エウテルペ
三人の少女の服を買ってから、エルトと一緒に王城に帰る。
「それで、君たちは、子供を三人も作っていたと……」
ティエオラは説明を全て無視し、三人の少女を見る。
「ティエオラ様! 説明を無視しないで下さい。私たちはこの子たちを保護しただけです」
「そうですティエオラ様、私たちはそんな関係に無いですから……あー、はい」
エルトと口付けをした事を思い出し、唇を指で押さえる。。
それを見たエルトが、剣を首に突き付けてくる。
「エルト、この子たちの前で剣を出……」
「カナン、この男は? お前が遅いせいだからな……ふーん」
ティエオラは何故か、知っている筈の無い言葉を口にする。
「何で……知って……」
「あんなにも長いキスを……僕は創造神だよ、記憶くらい容易く見られるさ」
ティエオラは指先と指先を全て合わせて、顔の前に手を移動させる。
「あ、あれは……違います。私はティエオラ様だけを想っております」
「エルト、こっちにおいで」
ティエオラが呼ぶと、エルトは直ぐにティエオラの横に行く。
ティエオラはエルトの顎を指先で撫でて、そのまま引き寄せて、口付けをする。
急いで三人の目を塞ぎ、ティエオラとエルトを、見えない様にする。
「後ろを向いて、私の部屋で待っていて下さい。場所は廊下で歩いている騎士に聞いたりして、私の部屋を見つけて。中には沢山人が居ると思うけど、皆良い人だから」
そう言うと、三人はドアを開けて出て行く。
それをしっかりと見送った後、ティエオラとエルトの方に向き直る。
二人はまだ続けていて、凄く居心地が悪い。
その姿を長々と見せつけられた後、エルトが満足そうに部屋を出て行く。
部屋に二人だけとなり、嫌な予感がする。
「あの子たちをどうする気なんだ?君が育てるのかい? 君で親が務まるのかい?」
ティエオラが立ち上がり、目の前に歩いて来る。
「分かりません。私に出来るのは、あの子たちに不自由をさせない様に、援助する事です」
「城の空き部屋は提供するよ、僕も暇があれば、その部屋に顔を出すよ」
「御心遣い感謝致します。出来るだけ、貴女様のお手を煩わせないよう、私が面倒を見ていきます」
話が終わって部屋を出ると、秋奈が、ティエオラの部屋の前に立っていた。
その手には大量の紙と、大量の眠気覚ましの空を抱えていた。
いつも大きな瞳には、光が入っておらず、夜更しをしている、子供の顔になっている。
「どきなさいよ、この書類の角で殴るわよ」
秋奈の抱えている書類を取り上げると、秋奈が大きくふらつく。
手を掴んで引き寄せると、想像以上に軽い秋奈が、胸に突進して来る。
引き寄せる勢いが強過ぎて、扉に、背中から突っ込む。
背中で扉扉を押し開け、ティエオラの部屋に倒れ込む。
「私たち二人、休暇を貰うぞ」
無表情で、特に驚いた様子の無いティエオラに、苦笑いで言う。
秋奈を壁にもたれかけさせて座らさて、散らかった書類を集めて、ティエオラの机に置く。
「御苦労だね。あの子、君が居なくなってから、不安を消すにはあれが一番って、誰の言うことも聞かなかったんだ。じゃあ、休ませとてあげると良いよ」
扉を閉めると、秋奈が立ち上がり、ふらふらと廊下を歩いて行く。
「待て秋奈、何処に行くんだ」
「私は書類を片付けるの、誰か知らないけど、私の邪魔をするなら……消すよ」
今までに見た事の無い程の冷たい目をしている。
ゆっくりと動く手が、剣の柄を握る。
が、秋奈は壁に向かって話し掛けており、かなり深刻な状態になっていた。
「アルカナだ、ティエオラに休暇を貰ったから、部屋で休むぞ」
危険なので剣を取り上げ、お姫様抱っこで廊下を歩く。
抱えられた秋奈の足は動き続けている。本人は今も歩いている気なのだろう。
部屋の前に着き、ドアをノックすると、ぱたぱたと足音がして、ドアがゆっくりと開く。
少し開いたドアから顔を覗かせたのは、子供用の玩具を持ったアルマだった。
「アルカナさん、いつお帰りになったのですか? 都子様が部屋から出て来なくなってしまって、私はフユちゃんと秋奈様と、一緒に寝たんですよ」
「その件については悪かったよ、帰った後、直ぐに命令が下ったのでな。顔は出そうとしてたんだが、出来なくてな」
部屋に入れてくれたアルマは、フユを抱き抱えて、子供用ベッドに寝かせる。
「秋奈さんが全く寝ないので、私は昼はフユちゃんと遊んで、夜しか眠れなかったのですよ」
アルマは寝転がっているフユに、振るとカラカラと鳴る玩具を渡し、こちらに向き直る。
「あー……それはもう通常の生活を送っていたんだな。隣で秋奈がボロボロなのに、平気で寝れるのは凄いと思うよ」
健康的な生活を聞かされ、更にはフユと遊んで、充実していたと聞かされる。
「秋奈さんを早く寝かせてあげてください、私が寝かせますので」
アルマが黒い翼を広げ、怪し気な手の動きをさせる。
「危害は加えるなよ。都子の部屋に顔を出して来るから」
廊下に出て、向かいの部屋のドアをノックする。
「名前と所属と家の名前と年齢、あと使う武器と好きな食べ物、アルカナの居場所を答えなさい。これが出来ないのなら消えなさい」
言葉のマシンガンが、ドアを隔てて乱射される。
秋奈と言い都子と言い、どちらも精神的に病んでいるみたいだ。
「名前はアルカナ、一応南タリアスの騎士。家の名前は聖、年齢は十六歳、得意武器は銃と剣、好きな食べ物は洋菓子。アルカナは此処です」
ドアが勢い良く開き、中から乱れた髪の都子が現れる。
手にはコルトガバメントを握っており、部屋の奥には、銃を手入れする道具が並んでいた。
「アルカナの声、姿も一致。綺麗な長い髪、整った顔、それ程高くない身長」
「高くなくて悪かったな、成長期真っ只中だから期待してろ」
都子を抱き締めると、ずるりと腕から抜け落ちて、地面に倒れる。
抱え上げて、自分の部屋に運ぶと、アルマが秋奈を翼で包んで、一緒に寝ていた。
都子を片手で持って、空いた右手でアルマの首根っこを掴んで、秋奈から引き剥がす。
「ああ、乱暴は駄目ですよ〜。私は良い反応を出来る自信が無いですから」
「五月蝿い黒竜姫、危害を加えるなと言った筈だろう。あんたでも容赦しないぞ」
アルマは親に咥えられた子猫みたいに抵抗しない。
「失礼ですね〜、私は眠れる様に補助していただけですのに」
「なら都子も頼む、包んでも良いけど危害を加えるなよ、あんたも寝て良いから」
都子を秋奈の隣に寝かせて、その隣にアルマを寝転がせる。
女装から軍服に着替え、部屋を出る。
あの三人が居ないということは、まだ迷っているか、あの空気に耐えられなくて逃げ出したかのどちらかだろう。
廊下から歩いて来たラグルドを捕まえて、三人を見たか聞いてみたが、見ていない様だった。
エルトの部屋、ティエオラの部屋の、訓練棟、馬小屋、色々探し回るが、全く見つけられない。
中庭に出ると、三人が木の下で座っていた。
「お前たち、こんな所に……」
少し上がった息を整え、三人に近寄るが、怯えた顔をして、一人が目に涙を浮かべる。
予想外の反応に、思わず足が止まる。
「誰ですか、それ以上近寄ると……人を呼びますよ!」
真ん中の少女が立ち上がり、二人を背に隠して、震えながら叫ぶ。
近くにあった木の棒を拾い、それをこちらに向けて立ちはだかる。
「アルカナだって、エルトと一緒に君たちを助けた」
少女は木の棒を落とすと、即座に頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。服が違って、雰囲気が変わっていたので」
「構わないけど、すまないな。部屋に居たのは良いやつらじゃなかったな」
「ごめんなさい。あの方たちを見て、直ぐに逃げて来てしまいました」
「いや、正解だ。良くやった」
笑って親指を立てると、少女は焦り顔から、笑顔に変わる。
それを見た二人も、警戒心を解いてくれたようで、こちらをじっと見つめている。
「あの、私の妹も捕まえられたのですけど……助けて、頂けますか」
勇気を振り絞って言ったのだろう、その目には先程とは違い、確かな決意が宿っていた。
その瞳に見覚えがあったが、斑鳩が『考えるな』と、小さな声で言った気がした。
その時点で思考を切り替え、目の前の事に集中する。
「ああ、必ず助けるよ。流石お姉ちゃんだ」
頭を優しく撫でると、嬉しそうに目を瞑る。
後ろにいた二人の頭も撫でると、嬉しそうに目を瞑って、両腕を掴まれる。
片腕ずつに、くっ付いている二人に引っ張られ、四人で中庭から出る。
「ジャンプ!」
右腕に引っ付いている少女が、ぴょんぴょん飛び跳ねながら言う。
「名前を言ってからならしてやる」
「名前無いもん」
「そうか、やるぞー」
飛び跳ねると同時に、右腕を上に上げて、少女を持ち上げる。
長い間浮遊し、地面に着地すると、嬉しそうに飛び跳ねる。
「私も!」
「名前は?」
「分からない!」
「良い返事!」
飛び跳ねると同時に、左手を引き上げる。
長い間浮遊した少女は、地面に着地すると、もっとやれと言わんばかりに、地面を力強く蹴る。
「アルカナさん、何故私たちを助けて下さったのですか?」
後ろを付いてきていた少女は、不意にそんな事を聞いてくる。
両腕を交互に上げながら、その理由を考える。
「やっぱり、お前たちが可愛かったからかな……何てな」
「もう、真面目に答えてください」
後ろを歩いているので、反応は分からないが、恐らくムッとした顔をしているのだろう。
そんな事を考えていると、自分の部屋の前に到着する。
ドアを開けようとしたが、二人が引っ付いていて、ドアノブに手が届かない。
「済まない、ドアを開けてくれないか」
後ろを振り返ると、二人を見て、微笑んでいる少女が、視線に気付き、口の緩みを直す。
何事も無かったようにドアを開けて、こちらを全く見てくれない。
部屋に入ると、アルマに包まれた秋奈と都子は、ぐっすりと寝ていて、フユも静かに寝息を立てていた。
「皆寝ているから、向かいの部屋にしよっか」
「はい、起こしてしまうのも悪いですからね」
言うと、向かいの部屋のドアを開けて、入るまで開けていてくれた。
「ありがとう。名前と年齢は分かるか?」
部屋の中央に向かって歩いて来た少女に問い掛けると、考えながら、思い当たらないと言う顔をする。
「ごめんなさい、その二人とは、あそこで会っただけですので」
「いや、君の名前だよ。まだ聞けてなかっただろ」
「私ですか、シェウト・エウテルペです」
「シェウト・エウテルペか。恰好良い名前だな」
二人は腕から離れ、ベッドに飛び込んで、跳ねて遊んでいる。
紙とペンを机の上に出し、二人の名前を考える。
机を挟んで、シェウトと一緒に名前を考える。
「私の年齢は、十二歳です」
「成程、ちょっと出てくるから、名前考えてやってくれ。時計は机の上に置いておくから、晩御飯は九時から始まるからな。晩御飯は食堂棟に行ったら取れるから、二人の事も宜しくな。私が遅かったら構わず寝ててくれ」
少し心配だったが、シェウトなら任せられるので、自分は仕事を片付ける。
ティエオラの部屋に行き、外出許可を乞う。
「駄目だ、君は休暇中だろう。人探しなんて、どれだけ時間がかかると思ってるんだい?」
「記憶を盗み見るのは、あまり良い気分じゃ……」
「今の君の顔を見れば、記憶を見なくても分かるよ」
「なら、許可を下さい。私、放っておけないんで」
ティエオラは机の上に紙を置き、部屋から出て行く。
その紙を見ると、裏で取り引きされている子どもたちを、全員保護すると言う命令書だった。
その紙の端っこに、外出を許可と言う字が、ティエオラの手書きで書かれていた。
急いでティエオラを追い掛けるが、廊下に、その姿はもう無かった。
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