瞳の中の創造神
南タリアス、王都アントラの王城、カザハナ城の最上階。
最上階の一つしかない部屋で、アイン・ルーシュは幽閉されていた。
ティエオラがその部屋に入ると、アインは極度に警戒する。
「何の用ですかお姉様。それ以上近付かないでください、あの時は不覚でした」
「君を北タリアスに帰してあげるよ」
「何を企んでいるのですか。情のつもりですか」
「勘違いしないでほしいな、僕は君を有効に利用するだけだよ。取り引きのカードとしてね」
その言い方が癪に障ったのか、アインは椅子から立ち上がり、ティエオラに詰め寄る。
ティエオラの左眼に紅い炎が灯り、眼の色が真紅の色に変わり、紅玉の様な光を放つ。
アインは床に膝をつき、拳を握って抗う。
「くっ……貴様……」
「立場を考えるんだ、僕が上、君が下だろう?」
それだけ言い、ティエオラは部屋から出る。
階段を下りたところで、壁に寄り掛かっていた秋奈は、一枚の書状をティエオラに渡す。
「グランフリートが申し出を断ったわ。アインを受け取らないと。でも、アーマクスの件が終わるまでは、手出しはしないって」
「狙いは分からないけど、手出しをしないのなら安心だね」
「アルカナの容態は?」
「今は寝ているけど、明日には目を覚ますよ」
「そう。私は貴女を許さないわ。危険と分かっていながら行かせた事。アルカナに無理をさせた事。色々あるけど、全て許さないから」
秋奈はそれだけ言い、廊下を歩いて行く。
アルカナの部屋に入ると、ベッドの上で、眠姫の様に眠っているアルカナの寝息が聞こえてくる。
秋奈はアルカナの体を押して、寝返りを打たせる。
軍服に付いている、蝶の髪飾りを外して、脇にある机の上に置く。
「気分は如何? やっぱりあの頃が恋しい? 私は戻りたいわ。聖冬が居て、冬が本当に笑っていて、凛凪と喧嘩して鈴鹿に怒られて。七凪と本を読んで、都子と言い合って聖冬に仲裁されたり。冬は如何? もうアルカナか……」
反応の無いアルカナの頬に口付けして、アルカナの椅子に座る。
机の上に置いてある書類に目を落とし、書類仕事に集中する。
二枚ほど書類を片付けると、どうしてもアルカナが気になる。
集中しようと頭を振るが、書類の字が目に入らない。
椅子から立ち上がり、アルカナの隣に腰掛ける。
アルカナの頬に手を伸ばし、つるつるの肌に触れる。
アルカナの瞼が開き、頬に触れていた手を掴まれる。
「え? 明日までは起きないんじゃ……その眼」
「どうしたんだ、そんなに驚いて。私が起きたら不都合だったか?」
「いや、嬉しいけど。明日、目が覚めるって聞いてたから……」
きょとんと座っている秋奈と見つめ合っていると、突然部屋のドアが開く
書類を抱えていた都子が、気にせずに部屋に入って来る。
「御兄様、私の書類を確認してください。ああ、見つめ合いが終わってからで構いませんよ」
「別に何もしてないぞ、私が寝ていたから付いていてくれただけだ。今起きたところでな」
「それは良いけど、何で左眼が紫色なの? それに、毛先が蒼色になってるし」
左眼は確認出来なかったが、毛先を見ると、人工では不可能なくらいに、鮮やかで綺麗に染まっていた。
「え……えー。結構白い髪も気に入ってたんだがな。聖冬と一緒の色だったのに、少し残念だな」
少し方向がばらばらになってきた毛先を弄って、ベッドから起き上がる。
「二人とも手伝ってくれ。家族を返してもらいに行くぞ」
机の上に置いてあった髪飾りを軍服に付け、その隣に置いてあった短刀を腰に差す。
何も言わずに準備を始める都子と、何が何だか分からず、固まっている秋奈を置いて、部屋から出る。
シェウトたちが居る部屋に行く。
ノックをしてドアを開けると、三人が同時にこちらを見る。
「どうしたのでしょうかアルカナさん」
「今からシェウトの妹を助けに行くよ。私たちの家族を迎えに行って来る」
「帰って来たら、この子たちの名前見てくださいね。いえ、きちんとこの子たちの名前を呼んであげてくださいね」
シェウトの言い方からすると、必ず帰って来いと言っている様に聞こえた。
「楽しみにしとくよ」
まだ名前を知らない子たちが、足にしがみ付いて来る。
二人の頭を撫でて、シェウトに預ける。
部屋から出ようとドアノブに手を掛けると、腰周りに腕が巻き付く。
シェウトが後ろから抱き着いてきており、暫くそのまま時間が過ぎる。
「今日は、帰って来るまで待ってます」
「一秒でも早く帰って来るよ」
シェウトの頭を撫でると、背伸びをして頭を撫で返される。
部屋を出て自室の窓から飛び降りる。
下に繋いであった馬の綱を切り、馬を出す。
先に城門前に到着していた都子と秋奈が、待ちくたびれたと言う顔で、アルカナを見る。
ーーーーーーーー
「ティエオラ様、庭に少女が居たのですが」
ティエオラの部屋に入った凛凪は、シェウトと同じ年齢くらいの少女を連れていた。
「聞いていたよ、少女が来たら迎えてくれって」
「昨日保護したのですが、少々言っている事が理解出来なかったので」
「名前と年齢はどうなのかな、良ければ教えてくれないかい」
「……」
怯えている少女は黙り込んだままで、何も喋ろうとしない。
暫く沈黙が続くと、凛凪が欠伸をする。
「私はもう良いでしょうか、自室で寝たいです」
この場の空気を無視した発言に、傍に控えていたエルトが怪訝な顔をする。
「わ……私は、アルカナさんが来るまで、何も言いません」
ティエオラが固まり、手に持っていたペンを机に落とす。
エルトは何も気づいていない様で、床に転げ落ちたティエオラのペンを、素早く机の上に戻す。
凛凪はもう一度欠伸をして、興味無さそうに目を擦る。
「たらしにたらしまくるね……しかも少女ばかり、僕に興味が無いのは、僕が何千年も生きているからか」
ティエオラは一人で何かを喋っていて、自分の世界に入り込んでいる。エルトは出来た書類を纏めている。凛凪は立ったまま寝ている。
纏まりの欠片も見られない部屋に、たった一人で取り残された少女は、棒立ちのまま動けないでいる。
ティエオラは立ち上がり、エルトの手を取る。
「アーマクスに行くのはやめだ、アルカナなんて、吹き飛ばされれば良かったんだよ」
「グランフリート様にもう言ってしまいましたよ、待ってくれるとも言っております」
「アーマクスの所為だ、そうだ。やっぱり行こう、僕が最前線で戦おう」
「貴女様が最前線でですか、ティエオラ様は戦ったことが無いのでは? 我々にお任せ下さい。アルカナと都子、そしてこのエルトが死力を尽くして……」
「今すぐに出るよ、軍はいらない。僕とエルトとアルカナ、都子と秋奈とアルマとタイム。凛凪もだ」
ーーーーーーーー
「帰還命令? ティエオラ。シェウトの妹はどうするんだ」
左眼と髪に異変が現れてから、どれ程離れていても、ティエオラから直接声が聞こえてくるようになった。
今回はそれを使って、情報を集めていた途中に、帰還命令が下された。
向かいの店で、情報を集めていた都子と秋奈を呼び、城に向かう。
「アーマクスに向かう気? シェウトの妹はどうするの、家族を後回しにするつもり?」
「私は反対よ。途中で任務を投げ出すなんて、雨宮の名に泥を塗ることになるわ」
「という訳だ、私は断るよティエオラ。都子と秋奈がそっちに行く。この声は聞こえているんだろ、そう言う事だ」
アルカナの声を聞いたティエオラは、納得のいった顔で馬を踵で軽く蹴る。
「君が来るって言ったら、僕は怒るところだったよ」
「今も十分怒ってるだろ。終わったら直ぐそっちに向かう、報告のやり取りはこの眼で」
「一つ言えば十分かるから、説明しなくて助かるよ」
「どうせこれからも、ずっと一緒に居ることになるんだろ。なら相手のことは分かっておきたい」
「それはプロポーズと受け取ったよ。僕たちはもう行くから、アウト」
最後に気になる事を言うだけ言って、ティエオラは会話を強制的に終わらせる。
黄昏時の鐘が王都に鳴り響き、外で遊んでいた子どもが、次々と家に帰り始める。
帰って行く子どもを見ていると、上空を黒い大きな影が通過する。
オレンジ色に染め上げられた空を見上げると、大きな翼を広げた黒龍が、アーマクス国の方向に飛んで行った。
『不味いぞ、暗くなったら聞き込みが出来へんなるぞ』
「いや、次の犯行場所は分かった。それよりも、シェウトが付いて来てる」
『今すぐ返せばええやろ、今自分を守るのでも精一杯やろ』
家の陰から覗いていたシェウトに手招きをすると、観念した様な顔で出て来る。
「帰りなさい。とても危険だぞ」
「御断りします。頼んだ身で申し訳ないのですが、私の妹です。何もしないのは姉として嫌なんです」
シェウトは細身の剣を握り締め、一人の騎士の様な、たくましい顔をする。
道の端にシェウトを連れて行き、なんとか説得を試みる。
「待っていると言ってただろ。シェウトは何もしていない訳じゃない、助けてって人に言うのは、なかなか出来ない事だぞ」
「でも私は頼ってばかりは……」
「離して下さい!」
教会の裏手から、アトリの声が聞こえてくる。
「取り敢えず付いて来なさい」
シェウトと一緒に、教会の裏手の道に入ると、倒れているアトリと、麻袋を抱えて走る男の姿が見えた。
「アトリさん、大丈夫ですか?」
倒れているアトリを抱き抱え、意識があるか、確認をする。
「ラキアが、ごめんなさい」
「シェウトアトリさんを頼む」
アトリをシェウトに任せ、ラキアを連れ去った男の後を追う。
男の後を追っていると、男が一軒の家の中に入る。
アジトを確認することが出来たので、そのままの勢いでドアを蹴り開ける。
「ラキア!」
入口付近に立っていた男を斬り倒し、麻の袋を開ける。
「カナさん……怖かったです」
泣いているラキアの涙を拭うと、背後で物音がした。
「動くな、こいつの顔がぐちゃぐちゃになるぞ?」
振り返ると、丸太の様な腕をした男が、シェウトにナイフを突き付けていた。
「ラキア、目をぎゅっと瞑ってなさい。私が言うまで開けては駄目ですよ」
ラキアは言われた通り、目を強く瞑る。
「はい」
「良い子だ、よしよし」
ラキアの頭を撫でると、ラキアは跳ねて喜びを表現する。
「腰の剣をこちらに渡せ」
「取りに来いよ」
剣を手に持ち、男の方に突き出す。
男が近付いてくるのを見計らって、ゆっくりと右手を、太股のコルトガバメントに伸ばす。
男の右手が、シェウトの首元から離れた瞬間、コルトガバメントを抜き、引き金を引く。
真紅の弾丸は、男の左足首に着弾し、周辺の骨を砕く。
体勢を崩した男は、地面に倒れ込み、起き上がる事が不能な状態になる。
シェウトが胸に飛び込んで来て、体をぎゅっと抱き締められる。
「ごめんなさいアルカナさん。御迷惑を掛けてしまって、私……アルカナさんに……」
「全くだ。私は待っていろと言った筈だろ、二度も約束を破ったんだ。それなりに罰は与えるからな」
「どんな罰でも受けます。ごめんなさい、足を引っ張ってしまって」
「後で幾らでも泣かせてやるから、今はラキアを抱っこして付いて来てくれ」
シェウトの頭を撫でて、頬を伝う涙を拭う。
シェウトは泣くのを止めて、ラキアを抱っこして後に付いて来る。
家の奥に続くドアを開けると、五人の少女と、三人の少年が手足を拘束されていた。
「シェウト、妹の確認は後にしてくれ。今は一秒でも早く王城に戻ることを優先したい」
「分かりました」
全員の拘束を解き、家を脱出する。
外は完全に暗くなっており、裏通りには、人気が全く無い。
シェウトとラキアが先頭、次に今回救出した子どもたち、最後尾に自分と、 一人も迷子を出さない様に、厳重警戒して王城に向かう。
「アルカナさん、大通りに出ましたよ」
シェウトが言うと、王城前の大通りに出る。
ヘリオライトの街頭の光に包まれて、緊張していた気持ちが、少しだけ緩む。
「ラキア、もう開けて良いぞ。シェウト、城門まで行ったら、クラウスという騎士が門番をやっているから、その人に保護してもらいなさい。その後自分の部屋にこの子たちを頼む。私はラキアを送ってくる」
「気を付けてくださいねアルカナさん。今度こそ待っています」
ラキアを抱っこして、城門の前まで同行し、クラウスがこちらを見たのを確認して、教会に向かう。
「ラキア、お前も男の子なんだから、簡単に泣いたら駄目だぞ」
「カナも、泣かせたら、めっ!」
「は、ははは。それはすまんな。気を付けるよ」
ラキアはシェウトの事を言っているのだろう、痛いところを突かれて、思わず笑ってしまう。
笑っている顔を見て、ラキアも笑顔になる。
協会の前辺りまで来ると、時報塔の鐘が、九回鳴り響く。
教会の扉を静かに開けると、アトリが膝まづいて祈っている姿が見えた。
「アトリー!」
ラキアは腕から飛び降り、アトリの下に駆けて行く。
立ち上がったアトリは、ラキアの姿を見るなり、目の中から涙を溢れさせる。
その姿を扉の隙間から見て、扉を閉める。
教会から王城に向かおうとすると、アルトリアとカミラが、教会の前に立っていた。
「よお、お疲れさんアルカナ」
アルトリアがポケットに手を入れて、笑顔で前に歩いて来る。
「何であんたらが居るんだ」
「私たちも、人さらいの本拠地を探ってたのさ。あんたが今日潰したのは下請けみたいなもの」
「んで、俺らは人さらい組織の本部を特定して、ティエオラの命令で潰してきたところだ。帰る途中にお前を見かけたからな、こうして声をかけてみたんだよ」
アルトリアとカミラの後ろをよく見ると、十人以上の子どもが立っていた。
暗い所為もあり、何人の子どもが居るのか、はっきりと確認出来ないが、自分たちが今回助けた数よりも、倍以上は居る。
「任務の途中なら寄り道しないで、子どもたちを安全な場所に、早く連れていってあげて下さい」
これ程の大きな力の差を見せられ、劣等感を感じさせられる。
この中にシェウトの妹が居るかも知れない、そんな事を考えながら、ひとりずつ顔を確かめる。
全員の顔を確認したが、ピンとくる子どもは見つからなかった。
「では、アルトリアさん、カミラさん。私は帰還致しますので」
「おいおい、この子たちを城に連れてってやってくれ。俺たちは違う任があるからな」
「断らせて頂きます。私も寄りたい所があるので、任は最後までやり遂げて下さい」
鍛冶屋に剣を発注したいので、アルトリアとカミラを置いて、大通りを歩く。
「ほらあんたら、あの人がお城に連れてってくれるよ。付いて行きな」
背後からカミラの声が聞こえると、数十人の子どもが、後を追いかけてくる。
「カミラさん……はぁ。お前たち、はぐれるなよ」
「寄り道せずに王城に向かうんだよ」
カミラの声が背後から飛んで来るが、それを無視する。
寄り道せずに王城に帰ると、門番を交代したクラウスが、後ろから後を追って来る。
「アルカナさん、今回は随分と多いっすね」
クラウスは少女を持ち上げて、高い高いをする。
「触るな、下ろせ。お前の性格が伝染ったらどうしてくれるんだ」
少女を取り返し、しっかりと腕で抱っこする。
「まるでこども園ですね。似合ってますよ先生」
「そうだな、私は騎士を辞めるよ。じゃあ、私はこの子たちを入浴させるから」
「騎士を辞めるのですか。今辞めてもらうと正直キツイです。アルカナさんたちのおかけでもあって、やっと国としても立ち上がりかけているのに」
「今すぐじゃないけど、その内な」
突然真面目な口調になって、まともな事を言うクラウスの姿に驚かさせられるが、未来の話なので、これ以上広げ様が無い。
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