戦場に咲いた妃

ストレント帝国王都、約一万の騎士は、迫り来る八万を迎え撃つべく、準備を進めていた。


空は緋色に染まりつつあり、自己主張の強い一等星が、閃光の様に輝いている。


「皇帝陛下。シグルド様とラグルド様が帰還致しました。また、植民地としていた地域は、次々と民が武器を取って、この王都に向かっております。その数、約二万」


意気消沈した騎士が、覇気の無い様子で報告に来る。


「合わせて約十万ですか。ここまでですね、貴方たちは逃げて下さい。民の避難は完了しています。今や、この王都を守る必要はありません」


「伝えるだけ伝えます。ですが、私最期まで皇帝陛下と御一緒に居る所存です」


言うと、騎士は部屋から出て行く。


その騎士と入れ替わりで、騎士が駆け込んで来る。


「皇帝陛下。ティエオラ殿自ら出向き、アーマクス王都が陥落したとの事。そして、南タリアス本国から、アルカナ殿が二千の兵を率いて……このストレントに向かっているとの事!」


「二千って、死ぬ気ですか……あの子は」


七凪は立ち上がると、自室から出て、武器庫に向かう。


武器庫の中から槍を持ち出し、自室に飾ってある、ストレント帝国の紋章が施された段幕を剥がし、柄の先端に括りつける。


「皇帝陛下、何をなされているのですか」


「私が前線に出て指揮を執ります。ストレント帝国の女帝として、私は必ずこの国を勝利に導きます!」


「中央広間に騎士を集めて下さい!」


「直ちに!」


騎士が走って行き、呼びかけを始める。


胸の前で十字を切り、深く息を吸って、短く息を吐き切る。


「お姉様、わざわざ感謝します。ティエオラ様には申し訳ないことをしてしまいました」


「良いだろ、話したら快く受け入れてくれたしな」


窓から入って来た凛凪は、無気力な顔で答える。


凛凪は七凪の持っていた槍を机に置き、七凪を抱き上げる。


暫く無言なまま抱き締められて、床に下ろされる。


「どうしたのですかお姉様?」


「何でもない。久し振りに、お前の匂いと感触を感じたくてな」


「最期じゃないですよ。これはストレント追撃戦の前哨戦です。ここからが本番ですよ」


「だが、一万でどう防ぎ切るんだ? アルカナが来ても二千だ、消耗したストレントの兵が全員戻っても、八万には届かないだろうし」


凛凪は背中にかけていた二本の槍を地面に置き、ベッドに身を投げる。


「ストレント帝国を侮り過ぎですお姉様。うちには優秀な参謀が居ますから」


この前までは、自分の事をまず頼りにしていてくれていた七凪が、暫く会わない内に違う人物を口に出した。


自分の中に長い間無かった感情が生まれ落ち、少し戸惑う。


「そう……か。私も居るからな」


戸惑いを押し退け、七凪の中に、自分と言う存在を放り込む。


「はい、お姉様を頼りにするのは大前提です。お姉様が居ないと、私は怖くて何も出来ません」


「そうか、有難う。私が先陣を切ろう、七凪は城の守りを固めていろ」


何よりも七凪が頼ってくれることが嬉しくて、前線に出たいという気持ちが強くなる。


「皇帝陛下、ネイト様がお呼びです」


「お姉様、少し席を外します」


「ああ……」


七凪を持っていかれた気がして、再びもやもやしたものが広がる。


振り払おうと、背中の槍を一本手に取り、思い切り振り抜く。


振り切った槍は、狙っていた虫に当たらず、窓から逃げ出す。


切り裂けなかったもやもやが広がっていき、同時にイライラまで噴き出してくる。


窓から飛び降り、馬小屋から馬を借りる。


王都から出て、西にあるノネット平原に向かう。


「お姉様、戻りまし……た?」


部屋に戻って来た七凪は、凛凪の姿が部屋に無いことに気付き、不安を抱く。


「すぐにお姉様を探して下さい。まだ遠くに行っていない筈です」


「はい!」


廊下を歩いていた騎士にそう言い、開いたままの窓の下を見る。


下には当然何も無く、芝と土、自生している花だけしか確認出来ない。


「シグルドとラグルドに二千を付けました。恐らくノネット平原で見つかると思われます」


部屋に入って来たネイトは、溜め息を吐きながら七凪を見る。


「お姉様が御迷惑をお掛けします。ですが、私にとってお姉様は、こちらの世界でたったひとりの肉親です」


「分かっていますよ皇帝陛下。私もたったひとりの家族を守る為に、軍人になったのですから」


それだけ言うと、ネイトは部屋から出て行く。


ーーーーーーーー


ノネット平原を馬で駆けながら、向かい来るポーラロード軍を探す。


槍を両手に携え、ストレント帝国の軍旗が施された腕章を、左腕に巻き付ける。


額には聖家の紋章が付けられた鉢巻を巻き、生前の聖冬から貰った髪飾りを、服に刺す。


「あれがポーラロード軍か。数が多いだけの拍子抜け集団か、ストレント以上の脅威か」


見えてきたポーラロード軍の先頭集団に、槍先を向ける。


槍先が太陽光を反射し、銀色に輝く。


光の灯った槍を見て、凛凪は左眼に違和感を覚える。


焼けるような痛みに左眼を襲われながらも、敵から目を逸らさず、真っ直ぐに見据える。


「さあ、掻き鳴らそうか。この衝動のまま」


痛む左眼を閉じて、心を一旦鎮める。


衝動を自分の中に閉じ込めて、馬を止める。


馬から下りて、槍を地面に突き立てる。


爆薬が開発されたのなら、手榴弾も惜し気無く使える。


進行方向に立つひとりの者目掛けて、その存在に気付いたポーラロード兵が、次々に武器を抜く。


凛凪は両手に手榴弾を持ち、接近する騎馬の足下に投げる。


「私とお前たちで、激しいドッグファイトをしようか!」


突き刺さっていた槍を持ち、単身土煙の中に突っ込む。


突如発生した爆発に、混乱したポーラロード兵は、反撃をする者が居ない。


やはり拍子抜け集団だと落胆し、急激に衝動が冷める。


甲高い音が土煙の奥から聞こえる。


凛凪はその場から飛び退き、集団の外に出る。


「優秀な狙撃手か。楽しませろよ!」


矢が飛来した方向に走り、呆然と止まっている兵を、散らかった机の上のゴミのように薙ぎ払う。


その進撃を止めようと、次々と矢が飛んでくる。


それを全て叩き落とし、右手に持っていた槍を、狙撃手が居るであろう方向に投じる。


土煙が収まると、狙撃手に囲まれていた。


狙撃部隊の中心に居た騎士が、一歩前に出る。


「その腕章の紋章、ストレント帝国の騎士だな」


「見て分かるなら聞くなよ。手前の目だけを信じろ」


槍を地面に刺し、両手を上げる。


「敵に説教とは、随分と親切な騎士だな」


矢を番えた騎士は、合図と共に矢を放つ。


上げていた右手で矢を掴み、槍を持って突きを放つ。


騎士は突きをかわした為、馬から落ちる。


「化け物かよ」


落ちた騎士は、首が飛んだ馬を見てそう溢す。


賭けの一撃が外れて、地面に叩き付けられる。


それを見た狙撃隊は一斉に矢を放ち、敵を排除しようとする。


狙撃隊の目の前で爆発が起こり、爆風で、矢が凛凪を避けて地面に刺さる。


体を誰かに持ち上げられ、雑に馬の背中の上に投げられる。


背中の上に誰かが乗り、そのまま王都の方角に走る。


「誰だよ。私の上に乗るな」


凛凪は上に乗っている人物に、声を掛ける。


「助けてやったのに随分と口が悪いな凛。何処に向かえば良い、どっちだ。ここは全く知らない地形だ」


「このまま真っ直ぐ行けば街と城がある。何であんたが居るんだ妃咲部」


雨宮家、雨宮秋奈のお付きである妃咲部に問い掛けると、頭を鷲掴みされる。


「分からない。秋奈様が失踪してから行方を追っていたらここに来た。どうすれば良いのか分からず歩いていたら、何と目の前で騎士が行進してるではありませんか。その時一人で突っ込んでいった馬鹿を助けた。まあこんな感じかな」


わざわざ嫌味まで織り交ぜて、丁寧に経緯を話してくれる。


反論しようにも、たった一人で八万に突っ込んだのは、誰から見ても自殺行為にしか見えない。


その争いの中心に居たにも関わらず、助けに来てくれた妃咲部に反論しようなど、現状況では、考えられない。


「久し振りに戦えるから、テンションが上がったんだよ」


「はいはい、七凪の周りの人間に嫉妬ね」


痛いところを突かれて、もはや誤魔化す気も起きなくなる。


「そうだよ……悪いかよ。私には七凪しか居ないんだ」


「悪くは無いさ。唯、あまりあの子に心配かけるなよ。お前は無駄に子供っぽいんだから」


頭を掴んでいた手に撫でられ、完全に戦意喪失する。


昔から何でも見通す妃咲部に、隠し事をして隠し通せた覚えが無い。


それは自分が物心つく前から、一緒に居ただけでは無いと思う。


妃咲部には色々なものが見えていて、常にその者の心に寄り添うからこそ出来ることなのだろう。


「三十四にもなって、まだ子どもを作らない気なのか? そろそろ私を娘代わりにするのをやめてくれ」


「私にとって、聖家と雨宮家の全員が子どもみたいなものだ。お前たち以外に求める気は無い」


「なら、私たちに出来るであろう子どもの為に、妃咲部の子どもが居ないといけないだろ」


「悪い、私の太股に銃があるだろ。それで追手を頼む」


左に首を捻ると、少数で編成された追撃隊が来ていた。


「ならその尻を退けてくれ。少々大き過ぎる」


「失礼な奴だな。その銃の使い方は昔教えた通りだ」


「いつの話だよ。私が十四の時だろ」


妃咲部の太股に差してあるベレッタを取り、妃咲部の背中にもたれて座る。


軍人だった頃の妃咲部に教えて貰った時の記憶を引き摺り出し、両手で構える。


標準を馬の脳幹に当たるように合わせる。


人差し指で引き金を引くと、衝撃と共に、紅い色の弾丸が銃口から吐き出される。


ジャイロ効果で、真っ直ぐに直進する弾丸が、馬の眉間に突き刺さる。


「しっかり覚えているじゃないか。その様子なら、私が教えた体術もサボっていた訳じゃなさそうだな」


「七凪の為に磨いていただけだ。妃咲部は関係無い」


「はいはい。七ちゃんの為にね、シスコンもいい加減にしろっての。前から違う鎧の色の騎士が来たぞ」


「私の仲間だ。私の腕に付いている腕章を見せれば良い」


妃咲部は腕章を腕から取ると、それを振って、ストレント騎士に、敵意が無いことと、仲間であることを伝える。


救援に来たストレント兵の協力で、追手が直ぐに殲滅される。


「凛凪様。私はシグルドと言います。以後お見知りおきを。皇帝陛下からの御言葉です。「単騎で行かれるのは危険なのでやめてください」だそうです」


シグルドと名乗る騎士はそれだけ言うと、救援に来た騎士と一緒に、王都に引き返して行く。


「助けるつもりが、助けられちまったな。全く、世話の焼ける姉さんだな」


「五月蝿い。反省してるんだ、三十四歳は黙ってろ」


妃咲部に全体重を預けて、そのまま目を閉じる。


「テンションが上がって単騎駆けって。可愛いやつだな。それを聞いたら七凪も許してくれるだろう」


「そうであれば良いけどな。南タリアスが責任を負う事になるかもしれないのが心配になってきた」


憧れの人の背中で、こうして揺られているのが落ち着き、寝落ちてしまいそうになる。


妃咲部に反抗した態度を取っていると、時折申し訳なくなるが、かと言って憧れているとは、寝言でも言えない。


それも見透かされているかもしれないが、妃咲部はそういう事を全く口にしない。


それもまた、自分にとって憧れの大人の姿になる。

















































  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る