アーマクス陥落
黒龍の翼が風を切り、空を高速で飛び去る。
アーマクス国の村や集落では、神の御使いや、世界滅亡の前兆など、数々の噂が広がった。
黒龍がアーマクス王都に降り立つと、五人の少女が背中から姿を現した。
王都の中でも神の御使いなど、噂が立ち、王城の前に人だかりが出来ていた。
「ティエオラ様。少数で来た所為か、敵兵は迎撃準備をしておりません」
「そりゃあね。まさか飛んでくるだなんて思わないだろうし、第一騎士団は動いてないもの」
街の異変に気が付いた騎士が、城門から出てくる。
街と王城を繋ぐ橋の向こうに、黒龍が立っているのを見て、時が止まった様に固まる。
「確保」
ティエオラの一言で、エルトが出て来た騎士を捕まえる。
人型に戻ったアルマは、物珍しに集まった街の人に囲まれて、困り果てている。
「僕は南タリアスのティエオラって言うんだけど。アーマクスの国王に会えるかな」
その言葉を聞くと、唖然としていた騎士は剣に手を伸ばす。
だが、抜く前にエルトに投げ捨てられ、橋の下を流れる水路に落下する。
「答えは出たわね。会いたいのなら、力ずくで来なさいって事よね?」
出来るだけ早く帰りたい秋奈は、先頭を歩いて橋を渡り始める。
その後にティエオラが続き、エルトがティエオラに付いて行く。
都子はアルマを横目で見たが、橋を渡る。
「あぁー!、酷い都子様」
アルマは翼を広げて飛翔して、都子の隣に着地する。
「五月蝿い。もう少し離れて歩いて」
「なら手を離して下さいよ」
アルマの手は、都子の手と繋がれていて、離れようとしてもがっちりと掴まれていて、離れられない。
「あんまり暴れないで、揺れるでしょ」
「もしかして……怖いのですか? こんなに大きな橋は、私たち如きが乗っても揺れませんよ」
アルマが右足を上げて、橋に勢い良く下ろして橋を蹴る。
「落ちるから!」
都子はアルマにしがみ付き、歩みを止める。
それを見たエルトが、ティエオラの顔をチラリと見る。
「ティエオラ様、この橋揺れますね」
「揺れていないけど」
「あぁ!」
エルトがわざとらしくよろけるフリをして、ティエオラに抱き着く。
「きちんと歩くんだ」
「はい」
鬱陶しそうエルトを引き剥がしたティエオラは、秋奈の隣を歩く。
酷く落ち込んだエルトは、ひとりでふらふらと城の中に入る。
開いていて門から城の中に入ると、城内は慌ただしい雰囲気が漂っていた。
前線に送るための物資を運んでいたり、武器を点検していたり、砦を修復する為の資材を運んでいたり、色々と大変そうだ。
その真ん中を歩いていっても、忙しい騎士たちは気にも止めずに、作業に集中している。
先に城門の偵察をする為に忍び込んでいたタイムは、ティエオラたちが堂々と歩いているのを見て、目の前に下りてくる。
「あの……ごめんなさい。お役に立てなくて」
開口一番、タイムは涙目で謝罪をする。
「謝らなくても良いから付いて来ると良いよ。このまま王のところに行けば落とせそうだしね」
「流石に私たちには気付くでしょ」
「どうだろうね、僕はこのまま行けると思うよ」
ティエオラの言葉通り、何事も無く王の部屋の前に辿り着く。
「さっきあの騎士から聞いた話だと、ここが王の間よね」
「これは罠じゃないのでしょうか。スムーズに進み過ぎです」
「タイムはネガティブ過ぎるのよ、どう見ても、迎撃準備に忙しいですって雰囲気でしょ」
秋奈が思い切りドアを開けると、部屋の中から大きな物音がした。
「誰だか知らんが、入る時は小さくノックをしろと言っているであろう」
机の後ろに隠れている体格の大きな大男は、この国の主。
机の後ろで、子どものようにガタガタ震えているアーマクス王は、態度と行動が釣り合っていない。
堂々としていれば少しは警戒するものの、こうもヘタれているのなら、警戒しようにも出来ない。
「ねえ、本当にストレントを退けた国の王はアレ?」
秋奈はアーマクス王を指差す。
「ああ、確か巨漢だった筈だ」
エルトがじっと見て確認する。
「何でも良いよ、僕はアレを潰しに来たんだからね」
ティエオラは左眼を毒々しい紫色に輝かせ、瞳と同じ色の炎を灯す。
ティエオラは部屋に入ると、アーマクス王の前に立つ。
「エルト、コレを立たせるんだ」
ティエオラの命令を受けたエルトは、アーマクス王の胸倉を掴んで、自分よりも大きい体を、無理矢理立ち上がらせる。
「お前はアーマクス王か? そうであれば答えなくても良い、違うのなら違うとだけ簡潔に言え」
アーマクス王は歯をガチガチと鳴らして、何度も首を縦に振る。
秋奈と都子とアルマは、アーマクス王を囲んで、剣の柄に手を添える。
部屋にタイムの姿は見えず、心優しいタイムが居ないのは、拷問などをするには、遠慮をしなくて良くなる。
ティエオラは左眼でアーマクス王を睨むと、アーマクス王の目の色が紫色に変わる。
「こんにちは、少しは落ち着いたかい?」
ティエオラが挨拶をして、左眼の炎を消す。
「お前は? 何者だ、近衛!」
怯えていた筈のアーマクス王は、態度を一変させて、エルトの顔よりも大きな手で、エルトを突き飛ばす。
それを見た都子は、抜刀の瞬間を見せない程早く刀を抜き、アーマクス王の首の前で寸止めする。
アーマクス王は動きを止めるが、右腕を落とされた苦痛に、顔を歪める。
「次動いたら、今度は首だけど」
「貴様ら、状況がわ……」
「次は首だけど、文句あるの?」
首の皮を裂いた刀が、今度は肉に食い込んで、溢れ出た血が刀身を這う。
王の間の扉が開き、アーマクス王が勝利を確信した笑を浮かべるが、その笑顔は直ぐに絶望へと描き変えられる。
部屋に入って来たのは、今まで部屋に居なかったタイムだった。
廊下に転がっているのは、王の助けを聞いて駆け付けた、二十余名の騎士だった。
「さあ、続きをしようか。僕は君を同じ目に遇わせる為に来たんだったよ。恐怖心は消してあげたから、もう五月蝿いのは無さそうだね」
都子は持ち帰った爆弾を部屋の四隅に置いて、導火線に火を付ける
「では行きましょうか。衝撃に御注意して下さい」
龍になったアルマは、全員を手の中に包み、天井を突き破って外に出る。
数秒後、爆発を起こした火薬が、城の壁だったものを吹き飛ばし、城を大きく揺らす。
「死んじゃいましたよね……ごめんなさい」
タイムは涙目になりながら、城に残るアーマクス王に謝る。
「きちんと死なない様に爆弾置いたから、爆弾に近付かない限り死なない」
都子は崩れゆく部屋を見つめて、そう呟く。
アルマは王都の真ん中に降り立ち、人型に戻る。
「周りの砦が堅かったのは、王がヘタレだったからか。まだ砦を一つしか落とされていなかったアーマクス王は、余裕たっぷりだったのだろうな」
エルトは呆れながら、噴水の上に建っているアーマクス王の銅像を見上げる。
降り立った黒龍と、爆発した王城を見た国民は、この世の終わりの噂を、確信に変換する。
地に膝をついて祈る者も居れば、真っ先に逃げ出す者も居る。
混乱で親とはぐれた子どもがひとりで泣いていたり、はぐれた我が子を探す親も居る。
「戻った直ぐで悪いけど、また龍の姿になってくれる?」
「都子様のお願いなら喜んで」と、黒い薔薇に包まれたアルマが、黒龍の姿に変わる。
右手の上に都子を乗せて、都子の指示通りに、遥か上空に飛び上がる。
残されたティエオラたちは、噴水の縁に座って都子とアルマを待つ。
「雲の上まで行ってしまいました!」
心配そうに二人を見ていたタイムは、雲の先に消えた二人を見て、慌ててティエオラに言う。
「大丈夫だよ。もう降りて来たしね」
雲を裂いて降りてくる黒龍に、今まで逃げ惑っていた国民の注目が集まる。
黒龍は王族たる威厳を纏い、絶望を救いに変え、轟々と天から降臨する。
右手の上に乗っている都子は、神々しさすら感じさせる。
都子は右手を空に掲げ、高らかと口を開く。
「この国は神の意志により、南タリアスの領土となる。黒龍の飛来は滅びでは無い、救いであり、繁栄の約束である」
祈っていた者は涙を流し、都子を神と錯覚し、その言葉に耳を傾ける。
はぐれた子どもは泣き止み、唖然と都子を見上げる。
次々と国民は膝をつき、聖都子に低頭していく。
城から逃げて来たアーマクスの騎士は、異常な光景を目前にして、先程まで何をしていたのかを忘れた様に、都子の姿に釘付けになっている。
「アーマクス王は自室で怯え、この国を停滞させ続けている。今こそ、この私と共に、この国を立ち上がらせよ」
アーマクスの神官が一番に立ち上がり、声を上げる。
それに呼応する様に神父が立ち上がり、続いて男たちが立ち上がる。
「これは凄いことになってきたじゃないか。流石斑鳩の子孫って事か」
「この国の騎士が我が軍に加われば、北タリアスに十分対抗出来ます」
「そんな訳ないでしょ、その場しのぎでしかないんだから、都子が一騎士と知った時、国民は、騎士はどうなると思う?」
「み、皆さん騙された腹いせに、私たちを……大変です」
タイムの一言で皆が黙り、再び都子に視線を送る。
「私は南タリアスの騎士。ティエオラに仕える者。貴方たちの救世主は私ではない。南タリアスの、ティエオラ・ルーシュである」
「南タリアス……ですが、それは我々の敵国です」
都子は王城を指差しで、そちらに視線を向ける。
「貴方たちの王は、怯えるあまり、国を殆ど閉ざしています。それでは発展は起こらず、新しいものが入ってくる事はありません。発展したいのなら国を開け、世界に目を向けるべきです」
「ですが、私たちは今の暮らしに満足をしています」
ひとりの女性が立ち上がり、そう声を上げる。
「貴女は満足しているでしょうが、この国には貧困者も居ます。光の当たらぬ場所で、今も貧しい子どもが死んでいます。貴女の抱いている赤子と同じ年齢の子どもも例外ではありません」
「救世主よ、私は南タリアスに付いて行きます。南タリアスは、全国民が最低限の生活を保証されていると聞きます」
そう声を上げて裏の路地から出て来た男は、ボロボロの服を着ており、髪も乱れている。
体は酷く痩せ細っており、頬は痩せこけている。
その陰に隠れるようにして、母親らしき女性と、子どもが顔を出す。
「南タリアスでは、国民が最低限の生活を送れるように、補助をしているわ、その考えはティエオラのものであり、国の方針でもある」
それを聞いていた家族は、頷きあって何かを決意する。
次は、恐る恐る若い女性が挙手をする。
「あの、貴族からの取り立ては無いのでしょうか。酷い取り立ての所為で、私の夫は貴族に連れて行かれてしまいました」
「国家として未だ完成していない南タリアスに、貴族は居ないわ。居るのは騎士と、護るべきこくみ……」
「馬鹿を言うな! ティエオラは覇剣の娘、信用出来るものか!」
今まで黙って聞いていた騎士が、剣を構えて都子に迫る。
地面に下りた都子は、騎士に胸倉を掴まれるが、全く動じないどころか、眉一つ動かさない。
「なら、その覇剣に戦いを挑んでいるのは、どう説明するつもり?」
「な……それは演技であって……」
「推測でものを語るのは、幼稚園児でも出来ることよ。でも貴方は立派な大人なんだから、もう少し考えてものを言ったらどう?」
「……ッ!」
都子の言葉に反論出来なくなった騎士は、唇を噛み締めて、都子から手を離す。
「なあ、この国じゃ……」
後ろから出てきたもうひとりの騎士は、唇を噛み締めている騎士の肩を掴んで、国に対する不安を話す。
「後の事はあなたたちに任せます。この国は南タリアスになるのか、このまま停滞を続けるのか。私はあなたたちを道を進んで行ってほしいのです」
アルマの手に乗った都子は、手を振ってから空に飛び立つ。
「この国は完璧に落ちたわ。もう居る必要も無いし、帰りましょう」
アーマクス王都の外に向けて歩き出した秋奈は、親とはぐれていた男の子を、親の下に連れていき、また歩き出す。
転んで怪我をしていた男の子の傷を手当したタイムは、満足そうに秋奈の後ろに続く。
その後にティエオラ、横にエルトが付き添い、アーマクス王都から出る。
王都の外で待っていた都子とアルマは、疲労感全開で立ち上がる。
最後の力で龍になったアルマに乗り、南タリアスに飛び立つ。
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