瓦礫の山の夢

皇帝陛下の部屋、アルカナと鈴鹿は正座をさせられていた。


同時に放った弾丸は、二人とも見事に剣で真っ二つにして回避した。


不機嫌な顔をして、反省文書と睨み合う七凪。


紙を机に置いて、椅子からゆっくりと立ち上がる。


「七凪さん、足の形……」


「足の形が崩れるから普通に座らせてほしい? 女子か、滅べ」


タガが外れた様に毒舌になった七凪に、アルカナは何も言い返せない。


目を瞑って無心の世界に入り浸っている鈴鹿は、正座を始めてから動かない。


足を崩そうとすると、七凪に太股を踏まれる。


「痛たたた……くすぐったい」


指先を太股に這わせて、付け根あたりで止める。


「もう前線に出しませんからね。ずっと後方支援でもしてろよ」


ドSに目覚めた七凪は、虫けらを見るような目でアルカナを見下す。


当然そんな趣味は欠片も無いアルカナは、愛想笑いをすることしか出来ない。


その顔を見て、七凪も優しい笑顔を返す。


「来る」


目を閉じた鈴鹿が突然呟き、瞼を開く。


鈴鹿の読み通り、ドアがノックされる。


七凪が入室許可を出すと、アルセラが部屋に入ってくる。


「皇帝陛下。敵の主力が迫って来ています、もう少しで王都に到着します」


今は午前の一時過ぎ、夜戦になる可能性もあるが、大人数の敵がそのような行動をするとは思えない。


あっても隠密部隊の闇討ち。


「ビンゴ」


軽装備をした人が天井から落ちてきて、その後に凛凪が部屋に下りてくる。


「敵隠密第一波壊滅、一緒にいたふたりは捨ててきたから、これも捨ててくる」


「うちの忍者の末裔は優秀ですね。引き続きお願いしますお姉様」


頷いた凛凪は、死体を窓から投げ捨てて、天井裏に戻る。


「皇帝陛下さん、あれは南タリアスのなんですけど。そしてあなたも忍者の末裔ですから」


「そうですね、分かったのでアルカナさんも隠密の警備に当たってください。当たって死んで下さい」


痺れた足で立ち上がると、よろけてしまう。


そのままアルセラを巻き込んで、凛凪の上に倒れる。


そのまま意識を失って、黒い世界に落ちる。


目を開くと、瓦礫の山が目の前にあった。


瓦礫の山を登ると、上空で黒龍と羽の生えた蒼髪の天使が戦っている。


右では鬼と龍人が戦っていて、左では人と獣人が剣を交えている。


後ろの気配に気付き振り向くと、黒い影が追い掛けて来ていた。


その黒を見た瞬間、と思った。


今度は瓦礫の山の頂上を見ると、小さく天使が見える。


突然右手に何かが触れた。


右を見ると、鮮やかな唐紅色の和服を纏った女性が、自分の手を握っていた。


「後ろは過去の自分、前にはお前の欲しがっとるもんがある。行きたい方に行けばええ」


「あんた程の美人に手を掴まれるのは悪くないが、害があるのなら潰す」


和服の女性は眉を動かして、何かを言いたげな顔をするが、必死に堪えているのが分かる。


「あたしが分からんか、まあええわ。どっちに行くんや」


「あの瓦礫の山の上のは私の欲しいもの、後ろは過去か。どっちも捨て難いな」


「過去なんて要らんやろ、何を迷うことがあるんや。もしかして、手に入れる事が許されへんとでも思っとるんか」


「あんた怖いな、何でも見抜くのか?」


女性は刀を何処かから出して、それを手渡す。


「何のつもりだ」


「この刀で好きにすればええ、お前にはそれが出来る力がある」


女性はアルカナの手を両手で撫でて、背を向けて陽炎の様に消え去る。


刀を見つめていたアルカナは、柄に手をかけて抜いてみる。


血だらけの刀身の僅かに見えている部分に、記憶が映る。


公園で両親と遊んでいる子どもを、唯見つめている少年。


空襲を受け壊滅する町。


火災で燃えている家、その中から、銃を携えて歩いて出ていく少年。


ひとりの少女の演奏を、目を瞑って聞き入っている少年。


影に肩を叩かれて、咄嗟に瓦礫の山に走り出す。


光に反射してきらきら光る瓦礫の破片。


足下で爆発が発生して、体を空高く飛ばされる。


景色がスローモーションに見えて、龍と天使の放った攻撃が、雷電の如く鳴り響く。


下で待っていた影に飲み込まれて、目覚める。


気付くと、七凪の顔が目に入って、その上に紅い色の天井がある。


「やっと起きた、寝不足? 過労?」


膝の上に乗ったアルカナの頭を撫でて、七凪が質問をする。


「過労じゃないと思う。寝不足も身に覚えが無いし、唯夢を見てただけだ」


見た夢を思い出そうとするが、内容が殆ど思い出せない。


夢を見ていたという自覚はあるが、どうしても思い出せない。


「聞いたけど。この世界に来てから、気を失う以外の時間は、殆ど寝てないって?」


「いや、結構休暇とか貰えてたけど」


「なら、なんで倒れたの。私の所為? 刺激が強すぎた?」


「大丈夫、色気は無いから」


思い切り額を叩かれて、じんじんと痛む。


笑い出した七凪は、ひとりでずっと笑い続ける。


「大丈夫死なないから、ずっと一緒に居るから。皆と一緒に」


「最初の言葉だけなら嬉しかったんだけどね。まあ、分かってたから良いんだけど。はっ……今は二人きり、事実を作ってしまえば……」


「そろそろ私も警備に……」


「子ども欲しくない?」


言った本人は顔を真っ赤にして、呼吸を荒くして返事を待つ。


アルカナはあまり意味が理解出来ていない為、返答をじっくりと自分の中で考えている。


『おい、理解せえや。お前との子どもって意味やろ、七ちゃんと他のやつとちゃう』


斑鳩のフォローで、全て理解がいったアルカナは、返答を考える。


「そうだな、良いと思うけど、駄目だ」


「まだそれ程成長していないから?」


「そんなに軽く決めて欲しくないから、あんたは私としか接した事がないだろ、いい加減人見知りも辞めて、他の男と喋りなさい」


「アルカナちゃんが居れば十分。私は他の人とは考えられないですから、私以外にも作っちゃえば良いのです。そしたら、アルカナちゃんが何処かに消えちゃう心配も無くなる筈です」


消えるだなんて縁起でもない事を言う。


時折、七凪は遠い遠い未来を見据える。


そしてその見据えた未来は、かなりの高確率で当たってしまう。


「居なくならないって、何でそんなことを言うんだ?」


今はその言葉がとても怖く、とても重いものに感じられた。


「夢を見たんです。蒼髪のアルカナちゃんが空に落ちて行く夢を」


「空に落ちるだなんて、面白い表現だな。私の髪はまだ毛先だけしか蒼色じゃないぞ」


暗い表情でアルカナの髪を掴んだ七凪は、髪を目の前に持ってくる。


白銀の髪に、鮮やかな蒼色が侵食していて、既に半分より少し下まで、髪色が変わっていた。


「これを見てもまだ毛先だけって言える? 炎を使う度に変わってしまうのではないのですか?」


「確かに進んでいるが、空に落ちるだなんて……」


「灰になるの、誰がアルカナちゃんを消すのかは分からないけど。確かに消されてしまうの」


「大丈夫。お前たちの為に、私は頑張るから、もっと頑張るから」


七凪の右手を両手で握りしめて、胸の上に置く。


七凪は左手をアルカナの手に添えて、悲しそうに笑う。


そんな顔をしてほしくない、そんな顔をさせてしまう為に、無理に強がったんじゃない。


聖冬にも同じ様な笑顔をさせてしまった事を思い出す。


右眼の視界が真っ赤に染まり、左眼の視界が紫色に染まる。


体が言う事を聞かなくなり、七凪の膝の上から頭を持ち上げて、壁に立て掛けてあった斑鳩の刀を手に取り、七凪に向けて抜刀する。


刃が真ん中まで姿を現したところで、部屋のドアが開いて、鈴鹿がアルカナの横腹に蹴りを入れる。


床を転がったアルカナの上に足を乗せた鈴鹿は、刀を取り上げる。


「おい、三日月宗近で七凪を斬るつもりだったのか? 此奴は綺麗な刀なんだ、飾っておくくらいが丁度良い」


「聖冬にそんな顔をさせるな!」


鈴鹿の足を払い除けて立ち上がったアルカナは、鈴鹿に襲い掛かる。


「夢でも見てるのか? どうせ腕を斬り落としても引っ付くんだろ、その目の力があれば。風穴いくつか空けてやるよ」


ウィンチェスターM1897を七凪から受け取り、アルカナに向けて連射する。


衝撃で吹き飛ばされ、壁に背を付く。


弾丸が体から出てきて、傷が瞬く間に塞がっていく。


「キサマァァァァ!」


異形の様な叫び声を発し、血の付いた拳を握って、真っ直ぐ突っ込んで来る。


「此奴は化物だな、部屋の外に居ろ七凪。あと、部屋を少し汚してしまうかもッッッつぅ」


拳を回避したが、真打は頭突きだったらしく、まともに喰らってしまう。


重い一撃を受けた頭が脳震盪を起こして、目の前が大きく揺れる。


横腹に蹴りを入れ返され、壁に叩き付けられる。


剣を抜くと、再び突撃を仕掛けて来る。


柄頭を壁に付けて、タイミングを計って壁から離れる。


胸に剣が突き刺さったアルカナは、それでも止まらずにこちらを向く。


トレンチガンであるウィンチェスターM1897は、剣がケースに入っている筈。


机の下のケースから剣を取り出し、アルカナの方に構えるが、そこに姿はなく、部屋のドアが開け放たれていた。


「きゃっ!」


廊下から悲鳴が聞こえて、急いで声の方向に走る。


しまった思いながら、重傷じゃないことを願う。


角を曲がると、シェウトがアルカナと取っ組みあっていて、その後で七凪が腰を抜かしていた。


「済まない七凪。取り敢えず安全なところに運ぶ」


七凪を持ち上げて、騒ぎを聞きつけた騎士に囲ませる。


「止めてあげて、傷はあまり付けないこと、当然だけど、殺すのは禁止」


「分かっている。加勢しようシェウト!」


「有難う御座います、鈴鹿さん」


シェウトと取っ組み合うアルカナを真っ二つに斬るが、上半身が地面に落ちる前に、下半身と繋がる。


シェウトは持ち上げられてしまい、投げ飛ばされる。


標的が鈴鹿に変わったアルカナは、斬り掛かる剣に腕をぶつけて、刀身を粉々に砕く。


太股のコルトガバメントを抜き、左眼に命中させて脳幹を貫く。


アルカナの動きが止まり、地面に倒れ伏す。


「安心しないで下さい! 来ます」


アルカナの後ろで、駆け付けたミネルヴァが叫ぶ。


それと同時に、倒れていたにも関わらず、凄まじいスピードで立ち上がって突っ込んで来る。


勢いを利用して受け流した鈴鹿は、銃の尻を思い切り後頭部に叩き付ける。


アルカナはその攻撃を物ともせず、更に鈴鹿の腕まで掴み返して、やっと立ち上がったシェウトに投げる。


鈴鹿を受け止めて壁にぶつかったシェウトに、アルカナが追い討ちをかける為に踏み込む。


宙を滑る様に突っ込んでいくアルカナの上に、白い翼が覆い被さる。


翼を広げたミネルヴァは、メイスを生成して、アルカナに叩き付ける。


床に落ちたアルカナは、両手を床に着き、足を振り上げてミネルヴァを蹴り上げる。


シェウトがアルカナに踏み込み、背中を蹴り飛ばす。


鬼人の一撃受けた背骨は、見事に折れるが、直ぐに完治する。


「倒す術が無いじゃねーかよ。どうすれば良いんだシェウト、ミネルヴァ」


「分かりません。こうやって長期戦を続ければ、何時かは力尽きてくれると思います」


「その前に私たちが力尽きてしまいます。お二人は時間を稼いで下さい、シェウトさん、合図したら前の様に頼みます」


後ろに下がったミネルヴァの前に、鈴鹿とシェウトが立ち塞がる。


アルカナの姿が足下から消えていき、最終的には煙の様に消えた。


「シェウト、警戒。必ず死角から来る筈だ」


読み通り、背後に気配がした。


反転して蹴りを放つが、そこに姿は無かった。


隣に居たシェウトが腕を掴まれて、地面に叩き付けられる。


流れる様に鈴鹿の足を払うと、鈴鹿は宙に浮く。


アルカナは追撃の為、地面を蹴ろうとするが、何処かから飛んできた弾丸に、頭を撃ち抜かれて、地面に転がる。


「鈴鹿さん、アルカナさんを外に誘導しましょう。私たちでは止められませんので、ポーラロードの五万にぶつけてしまいましょう」


「その案乗った。聞いたか凛凪、狙撃援護頼む」


「その前に、ミネルヴァさん。準備は……」


「今終わりました!」


七凪を囲んでいた騎士の甲冑を使って、ミネルヴァが大きな徹甲弾の様な物を作っていた。


シェウトがその徹甲弾を殴ると、大砲で放った様な轟音がして、雷の様な音を響かせて、アルカナに一直線に飛んで行く。


アルカナの左眼の炎が大きくなり、徹甲弾に触れた瞬間、全てが塵になる。


「外に誘導だ! アルカナに素手で触れるな」


後退した鈴鹿たちを追うアルカナの左眼の炎は、虚空に紫色の線を引く。


鈴鹿の射撃と、凛凪の狙撃でぎりぎりまで引き付けてから、アルカナを撃ち落とす。


二階から一階の大広間に飛び降りて、鈴鹿が一本の柱にワイヤーを括りつける。


「鈴鹿さん!」


「手伝ってくれシェウト、あいつが柱の前に下りてきたら、私を前に投げてくれ」


返事よりも先にシェウトが動き、鈴鹿を持ち上げる。


遅れてミネルヴァが下りてくると、柱の前に着地する。


その上から降ってきたアルカナは、ミネルヴァ目掛けて拳を振り下ろすが、ミネルヴァは前に転がって回避する。


「今だ!」


シェウトが思い切り投げると、鈴鹿がワイヤーを括りつけた柱を中心に、円を描く様にアルカナを柱に縛り付ける。


「凄い」


「見てないで外に走れ、唯の時間稼ぎだ」


ミネルヴァ、シェウトが城門を抜けて、鈴鹿も少し遅れて外に出る。


後ろを見ると、既にワイヤーを塵にして脱出していたアルカナが、三人を追い掛けて来ていた。


王都の出口まで走って来ていた三人は、街の目の前で陣を張っている五万を目前にする。


「両脇に飛び込め!」


鈴鹿が叫ぶと、シェウトとミネルヴァは、王都に入る橋の下に流れている川に飛び込む。


弾丸の如く突進して来たアルカナを、鈴鹿は紙一重で回避する。


ポーラロード軍に突っ込んで行ったアルカナは、見境無く騎士を薙ぎ倒し、混乱に陥れて行く。


川から上がってきたシェウトと、飛んで濡れていないミネルヴァが、アルカナが入って行ったポーラロード軍を見る。


「成功だな、なんとか」


「はい」


「危なかったですね」


クタクタになった三人は、全身の体の痛みを堪えながら、王城にゆっくりと戻る。



















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