摩り減る心

ストレント王都入口。


黒の騎士と灰色の騎士がぶつかり合う。


黒は街の入口で立ち塞がり、灰色は街に入らんと突撃を繰り返す。


何度もぶつかり合い、戦闘開始から、既に四時間が過ぎた。


四時間の間に五度の衝突があり、ストレント騎士の被害は、千を超えていた。


数の少ない南タリアス騎士は、主に街の守備に就いており、第一防衛線が突破された際の、せき止める役を担っている。


ストレント防衛線は大きく分けて三つ。


一つ目は入口の前。


約五千が守っていたが、突破された為、止む無く撤退。


二つ目は入口の三千。


入口は狭い為、殆ど対等に戦える。


今の所、練度の高いストレント勢は、一歩も後退していない。


三つ目は、入口より少し離れた居住区域、約二千。


王城に続く何本もの道がある為、その前の一本道で、盾を構えて備える。


「皇帝陛下。二万五千を城の守備にするのは勿体無いかと。ここは、この天月が一万を率いて……」


「駄目です」


王城の中央ホール、特設された軍議場で、ストレント騎士長の鈴鹿が言うが、皇帝である七凪は、一言でそれを切る。


天月鈴鹿には、今までに色々と前科があるので、七凪は鈴鹿に特に厳しくなっていた。


「では皇帝陛下。このアルカナが……」


「駄目です」


同じく前科のあるアルカナも、七凪の一言に制される。


拗ねた鈴鹿は、隣に座るアルカナの髪を弄り出し、軍議に参加をしない。


同じく消沈したアルカナも、自分の爪を弄り出す。


それを見た七凪だが、座っているネイトとアルトリア、その後に立っていたカミラに意見を求める。


「皇帝陛下、宜しいでしょうか」


挙手したアルトリアは、立ち上がって地図を指でなぞる。


「どうぞアルトリア」


「はい。先ずは前線で指揮を執っているエイルーン殿と、アルカナを入れ替えてはどうでしょうか」


ハッと顔を上げたアルカナは、期待の目でアルトリアを見る。


その顔を見て、七凪は溜め息を吐きながら、「何故でしょうか」とアルトリアの考えを聞く。


「こいつは攻城戦はともかく、防衛戦では優れてる。て事で、入口の敵を押し返して、こいつに第一防衛線を復元、そして守ってもらう」


「やりましょう。直ぐにエイルーンに伝えてください、アルカナちゃんは準備して」


即決でアルトリアの策を飲んだ七凪は、立ち上がって伝令兵に指示を飛ばす。


一礼して出ていった騎士は、城門から馬に乗って、前線に駆けて行く。


「任せろ七凪、私で終わらせてやるよ」


勢い良く立ち上がったアルカナの髪を、鈴鹿は離さない。


「私は?」


蒼色に染まった毛先を弄りながら、鈴鹿が鼻声で言う。


「許可しません。鈴鹿を出したら防衛では無く、突撃しそうですから」


「しないよ、だから行かせてくれ」


見た目だけで感想を言うと、姉を妹が叱っているみたいに見える。


駄々をこねる姉に、妹は相手にしないと言うような態度で突き放す。


「七凪、鈴鹿も連れて行きたいんだけど……駄……」


「駄目です。アルカナちゃんもこれ以上言うなら、この任を外し……」


「いえいえ、ちょっとした冗談です」


急いで鈴鹿の手を払い除け、剣を肩にかける。


「アルカナ殿。卿には南タリアス騎士団で防衛してもらいます。この短刀は最近手に入れたものですので、差し上げます」


獣の耳が付いたネイトは、アルカナの方を向いて、短刀を投げて来る。


「おい、南タリアス騎士団を潰す気か? 新兵ばかりだぞ、まだ練度の低い若い兵を、貴様は殺すつもりなのか」


「ならば、何故彼らを率いて来たのですか? 恩を売るためですか? 飾りじゃないのですから、若かろうと戦闘員は戦闘員です」


「私はこの者たちを前線に出すつもりは無い、白兵戦のゲリラ兵として連れて来た」


「ならば、貴方ひとりで言って下さい、止められると言うのならば、私は構いません」


短刀を地面に置いたアルカナは振り返り、ひとりで王都の入口に歩き出す。


「南タリアスは撤退させてもらう。アルトリア、カミラ。私は指揮官では無くなった、お前たちが連れて帰れ」


座っていたアルトリアと、立ってそれを聞いていたカミラは、アルカナの意見に賛成らしく、七凪に一礼してから後に付いて来る。


「困りましたね、王都に敵の侵入を許してしまった様です。南タリアス騎士団を撃破して下さい」


「……ッ。貴様!」


アルカナは床に置いた短刀を拾い上げて、ネイトを斬ろうと抜刀しかけたが、カミラに手を止められる。


「おや、それは敵対行動でしょうか?」


真っ直ぐアルカナを見据えるネイトは、淡々と挑発的な言葉を吐く。


「貴様! それでも騎士か! 皇帝陛下に、七凪に恥をかかせるのか!」


「やめろアルカナ! それはお前だ。ティエオラ様に恥をかかせるのか?」


短刀を取り上げたアルトリアが、気の立っているアルカナの頭をカミラが撫でて、何とか落ち着かせる。


「私は無所属だ、南タリアスとは関係無い!」


「ならば、不法侵入者でしょうか?」


「貴様、勝手にしろ。殺したければ殺せ、私ひとりが死んだ所で、戦局にはなんの変化もないからな」


アルトリアから短刀を取り返したアルカナは、正座をして、短刀を抜く。


「昔鬼人がしていた、腹切りと言うものでしょうか? 興味深い」


「辞めなさい! どちらも恥晒しです。南タリアスの未来を担う若い騎士を死なせたくないのは分かります。ですが、私たちも多くの死者が出ています。若い騎士も例外ではありません」


「そう言う事だ、大人しく……」


「ネイトは黙っていなさい!」


珍しく声を荒らげる七凪は、目に涙を溜ながら、アルカナから短刀を取り上げる。


「あんたの所でも犠牲者が多く出たのは分かっている。だがな、自分の仕える御国の為に、死なせてやれないのが納得行かないって言ってるんだよ!」


「お気持ちは分かります。私の臣下が無礼を申しまして、申し訳なく思います」


頭を下げた七凪は、アルカナに手を差し出して、アルカナを立ち上がらせる。


「皇帝陛下……」


「それを承知でお願いします。ストレント帝国を助けて下さい。南タリアスの騎士団に、ストレントの騎士二千を付けます」


「いや、良いよ。私たちだけで行く。ストレント兵は王都の入口を狭めろ。それが出来たらお前たちは黙って見てろ」


七凪に深く頭を下げて、アルカナはアルトリアとカミラを連れて王城から出る。


街を歩いて前線に向かっていると、何処からか現れた凛凪が、カミラの隣を歩く。


「済まないな、お前たちまで巻き込んで」


早速始められた、入口を狭める作業見て、アルカナが不意にそう零す。


「なぁに今から死ぬみたいな事言ってるんだい? あんたの我儘なら付き合ってやるよ。私もあいつは気に食わないからねえ」


「カミラの言う通りだぜ、アルカナ。お前は実は誰よりも民を思ってる、お前は筋を通したんだ。格好良いじゃねーか」


アルトリアとカミラの二人に頭を撫でられて、整えていた髪が少し乱れる。


そんな事は気にせず、アルカナは長い髪を後ろで束ねる。


ポニーテールを揺らして、主人に撫でられて喜ぶ犬みたいに見える。


「アルカナとはいつも喧嘩するけど、今回は七凪の為だからな」


MK23をいつでも撃てる状態にして、凛凪はスーツの中のホルスターに仕舞う。


無愛想な凛凪はそう言うが、何だかんだ言って、いつも組んでくれる。


「有難う。たった四人だが、やり切れる気がするよ」


柄にも無い事を言ってみると、凛凪が吹き出す。


「笑うなよ」


きょとんとした凛凪は、私じゃないと手を振る。


吹き出した犯人は、凛凪の後ろに隠れていた斑鳩だった。


「私を置いてくなんて、酷いわお父さん」


わざとらしく言う斑鳩は、アルカナの背中に飛び乗ると、三人からは見えないように、首元に剣を突きつける。


「お父さんじゃない、けど仕方が無いから手伝わせてやろうか?」


「お父さん有難う! 大好き。チッ」


三人に対する顔は、あくまで子どもに見せるが、アルカナにしか聞こえない程の舌打ちをする。


「おいロリババア、何で居るんだよ。ぶっ飛ばすぞ」


「ええやろ、五人で約八万を相手にするなんて、興奮して寝てられへんやろ」


「だからって来るな、関係をややこしくもするな」


「えー。娘のが都合がええやろ」


「悪いわ!」


「ういうい」


背中から下りた斑鳩は、短刀を仕舞ってアルカナと手を繋ぐ。


六度目の突撃が終わり、ポーラロード兵が引き下がる。


今日は日が暮れて来たので、敵も引き時だと判断したのだろう。


アルカナの揺れるポニーテールを追い掛けていた斑鳩は、つまらなさそうに溜息を吐く。


「どうするよアルカナ、一旦帰るか?」


斑鳩を抱き上げたアルトリアは、斑鳩の頬をつつきながら言う。


「打って出るか? お前たちからしたら、そっちのが性に合ってるだろ」


「馬鹿言うな、折角入口を狭める作業をしてくれてるのに」


アルトリアは、少し前に作業を始めた工作兵を指差す。


斑鳩はアルトリアが伸ばした腕を掴み、それにしがみつく。


アルカナは支えいた左手を離して、斑鳩を腕にぶら下げる。


「使うとは言ってない。お願いしただけだ」


「まあ、夜の奇襲もありだろうが。警備も厳しいだろ」


「刺し違えればそれで良いんじゃないのか? 私ひとりが死んでも、戦局になんの変化も……」


「まだ分からないのかアルカナ! あの時は皇帝陛下の御前だったから言わなかったが、お前が死んだら、悲しむ人がどれだけ居ると思ってるんだ。例えそれがひとりだったとしても、そいつにとっちゃ、耐えられない苦痛なんだ!」


アルカナの胸倉を掴んだアルトリアは、アルカナに怒鳴りつけて、胸倉を離す。


「その気持ちは分かる! だがな、その人たちを守る為に、自分の命を捨てたら駄目なのか?!」


今度はアルカナが胸倉を掴み、自分よりも背の高いアルトリアを屈ませる。


「こら、あんたら。今仲間割れしてたら、士気が下がっちまうだろ!」


カミラの一喝で、アルカナは手を離す。


アルカナは入口に歩いて行き、その場から離れる。


「済まなかった。だが、そんな綺麗事じゃ、失うものがあまりにも多過ぎる」


「またひとりで行く気なのかい!」


「そうだよ、悪いかよ!」


「まだ分かっちゃいないのかい。その子まで死なせるつもりかい?」


いつの間にか付いて来ていた斑鳩は、着物の袖で顔を隠す。


「別に気まぐれや、ひとりで死なせへんとか、そんなんちゃうからな」


顔を見せない斑鳩を、凛凪が持ち上げて、アルカナの顔の前に持って行く。


「私も行く。私が居ないとキツイだろうし。何よりも、七凪が悲しむ」


七凪ファーストがブレない凛凪は、斑鳩を使って顔を隠す。


「カミラ、アルトリア。付いて来てくれないか、こいつらを死なせたくない。頼む」


深々と頭を下げるアルカナの頭を軽く叩いて、アルトリアとカミラは先に王都から出る。


無言の了解の言葉に、アルカナはもう一度二人に頭を下げる。


馬に乗り、ポーラロードが陣を張っている場所を探す。


かなりの大所帯なので、予想通り早く見つかる。


「強襲と言っても、正面から衝突する訳では無い。敵の物資に火を付けるんだ、兵糧や武器を頼む。私は敵将を探し出して討つ」


実行する前に、もう一度作戦を確認し合い、それぞれ目的を再認識する。


「待て待て待て、何であんたが大将を討つことになっとるんや」


全員がそれで了承する中、斑鳩はアルカナが大将を討つことに、納得が行っていない様だ。


「お前がうろついていたら、怪しまれるだろ。その見た目で」


「パッとやってシュッてやったら、私は怪しまれんやろ」


「五月蝿い、兎に角それで行くんだ」


ここでも進行が遅くなり、カミラに怒られる。


結果わアルカナが大将を担当になった。


膨れている斑鳩は、何かをやらかしそうだが、その時になれば全てが終わっている頃だろう。


「じゃあ、行くよあんたら」


カミラの掛け声で、全員が一斉に散らばる。


馬を下りて、足音を立てずに陣営に忍び込む。


ポーラロード軍は、幸い傭兵が多い為、疑われずに済みそうだった。


四人は手際良く火を付けていき、陣営内は混乱に包まれる。


消火活動をしようにも、この近くに川は無い為、燃えゆくのをただ見ているしかない。


アルカナは混乱に乗じて、敵の大将を探すが、手間取っていた。


一際大きな天幕を見つけて、その中に入ると、ひとりの男が椅子に座っていた。


「指揮官殿でしょうか、本日雇われた者で、私はカナと言います」


膝を着いて、男に言うと、ゆっくりと動き、こちらをまじまじと見る。


「ほう、私はこの軍の指揮官である。ストレントの騎士長に父を殺された。今回はその弔い合戦じゃ、大いに働いてくれ」


それを聞いた瞬間、コルトガバメントを太股から抜き、男に向けて発砲する。


弾丸は両目に命中し、男の動きを止める。


アルカナは念の為、三発の弾丸を男にぶち込む。


急いで天幕から出ると、陣営は火の海になっており、既に傭兵は殆どが逃げ出していた。


馬を置いていた場所に戻り、全員と合流する。


「何とか上手くいったな」


全員揃ったのを確認して、王都に帰投する。


「あーあ、私が大将をやりたかったわ」


嫌味ったらしく言う斑鳩は、アルカナを睨む。


それを見たアルトリアとカミラは、兄妹喧嘩みたいに見守り、顔を合わせてから微笑む。


凛凪はひとり浮かない顔をしていて、ずっと上の空だった。


「どうしたんだ、何かあったのか?」


睨む斑鳩を無視して、アルカナは凛凪に話し掛ける。


「上手く行き過ぎだ。警備も薄いし、傭兵が逃げるのが早かった。逃げる方向が百八十度だった、普通なら四方八方に逃げる筈」


「おい……マジかよ。急ぐぞ!」


嫌な予感がして、最大速度で飛ばす。


王都の入口に着くと、凛凪の違和感が当たっていた。


「ポーラロードが群がっとるぞ!」


先頭を走っていた斑鳩がそう叫ぶ。


言う通り、ストレントとポーラロードが、七度目の衝突をしていた。


「囮だったのか……」


「本当に何も出来ないな、私は」


「落ち込んどる暇があったら、今直ぐあれを跳ね除けるんや!」


落ち込む二人に、そんな暇は無いと斑鳩が喝を入れる。
























































































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