王都進撃
南タリアスと北タリアスの国境を越えて二日、グード砦を瞬く間に押さえた南タリアス軍は、グラ砦に迫っていた。
馬で先頭を走るエルトは、大きくなっていくグラ砦を睨む。
軍の真ん中に居るティエオラは、何か大きなものを感じ取り、小さな溜息を吐く。
「騎士王が居るね。紛い物も沢山」
砦から大地を揺らす程の雄叫びが響く。
エルトが剣を抜くと、後ろに続いていた騎士が、全員武器を構える。
「ファランクス!」
秋奈の声を聞き、隊列から陣形に変化して、紛い物を迎え撃つ槍の壁が完成する。
真正面からぶつかった紛い物は、槍の壁に突き刺さり絶命する。
空から飛来した紛い物は、ファランクスの中に突っ込み、騎馬兵を何人か叩き落とす。
「展開! 二四と三五突撃!」
二つに別れた列の中央から、都子が率いる二十四番隊と、タイムが率いる三十五番隊が前に出る。
紛い物の特攻の雨が止むと、北タリアス兵が突撃を開始する。
「盾で壁を作ってファランクス! 二四と三五は先行して遊撃」
北タリアスの先頭と遊撃隊がぶつかった後、本隊がぶつかると、陣形を崩された北タリアス兵は、早いスピードで後退して行く。
「北タリアスの騎馬隊だ! 先頭は……騎士王!」
「ティエオラ様、此処は私に行かせて下さい!」
エルトの気迫を見て、ティエオラは静かに頷く。
前を向いたエルトは、北タリアス兵を掻き分け、薙ぎ倒しながら、父の下に向かう。
「撤退! このまま勢いのある南タリアスを相手にするのは不利だ!」
騎士王の声を聞いた北タリアス兵は、一部の騎馬兵が殿の役目を務めて、重装兵や歩兵を優先的に逃がす。
時間稼ぎの騎馬兵を仕留めるのは難しく、殆どを逃がしてしまう。
「深追いは不要!」
自らも殿となった騎士王は、向かって来たエルトを迎え撃つ。
エルトが横に薙いだ剣を受け流して、第二の斬撃を真正面から受け止める。
「大人の魅力が出てきたなエルト」
「親面するなバート・サンイルーチェ」
「久しぶりに会って、第一声がそれとはな。お母さんの事はお前に任せたぞ」
「貴様……」
前蹴りを受けて落馬したエルトは、背を向けて引いて行く騎士王の後ろ姿を睨む。
「大丈夫ですかエルトさん」
双剣を鞘に収めたタイムは、落馬したエルトの横に着地して、手を差し出す。
「クソッ! 人としても騎士としても彼奴を……」
地面に拳を叩き付けたエルトは、騎士王が置いて行った柄が白い刀を拾う。
刀身を見た後、落ち着きを取り戻したエルトは、タイムの手に引かれて立ち上がる。
馬に乗り直して、再び隊列を整えて王都に向かう。
グラ砦を押さえた今、王都までは目と鼻の先。
騎士王を引かせた勢いのままなら、必ずグランフリートに届く。
「ティエオラ様、戦姫の一万五千が動き出したそうです」
「ティエオラ様。戦姫の一万五千、ストレントの穿剣率いる一万が、互角の戦いで止めているとの事です」
立て続けに入った報告が、騎士から騎士へと広がって、更に南タリアス騎士の士気を上げる。
「このまま王都まで突っ込もうか、あの子も必ず来てくれるだろう」
「見えたわ、一度中に入ったら帰れない地獄の壁が。都子の別働隊、行って」
秋奈が見据える先には、漆黒の壁が王都への道を阻んでいる。
それを破る役目を担うのが、火薬の使用経験のある都子。
王都をぐるりと囲む壁は、たった二つの出入口があるだけで、その他の場所からの侵入は不可能。
この世界で爆弾を手に入れたのなら、わざわざ入口から入る必要も無い。
ぶち破ってしまえば、何処からでも入る事が出来る。
「しくじらないでよ聖都子」
「誰にものを言ってるの雨宮秋奈、雨宮家が実力で聖を超えたことがある?」
列から外れた都子と、入口で気を引く本隊と、二つに分かれる。
エルトとタイムが先頭で、門に突っ込む。
門を力ずくで破ろうとしていたが、少し手前で門が開かれる。
門の奥に姿を現したのは、列になった狙撃兵が、矢を番えていた。
「まだだ、もっと引き付けろ……てぇぇ!」
エルトとタイムは門に飛び付いて回避したが、後ろに続いていた騎士は次々と矢を受ける。
ぶら下がった二人を狙って、第二波の一部が放たれる。
地面に落下してそれを回避して、狙撃兵の列に突っ込む。
列を崩して撤退して行く狙撃兵を追って、王都の街を駆ける。
二手に分かれた後、後から続いた騎馬隊が王都に雪崩込む。
「街に被害は出さないように、抵抗する民は拘束。狙うはグランフリートの首ひとつ」
「はっ!」
王都に大きな戦力は無く、グランフリートはあくまでも、王城で迎え撃つつもりらしい。
たかが城一つで、何日持たせるつもりなのか、それとも援軍が来るのか。
どちらにしろ、長期戦なんてしてやるつもりは無い。
壁から爆発音が聞こえて、都子が王城に一番乗りで突っ込む。
エルトとタイムの前には、一人ずつ騎士が立ちはだかり、睨み合いが続く。
「北タリアス騎士、キマリス・ダーケイン。ここから先は通さん」
「南タリアス騎士、エルト・サンイルーチェ。力ずくで退いてもらう」
「騎士長、此処はこのレクトにお任せ下さい。父との決着をつけてきて下さい」
後ろから追って来ていたレクトが、剣を抜いてエルトの隣に立つ。
「任せたレクト」
キマリスの脇を走り抜けて行ったエルトを見送り、レクトは剣を真っ直ぐ前に向ける。
「南タリアス騎士、レクト・リヴェート。王の為に」
同時に踏み込んだ両者は、剣と剣をぶつけ合い、互角の勝負を展開する。
レクトは技術、キマリスは力、どちらも圧倒的な力だからこそ、相殺しあって互角となっている。
互いの鎧を削り合って、誇りと誇り、忠誠心と忠誠心がぶつかり合う。
だが、決着は突然訪れた。
レクトの剣はキマリスの剣に当たって折れ、キマリスの剣はレクトの剣に当たって折れた。
「私の負けだ。もう戦える武器は無い、貴殿にはまだ短剣がある」
「儂は貴殿を殺す気は無い。これからの国を背負うのは、お主ら若い人間なのだ」
腰の短剣を外して、レクトに差し出す。
「何のつもり……」
「儂の願いと思いじゃよ。儂が一番最初に買った剣でな、思い出の品じゃよ」
剣を受け取ったレクトは、頭を深々と下げて王城に向かう。
反対の路地では、タイムと弓を持った騎士の戦いが始まろうとしていた。
「北タリアス騎士、ディーネ・ライルス。いざ、尋常に」
「南タリアス騎士、タイム・エレクトル。舞踊ります」
三本の矢を番えたディーネは、双剣を携えて向かって来るタイムを、引き付けてから矢を放つ。
両手の剣を巧みに使って、三本を一気にへし折って落とす。
「ッッッ凄い」
真ん中の矢の後ろに、もう一本矢が隠れていた。
「これくらいは避けてくれ」
「はぁぁぁ!」
叫んだタイムの左眼からは、翠色の炎が燃え上がる。
矢が思わぬ方向に進路を変えて、レンガで舗装されていた地面が抉れる。
加速を繰り返したタイムは、鬼人の踏み込みをも超える。
「くっ……」
「貴女、鬼人だったのですね」
タイムの一撃を受け切ったディーネは、額から一本の角が生えている。
重力を無視した突撃は、体を地面から浮かせたまま、街の中を王城方向に滑る。
「そう言う貴女は何者ですか、重力を無視した様な動き」
「分かりませんが、アルカナさんと同じ様なもの」
重力を自分だけそのままに抑えて、ディーネだけを地面に落とす。
かなり重力を重くしているが、全く膝を折らない。
更に強めると、地面が抉れてディーネの足が沈み込む。
「アーセナル解放」
ディーネが呟くと、閃光と共に大量の武器がタイムに襲い掛かる。
斧が腕の骨を砕き、槍が右肩に突き刺さる。
重力を左の道に変えて回避を試みるが、全方向に飛び散った武器が、体を容赦無く傷付ける。
「此処で負ける訳には……行きません!」
左右の剣で体に襲い掛かろうとする武器を、片っ端から弾き飛ばす。
間に合わなかった武器が体に刺さり、酷い痛みが襲う。
「墜ちろ叛逆の使徒!」
地面を陥没させて踏み込んだディーネは、体に乗っかる重力を押し返して、タイムに飛び掛る。
飛び散った最後の斧を両手で弾いた時、ディーネの握る槍が、腹に突き刺さる。
「これ位で……墜ちると思うな!」
槍を粉々に砕いたタイムは、ディーネの腕を掴んで、大量のGを乗せて地面に投げる。
黒い翼が生えたタイムは、先程とは比べ物にならない程のスピードで、ディーネが沈んで行ったクレーターに追い討ちをかける。
手の中に小さな黒い玉を生成して、ディーネ目掛けて放つ。
跳躍してそれを避けたディーネは、先程まで自分が居た穴を見て唖然とする。
黒い玉が吸い込まれていった深いクレーターは、飲み込まれてぐちゃぐちゃになっていた。
「貴女は、化物ではなく……魔族なのですね。その黒い翼と、その角。貴女の勝ちです……叛逆の使徒」
糸が切れた様に倒れ込んだディーネは、底の見えなくなったクレーターに落ちて行く。
ディーネを浮かせて、腕の中に落として、民家の壁にもたれさせて座らせる。
翼と角を仕舞って、その隣に腰掛けたタイムは、左眼の炎も消す。
「もう動けませんね……後は頼みました、皆さん」
王城の城門に辿り着いた都子の前に、正座をして刀を携えた男が立っていた。
「北タリアス騎士、ケルト・ラビュート。叛逆の使徒と、お手合わせ願いたい」
「手合わせなんて生温いもの、してやる訳ないでしょ。聖家次期当主、聖都子。さあ、真剣勝負」
立ち上がった男は抜刀の姿勢をとる。
都子も抜刀の姿勢をとり、柄に軽く手を添える。
『相手は同じ抜刀術。ならば……この勝負に勝つのは、より相手より技術が高い方』
『相手は同じ抜刀術。ならば……この勝負に勝つのは、より相手より技術が高い方』
「はぁぁぁ!」
「せえぇぇぇ!」
同時に踏み込んだ二人は、互いの刀の威力を相殺し合い、互いの真ん中で刀が止まる。
一歩引いて斬り込んだ都子の刀を、体を捻って弾き、捻った勢いを上乗せして冗談から刀を振り下ろす。
ケルトの脇を抜けて回避した都子は、振り返りざまに刀を水平に薙ぐ。
刀を背後に回してそれを防いだケルトは、鞘に刀を収めて、都子の空いた横腹を狙う。
同じく鞘に刀を収めていた都子は、ケルトの抜刀する右手を狙って、鞘を槍の様に突き出して、柄頭でケルトの手首を砕く。
「刀を握れない奴に興味無いから」
「まだ左手がある」
緑色の翼を広げたケルトは、踏み込むと視界から姿を消す。
咄嗟に刀を体の前に立てると、重い一撃に体を吹き飛ばされる。
民家の壁で止まった都子は、服に付いた埃を払いながら舌打ちをする。
「あんた……剣龍だったの。流石に成体に勝てる気はしないけど、かと言って負けてやる気も無いから」
目を開いた都子の左眼には、紅い色の炎が燃えていた。
衝動に身を任せた都子の体は、紅い炎に包まれる。
「あぁぁぁ!」
追撃を放ったケルトの刀を、都子は左手で掴んで止める。
「お兄ちゃんに怒られるかな、刀受ける為に蝶々の髪飾り使ったの。割れちゃった」
「骸を使うなんて……ネクロマンサーか」
ケルトの追撃を受け止めた骸は、左眼に都子と同じ色の炎を灯している。
「お兄ちゃん許してくれるかな……優しいから、きっと許してくれるよね。この眼の事も」
「貴様は危険だ、容赦無く殺させてもらう」
刀から手を離したケルトは、緑色の蕾に包まれて、蕾が花開くと、緑龍に姿を変える。
もう一体骸を呼び出した都子は、刀を鞘に収めて、自分の前に刀を突き刺す。
刀から手を離した都子は、斬撃が見えない程の速さで、刀を抜く。
背後に控えていた骸が都子を押して、気配すらも追えない程のスピードを生み出した。
向かい側で待っていた骸が、飛んで来た都子を受け止める。
都子の刀に爪をへし折られたケルトに、都子を投げた骸が追撃する。
腕を下から振り上げ、骸を迎え撃つ。
大きな爪が当たる瞬間に消えた為、爪が空を切る。
死角から滑り込んだもう一体の骸を吹き飛ばして、自分の折れた爪から大きな刀を作り出す。
「その行動、面白くない上に予測出来たから。ばいばい」
三体目の骸が姿を現すと、雷が発生して緑龍に直撃する。
ケルトは人型に戻り、地面に倒れる。
骸が全て消えて、左眼の炎が消える。
隣をエルトが通過して、城門を剣で斬って潜る。
街の中を進んでいた南タリアス軍が城門を破り、エルトを先頭にして城の中に突入する。
都子は地面に落ちていた鞘を拾って、ティエオラの横に立つ。
「御苦労だったね。タイムとレクトが見当たらないが、きっと大丈夫だろう」
そう言うと、ティエオラや都子に全軍を任せて、何処かに向かって歩き出す。
「エルト。僕はグランフリートの下に行くよ、君も付いてきて。そしたら望む人は居る筈だよ」
「私は何時も貴女様に付いて行きます。必ず勝利を挙げます」
北タリアス兵が構えて居る方に、ゆっくりと堂々と歩き出す。
「本当に勝手だわ。突撃! ティエオラとエルトの邪魔をさせるな!」
怒号と雄叫びを上げて、同時に両軍が走り出す。
都子は骸と刀を使って、二人に誰も近付けさせない。
「都子、後で僕の部屋に来てくれ」
「そんな頼み事後にして、忙しいのが分からないの?」
二人が戦場から抜けたのを見送って、敵将らしき人物を探す。
「そう言えば……左眼使ってないのに出てくるの、本当に何これ」
骸を一体天井付近にまで上げて、戦場を骸を介して見渡す。
「左翼押されてる! 余裕がある中央からカバー!」
「はっ!」
激化していく戦闘でも、両軍一糸乱れぬ動きを見せる。
左眼の煌眼を輝かせた都子は、更に二体の骸を虚空から出現させる。
バラバラになった骸は、千々の槍となって北タリアス兵に襲い掛かる。
「押し返せ、全てを賭けろ、王の為に唯進め!」
数の差に押され始めた南タリアス兵を、最前線に立って鼓舞する。
周りで輪になって広がっていた北タリアス兵が、纏まって都子にぶつかる。
前線の兵が壊滅して、次の標的を探して進む。
「死ね、炎の眼の少女!」
無数の槍が腹を貫いて、斧が左肩を開く。
骨が剥き出しになって、左腕が脱力する。
「黙れ! 死ぬ訳には行かないの、逃げる訳には行かないの! お兄ちゃんの為にも」
収束して形を取り戻した骸で、目の前の騎士を全員吹き飛ばす。
体に刺さった槍を全て抜いて、骸に補助させて歩く。
遠くでは凛凪がひとりで戦っていて、上手く立ち回って敵を翻弄する。
ボロボロの都子を認めた凛凪が、前に居た敵を無視して、駆け出す。
前に立って近付く敵を、凛凪は手際良く片付ける。
「何してるの……早く自分の隊の持ち場に戻って」
「意地を張るな、一旦引くぞ」
肩を支えていた骸が、膝を折って地面に倒れる。
凛凪は倒れた都子を担いで、銃で道を切り開く。
第二部隊の指揮を執っていた秋奈は、大きな打撃を受けながらも、大きく北タリアス指揮官の下に近付いていた。
「都子の隊が……そう。梯形陣と単横陣を維持して、敵を削りながら進」
飛来して来た矢が、肩に突き刺さって馬から転げ落ちる。
矢を折って細剣を抜いて、向かってくる敵を突き刺す。
「もう少しで届くのに、何時も何なのこの世界でも……どうせ届かないなら……」
左眼に電撃が走った感覚がして、酷く痛む。
「秋奈!」
傍らで戦っていたクラウスが叫んで、秋奈の首を取ろうとする騎士の接近を伝えるが、左眼を押さえた秋奈は動かない。
「あぁぁぁ……金色の炎。攻撃して来る」
複数の騎士の攻撃を、全て回避して項を削ぎ取る。
まるで攻撃してくる箇所や、タイミングが全て打合せしていた様な動きに、クラウスは声が出ない。
「秋奈! その眼……兎に角今は引こう」
やっと声を出す事が出来たクラウスは、秋奈の手を引いて残った騎士を纏めて撤退する。
「引かない。私は雨宮家当主、私たちが手に入れられなかったものを……今この戦いで奪いに行く」
手を振り払って前に歩き出す秋奈の頬を、クラウスがひっぱたく。
「何言ってるんだ、体勢を立て直さないと。奪われる一方っすよ」
「分かったわ、仕方が無いから一旦引く。奪う為に引くだけだから、逃げては無いからね」
「殿は任せろ、その間に行ってくれ」
クラウスは自分が乗っていた馬に秋奈を乗せて、馬を走らせる。
「クラウス、後で貴方の考えも参考にするから。必ず私の下に来る事」
背中で秋奈の声を聞いたクラウスは、残った一部の騎士と追手を止める。
「頼んだっすよ秋奈、この国には……これからの国には貴女が必要なんだ」
剣を携えて果敢に向かって行くクラウスは、今まで見た事も無いような動きを見せる。
少ない兵を指揮して、多くの敵を食い止める。
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