闇の深淵
ティエオラの部屋に運ばれた後、適切に処置を受け、完全に体が回復した。
あの後、何をされるでも無く、労いの言葉を掛けられて、ゆっくりと眠らせてもらった。
右腕に違和感は残っているものの、その他は、気持ち悪い程良く動く。
隣を歩くエルトは、居心地が悪そうに距離を開ける。
「何で機嫌が悪そうなんだ。ティエオラに呼ばれたら、あんたは飛んで喜ぶだろ」
「う、うるさい。嬉しいは嬉しい。お前と一緒なのが気に食わないのだ」
昨日の一件で、随分と嫌われてしまった様だった。
ティエオラの部屋の前に到着し、いつもの様にドアを三回ノックする。
「失礼致します。アルカナです」
「失礼致します。エルト・サンイルーチェです」
ドアを開けると、ティエオラの膝の上に、フユが座っていた。
その傍らには、アルマと都子が控えていた。
「二人揃ってとは、昨日の一件で、仲良くなってくれたみたいだね」
フユの頭を撫でながら、ティエオラが一枚の紙を、ひらひらと空中で踊らせる。
エルトと自分、それぞれに一枚ずつ渡され、その内容を確認する。
「謹んでお受け致します。必ず成功させます」
「アルカナと協力とは納得行きませんが、御命令であれば」
ーーーーーーーー
街の裏通りの店で客を装って、目標が来るのを待つ。
場に馴染む為、軍服ではなく、少し貴族みたいな格好をして来た。
入口の雰囲気は、少し上品な感じで、落ち着きのある内装をしている。
「あまりきょろきょろするなエルト。警戒し過ぎだ、ターゲットに気取られるだろ」
「分かっている。だが、出来るだけ客の顔。把握しておいた方が、後々気付くこともあるだろ」
身長がエルトより小さいアルカナは、男の格好でエルトの隣を歩くと、女にしか見えないとの事で、ティエオラの提案で、エルトが男装、アルカナが女装をして、今回の任務にあたっている。
「早く腕を組めアルカナ。胸を偽装するにしても、もう少し考えろ、小さ過ぎるだろ」
身長百八十に達しているエルトは、髪を後ろで束ね、少しでも男に寄せる。
少し育ち過ぎた胸は、何とか違和感を感じない程に潰したが、近くから見ると、少し膨らんでいる。
「そもそもお前が大き過ぎるからこうなるんだろ」
「五月蝿い、ちんまいの。何で身長が百七十無いんだ、髪も腰まであるし、おまけに顔は女にしか見えない。性別を偽ってるんじゃないのか?」
「まだ成長期だ。これから大きくなって、百八十にまでなってやる。十六歳の成長期を侮るなよ」
「腕を離すな、不審がられるだろ。私たちは恋人設定だ、私から離れるな」
髪を束ねているエルトは、普段の自分よりも男らしく見えて、三百六十度何処から見ても、美青年に見える。
エルトの姿を見ていると、自然と劣等感が湧き出てきて、敗北感しか感じない。
少しエルトを睨んだ後、エルトの腕を掴み、店の受付に向かう。
「二人だ」
「では、会員証をご提示下さい」
ティエオラの任務書に、会員証が必要と書いてあったので、店に入ろうとしていた客二人から貰った会員証を、仮面を付けた男性に見せる。
「では、お楽しみください」
男性は口元に笑みを浮かべて、静かに見送る。
暗幕を押し退けて店の中に入ると、入口とは違う雰囲気が漂っていた。
内装は大差ないが、入口よりも薄暗くなっていて、店の奥がよく見えない。
今回の任務は、ドレード時代からの裏取り引きを現場を、押さえると言う内容だった。
昔からドレードも苦労していた、人身取引組織で、ティエオラも良く思っていない。
「此処に本当に来るのか? それに、こんな格好しなくても、良かったんじゃないか?」
「この店は……その……だな」
エルトは口篭り、その先の言葉を続けようとしない。
「この店は、マフィアとかの巣窟なのか?」
「マフィアが何なのか分からないが。そのだな……恋人がイチャイチャしたり、恋人を見つける店なのだ。余興で人身取引がされる店なのだ」
「あー……なら、余興まで待ってないと駄目なのか」
「わ、私は少し店の中を見て来る。此処で待っていてくれ」
そう言うと、エルトは店の奥に歩いて行く。
『一人にされて大丈夫なんか、声掛けられるなんて事があったらヤバイぞ』
「そんな事な……」
「お嬢さん、一人?」
『キタァァーー!』
「人を待っていますので」
出来るだけ声を女声にして、カモフラージュする。
突然左手を掴まれ、手の甲を撫でられる。
鳥肌が立ち、今すぐ斬り飛ばしたくなるが、右手を強く握り、出来るだけ我慢する。
「良かったら、私と一緒に飲みませんか?」
「いえ、人を待っているので。とても困ります」
「そうですか。なら、一杯だけお付き合い下さい」
そう言うと、男はグラスを差し出すので、一杯だけ付き合うことにする。
酒は飲んだ事あるが、特に異常が無かったので。一気にグラスの中の酒を流し込む。
喉が痛かったが、吐き出すことも出来なかったので、何とか腹の中に収める。
その瞬間、頭がきゅっとなり、少し息が上がってくる。
意識が朦朧とし、立っているのがやっとな状態にまで陥る。
後ろに倒れそうになると、誰かに背中を支えられ、唇に何かが当てられる。
それは柔らかく、熱を持っている。
何とか目を開けて確かめると、エルトに口付けをされていた。
「待たせたなカナン、この男は?」
口を離したエルトは、体を支えながら、横に立っている男を指さす。
「エル……遅い。遅いからその男に絡まれた」
なんとか声を絞り出し、今度はアルカナから、もう一度エルトに口付けする。
エルトはそれを拒まず、腰に手を回し、支えながら暫く口付けをする。
それを見た男は、気まずくなったのか、足早にこの場を去る。
「何をされたんだ、ふらふらじゃないか」
エルトは床に落ちているグラスを確認し、全てを悟った様に、小さく溜息を吐く。
「大丈夫だと思ったんだよ。そもそもお前が遅いせいだからな」
「それは謝る。けど、断れないアルカナもアルカナだぞ」
エルトに抱えられて、椅子に座らさせられ、水を飲む。
暫く休んでいると、全ての光が落とされ、舞台にだけ明かりが灯る。
店に入った時から気になっていた光の正体は、光を放つ鉱石で、それに蓋を被せて、明かりを調節していた様だ。
照らされた舞台の上に、二人の男が出て来て、小さな箱を次々と舞台に運ぶ。
「これから、いつもの様に競りを始めます。今日は今ま出に無い程、上等な商品が手に入ったとの事です」
舞台の脇に立っている司会役が、淡々と進行を進める。
男のひとりが、一つ目の箱の蓋を開ける。
中から、小さな少女が、手首と足首を拘束された状態で入れられいた。
「五万から始めます」
「七」「十」「十三」「十五」「二十」「三十」
司会役が言うと、男や女が次々と数字を上げていく。
「四十!」
自分も手を挙げ、値段を言うと、その後誰も発言をしなくなる。
「四十で決定ですか……決定です」
司会役が言うと、舞台で立っていた男が、紙を渡しに来る。
その紙を受け取り、ポケットにしまう。
「おい、そんな大金何処にあるんだ」
隣でそのやり取りを見ていたエルトに、肩を掴まれる。
「大丈夫、何とかする。払う気も無いし。支払う時に全て片付ける」
「それでは次に参ります」
司会役の男が言うと、二つ目の箱が開く。
先程と同様、中には少女が入っていた。
「こちらは、七万からの開始です」
「六十!」
他の客が言う前に、値段を跳ね上げる。
こちらも先程と同様、誰も声を発することが出来ない。
「またまた貴女ですか、今回はあの女性の独壇場か?」
紙を渡され、それをまたポケットに入れる。
「ではラスト!」
「それも私が買います。やる意味はありません、御希望の御値段はいくらでしょうか?」
そう言うと、箱の隣に立っていた男が、驚いた顔をする。
「今回のは特に至上だ、百万で良いか?」
男が箱を開けて、中身を確認させる。
「構いません。では、取り引きを致しましょう」
部屋の奥に案内され、そこで三人の少女と、二人の男が待っていた。
三人の少女は怯えていて、顔を下に向けたまま、涙を流している少女も居る。
「じゃあ、金を渡して貰おうか。引き渡すのはそれからだ」
「それが、手持ちが無いんです」
「話が違うだろ!」
少女立ちを連れて、出て行こうとする男の肩を掴み、男の後頭部を、剣の鞘で殴り、気絶させる。
ドアを蹴破って入って来たエルトが、もう一人の男を気絶させる。
部屋の入口で立っていた少女たちは、それを見て、さらに怯え出す。
「もう大丈夫ですよ、私たちは騎士ですから」
少女たちの頭を撫でると、零れていた涙が止まる。
「あ……ありがとうございます」
少女の一人が頭を下げると、それに続く様に、二人の少女も御礼を言う。
「早く行くぞアルカナ、仲間が来たら厄介だ」
店から足早に脱出し、大通りに出る。
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