居るってのに」
その本を買って店を出た秋奈に、夏の日差しが照り付ける。
「この世界に来て、もう三年も経ったのか」
同盟国のタリアスが、晴れてひとつの国と認められたストレント帝国は、更に力をつけて行った。
心優しく聡明な皇帝は、王都改め、帝都とした。
「このストレントも、随分と広くなって、そろそろ権威が隅々にまで行き届かないな」
机に向かい合って書類と戦っている七凪に、外を眺めていた鈴鹿が声を掛ける。
「そろそろ体制を見直さないといけませんね、西方総督を鈴鹿に任せたいのですが」
書類から目を離さずに、七凪が鈴鹿の指摘に答える。
溜息を吐いて、最後の書類を終えた七凪は、鈴鹿の手を引いて部屋から出る。
「どうした七凪」
「タリアスに行きましょう。久し振りに、冬ちゃんのお墓参りに」
「そうだな、聖冬の墓の隣に作ってやれなかったのは残念だが、今の丘の上も悪くないと思う」
ケルトの背中に乗った二人は、生温い夏の風を切って、南タリアス王都に顔を出す。
接客に来たレクトは、少しだけ大人っぽい顔立ちになっていた。
「皇帝陛下が突然なんの御用でしょうか。我らの王は今臥せっております」
「顔見るだけ、今日は冬……アルカナの墓参りに来ましたから」
「そうですか、王には会えませんが、アルカナの墓ならどうぞ」
「早く王が見つかると良いな」
鈴鹿の最後の一言に、レクトは頭を抱えて溜息を吐いた。
丘の上に着くと、ひとつだけ墓がぽつんとある。
墓石には、アルカナと名前が彫ってあり、その下に手彫りで聖冬と彫ってある。
いつも来る時は必ず沢山の花が置いてあって、掃除も綺麗に行き届いている。
墓の前に花を手向けて、両手を合わせて瞼を閉じる。
「また来るね、聖家五十三代目当主。冬ちゃん」
ティエオラが失踪してから二日後、各地である噂が広まった。
緑色のクロークを羽織った女性が、至る所で街を塵にしていると。
報告を受けたタリアス騎士団は、いつも出撃しては手遅れで、いたちごっこが続いていた。
そんな中、ある所では左右で目の色が違う、髪が蒼色の女騎士を見掛けたと。
その女騎士は、賊や北タリアスの残党から街を守っては、知らない間に姿を消す。
更に傍らには骨を抱いた少女が居て、その子の髪は綺麗な銀色で、黒いワンピースを身に纏っている。
タリアス領の小さな街、クロールスに、その二人は居た。
「ねーねー、今日の御飯は?」
「あの飲んだくれが酒に使ったから、まだ材料は揃ってない」
「お腹空いたー」
「分かったから静かにしてくれ、今買いに行くから。この剣ももう要らないか」
自分が長い間持っていた剣を売って、それで食材を買う。
タリアス王都で、アルカナによって保護されていた子どもが消えて、四日が経った。
失踪が発覚したのは、王都のシスターが城に確認に来た時だった。
シェウトを始め、ミネルヴァもアイネもクライネも、全員が忽然と姿を消した。
「ねーねー、御飯まだ?」
「もう直ぐ出来るから待ってろ」
「遅いんだよクソ野郎」
「おい、そんな言葉どこで覚えた」
「お前からだ」
笑顔でそう言うアビスは、恐らくこれが悪い事とは分かっていない。
料理が完成して皿に盛り付けると、アビスが指でつまんで口に運ぶ。
「こら、つまみ食いは駄目だ。ほら、あっちの飲んだくれの酒を片付けてやってくれ」
机の上が酒瓶で埋まっており、その中央に和服を着た女性が、机に突っ伏していた。
「起きろババア!」
笑顔でそう言ったアビスを、斑鳩は捕まえて擽る。
「だーれーがーバーバーアーだー」
「触んなババア!」
そう言って楽しそうに遊んでいる二人を見ながら、机の上を綺麗に片付ける。
机を綺麗に拭いて、出来上がった料理を次々と並べる。
「おい、この少女お前に口調が似て来たぞ。どうにかせえや」
長い手を伸ばして、着ていた軍服の裾を抓まれる。
飲んだくれの酔っ払いに構っていられないので、無視してキッチンに戻る。
「御飯の匂いー!」
そう言って部屋に入ってきた子どもたちに続いて、最後にミネルヴァとシェウトが入って来る。
「済まないな少し遅れて。お前たちがここに来たのは驚いたが、何故此処と分かったんだ」
シェウトに出会ったのは五日前、この街で今日と同じく街を歩いていたら、突然声を掛けられた。
その時背後に居たのがシェウトとミネルヴァだった。
その時は大人しく帰ったが、後日突然子どもたちを連れて、この家にやって来た。
自分と斑鳩とアビスで住むには、少々広過ぎる為、部屋を埋めるには丁度良いが、今度は食費やらが半端じゃない。
「御免なさい、私はやっぱり貴方の傍に居たかったので。勿論分かった訳ではなく、たまたま見付けたんです」
申し訳なさそうに喋るシェウトの手を引いて、机の前に連れて行く。
「構わないよ、飲んだくれと馬鹿しか居なくて、少し人恋しかった」
「奥さんは良いのですか?」
「えっ……と」
「ティエオラ様ですよ、床に伏せてらっしゃいますが。確か行方不明になったと聞きました」
王都からそれなりに離れている街の為、そういう情報は全く知らなかった。
「何で結婚したの知って……」
隣でニコニコと笑うアビスは、目が合うと急いで逸らす。
「手前聞いてやがったな」
「聞こえるくらいの声で言った手前が悪い!」
アビスの頬を抓まんで、左右に引っ張る。
わいわいと賑やかな食卓に、外から叫び声が聞こえる。
「斑鳩さん! 隣の町が塵になったって、次はこの街だ」
斑鳩が酒場で知り合った男が、慌てた表情で汗を流しながら家に入って来る。
その男が何かに引っ張られる様に下がって行くと、都子と秋奈が入って来る。
「久し振りお兄ちゃん、やっと見つけた。子どもたちも、シェウトが連れ出したのは分かってる」
「早く帰るわよ、さっさと支度して」
身長が急激に伸びた都子は、百八十二センチになった自分より、少し低い位置に頭がある。
聖冬に顔もスタイルも似てきて、少しだけ嬉しい様な気もする。
秋奈は殆ど変わらず、保護している子どもたちと並んでも、あまり違和感が感じられない。
「用事が終わったら戻るから、子どもたちのこと宜しく。聖家の祖先である十代目の斑鳩も、初代の鈴鹿も居るから」
「はーい鈴鹿です!」
手を上げたアビスは、鈴鹿と名乗る。
「は?」
都子と秋奈は顔を見合わせて、同時に声を出す。
クールビズの為に、シャツ一枚で外に出ると、相も変わらず生温い空気が漂う。
「確か隣町だったか」
白い翼を広げて、壊滅した隣町に向かう。
隣町に到着すると、見事に何も無い塵となっていた。
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