眠り覚ます口づけ
特設作戦本部では、頭を抱えた七凪、放心状態となったカミラ、じっと座って待つ鈴鹿とアルトリアとネイトが、再び集まっていた。
口を開かない七凪を待つアルトリアは、立ち上がって大広間から立ち去る。
アルトリアは、アルカナが眠っている部屋に入る。
部屋の中には、シェウトとミネルヴァ、そしてアルカナの隣で眠っている斑鳩。
アルカナが意識を失った後、斑鳩も意識を失って眠ってしまった。
ふたりとも死んではいないが、起きる気配が全く無い。
「アルトリアさん」
アルカナの口づけから、ずっと小さな炎を灯しているシェウトは、覇気のない声で名前を呼ぶ。
「どうだ、アルカナは」
「私が話します」
座っていたミネルヴァが立ち上がり、部屋の外に出る様促す。
ミネルヴァと廊下に出て、暫く城内を歩く。
「ここら辺で良いんじゃないか」
「では、お話します」
ミネルヴァは立ち止まり、振り返って真剣な顔をアルトリアに向ける。
「傷が治療された後、あの部屋に運ばれたアルカナさんに、色々な事を試してみました。アルカナさんがされた様に、シェウトさんが口づけをしたり、炎の出る条件を揃えてみたりしましたが……」
「そうか。あの珍しい服を着た少女は」
「分かりません。炎で傷などは完治しましたが、依然眠ったままです」
「有難う。最後に顔だけ見ていかせてもらう」
もう一度部屋に入ると、斑鳩が目を覚ましていた。
斑鳩は虚ろな目で、アルカナをじっと見つめている。
「斑鳩さん、まだ横になっていて下さい」
ミネルヴァが斑鳩に駆け寄り、寝転がせようとするが、斑鳩はそれを右手で制する。
「私はこいつ、こいつは私や。こいつがまだぎりぎり生きとる限り、私はこの状態や、死んだら私も消える。存在がしっかりしとらんでな、一旦休ませてもらうわ。クソ当主、いつか私をはっきりとした存在にしろよ」
斑鳩は振り絞るように、か細い声を紡ぎ続けながら、アルカナの頭を小さな手で撫でる。
「斑鳩さん、何をする気ですか」
「何って、口吸いでこいつを治す」
「えっ……」
斑鳩とミネルヴァの会話を聞いていたシェウトが、声を漏らす。
「口づけではなく、口吸いですか」
「眠り覚ます口づけやでな、濃くないと味気ないやろ、私は暫く消えるでな」
そう言うと、斑鳩は言った通り、アルカナと口吸いをして、和服を残して跡形も無くなる。
アルカナの左眼に紫色の炎が灯り、シェウトの炎が消える。
瞼を開いたアルカナは起き上がり、隣に落ちている和服を掴む。
「斑鳩は……斑鳩は!」
「落ち着けアルカナ、俺たちが聞きたい事だ」
「アルトリア斑鳩は! 何処に行った、救えなかったのか?! アルトリア!」
アルカナはアルトリアの肩を掴んで迫る。
『五月蝿いぞクソ当主、此処に居るやろ』
「待てってアルカナ、消えちまったんだって」
「済まない、もう良い」
アルトリアから手を離して、ベッドから立ち上がる。
『私の着物と三日月宗近、きちんと保管しとけよ。暫く寝る』
「そうか、ごめん。あと三日月宗近は使わせてもらうよ。おやすみ」
斑鳩の声がしなくなると、シェウトが手を上げる。
「あの、斑鳩ちゃんは」
「私の中に入った。済まない、心配かけた」
「大丈夫なら良いんです。報告しに行きます」
シェウトは椅子から立ち上がると、ドアの前まで小走りをする。
「シェウト。私が直接行くよ、今集まってるんだろアルトリア」
「ん、ああそうだな。会議が進んでるかどうか」
血で染まり、穴の空いた軍服を着て、アルトリアと一緒に部屋を出る。
城の大広間に向かって歩き出すと、服の中から何かが落ちる。
立ち止まって拾い上げると、綺麗な装飾が施された簪だった。
髪が顎辺りまでしか無かった斑鳩なので、簪を持っているのも少し不思議だ。
自分の髪を纏めて、簪を差してみる。
そのまま大広間に抜けると、中央の大きな机の周りに、主な面々が座っている。
「陛下、アルカナ殿の御到着です」
ネイトが言うと、七凪が顔を上げて椅子から立ち上がる。
涙をポロポロと零しながら、七凪がアルカナに抱き着く。
凛凪が七凪の後ろに立って、七凪を挟んでアルカナを抱き締める。
「如何した、会議の途中だろ。愚痴や文句はなら後で聞くから」
離れない七凪と並列で歩きながら、自分の席に着く。
「では、始めましょう皇帝陛下。まず、南タリアスの身勝手により被害が拡大した事。それを率いたアルカナ殿、責任をどう取るつもりでしょうか」
「それについては責任を取る。しかし、任せたのは貴公らだ、私は私のやり方で王都を守り抜き、敵の壊滅に成功した」
頭の耳をぴくりと動かしたネイトに、アルカナは真っ直ぐぶつかる。
「結果は認めましょう。王都を危険に晒した事を糾弾しているのです」
「元々攻め込まれるのなら、大陸最強の北ストレントが守っても、過程も結果も相違ない」
「私は南タリアスのことを言っているのです。大陸最弱の南タリアスをです」
「おい、南タリアスを侮辱するのも大概にしろよ。別に私への悪口なら笑って済ませてやる、だがな……ティエオラの悪口なら、誰であろうとぶん殴って訂正させる」
「貴公は暴力でしか訴える事が出来ないのですか? 南タリアスは野蛮……」
「そうだ、俺は小さい頃から暴力しか知らねえ。やるかやられるかだからだ。だがな、元の世界でひとりの少女と、この世界でティエオラに出会ってから、私はあいつらの理想を叶えてやりたいって思ったんだ。誰ひとり救えない手前の言葉で、ティエオラの作り上げた国を、理想を愚弄するな。南タリアス、本日付けで本国に帰還する。追撃したければしてみろ、壊滅するのは手前たちだ」
静かに椅子から立ち上がると、アルトリアとカミラも同時に立ち上がる。
「失礼させて頂きます、皇帝陛下」
アルトリアとカミラは低頭して、後ろに付いてくる。
「行くぞ凛凪、居たければ好きにしろ。だが後で来ても、俺はお前を敵と判断する」
「待てアルカナ、好き勝手言うのもいい加減にしろ」
「……お前も来い鈴鹿、七凪も」
背後でガタッと椅子が動く音がして、左肩を掴まれる。
掴まれた左肩を引かれて、振り向かさせられる。
「ふざけるなぁぁぁ! 筋は最後まで通せ腐れマフィア、私にはこの国を守る義務がある、この国の国民を守る義務がある、お前の私情で何万を殺すな!」
頬を思い切グーで殴られ、地面に転がる。
アルカナの胴体を跨いで立った七凪は、胸倉を持ち上げて、拳を何度も頬に叩き付ける。
「自分に価値が分からないものを簡単に切り捨てるな! 他の人にとっては死んでも良いほど大切なものなんだから、お前はその気持ちを知っていながら、失った瞬間から目を背けて逃げ続けて、いつまで過去を引き摺るつもりなんだ、磨り減って磨り減って手遅れになる前に目を向けろよ! だからお前は弱いままなんだ! だからお前は何も守れないままなんだ! だからお前は全て半端になって守り切れないんだ!」
擦りむいて血が出ても拳を叩き付ける七凪の手を、鈴鹿が手で止める。
「アルカナが死んでしまうぞ。落ち着……」
「こんなやつ死んでしまえ! 人の心が分からない紛いもののなり損ないなんて……」
鈴鹿は七凪を持ち上げて、机の上に投げ捨てる。
アルカナの胸倉を掴んで座らせて、鈴鹿が顔に蹴りを入れる。
吹き飛ばされたアルカナは床を転がり、出血した血を撒き散らす。
「七凪、誰が死んでしまえって? アルカナ、誰を敵と判断する? 誰の理想だ? 言ってみろよ、もう一度言ってみろ!」
「鈴鹿……誰であろうが邪魔するやつは敵だ!」
剣を抜いたアルカナは、鈴鹿と距離を急激に詰めて、あっという間に射程距離に入る。
コルトガバメントを抜いた鈴鹿は、アルカナに向かって躊躇いもなく引き金を引く。
「聖冬の理想を忘れたか、この野良猫が」
「邪魔なんだよ」
弾を剣で斬ったアルカナは、鈴鹿の胴目掛けて剣を振り抜く。
鈴鹿の体に当たった刀身は、鈴鹿に傷を付けることなく砕ける。
剣をそのまま捨てて、鈴鹿が向けていた銃を逸らす。
「暴力だけしかないお前が、その暴力で敗れた時何が残る。何も無くなるぞ」
鈴鹿は、アルカナの腕を払って、銃口が体に向かないように防ぐ。
その直後鈴鹿の真隣で発砲音が響く。
今度は鈴鹿の銃が発砲音を響かせ、銃口から吐き出された弾丸が、アルカナの頬を掠める。
次にアルカナの腕が真っ直ぐ伸びて、鈴鹿の中心を捉えるが、鈴鹿はアルカナの腕を上に蹴り上げる。
天井にぶら下がっていたストレントの旗に当たり、自由落下する。
「俺は昔からお前が妬ましかった、強く賢く美しく気高い貴様が。周りには何時も人が居て、誰からも慕われていた。俺は何時もひとりだった。最初から持っていなければ、力で奪うしかないだろ」
アルカナの放った弾丸が、鈴鹿の髪を掠める。
「五月蝿いな、一対一の時は喋るなって言っただろ。吠えるな」
鈴鹿の前蹴りがアルカナの鳩尾に突き刺さり、吹き飛ばされる。
地面に叩き付けられたアルカナは、直ぐに立ち上がり銃を構えるが、鈴鹿の弾丸が腕を貫いた。
歩いて近付く鈴鹿は、アルカナが手に持っていた銃をを遠くに蹴り、首根っこを持ち上げる。
「難しい事ばっかりだよな、人生だもんな。壮大過ぎてもう訳分かんないよな、自分は何処に向かうのだろうか、不安になるよな」
「知ったような口を聞くな! お前に何が分かる、どうしようも無くて殺しをやっていたお前とは違う! 俺は何もかもを奪われたんだ、家族を、日常を、友達を! だから俺は」
鈴鹿に頭突きをしたアルカナは、地面に着地して鈴鹿の胸倉を掴む。
「そうか、私はお前の過去を知らない。干渉しない約束だからな、だがな、同じなのは友達を奪われた事だ。だからマフィアに入って、内側から潰した」
アルカナの背中に腕を回した鈴鹿は、優しく背中を擦る。
「くっつくな! そんなもので分かったアピールすんな! 離せくそぉぉがぁぁぁ!」
「はいはい、分からないよ。お前の苦しみや憎しみは、だからこうして受け止めてやるから」
「黙れ! 受け止めてくれだなんて頼んでねえだろうが! 苦しくもないしもう今は憎しみも無い、あるのは殺意だけだ!」
「殺意は憎しみなどから生まれるだろ」
「俺の殺意はそんなもの入っていない、ただ純粋な殺意だ。お前らの欲と一緒にするな!」
鈴鹿はアルカナを抱き締める力を強くして、仰向けに倒れる。
「お前は焦ってるんだろ。この世界に来ちまって、復讐出来ないまま、この世界で死んでしまうのではないかって」
「痛い……締めるな」
「大丈夫だ、私が何としてでもお前を元の世界に戻す。お前は私が嫌いかもしれないけど、私はお前が好きだから、何時でも頼ってくれ」
「なら、ケーキが食べたい。お前と久しぶりに訓練がしたい、お前と久しぶりに散歩がしたい……お前と久しぶりに……」
「分かったよ、この戦いが終わったら全部やろう。何だか温かくないかお前、意識が無かった時とは大違いだ」
拘束を解いた鈴鹿は、寝返りを打ってアルカナを下にする。
「何だよ、人前だぞ」
「良いじゃないか、誰も見ていないって」
「全員見てる。私が上じゃ駄目なのか?」
「それじゃあ出来ないだろ」
鈴鹿が軍服を脱いだので、アルカナも軍服の袖を脱ぐ。
「待って待って、何するのこんな所で。正気なの? 鈴鹿はそう言うのは簡単にしたら駄目だって」
慌てた様子の七凪が割って入る。
「私も同意だ、やるなら個室でやってくれ」
それを見た凛凪が、七凪の援護射撃をする。
「あ、アルカナさん……幻滅です」
顔を両手で覆ったシェウトが、しゃがみ込んで言う。
「待て、勘違いしてないか?」
アルカナと鈴鹿が同時に言うと、全員の動きが止まる。
「してません、その体勢なら想像したものは皆同じだと思います」
「七凪に同意」
物部姉妹は並んで座って、凛凪が七凪の目を手で蓋をする。
「馬鹿を言うな、私たちは何をするわけでもない」
「そうだ、今からやるのは一発ぶち込むだけだ」
「アウトぉぉぉ!」
大きな声で叫んだ七凪と、アルカナと鈴鹿目掛けて跳躍する凛凪、顔を真っ赤にして倒れたシェウト、白い薔薇に篭って出て来ないミネルヴァ、苦笑して全員を見渡すアルトリアとカミラ、興味無さそうに王都の地図と睨み合うネイト、そしてその中心に居るアルカナと鈴鹿。
「確かに周りからしたらアウトかもな」
「まあ、良いさ。さっさと済ませよう、出すのは一発だけ、くれぐれも間違いの無い様に」
「分かっている」
七凪が声を上げると、発砲音が二つ重なって鳴り響く。
「えっ……」
七凪は瞼を開くと、アルカナと鈴鹿が銃を互いに向けているのが見えた。
「あっぶねぇぇぇえぇぇなぁぁぁぁ! 頬すれすれじゃねーか!」
「お前も髪を三本程巻き込んでんじゃねーか!」
「三本程なんて分かんのかぁぁ? あぁあぁん?」
「すれすれなだけで髪すら巻き込んでないなら何ともねえぇぇぇじゃねーか! お前は馬鹿か!」
互いに声を荒らげて言い合いをする二人は、場の空気そっち退けで取っ組み合う。
「おぉ、やるか? やんのか?」
「構わねえぞ、やってやろうか? あぁん? 元世界最高峰の殺し屋さんよ!」
「おうおうおうおう、言ってくれるねえ世界最強の殺し屋さんよう」
「銃を持てや、弾は互いに五発ずつ。先にヒットさせた方が勝ちだ!」
アルカナは転がっていたコルトガバメントを拾って、マガジンの弾を五発にする。
鈴鹿もマガジンの中身を五発にして、城の柱の後ろに隠れる。
「ちょっと待てぇぇぇぇい!」
二人の真ん中に立った七凪は、声を大にして二人を止める。
「危ないぞ七凪」
「そうだ、邪魔はしてくれるな。どちらが上か決める戦いだ」
二人は七凪を挟んで銃を構える。
「撃ったら私に当たりますよ、そしたらあなたたちは反逆者です」
足を震わせた七凪が、精一杯の強がりを見せる。
「そうだな、お前の思いに負けたよ……て言うと思ったのか、死ねー!」
「そうだな、可愛い七凪の願いだからな……だがお前は違う!」
二人とも銃を下ろした素振りを見せたが、腕を大きく振り回して、引き金を引く。
二人の放った弾丸は弧を描き、七凪を避けて二人に襲い掛かる。
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