鳴り響く雷電
二千の兵を率いて、アーマクス領を駆ける。
アーマクスとの問題が解決するまでは、北タリアスは侵攻しない事を約束してくれた。
だが今回、ポーラロードがストレントに侵攻した事に関しては、アーマクスとは関係が無い為、手出しをしないというのが有効なのかは分からない。
同盟国が攻められているにも関わらず、なぜ北タリアスは援軍を送らないのか。
不審な点が多くあるが、北タリアスは約束通り全く動かない。
「そんなに心配なのか、北タリアスが動かないのが。俺が見たグランフリートってのは、約束は守る騎士の鏡だったぞ」
少し後ろを走るアルトリアは、考え込んでいるアルカナを見て、不意にそんな事を言った。
「何の話だ。別に北タリアスについて心配はしてない」
何故か今回の出撃に付いてきたアルトリア。
「あんた、嘘をつくのが下手だね。さっきからずっと髪飾りを握ってるじゃないか」
アルトリアと一緒に付いて来たカミラが言う。
「行軍中と戦闘前はいつもこうしてる。聖冬の力を借りる為に」
聖冬から貰った髪飾りを服に差し、右腕の状態を確かめる。
前よりも動き易くはなってきたが、未だ七割程度の動きしかしない。
あれから軍医にも見てもらったが、特に異常は無いと言う。
ティエオラにも聞いたが、そんな症状は現れることは無いと、嫌がらせでクレームを入れる客みたいな対応を受けた。
王城の医学書や歴史書を読み漁ったが、そもそも神から剣を授かると言う例は、遥か昔しかなかった為所為もあり、該当するものが見当たらなかった。
心配してくれたシェウトにマッサージを受けたが、肩凝り等が取れただけで、根本の解決には至らなかった。
王都アントラから発って一日と半日、ストレント帝国の対アーマクス用の要塞、ペンケ砦が姿を現す。
「やっぱり帝国は砦の規模が違うな。南タリアスにはこんな規模の砦はあって二つだな」
アルトリアはペンケ砦を見るなり、観光客の様に砦を眺める。
ペンケ砦より少し離れた所に、黒色の鎧を纏った、大軍団が見える。
恐らくアーマクスからペンケ砦を守っていた、帝国軍だろうと思われた。
ティエオラの手によってアーマクスが落ちた事、何よりも王都に危機が迫っていると聞いて、ポーラロードの八万に対抗する為に、王都から召集を受けたのだろう。
右手を顔の隣まで上げて、アルトリアとカミラにこのまま軍を引率するように指示する。
単騎でストレント兵の列に追い付き、指揮官を探す。
「私は南タリアス騎士のアルカナだ。この軍を率いている指揮官にお会いしたい」
南タリアスの紋章を見せながら、列の横に付けて、近くを走る騎士に話し掛ける。
「あんたらが南タリアスから援軍に来てくれたって部隊か、エイルーン様なら先頭にいらっしゃる」
「有難う」
列から少し距離をとり、先頭に向かう為馬に鞭を入れる。
『エイルーン・クロノコード。こんなにも早う会えるなんてな』
以前、エイルーンの話を聞いてから、珍しく斑鳩が興味を惹かれていたらしい。
アルカナもどんな人物かは気になってはいたが、興味は微塵も持っていなかった。
ドレード王国時代からの歴史書を見た時、クロノコードの名は出て来ていたが、際立った働きはあまりしていなかったと記憶している。
例に、タリアス侵攻では副騎士長として参戦し、覇剣を撤退させるに至ったが、当主が覇剣の前に倒れる。
自らの命と引き換えに、グランフリートを撤退させたに過ぎず、お世辞にも際立った武功とは言えない。
ドレード崩壊後、当時急成長の途中であったストレントに、クロノコード一族が逃げ落ちた。
その娘が、今並走しているストレント兵を率いている、エイルーン・クロノコード、ストレント帝国副騎士長。
「エイルーン・クロノコード様で間違い無いでしょうか」
先頭に辿り着いたアルカナは、先頭を走る軽装備の騎士に問い掛ける。
「ああ、エイルーンは私だ。君がアルカナだな、騎士長に聞いていたよ」
エイルーンは速度を落とさずに、問いに答える。
ストレント帝国騎士長と言えば、天月鈴鹿。
鈴鹿が自分の事を話しているとは思っていなかったので、どんな事を言われたのか気になってくる。
何か変な事を言われていては、精神的に接しにくい。
エイルーンはこちらを見ると、納得したように、微笑んで頷く。
「南タリアス騎士のアルカナです。以後お見知りおきを」
「鈴鹿が言っていた通り美しい。毛先も綺麗な蒼色をしている。そしてその左眼、毒々しい程美しさを放っている」
隅から隅まで見尽くされ、気恥ずかしくなる。
あの日から体に起こった異変は、外見だけでも二箇所に見られる。
一つ目は左眼。
鮮やかな紫色に変わり、炎が時々出て来ては、酷い痛みが襲う。
二つ目は毛先。
人工で染めても出せない程、綺麗な蒼色になった事。
どちらも、人の手では不可能な程、美しい変化を遂げた。
「今回の作戦を説明します。最終目的は王都の防衛。まず今私が率いている三万で横槍を入れて、敵を二つに分断します。ポーラロードから戻ってきている騎士長には、後方を叩いてもらいます」
「質問良いか」
エイルーンは予想外の質問に、「え、ええ」と困惑した様子で頷く。
「八万を割いたとしても、勝てる確率が低い。鈴鹿が間に合わなかったら囲まれて潰される。間に合ったとしても、鈴鹿が押し切るよりも先に、こちらが潰される」
「それ以外に方法は無いんだ。王都ではネイトが迎撃準備を進めているだろうが、叛乱を起こした植民地の民約二万が、王都に向かっているんだ」
「私たち二千でその二万を止める。相手は騎士でもないから大丈夫」
エイルーンが止めようとしていたが、馬を南タリアス軍に向かわせる。
アルトリアとカミラの真ん中に戻り、軍を止めさせる。
「どうするんだ。その顔って事は、キツイんだろう。なあに構わねえさ、お前は最善策を選んできたんだろ、胸張って命令すりゃあ良い」
アルトリアに背中を押され、喉の奥底に引っ掛かっていた物が、取れたような気がした。
「我々南タリアス軍は、北から迫り来る叛乱兵、約二万を迎え撃つ! 」
「はい! ……あれ?」
「はい!……えぇ。しぇ、シェウトさん、何なのでしょうかこれは」
一番後ろにまで聞こえる声で言った筈だが、二人を除いて、誰一人からも返事が帰って来ない。
あたかも自分の心が、物理的に粉々にされたみたいな感覚に陥る。
「あんたたち返事は! それとも八万に突っ込みたいのかい?」
「は、はっ!」
カミラの覇気に押された騎士たちは、背筋を伸ばして返事をする。
カミラは最初に返事をした二人を呼び、名前と顔を確かめる。
二人は抵抗をしたが、渋々甲冑を脱ぎ捨てる。
「やっぱりかい。あんたら、アルカナに怒られるよ」
「でも、力になりたくて。私だって戦えますから」
「私だって、こう見えて戦えます」
シェウトと少女は意気込んで言うが、訓練を受けた騎士でも、実際に戦場に出た瞬間逃げ出すことも少なくない。
この二人のアルカナに対する思いは、自分の中の恐怖すらも、跳ね除ける程強かったのかもしれない。
「まあ、来ちまったもんは仕方が無いさ。守ってやるから離れるんじゃないよ」
カミラに撫でられた二人は、クロークのフードを深く被り、顔を出来るだけ隠す。
「お前ら、カミラからあまり離れるんじゃないぞ。俺が討ち漏らした敵をカミラが始末する、お前たちは手伝ってやれ」
アルトリアはクロークの上から二人を撫でると、アルカナの前まで行って頬を抓る。
「何だよアルトリア。情けない私を見て笑えよ、所詮は異端だ」
「お前の過去なんて知らないけどな、今までのお前を見てれば、結構良いやつなんじゃねーのか?」
「五月蝿い、私に構うな。軍はお前たちに任せる、私は急用を思い出した」
馬に跨り、南タリアス軍から離れる。
王都ストレントに向かう。
アルトリアたちと別れてから半日、五分の休憩を二回挟んで、王都まで半分の地点に辿り着いた。
自己主張の強い一番星が顔を出してからも暫く走り続ける。
静かに見守ってくれていた月が、静かに眠りに就く。
『お前はほんに嫌な奴やな。また一人でやるつもりなんか』
「ババアと聖冬が居る」
『あーあーはいはい。ほんに嫌な奴や』
姿は見えないが、きっと斑鳩は笑っているのだと思う。
左側に見える王都ストレントを通過して、叛乱兵が占拠しているハク砦に向かう。
叛乱兵が王都ストレントに到着するまであと一日。
逆算すると、叛乱兵はハク砦から、既に発っている時刻になる。
『目標叛乱兵。このまま進めば黄昏時に衝突。勝率は九十八。まあ、命と引換にした時の数字やけどな』
「進む為なら、敵も死も味方も歓迎だよ。少し予想が外れたな、もう叛乱兵が見えるぞババア」
剣を抜き、胸の前に掲げる。
十字を切り、南タリアス軍指揮官の勲章と同時に、南タリアスの騎士としての全てを斬り捨てる。
『さあ! 掻き鳴らそうや、私たち異端がする悪足掻きの汚い歌を、私たちの生き様と共に!』
斑鳩の生き様がどんなだったのかは分からないが、さぞ立派な人生だったのだろう。
それに比べて自分の人生は、何もかもを奈落に突き落とした人生だった。
生きる為に人を殺した。
そんな中、初めて愛情というものを知った。
その愛情を腐らせ、また人を殺した。
異端と呼ばれるに値する人生だった。
その腐った人生の最期が、人を救える為に使えると言うのなら、それは贅沢な命の使い方なのだろう。
「有難う斑鳩。これからも宜しくな」
『まだ生きたいんやろ、素直に言えや。ほんに可愛いくない。けど、愛い奴やわ』
「生きたいだなんて言ってないだろ」
『なら、何でさよならの挨拶をせえへんのや? あんたがさよならを言うたのは、今までに無いやろ。その結果、どんな死地でもくぐり抜けて来た。違うか?』
伊達に長い間一緒に居ないなと、改めて痛感させられる。
心が軽くなり、笑みまで溢れてくる。
「お前も、本当に嫌な奴だな。だがな、今回は話が違う。約二万だぞ」
『なら、いつもより気合い入れろや、それだけやろ! 戦場を駆け、敵を殺す。それ以外どうでもええ事や!』
「当たり前だ!」
先頭で槍を構えていた叛乱兵を弾き飛ばし、馬から飛び下りる。
コルトガバメントで着地点の敵の動きを封じ、着地の瞬間、目の前の叛乱兵を叩き伏せる。
『優しい当主様やな、剣を鞘に入れたまま振るうなんて。殺さんと後悔するぞ』
「動けん程度にボコってる。問題無い」
『狂者の余裕ってやつかえ?』
「黙れババア、強者と言え」
たったひとりで突っ込んで来た狂者に、混乱したままの叛乱兵は、反撃と言う反撃をして来ない。
二十人に達するという所で、右腕が動かなくなる。
咄嗟に左手に持ち替えて、殲滅に専念する。
動きの鈍くなったアルカナを見て、突然勢いを取り戻した叛乱兵は、四方八方から攻撃を繰り出してくる。
剣、蹴り、剣、蹴り。舞うように、敵に素早く攻撃をして、攻撃が来る前に見舞う。
視界の外から来た攻撃に頭を打たれ、地面が近くなる。
地面に左手を着いて、アクロバティックに体勢を立て直す。
その隙を突かれない様に、素早く攻撃を繰り出す。
左眼の視力が低下して、攻撃に気が付けなかった為、頭に食らってしまった様だった。
「クソッ! 所詮こんなもんかよ!、聖の血が入ってるのならもっと出来る筈だろ」
奥歯を鳴らして、剣を振り続ける。
『なら望めやばええやろ。十代目の斑鳩さんに』
「死んでも嫌だね!」
『なら死ね!』
蹴った後の着地を失敗し、足を滑らせて転倒する。
わらわらと叛乱兵が周りに群がり、切っ先をこちらに向ける。
「左眼……左眼があるじゃないか」
『次はどんな影響があるか知らんけどな』
「構わない、気が変わった。ティエオラの顔がまた見たくなった」
左眼から炎が出てきた時の感覚を思い出して、再びそれを試みる。
背後から迫っていた叛乱兵の槍に貫かれ、腹部を貫通する。
足から力が抜けて、両膝を地面に着く。
口から血が溢れ出す。
左眼に血が溜まり、許容量を越えた血が頬を伝って、緑色の地面に滴り落ちる。
「アルカナさん! 槍を離して下さい」
少女の声が聞こえて、叛乱兵を掻き分けて近付いて来る。
年端もいかない少女が戦場に飛び出て来て、叛乱兵は唖然と立ち尽くす。
体から槍を抜き、叛乱兵はアルカナを囲んでいた輪の中に下がる。
「シェウト……何故こんな所に。なんで……泣いてるんだ?」
「ごめんなさい……頑張ってるのですが、血を止められません」
白くて華奢な手が、血で真っ赤に染められ、黒く長い髪が、血で濡れていく。
「喰らえ!」
不自然に反響した声の後、頭上を閃光の帯が通過し、遅れて鳴り響く雷電。
左眼が急激に熱を持ち、灼熱に焼かれたような痛みが襲う。
左眼に溜まっていた血は弾け飛び、力が抜けていた腕に力が留まる。
腹部の傷は塞がり、左眼に紫色の炎が灯る。
「アルカナさん……左眼と髪が」
白い龍が頭上で止まり、地面に降り立つ。
「ミネルヴァさんが来て下さいました」
シェウトは白龍を見上げると、手を振る。
白龍は人型に戻り、白い翼をパタパタと動かす。
「アルカナさん、御無事で良かったです」
翼を畳んだ少女は、見覚えのある顔をしていた。
人攫いを潰した際、タリアス兵に一緒に追われた少女だった。
「久しぶりだな、驚いたよ。剣龍だったとは、それも白色」
「改めて、ミネルヴァです。初めて名乗りますよね、あの時は名乗る暇も無かったですし」
「その辺は後にしよう、今から二万人を伸さねばならんのだ、気を引き締めろよ」
動くようになった右手に、鞘に入ったままの剣を持ち、叛乱兵に向ける。
それを見た叛乱兵は、少したじろぎながらも構える。
「そうですよね、そろそろ反撃に出てしまいましょう」
穴の空いた所から傷口を見ていたシェウトは、顔を上げると、左側の前髪を掻き上げながら言う。
蝶々の髪飾りと一緒に買った、蝶々の髪留めを渡すと、シェウトは掻き上げた前髪に髪留めを付ける。
「よく似合ってる。それはあげるよ」
「嬉しいですけど、恥ずかしいので見ないで下さい」
シェウトに両目を押さえられ、視界を遮断される。
少しするとシェウトの手が外される。
最初に目に入ったのは、シェウトの顔だが、先程とは明らかに違う点がある。
左側の額からは長い角、少し長い角、そして短い角と、三本の角が出ている。
「驚いたな、鬼人は書物でしか見たことがないよ」
「そうですね。鬼人は昔に封印し尽くされてしまいましたから。逃れたのはごく僅かですからね」
シェウトは綺麗な黒い髪をなびかせて、左の手の平に右の拳をぶつける。
ミネルヴァは虚空からハルバードを生成し、手の中に落とす。
「私たちは少し怒ってますよ。アルカナさんを傷付けた事」
ハルバードを構えたミネルヴァは、角を隠さず頭から出す。
白い翼を大きく広げ、ハルバードを体の正面に構える。
「またさっきのを撃つつもりか。援護するぞシェウト」
「アルカナさんはミネルヴァさんの背中をお願いします、私は正面のを片付けます」
前に出たシェウトは、着ていたクロークを丁寧に畳んで、平原に転がっている岩の上に置く。
アルカナは柄と鞘を紐で固定して、振っても抜けない様にする。
聖冬の髪飾りを胸の前に持ってきて、十字を切る。
異種族と得体の知れない左眼をしている三人に、叛乱兵は仕掛ける事が出来ずに居る。
「お前が行けよ」「嫌だよ。お前が行けば良いじゃないか」
叛乱兵は先陣を切る役を押し付け合い、突っ込んで来る様子が見られない。
少し攻撃する素振りを見せると、叛乱兵は一様に動揺する。
踏み込んだシェウトが、音を立てずにに消える。
鬼人の凄まじい身体能力は、全種族の中でも一二を争う、その脚力と腕力は龍の腹をも貫く。
次にシェウトが現れたのは、叛乱兵を二人地面に叩き付けた時だった。
圧倒的な力の差で叩き付けられた仲間の光景と、シェウトの雄叫びに直面した叛乱兵は、我先にと後退する。
『所詮は寄せ集めのゴミ共やな。酷く脆い』
「そんな事言うな。お前の過去は知らんが、そう怒るな」
逃げ惑う叛乱兵の背中を見送って、左眼の炎を消す。
「疲れた……交代だ斑鳩」
『交代は出来へん。お前の人格が定着しとる、引き剥がすのは不可能や』
「今までそんな事無かっただろ」
『今まではこんな世界は無かったからな。武器入れて眼にも変な力宿ったら、こうなるんも予想出来とったやろ』
諦めて地面に座り込む。
何かを準備していたミネルヴァは、叛乱兵が撤退した事により、それを中断する。
クロークを羽織ったシェウトが目の前に現れて、手を差し出してくる。
その手を掴むと、軽々と体ごと持ち上げられる。
「一先ずは、ストレント王都に引きましょうアルカナさん。ミネルヴァさん、お願い出来ますか?」
シェウトに担がれて、龍の姿になったミネルヴァに乗せられる。
白龍は翼を広げて、力強く離陸する。
アルマと言い、ミネルヴァと言い、離陸の勢いが容赦無い。
角を仕舞ったシェウトの顔を見ていると、瞼が重くなって、そのまま意識を落とす。
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