紫色の空
ドレード攻めが終わった南タリアスは、特にすることもなく、毎日訓練の日々となっていた。
小国にとって、二千の兵が他国に居るのは、攻めるのも守るのも致命的になる。
ティエオラは子どもたちの面倒を見て、特に退屈はしていないが、都子とアルマは違った。
エルトの訓練は厳しく、効率的で良いものだが、ストレント帝国が気掛かりで、訓練どころじゃなかった。
「ティエオラ様。ストレントに行ってきます、ストレントを凌ぐ大軍が押し寄せ……」
シェウトたちの部屋に居たティエオラに、都子とアルマは出撃を乞う為に、長期戦を覚悟していた。
「良いけど。この子たちにお土産でも買ってきておくれよ」
どれだけ断られても無理矢理行くつもりだったが、案外あったり承認されてしまう。
子どもに手を引かれて、一緒に積み木遊びをしているアルマは、楽しそうに輪に馴染んでいる。
「お土産も買ってくるから、行きましょうアルマ」
「はい」
残念そうに立ち上がったアルマは、子どもの頬を手の平で挟んで、額と額をくっ付ける。
先に窓から外に飛び出したアルマに続き、都子も窓の外に飛び出る。
龍になったアルマの上に乗り、ストレント帝国へ一直線に向かう。
約二十分が過ぎた頃、ストレント王都が姿を現す。
「空が凄い色ですね都子様」
「そうね。まるで炎に呑み込まれた陽な空、燃えていると言った方が適当なのかしら」
燃えた空の下、南タリアス王都よりも、二回り以上大きいそれは、大きな要塞と化していた。
要塞と化した街に空から入るのは危険な為、入口に向かう。
「紫色の空が濃くなってきていますよ。入口辺りが中心です」
「どちらにしろ行かないといけないんだから、どうなってるか確かめる」
降下していくと、大勢の騎士の中心に、紫色の線が引かれては消えていく。
空の境目を超えて、紫色が濃い空域に入ると、紫電が二人に降りかかる。
緊急回避したアルマは都子を吹き飛ばして、地面近くで拾う。
荒々しく地面を削りながら着地して、人型に戻る。
「下ろしなさい」
都子をお姫様抱っこしたまま突っ立っていたアルマの頬を、都子が叩く。
驚いたアルマは都子を落としてしまう。
「ごめんなさい! それより、アルカナさんですよね、あの異常に強いのは」
「分かってる。見るからに圧倒してるから」
背後から槍が貫通しても、目の前の敵目掛けて突っ込む姿は、異常としか言えない。
傷は直ぐに完治して、折れた剣でも構わずに振り続ける。
髪の色の侵食は進み続けて、白銀が蒼色に飲み込まれていく。
「駄目ですよねあれ、止めましょう」
「当たり前でしょ、あんなもの天災だわ」
五万もの大軍が、たったひとりの騎士相手に、壊滅状態にまで追いやられていた。
中央広間に着いた三人は、傷の治療を一通りしてから、またアルカナの下に向かう。
「私も行きましょう。あんなのに暴れていてもらっては、街にまで被害が出かねないので」
ネイトは眼鏡を机に置いて、机の上に置いてあった剣を肩にかける。
「なら、私も行く。鈴鹿ばかりに働かせる訳にはいきません」
短剣を二本持ったエイルーンが、挙手をする。
無言で頷いた鈴鹿は、街の外にまた歩き出す。
腕に巻いた包帯には血が滲み、左腕は痛々しい程紫色に染まっている。
シェウトの顔には擦り傷が多数あり、両手の指も何本か折れている。
ミネルヴァは翼の爪が折れて、翼にも大きな傷がある。
「では、作戦を始めます。目的はアルカナを止める事、各方……抜かり無く!」
歩いて行く五人の背中に向かって、七凪は檄を飛ばす。
剣を持った左手を上げた鈴鹿は、立ち止まる事も、返事をする事も無く歩き続ける。
「よく働く」
七凪の隣に現れた凛凪は、鈴鹿を見てそう呟く。
「お姉様はもう少し働いて下さい」
「鈴鹿にお前を頼まれた」
「なら仕方が無いですね。私たちは戦えない分、必死に祈りましょう」
「祈っている間、刺客が来たなら全て叩き落とす」
街の出入口に着くと、黒龍と少女がアルカナと交戦していた。
「都子様、アルマ」
鈴鹿は二人を見た瞬間走り出して、転倒した都子に襲い掛かろうとしていたアルカナを、体当たりで吹き飛ばす。
「鈴鹿、有難う」
都子の手を引っ張って立ち上がるのを、補助する。
七人が横一列に並んで、アルカナと対峙する。
「随分と髪色が変わったなアルカナ」
「早く止めないといけません、私が先ずは突っ込みます!」
言い終わると同時に、地面を陥没させる程の踏み込みで、アルカナに突っ込んで行く。
シェウトがアルカナを掴んで、地面を数メートル滑る。
二人の足跡が出来た地面を、ネイトは唖然として見つめる。
「凄い力だ、この世のものでは無い」
そんなネイトを置いて、五人はそれぞれ散開する。
遅れてネイトもアルカナに向かって剣を向けるが、跳躍したアルカナの腕に巻き込まれる。
地面を転がったネイトは、折れた剣を捨てて、猫背になる。
「ネイトさん!」
アルカナに牽制されたシェウトは、吹き飛ばされたネイトを案ずると、ネイトは猫の姿に変わっていた。
着地したアルカナ目掛けて、鈴鹿とエイルーンが剣を突き立てて、跳躍して地面に落ちる。
それを回避したアルカナに、待っていた都子の突きが襲い掛かる。
背後からの突きがアルカナの胸に入ったが、アルカナは歩いて刀を胸から抜く。
「なっ!」
最短で刀を振り、アルカナの首を狙ったが、既にアルカナの姿は目の前に無かった。
背後に回り込んでいたアルカナが、都子の背中目掛けて腕を大きく振りかぶる。
横から飛んで来た剣に、アルカナは体を攫われる。
アルマは虚空に幾つもの紋章を描き出して、数え切れない程武器を吐き出す。
鉄の雨はアルカナを襲い、地面を鉄一色に染める。
鉄の中から出てきたアルカナは、放たれた剣や槍を飛ばして、アルマの背後の紋章を消す。
隣で土塊を生成していたミネルヴァを巻き込み、鉄の雨が二人に降り注ぐ。
ネイトが鉄の山の中の、大きな斧の陰から飛び掛り、爪でアルカナの心臓を貫く。
一旦動きが止まったアルカナだったが、直ぐに動き出して、ネイトを蹴り飛ばす。
猫の姿のネイトは、音の無い着地をして、アルカナと一定の距離を空ける。
ミネルヴァが土から作り出した塊を、シェウトが幾つも放つ。
隕石の如くアルカナに降り注いだ土塊は、アルカナを押し潰して地面にクレーターを作る。
アルカナを潰したクレーター目掛けて、シェウトが流星の様に蹴りを放つ。
シェウトは足を掴まれて、紫色の炎で体を拘束される。
「熱い……うご……けない」
倒れたシェウトをクレーターに残して、アルカナが平原に降り立つ。
地面に着地する瞬間、鈴鹿と都子が左右から斬撃を放つ。
都子の刀は首を落とし、鈴鹿の剣は上半身と下半身を両断する。
地面に落ちた首を、アルマが放った槍で吹き飛ばし、胴をエイルーンがネイトに投げる。
「体を近付けるな、くっつくぞ」
ミネルヴァが頭を回収して、シェウトの炎を消す。
紫色の空が狭まっていき、全員が中心に引き摺り込まれていく。
紫色の空の下から出る事は許されず、壁に押される様に真ん中に集まる。
体が集まると、炎に包まれる。
「熱!」
体を地面に落とすと、全て何事も無かったかの様に繋がる。
左眼から炎が消えて、静かに寝息を立ててアルカナは眠る。
紫色の空は元に戻り、七人を押していた壁が消える。
限界を超えた七人は、地面に倒れ込む。
猫の姿から人型に戻ったネイトは、直ぐに立ち上がり、王城に戻ろうとするが、ふらふらした後また倒れる。
地形が変わった大地が、戦闘の過激さを一瞬で伝える。
紫色の炎に包まれていたアルカナから、炎が消える。
鈴鹿が上半身を起こして座ると、無傷のアルカナが目に映る。
「こいつ、私たちをこれ程傷だらけにしておきながら、傷が全て治ってやがる」
突然アルカナを中心に、紫色の炎が広がる。
「まだ続いて……温かい」
急激に広がった炎は、傷だらけの七人と、ぼこぼこの大地を包み込むと、全てを元通りに戻していく。
体の傷は全て癒えて、折れていた骨でさえも修復する。
熱い炎ではなく、温かい炎が体を包み込む。
行き場の失った莫大の量の炎が、周りのものを治したり、直す力に発散されたのか、理由は分からないが、取り敢えず問題無く立ち上がれるようになった。
眠っているアルカナを抱えた鈴鹿は、シェウトの隣にアルカナを落とす。
ドサッと音を立てて地面に落ちたアルカナを、シェウトが青い顔をして心配する。
「鈴鹿さん、駄目です」
「良いんだよ、少しくらいならこいつも何も言えないさ。気が済んだらこいつを抱えて戻って来てくれ、私は一足先に戻る」
ネイトと王城に戻って行った鈴鹿の背を、エイルーンが追い掛けて行く。
都子とシェウトは立ち上がって、アルカナの近くに座る。
ミネルヴァは、寝転がっているシェウトの頭の横に腰を下ろして、アルカナを見下ろす。
シェウトも上体を起こして座る。
「お兄ちゃんの髪が蒼色になってる。白銀が良かったのに」
刀の鞘で額を小突いた都子は、立ち上がって王城に歩き出す。
「あまり都子さまを悲しませてはいけませんよ」
アルマはそれだけ言うと、都子の少し後ろを歩き出す。
「取り敢えず運びましょう」
立ち上がったミネルヴァに続いて、角を出したシェウトは、アルカナをお姫様抱っこで抱え上げる。
王都の中に入ると、ポーラロード兵が姿を消した事を、喜ぶ国民で溢れ返っていた。
至る所でストレント万歳や、皇帝陛下万歳と、戦争の後とは思えない程、元気な声が上がっていた。
アルカナはもう一度同じ夢を見ていた。
手に持った刀は記憶を映し出し、和装を纏った女性と会話して、過去と欲しい物に挟まれている。
「本当に良いんだよな聖冬。こんな私でも……」
刀を抜き、背後に居た過去を切り捨てる。
黒い影が弾け散ると、和装を着ていた女性が口角を上げる。
「私は振り返らない、どれだけ辛い事があっても前に進む。それがけじめだ」
「そうかい、なら止めはせえへん。ほら、あの光に向かって歩き出し」
瓦礫の山を登って行く。
以前爆発した地点に足を着くが、今度は何も起こらない。
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