裏切りの金糸雀
ストレント王都の入口は、想像を絶する程の激闘となっていた。
今日の戦闘は終わったと思っていた南タリアス側は、大いに出遅れて、かなり押されてしまっていた。
後ろから突き崩そうと試みるが、それを警戒していた後方支援部隊に阻まれる。
斑鳩はひとり考え事をしながら、後方支援部隊の騎士を、無心で斬り続ける。
南タリアスの若い騎士を死なせまいと、焦って深く突っ込むアルカナの背中を、凛凪が援護する。
考え事をしていた所為で、足下の石につまづいてしまった。
気付いた時には手遅れで、斑鳩の体は地面に向かって倒れて行く。
その隙を見逃さなかったポーラロード騎士が、一斉に剣を振り下ろす。
「アカン……やったった」
十二回銃声が鳴り響いた後、目の前の騎士が尽く倒れる。
斑鳩は直ぐに体を起こして、体勢を立て直す。
アルカナと凛凪の方を見ると、銃を片手に持っていて、既に後方支援部隊を突破しかけている。
「斑鳩、カミラ。アルカナと凛凪が、前に専念出来るように、俺たちが壁になるぞ」
アルトリアも既に後方支援部隊を突破しつつあったが、王都の入口に背を向けて、突破したアルカナ立ちの背中を、ポーラロード騎士が追えない様にしていた。
「任せな!」
返事をしたカミラは、前の敵を槍で薙ぎ払って、一気に道を開く。
「分かった」
カミラの開いた道を通って、アルカナを追おうとしていた騎士を斬る。
隙あらばくぐり抜けようとする騎士を、三人で必死に止める。
後方支援部隊の数はそれ程でもないが、三人でこの広い平原を全て塞ぐのは不可能で、何人かは一気に突破してしまう。
それを止めようと、斑鳩は袖から苦無を出して、突破した騎士に向かって投じる。
当たったか当たってないかなんて分からなかったが、足止めにでもなってくれれば良い。
後方支援部も、随分と数が減って来て、部隊と言うよりも、小隊が固まって戦っている様だった。
中には逃亡する者も居り、ゆっくりではあるが、確実に壊滅に向かっていた。
「行きたいんだろ、行ってきな」
カミラにそう言われて、斑鳩は頷く。
「任せるわ、ほんに恩に着る」
後方支援部隊に背を向けて、アルカナと凛凪の背中を追うが、既に見えなくなっており、入口突破部隊に飲み込まれていた。
斑鳩もその中に突っ込むと、入口から黄色の帯が飛んで来て、遅れてバリバリバリと、轟音が鳴り響く。
それは雷の様だったが、明らかに人の手によるものだった。
突破部隊の真ん中に穴が空いて、そこから斑鳩は入口に辿り着く。
前には入口に向かって走るアルカナと、並走する凛凪が見えた。
アルカナと凛凪の剣は、既にボロボロで折れていた。
入口で、ミネルヴァの横に立っているシェウトは、踏み込むと姿を消して、目の前に現れる。
斑鳩はシェウトに体を持ち上げられ、気付いたら入口に居た。
「斑鳩も来たのか、それは助かる」
そう言ったアルカナは、ミネルヴァが鉄塊から作り出した剣を受け取り、入口より少し前に出る。
「私は援護する」
短く言った凛凪は、ドラグノフを担いで、街の門の上に向かう。
「私は何をすればええんや」
「私とお前とシェウトで、この狭くなった門を守り抜く、ミネルヴァが用意出来たと言った三秒後、私たちはここから退いて、シェウトが放った鉄塊を集まってきた敵にぶち込む」
言っている意味はよく分からなかったが、取り敢えず合図が来たら退く。
それだけすれば何もしなくて良いのだろう。
凛凪が黄色の狼煙を上げて、アルトリアの斧を狙撃する。
狙撃されて門の方を見たアルトリアは、狼煙の色を確認する。
散々苦湯を飲まされたが、此処から先鋒部隊の三万を潰す。
アルカナの目には、紫色の炎が灯っており、口元は笑っている様にも見えた。
「アルカナさん、新米兵の人が、ミネルヴァさんが準備している間、私を手伝ってくれました」
アルカナの右に立ったシェウトは、前髪を留め直して、ミネルヴァの隣に立つ少女を指差す。
「カナリアか、それなら納得だ」
斑鳩はその少女を見ると、納得した様に笑う。
「新兵なのに知っているのですか?」
「一度だけ教官を押し付けられたからな。その時、情けない事に負けたよ」
「ほんに情けなかったわ。カナリアのが若いのに」
引く場所のないポーラロード兵は、何とか王都に入ろうと、押しに押しまくる。
「ほら、来たぞ」
シェウトが前に出て、一列に並んでいた騎士を、一気に吹き飛ばす。
アルカナと斑鳩は、人生の半分以上を共に居た為、一心同体の如くの連携で、ポーラロード兵の侵入を許さない。
アルカナが騎士と剣をぶつけ合うと、血と刃こぼれでボロボロになった剣が折れる。
すかさず斑鳩がフォローを入れて、アルカナに斬り掛かっていた騎士を、苦無で仕留める。
「下がり、此処は任せとけや」
「助かる」
「聞こえんな!」
「う、五月蝿い! 有難うロリババア!」
アルカナは一旦下がって、カナリアと入れ替わる。
この時には、既にアルカナの炎は消えており、顔には隠しきれない疲労が滲み出ていた。
入れ替わって前に出たカナリアは、斑鳩の素早い動きに、何とか付いて行く。
「やるなお嬢ちゃん」
「私より小さい子に言われたくないです。が、私よりも遥かに強いですね」
「もっと加速させるかえ?」
「それは……はぁ! 遠慮します」
ハルバードを胸の前で、立てて構えていたミネルヴァは、大きな鉄塊から、巨人しか扱えない程の槍を作り出す。
「シェウトさん!」
ミネルヴァが叫ぶと、前線で暴れていたシェウトが、跳躍してミネルヴァの背後に着地する。
「斑鳩! カナリア! 避けろよ」
アルカナが忠告すると、同時にシェウトが槍を投げる。
槍は黄色い帯を纏って、雷の様な轟音を鳴り響かせる。
アルカナがあの時見た黄色い帯は、この二人が作り出したものだった。
槍を放ったシェウトは、既にミネルヴァの隣には居らず、槍が通った後の道で、ポーラロード騎士に追い討ちを掛ける。
道の端に飛び込んだ斑鳩とカナリアは、服に付いた土を払う。
二回目の攻撃に、ポーラロード王に雇われていた傭兵が、武器を捨てて逃げ出す。
「深追いはするな、あくまでも防衛だけだ」
更に追い討ちを入れて掛けようとしていたシェウトは、アルカナの前に着地して、角を仕舞う。
「私はもう少し追っても良いと思うのです」
「シェウト」
「分かってますよー」
アルカナはシェウトの頭を優しく撫でて、戦闘で、興奮状態のシェウトを宥める。
カナリアと歩いて来た斑鳩は、シェウトとの間に割り込んで、アルカナの脚に抱き着く。
「何だ斑鳩、その体じゃ直ぐに眠くなるのか?」
斑鳩を抱き上げたアルカナは、カナリアの方を向く。
「死ね。アルカナ」
カナリアは、シェウトと斑鳩を巻き込み、剣でアルカナを突き刺す。
カナリアの剣は三人を貫き、シェウトを蹴って剣を引き抜く。
糸が切れたように倒れるアルカナは、斑鳩を抱き締めたまま、仰向けに地面に着く。
反射的に角を出したシェウトは反転して、カナリアの首を掴んで、地面に叩き付ける。
ミネルヴァが拘束具を生成する。
凛凪は門の上の橋から飛び降りて、カナリアの両脚を撃ち抜く。
カナリア手足に拘束具を着けて、シェウトが地面に組伏せる。
傷の深いシェウトはその上に倒れ込む。
「シェ……ウ、ト」
アルカナは小さな声でそう言い、指を微かに動かして、手招きをする。
凛凪がシェウトを抱き上げて、アルカナの下に連れて行く。
「ごめ、ん……なさい……アル……カナ……さん」
シェウトの体に腕を回したアルカナは、左眼に紫色の炎を灯す。
「クソ……当主」
アルカナはシェウトの唇に、自分の唇を重ねる。
シェウトの眉毛より少し上辺りに、紫色の炎が灯る。
「ババア……次は……あんた、だ」
「な、恥ずかし……んっっ」
目を瞑った斑鳩は、アルカナの唇が重なると、ぎゅっと拳を握る。
シェウトと同じく、紫色の炎が灯った斑鳩に対して、それを最後にアルカナの炎が消える。
シェウトと斑鳩の傷は瞬く間に塞がり、深手により、良くなかった顔色が戻る。
「アルカナさん!」
シェウトが叫んで呼び掛けるが、アルカナからの反応は無い。
斑鳩は軍服の襟を握り締めて、アルカナの胸に顔をうずめる。
「ミネルヴァ……こいつを頼む」
アルカナから離れた凛凪は、カナリアを引き摺って、拘束具の鎖の穴に剣を突き刺して、カナリアを吊り下げる。
「待ちなさい!」
衛生兵に運ばれたアルカナを見送って、七凪が拷問を始めようとしていた凛凪を制する。
七凪の言葉に敏感な凛凪は、吊り下げていたカナリアを下ろす。
地面に落下したカナリアは、俯いたまま、地面をじっと見つめる。
「七凪、こいつはアルカナを刺したんだ。許してはおけない」
「私も同じ気持ちですが、同じ暴力で返したら、私たちも、この人に命令した方と、同じになってしまいます」
「七。ならば私がやろう。元マフィアの私なら構わないだろう」
鈴鹿は手に持ったコルトガバメントを構えて、カナリアの右眼に照準を合わせる。
「そういう問題じゃありません。暴力を根本からやめましょうと言っているのです」
「ストレントの皇帝。後詰の五万が来たら、この国も終わり」
座ったままのカナリアは、このような状況にも関わらず、命乞いどころか、怯える様子を見せない。
鈴鹿はカナリアの顔面に蹴りを入れて、倒れたカナリアの口の上に靴を乗せて、口に蓋をする。
「舐めんなよ。七凪が止めても、手前を殺す事くらい出来るんだぞ」
「鈴鹿……やめろ」
七凪が鈴鹿の足を退けて、カナリアの胸倉を掴んで引き寄せる。
「殺る気になったのですか?」
「まさか、貴女みたいなのを痛ぶっても、良い声で吠えてくれそうにありませんし。何よりも、寄せ集め集団を引かせることは、大変容易な事ですから。地下牢に」
七凪は鈴鹿と凛凪を引き連れて、王城へと歩いて行く。
斑鳩、シェウト、ミネルヴァも、七凪たちの後に続く。
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