最速の聖刀

王都から出たアルカナは、エイルーンが率いる三万とすれ違い、アルトリアとカミラを止める。


南タリアスはひとりも欠けておらず、三千人全員が怪我をしながらも、アルトリアとカミラの背中を追い続けていた。


アルトリアとカミラに、ひとりで三万を足止めする旨を伝えると、呆れた顔で笑われた。


「アルカナ、無理はするなとは言わんが、無茶はするな。ひとりで行って何が出来るんだ」


「ひとりじゃない、凛凪が居る。後ろから追って来てる」


遠くから来ている凛凪を指差し、左眼を触る。


「どんな秘策があるのかは分からないけど、それでもたった二人じゃないか」


後ろで髪を結んでいるカミラは、待機していた3千を、ストレント軍の後ろに続かせる。


「全てを止めなくても良い、敵将さえ殺せれば片が付く。私の左眼もある」


「おいおい馬鹿言うなって、辿り着く前に死んじまうだろ」


「アルトリア、素直に俺も連れてけって言えば良いじゃないか」


「な、おい、俺は別に……」


「お前たちは信用出来ない。カミラ、何故偽名を使っている。アルトリア、何故北タリアスから南タリアスに来た」


都子が調べ回ってようやく手に入れた情報を、今ここで確かめる。


南タリアスにとって害となるなら、今ここで始末する、その為に凛凪を呼び、二対二の状況を作り出した。


「もう気付いたのか、お前が一番怖奴だな」


特に慌てる様子のない二人は、剣を抜くでもなく、ただ笑っている。


「理由は簡単だアルカナ、南タリアスに来た理由は、北タリアスを倒す為だ」


「私がカミラって名前に変えたのは、色々と不都合だからだよ。元王族としてね」


「ありきたりな事をするんだな。王族って明かせば、ドレード国民は付いてくるだろう、そっちのが士気も上がるし」


「馬鹿言うなって、途絶えた王家の血が今更出ていっても、跳ね除けられるだけだろ」


不意に地響きがして、地面が揺れる。


凛凪が「来た」と呟き、アルトリアが柄に手を添える。


カミラは馬に飛び乗り、地面に刺してあった槍を抜く。


「何してるんだ、早く王都に行けよ」


剣を抜いたアルカナは、三万の進路の真ん中に立ち、地面に剣を突き立てる。


軍服を整えて、コルトガバメントをいつでも撃てる状態にする。


その横に凛凪が立ち、アルカナの頭を優しく撫でる。


「何やってるんだアルカナ、お前も逃げ……」


「私はお前たちを信用したわけじゃない。だが、ティエオラを支えてきたのは事実だ、行けよ」


「玉砕するつもりかい?」


「そんな訳ないだろ、危なくなったら尻尾まいて逃げるに決まってる」


その言葉を聞いて、カミラは槍を投げる。


凛凪がそれを受け取り、地面に突き刺す。


アルトリアとカミラは、心配そうな顔をしていたが、振り切る様に王都に走り出す。


「面倒だな。三万って、何時間かかる?」


無気力な声で言う凛凪は、ドラグノフを構えて、遠距離から狙撃する。


「お前は何してるんだ、二人で固まってても、あまり効果が無いだろ。お前は少し後ろで、私が相手し切れない奴を止めるんだよ」


それを聞いた凛凪は、槍を持ち、ドラグノフを肩に担いで歩いて行く。


「私は狙撃が下手だから、当たったらすまん」


こんな状況で、割り切れる凛凪を、少し羨ましく思うと同時に、割と怖い冗談で、役割を逆にした方が良かったという後悔が溢れ出る。


「んじゃ、気合い入れますかババア」


斑鳩が居ないことを忘れていて、いつもの癖で喋りかけてしまった。


返事は自分の鼓動だけで、他に聞こえるのは、草が風に揺らされる音だけ。


この状況で、高揚感を覚える自分が、恐ろしく感じた。


戦慄。


高揚。


死と隣り合わせ。


多勢に無勢。


コルトガバメントを見つめていると、どうも昔の自分が顔を出す。


瞼を閉じて、本棚の本を適当に取る。


道に転がっていた少年。


生まれつき顔立ちが女らしいことから、髪を伸ばして色仕掛けを学んだ。


男に近付いて金を奪ったり、それを武器として殺したり、常に死と隣り合わせだった。


諜報員として何人もの人間を欺き、落とし、殺した。


理不尽な世界に絶望した少年が、今は他人のように感じる。


愛を知って家族を知り、暖かさを知った。


それだけで少年は変わった。


瞼を開くと、多数の騎馬が突っ込んでくる。


多過ぎて、もはや蚊柱のように見えてくる。


「いらっしゃいませ。三万名様、地獄に御案内です。当店は禁煙ですので」


剣を手に持ち、胸の前で十字を切る。


三万人の敵目掛けて走り、左手に爆弾を持つ。


爆弾に火を付けて、左右、そして前方に大きく投げる。


立ったひとりなら気にかけず、一部の兵で対応するが、今回は話が違う。


たったひとりの騎士に多大な被害を被ったとなれば、面子に傷が付く。


人質。


拷問。


売買。


その反面使い道は多様だが、ひとつ間違えれば権威を地に落とす。


今回は脅威になる方であり、相手にとっても面白くない。


ポーラロード軍は、血眼になってアルカナに襲い掛かる。


剣を右手に持ち、短刀を左手に持つ。


蹴りも織り交ぜて、踊る様に戦う。


シェウトの動きを見て考えたものだった。


「アルカナだ!」「南タリアスの重臣だ」「早く南タリアスの犬を殺せ!」


「おいおい、私は犬じゃねーだろ。重臣でもないし。あー、ロリババア居なかったか」


いつもなら会話になるが、今回は独り言になる。


胸の中がキュッと締め付けられる感覚がした。


「なんだ、病気か? 体調不良か、凛凪と役割変わるんだった」


近くに居る敵から片っ端に斬ったが、無限に出てきてキリがない。


斬っては現れ斬っては現れ、その繰り返しで、同じ時間を繰り返しているみたいな感覚に陥る。


「死ね小娘!」


死角から飛び込んできた騎士が、剣を振り上げて目前に迫る。


「うっ……ん」


凛凪が撃ったドラグノフの弾丸が、甲冑を貫いて、脳幹を抉る。


その騎士を蹴り飛ばして、包囲から一旦出る。


必死にひとりを潰そうとする騎士は、逃げ出した障害を叩き潰そうと、獣のように追い掛けて来る。


「逃げたぞ!」「追え!」「あの女を捕らえろ!」


「男に追われるのは、あまり嬉しくないな」


爆弾を出して、全てに火を付ける。


爆発した爆弾は土埃を巻き上げて、地面を抉る。


一時的に視界が悪くなった為、敵との距離を少し離すことが出来る。


岩に隠れていた凛凪と合流して、仕掛けの準備をする。


凛凪が持っていたMK23を貸してもらい、二丁拳銃で岩の影から出る。


アルカナを見つけた騎士はアルカナを追い、隊列が大きく乱れる。


「凛凪! 三秒後」


聞こえていない場合もあるので、シェイクハンドでも伝える。


陽動の役を担っているアルカナは、両手に持つ銃で甲冑の、空いている目の箇所を狙う。


アルカナが投げた小さな燃料缶が宙を舞う。


予定通りの場所、予定通りの時間。


風もなく、邪魔するものは何も無い完璧なシチュエーション。


「行け、凛凪!」


凛凪が引き金を引き、ドラグノフから銀色の弾丸が吐き出される。


カスタムされたドラグノフは、より安定した軌道を描き、缶に一直線に向かう。


「よしっ!」


珍しく声を上げて喜んだ凛凪だったが、偶然飛んできていた矢が、凛凪の放った弾丸を掠め、軌道を微妙に変えてしまう。


弾丸は缶を掠め、缶は地面に落ち、弾丸は空に消えて行く。


「くっ……何でこう何もかも上手くいかないんだ! 逃げろ凛凪!」


「クッッッソォォォー!」


岩から飛び出した凛凪は、ドラグノフを構えたまま、ポーラロード軍に突っ込む。


「凛凪!」


三人が同時に斬り掛かった剣を、凛凪はドラグノフで受ける。


そのまま押し返し、剣で三人を切り裂く。


飛来した矢に、腕と脚、そして腹部を貫かれ、膝を折る。


「クッッソォォォガァァァ!」


自分で首を貫こうとする凛凪の剣とと、その前に首を取ろうとする騎士が、一瞬だけ止まる。


凛凪と騎士の間に立っているのは、ボブ位の髪の長さの少女だった。


右手に持っていた日本刀は騎士を斬り、まだ成長途上の足は、凛凪が持っていた剣を踏み付けている。


「よお、私の子孫の可愛い従者に、何乱暴してくれとんじゃゴミ共が。アルカナも、なに従者を危険に晒しとんのや、ほんに情けない」


いつもは何があってもふわふわしている斑鳩が、今は別人の様な覇気を放っている。


小さな体とは釣り合わない殺意に、近くに居た騎士の腰が抜ける。


自害しようとしていた凛凪は、何が起こったのか理解出来ていない顔で、上に上がらない剣を見つめる。


襷で縛っている和服は、動き易い様に膝上まで引き裂かれていた。


「ば、ババア……何で……」


アルカナは斑鳩に睨まれて、言葉が上手く喉を通らない。


凛凪の頭をくしゃくしゃと撫でた斑鳩は、不機嫌オーラ全開でポーラロード騎士を睨む。


幼女に睨まれた騎士は、歯をガチガチと鳴らして後ずさる。


「よお、私の可愛い天使たちが世話になったのう。この体でたっぷりと御礼したるわ」


艶かしい手の動きで、見えるか見えないかの境目で、裾をたくし上げる。


それどころではない騎士は、斑鳩の顔を見た後、泡を吹いて倒れる。


「ひぃ……」


それを見ていた隣の騎士は、連鎖する様に気を失う。


「おい……私のこの華奢で綺麗な生脚が、見れねえってのか? あぁ!?」


それがトドメとなり、近くに居た騎士が、全員気を失う。


それを見た後ろの騎士は、斑鳩に近付こうとせず、一定の距離を保ったまま、剣を構えている。


今ので、約五千の騎士が倒れ伏した。


「おいロリババア、凛凪を早く手当しないと」


「なあ、私の脚ってそんなにアカンか? なあなあ……お前やったら喜んで触ってくれるよなぁ」


本人は本人でダメージを受けているらしく、脚をアルカナに見せる。


「あー、やめろロリババア。見た目は悪くないが中身はアウトだ、その顔で見るな」


小さな体の中でも、一際大きな瞳でアルカナを見るので、中身はババアと分かっていても、割り切れない自分が出て来る。


いつもの様子に戻った斑鳩は、凛凪の剣を鞘に戻す。


しゃがんで凛凪の両頬を挟んで、子どもの様な笑顔を向ける。


「見た目は子どもか」


「なあ、凛ちゃん。これはあの馬鹿にも言うた事なんやけど、簡単に死ぬのを選んだらあかんやろ。死ぬのは簡単、生きるのは、ほんに難し。生きたくても生きれんのが、この世にはよう居る。やから、惨めな姿晒してでも生き。月並みな表現なんやけどな」


その言葉を聞いて顔を上げた凛凪は、立ち上がって斑鳩に抱き着く。


「可愛い……貴女こそ天使」


「ちょっ……矢が、矢が……」


戸惑う斑鳩が、アルカナに手を伸ばして助けを求めるが、気付かない程少しずつ近付いて来ていた騎士に、警戒をしていた。


凛凪を引き剥がした斑鳩は、剣を持ち直してアルカナの隣に立つ。


「何でここに居るんだロリババア」


「調子はどうや? クソ当主」


「話を聞けよ」


「理由なんて分かるやろ……私とあんたの愛、はぅっ……」


その言葉を最後まで聞き終わる前に、アルカナが斑鳩を担いで、凛凪の手を引いて逃げる。


今この二人を守る為に必要なのは、意地を張って敵に突っ込む事じゃない、斑鳩の言葉の通り、どんな惨めな姿を晒してでも、この二人を無事に七凪の前に送り届ける事。


運良く馬が一頭戻って来ていたので、その馬目掛けて走る。


馬までもう直ぐと言うところで、足に矢が刺さり、盛大に転倒する。


自分が受身を取ることより、二人に衝撃が及ばない様に、地面に着く前に離す。


斑鳩と凛凪は無事だったが、受け身の取れなかったアルカナは、顔を擦りむく。


痛みなど関係無く、また立ち上がって、足を引き摺って馬に辿り着く。


斑鳩と凛凪を馬に乗せて、馬のお尻を思い切り叩く。


走り出した馬と逆側に向き、アルカナは剣を抜く。


「ふぃ、結局一人か。悪くない、こんな顔を見せないで済むのなら」


自分では確認出来ないが、恐らく自分は不敵な笑みを浮かべているのだろう。


「二人が逃げたぞ、そっちは頼む、俺はあっちを追う」


数人を引き連れて、斑鳩たちを追おうとする騎士の前に立ち、右足に刺さっている矢を引き抜く。


「何でこんなにも上手くいかないもんかねぇ!」


「そうだなアルカナ。だが、偶にはこうやって上手く行くのもある!」


右から疾走して来る騎士は、二本の矢を番えて、斑鳩たちを追おうとする騎士の首を貫く。


残った四人をアルカナが片付けて、追手に追撃することを許さない。


矢を放った騎士は、ストレント帝国の旗が付けられた槍を振るい、後ろに引き連れた騎士と共に、横槍を入れる。


「鈴鹿、ありが……遅いぞ馬鹿!」


隣に馬を止めた鈴鹿が、手を差し出してくるが、アルカナはその手を振り払う。


「素直じゃないな、素直に礼くらい言えよ」


「五月蝿い、遅かったのはお前だろ。お前の行為は当然の事だ」


「はー、可愛くねえ。昔はもう少し可愛げが……無かったか」


整った顔立ちをしている鈴鹿だが、言葉遣いが汚いので、全てを台無しにする。


「それで、後方の五万は」


「あー、あれか。迂回して避けてきたから、あと一日もすればここに着くだろ」


「迂回って、だから遅かったのか。取り敢えずこいつらを何とかしろ!」


もはや隊列や陣形は関係無く、非常に乱れた戦場となっている。


そんな中で、斑鳩を追おうとする連中もいる訳で、見つける度に矢で潰す。


ここは不利と踏んだ敵は、徐々に撤退を開始する。


その様子を見ていた鈴鹿が、深追いは無用と命令を出す。


「泥だらけだな、お前。その綺麗な髪が台無しだ」


鈴鹿はアルカナを前に乗せて、泥の付いた髪を弄る。


「五月蝿いな、それだけ必死だったんだよ。惨めと笑えよ」


「いや、お前の事だから、あの少女と凛凪を守る為、必死に走ったんだ……わぁぁ! 毛先がめちゃくちゃ綺麗な蒼色になってる!」


笑ったり真面目になったり驚いたり、一番大人っぽい鈴鹿が、一番子どもっぽい反応を見せる。


「それは良いけど、その無駄にでかい胸を、私の頭の上に乗せないでもらえるかな?」


「男なら嬉しい筈じゃないのか? 私には分からんがな、こんなに重たい物を、何で人間は付けてるんだよ。そうそう、この前測ったらF越えやがってさー、Gだったんだよ」


「分かったから、少しは恥じらいを持て。見た目は完璧に美しいお前だが、いざ喋るとなると非常残念だ」


前のめりになって、頭の上に乗っていた胸を避ける。


それに対抗して、鈴鹿も前のめりになって、思い切り押し付けてくる。


「喋らなかったらお前は行けるのか? それはお誘いかな? ん?」


「やめろ、私はそう言うのに興味が無い」


「なら、何で色仕掛けを教えろだなんて言ったんや」


「いつの話だよ」


「私には昨日の様に思い出せるけどなー」


馬の上で静かな格闘を繰り広げていると、ストレントの騎士が横に来る。


「一万人全員、帰還準備が整いました」


「んにゃ、行こか」


お遊びムードから切り替えて、真剣な表情に戻したが、言葉が戻り切っていなかった。


いつも通りの鈴鹿で落ち着くが、それよりも久しぶりの鈴鹿の匂いと声に、安心感を覚える。


「一万って、少々少なくないか?」


帰って来ると聞いていたのは、確か約二万だった筈だが、ここにはその半分しか居ない。


「んなの、置いてきた。あっちの守りの為に」


「あっそう。あんたの考えが分かってなくて申し訳なかったです」


「本当に可愛いくないな。そんな冷たい所もまた可愛らしい」


「どっちかにしろよ。お前はよく分から、あっ……んん」


喋っていると、突然項に生暖かくて柔らかいものが当たり、自分でも驚く程の艶かしい声が出た。


「エロい声やなー、そそる。それより、項に他人の匂いが付いとったけど、これは何や」


耳元で囁くような声を出して、鈴鹿がアルカナに問い掛ける。


問い掛けると言ったら聞こえは良いだろうが、首元にはナイフが突き付けられており、逃げ場のない馬上では、殆ど尋問に近い。


「斑鳩をおぶってる間、あいつがずっと舐めてただけだ」


「斑鳩ってのは、聞いた事ないな」


鈴鹿は斑鳩を見た事すらないので、この反応をするのも仕方がない。


アルカナですら今日姿を初めて見たのだから、鈴鹿が知っている筈もない。


今まで中に居た斑鳩が姿として見えるのは、未だに実感がない。


「王都だ、結構私たちは後退していたのだな」


戦闘が終わった地点から間も無く、王都ストレントが姿を現す。


もう少し引くのが早かったら、確実に王都まで押し返されていた。


王都の中に入ると、血だらけの馬が入り口で立っていた。


「凛の馬か、ここで下ろしてくれ。私は歩いて行く、お前は色々と指令ををしないと駄目だろ」


「そうだな、済まない。ひとりで大丈夫か?」


「大丈夫だ、そんな事よりも王都の守りを固めないと」


引き続き迎撃準備を進めている街では、街に入る人を、厳しく取り締まっていた。


鈴鹿が居たおかげで難なく通過出来たが、王城に入れるかは、微妙なところだった。


南タリアスの指揮官勲章を斬り捨ててしまった今、身分を証明するものが無い。


剣を杖代わりにして、街を歩く。


暫く歩くと、噴水広場に出る。


大通りの真ん中にある広場の為、より厳重な守りにされている。


迷路みたいに杭が打たれ、少しでも王城に行く時間を伸ばそうと工夫がされている。


今はその杭が苦となり、杭の迷路を時間をかけて抜ける。


迷路の入り口にカミラが立っており、誰かを待っている様だった。


カミラはアルカナに気付くと、笑顔でアルカナに走り寄る。


「戻って来たのかい、良かったよ。あんたの事だから、意地でも張って死ぬまで戦うつもりなんじゃないかって、アルトリアと話してたところだよ」


「五月蝿いな、危なくなったら逃げるって言ったろ。そこまで私も馬鹿じゃない」


背後から頭の上に手を載せられ、わしゃわしゃと掻き撫でられる。


「遅かったじゃないかアルトリア。ほら、帰って来たよアルカナが」


「分かってるって、今撫でてるだろ」


笑いながらアルカナの頭を撫で続けるアルトリアは、カミラのはしゃいでいる姿を見て戸惑う。


カミラがここまではしゃぐ姿は、アルトリアもあまり見たことがないのだろう。


「このさらさらな髪、綺麗な肌、いつも通りのアルカナだよアルトリア。私たちの愛娘だよ」


カミラはアルカナの髪を弄って、頬をうりうりと掻き回す。


「分かってるって。む、娘?」


「カミュリャ、わらひはおひゃへたちの娘じゃにゃいじょ」


カミラに掻き回されているアルカナは、上手く喋れずに変な喋り方になる。


そのまま暫く弄られていると、七凪が王城の方から歩いて来る。


「皇帝陛下殿、この度の王都侵攻では、我々南タリアスの二千が参戦させて頂きます。私は指揮官補佐のアルトリア、こっちのはカミラって言います」


七凪の前で膝を着いたアルカナは、浮かない顔をしている七凪に紹介を始める。


当然戸惑った顔に変わる七凪は、膝を着くアルトリアに頭を下げて、直ぐにまた歩き出す。


「本当にあいつは分かってないねえ」


取り残されたアルトリアを見て、カミラが苦笑する。


何かを探している七凪は、落ち着かない様子で騎士に話し掛けている。


有益な情報を得られなかったのか、落ち込んだ様子でまた歩き出す。


「カミラ、肩を貸してくれ」


「ああ、構わないが。あの女帝の所かい?」


アルカナが頷くと、カミラは肩を貸さずに、自分よりも小さな体のアルカナを、軽々と抱える。


「七凪、今帰ったぞ」


ビクッとしてからゆっくりと振り返った七凪は、アルカナを確認してからも、暫く理解出来ないでいた。


何度も目を擦って、何度も瞬きをして、何度も深呼吸をする。


改めてアルカナを見た七凪は、その場にへたり込む。


「あ、あぁぁ……本物ですか? アルカナちゃん?」


震えて、目に涙を溜めている七凪は、抱えられているアルカナの頬に手を添える。


溢れる涙を隠すこと無く、ぽろぽろと大粒の涙で、地面に涙のシミを付ける。


「泣き虫だなあ」


「な、泣きますよ! そんなの決まってます……な、何で笑ってるんですか? もう……」


泣き出したと思ったら、アルカナの笑顔を見て、七凪もつられて笑い出す。


「アルカナ、女の子を泣かせちゃ駄目じゃないか」


今までアルカナを支えていたカミラの腕が、突然外されて、アルカナが地面に落ちる。


「おいカミラ、私は怪我人だぞ」


固まっているアルトリアの下に行ったカミラは、走って王城に戻る。


「戻れ七凪、何が起こったようだ。また鬼擬が来たのかもしれないな」


「なら、尚更置いていけません」


「置いて行け、あんたは皇帝だ。皇帝が死ぬ事は許されない」


立ち上がって七凪の背中を押す。


七凪は数歩押された後、アルカナの方に振り返るが、背を向けていたアルカナを見て、王城に走る。




































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る