死闘の果てに見える景色
戦闘からは遠く離れた廊下で、見張りの隊をまたひとつ片付けて、エルトが血に濡れた剣を捨てる。
エルトが片付けて障害が消えた廊下を、ティエオラがロングブーツの踵を鳴らして歩く。
ひとつの大きな扉の前に立つと、エルトが扉を蹴り破る。
部屋の中には純白の鎧に包まれた騎士が、ひとり佇んでいた。
純白の騎士は瞼を静かに開くと、床に着いていた切っ先を持ち上げて、剣をこちらに真っ直ぐ向ける。
「騎士王……いや、バート・サンイルーチェ。私はお前の娘として、ひとりの騎士として。お前を超える」
腰から純白の剣を抜いて、バートに切っ先を向ける。
「此処は頼んだよエルト」
エルトの隣を通過して、バートの横に立ち止まる。
「お久し振りですティエオラ様、暫く見ない内にまた成長なされましたか」
「僕なんかよりも、今は目の前の騎士を見るべきだ。強いよ、彼女は」
再び奥に続く部屋の扉に向かって、足を前に出す。
重厚感のある扉を開いて、部屋に続くレッドカーペットを歩く。
真っ直ぐ伸びた一本のレッドカーペットの行き着く先は、真紅の鎧を身に纏った戦神の座る玉座。
「久し振りだな我が娘、父に戦争を仕掛けるとは、随分と盛大な反抗期だな」
「神話でもよくあるだろう、子どもが父を討つ。歴史は繰り返す、君が自分の父、僕のお祖父さんを討った様に」
一体の傀儡を虚空に生み出したティエオラは、黒い剣をアーセナルから取り出す。
立ち上がったグランフリートは、大きな紅い大剣を軽々と持ち上げる。
巨体の傀儡が大木よりも太い腕を、グランフリートに叩き付ける。
それを真正面から迎え撃ったグランフリートの拳が、傀儡の腕を吹き飛ばして、大剣を振り回して真っ二つに斬り裂く。
傀儡の陰に隠れていたティエオラは、鋭い斬撃をグランフリートに叩き込む。
「お前は剣術をやっていなかったが。私の娘だな、良い筋をしている」
小手で止めたグランフリートから距離を取って、傀儡を二体作り上げる。
作った瞬間傀儡の体が散り散りになり、紅い大剣が左から来る。
翠色の炎を左眼に灯して、大剣を受け止めた黒剣に、重力を全力で乗せる。
金属音が反響して、少し遅れて衝撃波がレッドカーペットを切り裂く。
大剣が地面に落下すると、グランフリートの姿はそこに無かった。
「はぁぁぁぁ!」
大きな斧を振り上げて落下して来たグランフリートは、気合いと共に床に斧を叩き付ける。
重力を横に向けて回避すると、地割れで床が波打って追撃して来る。
「貫け」
アーセナルから槍を出して、重力で波打つ床を穿つ。
翠色の炎から、金色の炎に変える。
未来を見て攻撃を全て回避して、傀儡を次々に用意して、反撃のタイミングを見計らう。
未来を見ても、反撃をする景色が全く映らない。
反撃どころか、じわじわと追い詰められて行く自分が見える。
「そんなものかティエオラ! 興醒めだな、擬似アーセナル解放!」
グランフリートが叫ぶと、部屋の至る所で閃光が煌めく。
姿を消した大量のアーセナルから、武器が溢れる様に出る。
ーーーーーーーー
「やめて下さいアルカナさん、そんな体で何処に」
ふらふらと立ち上がるアルカナに、シェウトが必死に止める。
その光景を見たアイネクライネは、怯えて遊んでいた手を止めて、二人を見る。
「憚りに行くんだ、トイレまで付いてくるのか」
「行きます、倒れられても困りますから」
そう言うとシェウトに持ち上げられ、素早くトイレに連れて行かれる。
中に一緒に入ったシェウトは、アルカナを下ろして後ろを向く。
暫くしても声が掛からないので、少し躊躇いながらも振り向いたシェウトは、角を出してトイレから飛び出る。
「アルカナさんは? ミネルヴァ此処に居て、アイネクライネを頼みます」
ドアを勢い良く開けて部屋の中を確認したシェウトは、部屋の窓から飛び下りて地面に着地する。
城門の前に移動して城の敷地外に行こうとすると、遥か遠くから紛い物が来ているのが見える。
「なんで南タリアスに、ひとりでは持たない。国民に被害が、考える前に潰さないと」
街を駆けているシェウトを、アルカナは白い翼を広げて見ていた。
その隣には、骸の手の上に座っているアビスが居た。
「潰れちゃうよあの子、助けなくて良いの?」
「お前が行け、私は北タリアスに行く」
「私は貴方から離れないもん」
「なら手伝え」
先頭の紛い物を地に伏せたシェウトに、休む間もなく紛い物が突っ込む。
純血の鬼人でも、流石に百以上を相手するのは、無理があるみたいだった。
シェウトの首を狙って刀を振り上げた紛い物に、短刀が突き刺さる。
「アルカナさん、その姿は。もう帰ってきてくれないのかと……」
翼がある事を認めたシェウトだが、それ以上追求せず、街の入口を守る。
「済まない、これで最後だ。一気に片付ける、アビス」
骸が何体も姿を現して、二体一ペアで糸を張る。
糸に飛び込んだ紛い物は、次々に体を斬られてバラバラになっていく。
二十体の紛い物に囲まれたシェウトは、地面に膝を付く。
それを見て襲い掛かる紛い物を、全て消し飛ばす。
「勝手過ぎますよアルカナさん、これが最後なら……」
「お前にこの眼を上げるよ、そうしたら離れる事は無いだろ。大丈夫だ、帰ってくるよ必ず」
シェウトの前髪を上げて、額に口付けをする。
小さな炎が左眼に灯って、少しずつシェウトの傷が治っていく。
紛い物を全て片付けたアビスは、骸を一体残して欠伸をする。
「分かりました、行ってらっしゃいアルカナさん」
「そう言われたら、只今って言うまで死ねそうにないな」
地面を軽く蹴って、翼を広げて北タリアスに向かう。
剣龍の速度には劣るが、それでも十分少々で王都に着く。
街の中で瀕死の状態になったタイムと、その隣で同じく瀕死の少女を見つける。
「アル……カナさん。御免なさい」
「よく頑張ってくれた、この国を頼む」
タイムを紫色の炎に包んで、傷を全て治す。
北タリアスの鎧を身に着けている隣の少女の傷も、全て綺麗さっぱりなくなる。
城の中に入ると、入口付近まで南タリアス兵が後退していた。
その一番後ろで秋奈と都子が、傷の治療を受けていた。
都子に関しては酷い傷で、普通の人間なら死んでいる傷だった。
それでも生きているという事は、普通じゃない想いが、まだこの世界に都子を留めているのかもしれない。
都子を炎で包んで全ての傷を治す。
呼吸が不規則だった都子は、徐々に落ち着いて瞼を開く。
「おはよう都子、よく頑張ってくれた」
「そう。左眼を使ってるの。そんなの、消えちゃうの分かってて……何で」
「失う事は悲しい事じゃな……」
「悲しいに決まってるじゃない、嘘ばっか言うな!」
都子の言葉に何も返せなくて、唯抱き締めて謝ることしか出来ない。
「随分と感動的な最後になりそうね、此処は任せてさっさと行きなさい」
隣で治療を終えた秋奈は、馬に跨って再び指揮に戻ろうとする。
都子をそのまま抱き上げて、次は秋奈を左手で抱き締める。
「御免。二人とも仲良くな、子どもたちを、この国を頼む。作戦通り頼んだ」
二人に背中の翼の羽を、一枚千切られる。
「私は聖家の次女だから、しくじる訳が無いでしょ。行ってきてお兄ちゃん」
「私だって雨宮家の当主、聖なんかに遅れをとることは無いから」
二人から腕を離して、城の天井近くを飛ぶ。
ずっとそれを見ていたアビスは、特に口を挟んでくる訳でもなく、唯見守っていてくれた。
「私に続け! これから指揮は全て秋奈に任せる、王の為に唯進め!」
「押し返す! 一方的にやられるなんて、まっぴらよ!」
二人の勇ましい声を背中で聞いて、自かが心配していたのが、少し馬鹿馬鹿しくなる。
戦場から離れて扉を開くと、エルトとバートがぶつかり合っていた。
どちらの鎧も全て床に転がっていて、次の一撃を入れた方が勝つ。
そんな状況になっていた。
「はぁぁぁ!」
「はぁぁぁ!」
二人の気合がぶつかった後、バートの剣が真ん中で折れる。
バートの首に剣を突き付けたエルトに、騎士王はずっとのしかかっていた重圧に、開放されたような顔をする。
剣を下げたエルトは、床に座り込む。
決着を静かに見届けた後、この部屋の扉を開けて、ティエオラの居る気配がする部屋に入る。
身体中を何かが貫いた様な傷を負ったティエオラと、傷一つ負っていないグランフリートが居た。
「今見ている未来には何があるんだ……僕は唯ひとり君に居てほしい」
立つのが精一杯のティエオラに、グランフリートが紅い大剣を差し込もうとする。
ピタッと剣を止めたグランフリートが、こちらを見て笑みを浮かべる。
「南タリアスのアルカナ、貴様が我が娘の左腕か」
「覇剣グランフリート。俺はティエオラの夫、挨拶に来てやったぞ」
左眼の炎を大きくして、グランフリートに突っ込む。
鬼人並の速さにも関わらず、グランフリートは軽々と短刀を受け止める。
受け止めた短刀を薙ぎ払って、攻撃に繋げる。
避ける準備の出来ていなかった体を、何かに引っ張られて死を脱する。
「焦らない、聖家五十三代目」
骸がティエオラを救出して、包み込む様に抱えている。
直ぐにティエオラの傷を治して、アビスに守る様に頼む。
持っていた短刀を床に置いて、虚空に紅い色の剣を出す。
「アルトリアもカミラも、ストレントに加勢して頑張ってるんだろうな」
今度は神殺しの剣で、グランフリートにぶつかる。
目を細めたグランフリートは少し間合いを開けて大剣を上から振り下ろす。
グランフリートの後ろに回り込んで、素早く剣を切り返す。
鎧を容易く斬った刃は、グランフリートの背中に達する。
半身になって蹴りを放ったグランフリートの攻撃が、腹に真っ直ぐ突き刺さる。
吹き飛ばされた体が壁で止まって、折れた骨を急速で治す。
万全になった体が、目の前の騎士を屠れと騒々しく煽る。
少しずつ薄れていく理性が、何とか体を引き止める。
今度はグランフリートから突撃して来る。
真正面から剣を受け止めて、大きな剣の後ろに隠れたグランフリートに、斬撃を返す。
剣から手を離していたグランフリートは、背中の翼を掴んで、むしり取る。
「あぁぁあぁぁぁ!」
背中でぶちぶちぶちと、糸が切れる様な音がして、痛みが体の中に染み込む。
「そんなものか天王星の力は! 私を遥かに凌駕する筈だろう!」
「うるせえな! そんなに見たいなら引き出してみろ、俺は俺のまま手前を殺す」
神殺しの剣をグランフリートの心臓に突き立てて、距離をとる。
「これが最後だアルカナ、次の一撃で決する」
「さっさと構えろよ。俺は用意が出来てんだよ」
大剣を拾ったグランフリートが踏み込み、先程よりも速い速度で来る。
城からアビスとティエオラが逃げたのを確認して、自分もグランフリートに突撃をする。
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