雛鳥の跳躍

墓のある丘の上で、ティエオラと向かい合って立ち、ティエオラと手を合わせる。


朝日の光がティエオラの目を輝かせる。


ティエオラの左眼に紫色の炎が灯り、徐々に小さくなって行く。


炎が完全に消えると、ティエオラの目が、紫色になっている。


「じゃあ、始めようか。この剣は、一度しか使えないから、必ず、グランフリートを殺す時に使うんだ」


斑鳩が頷くと、紫色の目が輝く。


徐々に熱が伝わって来て、手の平に熱さを感じる。


それはどんどん温度を上げ、火傷をしてしまう程の温度に達しそうだった。


左眼の輝きが収まり、ティエオラが手を離す。


「聖家は滅びていなかった。その話をしよう」


墓の隣に座り込み、斑鳩が聖の話を始める。


「私は、聖家九代目の娘として生まれた。他に後継ぎも居なかった聖家の家督は、私に譲られた」


「僕が見た記憶では、その、戦国時代って時に、君は死んだ。お腹に居た子供と一緒に」


その隣にティエオラが座り、斑鳩の最期を語る。


「確かに、それは私の生きていた間の記憶だ。だが、私の子供は、私のお腹から取り出された後、息をした。力強く泣いたんだ」


「成程。僕が見たのは君の生きていた時の記憶。君が見たのは、死んだ後の記憶って事か。何で死んだ後なのに、それが分かったんだい?」


「私にもよく分からない、ただ、子供が泣く姿を見て、私は消えた。そして、今に至るんだ」


「そうか、なら納得したよ。聖家は受け継がれていっていたんだね。今の五十三代目まで」


ティエオラが立ち上がり、手を差し出してくる。


その手を取り、立ち上がろうと力を入れると、ティエオラが倒れ込んでくる。


「な……おい。何するんや」


「力が入らないんだ、おぶって運んでくれよ」


「歩けるだろ」


「歩けないんだ」


「おい……」


「王命」


「はぁ、分かった分かった。運び方は何がええんや」


斑鳩が渋々了承して立ち上がると、ティエオラも、さっと立ち上がる。


「お姫様っぽい感じが良いかな。皆あれをやりたがるけど、僕には分からないから、一度やられてみたかったんだ」


ーーーーーーーー


王城に着くと、城中を探し回っていたであろうエルトに見つかり、休む暇も無く説教をされる。


その後、再び部屋に呼ばれて、新兵の教育係の任に就かされる。


昼食を抜かれ、その間に新兵の訓練の準備をする。


『おい、何やってるんだクソ十代目。面倒事を押し付けられてるじゃないか』


「私に聞くなや、やりたくてやったんちゃうわ」


言いながらも、斑鳩は、妙に楽しそうに準備を進めて行く。


訓練棟の備品も全てチェックし、床までも掃除する。


「流石に空腹やわ。活動限界ももう直ぐやし」


『新兵に教えるなんて、私には出来ないぞ』


鈴鹿の訓練をずっと観察し続け、全て自分で吸収した為、言葉にするのが難しい。


「アルカナ。昼食を持ってきたよ」


訓練棟の入り口から、誰かの声が聞こえる。


斑鳩が立ち上がり、入り口を確認すると、ティエオラが食べ物を持って立っていた。


「やあ、少し悪い事をしたと思ったからね。あと、クロークも返してなかったしね」


クロークと食べ物の入った紙袋を受け取ると、ティエオラは仕事があるとの事で、帰っていった。


袋の中に入っていたパンを口に運び、訓練棟の椅子に座る。


「何か、もう分からんなってきたわ。これからの事も、今までの事も」


『良いじゃないか。これからなんて分からないし。これからの事は皆で決めて行こう』


「こんな若いのに言われる日が来るとは、夢にも思わへんだわ」


それを最後に、視界が自分の体からのものに変わる。


斑鳩と入れ替わった事に、少し遅れて気が付く。


「お疲れ様、斑鳩。少し休んでて良いぞ」


『そうさせてもらうわ、活動限界ギリギリは、流石にしんどいわ』


そう言うと、斑鳩が喋らなくなる。


それで眠った事を確認する。


「ありがとう。おやすみ」


袋の中の食べ物を食べ尽くすと、昼休憩終了の鐘が鳴る。


それと殆ど同時に、新兵が訓練棟に入って来る。


「教官、第一訓練小隊から、第二十二訓練小隊。只今準備が整いました」


補助をしてくれる騎士が、はきはきとした声で報告する。


「じゃあ、初めに走り込みだな。この訓練棟の平地を、十週。他のやつに抜かれたら一周追加。十一週目から、一位のやつから抜けろ。それ以外は追加だ」


そう言うと、一斉に新兵が走り出す。


「教官。私が今回補助をさせて頂きます。名前は、ナフトです」


「宜しくナフト。今回指導係を務めるアルカナだ」


挨拶をして、互いの手を握る。


椅子に座って走り込みの光景を見ていると、一人だけ、際立った動きをする新兵に、目が止まる。


他の新兵を残して、十週目一位で終えたのは、同じ年齢くらいの少女だった。


「君が一位か。一人だけ、良い動きをしていたな」


「ありがとうございます教官。体力には、少し自信があるので」


乱れていた呼吸を整え、次に備えて、ストレッチを始める。


次に抜けたのは、鈴鹿と同じ歳くらいの、男性だった。


「なかなかだったな。やるじゃないか」


「ありがとうございます」


男性は頭を下げ、その場に座り込む。


走っている集団に目を向けると、際立った動きをする新兵は、確認出来なかった。


「君、名前と所属?」


「第三訓練小隊の、カナリアです」


ストレッチを続けたまま、少女はカナリアと名乗る。


「何で騎士団に志願したんだ? 今は劣勢なのに、君は死ぬリスクを犯してでも、何かをしたかったのか?」


「私は国に尽くす為に志願しました。強くなっていずれは騎士長になります」


「成程ね、騎士長か。今の騎士長が、もう直ぐで来ると思うから、見てもらうと良い」


走り込みの終わった新兵は、殆どが座り込んでおり、だらしの無い光景が広がっていた。


木刀を一人ずつに渡して、素振りをさせ、フォームを見る。


「それじゃあ、そろそろ打ち合いに入ってもらう。二人一組を作れ」


次々にペアが出来上がるが、カナリアが一人余る。


「アルカナ殿、あの新兵が余ってしまったので……」


「分かってる。カナリア、私と組もう」


カナリアに手招きすると、小走りで走り寄ってくる。


「お願いします、教官」


カナリアは一礼すると、木刀を構える。


アルカナも短い木刀を構え、カナリアが踏み込んで来るのを待つ。


カナリアは構えを変え、綺麗な突きを繰り出す。


それを斬り上げると、カナリアの腹部に、大きな隙が生まれる。


カナリアの鳩尾目掛けて、蹴りを見舞う。


蹴りはカナリアに命中するが、手応えが全くなかった。


カナリアは大きく後方に下がり、クラウチングの姿勢を取り、体勢を低くしたまま、驚くべきスピードで突進して来る。


「良いスピードだな。予備動作無しで、初っ端からトップスピード。まるで一発の弾丸だな」


避け切ったと思っていたが、袖を掠めていて、袖が少し破れる。


「私はひと振りの剣です、万物の物を貫き通します」


「なら、少し反撃だ」


木刀を逆手に持ち替え、カナリアの攻撃を待つ。


「教官。次の一撃で、恐らく負けてしまいます。ありがとうございました」


言い終わると同時に、カナリアが、先程よりも、遥かに早いスピードで迫る。


それを避けようと体に力を入れるが、体が全く動かない。


「やば、流石にガタが来たか」


休む暇も無く動いていた体が、ここに来て悲鳴を上げる。


カナリアはそれを全て把握した上で、最初の突撃のスピードを、抑えていた。


その為、予想外のスピードに、体が、それに対応する動きが出来ない。


カナリアの木刀が鳩尾に突き刺さり、吹き飛ばされる。


地面に仰向けに倒れると、エルトの顔が、目の前に見える。


「アルカナ、元気だったか? 新兵の少女に吹き飛ばされて、私の足下に転がっている。非常に情けないぞ」


「なら休暇を頂きたいね。このブラック騎士団にこき使われて、体が悲鳴を上げたんだが」


「今回はその件で顔を出したんだ、訓練が終わったらしっかり休ませろと、ティエオラ様からの御命令だ」


まだ訓練は終わってないが、体が動かないので、エルトに引き摺られながら運ばれる。


その姿で廊下を運ばれるので、注目の的となり、かなり恥ずかしい。


「せめて肩貸してくれよ。引き摺られると服も汚れるし、何よりも恥ずかしい」


「か、肩は駄目だ。密着されると恥ずかしいだろ」


暫く騎士たちの前に晒され、エルトの部屋に入る。


「私の部屋じゃないのか、出来れば秋奈や都子、アルマと凛凪とフユに、早く顔を見せたいのだが」


ベッドに寝転がさせられ、軍服のボタンを全て外される。


「体の状態を見るから、暫く待っていてくれ。直ぐに着替える」


顔に布を被せられ、視界を遮断される。


隣で衣擦れの音が聞こえて、布が床に落ちる音がする。


布が外されると、エルトに顔を覗き込まれる。


エルトはタオルを体に纏っているだけで、それ以外は何も着ていなかった。


「……おい」


「な、何だ。恥ずかしいから見るな」


「恥ずかしいなら服を着ろ」


「ティエオラ様に、昔言われたのだ。エルトに添い寝してもらうと、疲れが早く取れるよって。その時入浴から出た後と、同じ様な格好をしたのだ」


『うわー、こいつ時々馬鹿発言しよるよな。純粋と言うか天然と言うか……』


暫く休暇をしていた斑鳩が、たまたまこのタイミングで、目を覚ました様だった。


「エルトさん、それ騙されてますから。乗るな」


「ティエオラ様が、私に嘘をつく訳が無いだろ。大人しくしろ」


エルトが馬乗りになり、アルカナの口を塞ぐ。


抵抗をしようとするが、体に力が入らないので、抵抗が出来ない。


『おい、抵抗せえや、おい!』


斑鳩が頭の中で騒いでいて、頭痛にも襲われる。


エルトが少し息を荒くし、体を密着させる。


「み……見るな。いや、エルトの顔を見ていたら、もっと良いと言っていた……あぁ……」


エルトは顔を真っ赤にし、掛け布団を被り、腕を絡めて、更に密着度を高める。


エルトの膨らみが当たり、思考回路が、オーバーヒート寸前になる。


自分は、こう言った事には、それなりに耐性があるつもりだったが、それが全く機能しない。


目を瞑ってひたすら耐えていると、部屋の入口から、大量の物が落ちる音がする。


目だけを動かし、何とか入り口が見える。


「あー……エルトさん、早く離れた方が良さそうです」


「ま、まだ言っているのか、私はお前から離れる気は無い……からな」


エルトは、徐々に近付いて来ている影に気付かず、相変わらず密着している。


「ティエオラ様、創造神から、破壊神になってますよ」


ティエオラは左眼に、紫色の炎を灯らせながら、禍々しい気を纏った剣を振り上げる。


それに気付いたエルトは、先程まで真っ赤だった顔が、一瞬で青ざめる。


「ティエオラ様……これは、治療でありまして、決して男女の関係ではないです」


「ふーん。昼過ぎから、随分とお盛んなんだね。僕も混ぜてよ」


ティエオラの振り下ろした剣は、体に当たる直前に消える。


エルトは泣き出し、ティエオラは憤怒していて、状況が全く整理出来ない状態になっている。


「ティエオラ様、このエルト、貴女様の事を思い、私なりの治療を行っただけです。そもそも、アルカナがつべこべ言わずにやれと……」


「言ってない、言ってないからな! 休暇をくれとは言った、ブラック騎士団とも言ったが、こんな事をしろとは……」


「アルカナ、エルトに恥をかかせたら駄目だろ? ヤるなら、最後までヤってあげると良いよ」


全く笑っていない笑顔を見せられ、ティエオラが、敵に回ったことを確信する。


ティエオラはエルトの頭を撫で、そのまま退室する。


「ティエオラ様が……お前と最後までヤれと、御命令された……私とお前は、今日から夫婦になるという事なのか?」


涙目のエルトは、ティエオラの言葉を真に受け、命令と自動変換する。


『おおおい! 自動変換の暴力や! 変われ変われ!』


斑鳩が体を支配し、アルカナが脳内に押される。


体の状態と関係無く動かせる斑鳩は、エルトを引き剥がし、軍服のボタンを開けたまま、ティエオラを追い掛ける。


「創造神! 全て分かっとったやろ!」


ティエオラの背中を捉え、斑鳩が両肩に手を置く。


「君か。君が出てきてしまったら、面白く無いだろう」


「こっちはこっちで、あの状況は好ましくないんやわ。あの天然娘をどうにかせえよ」


「綺麗な髪だね、こんなに長いのに、傷んでる箇所が見つからない」


会話を無視し、髪を触って手櫛で髪を掻き分ける。


「あぁ! エルトが追い掛けてきただろ、説明せえよ」


斑鳩がティエオラの後ろに隠れると、エルトがティエオラの前で止まる。


「ティエオラ様」


「ああ、エルト。さっきの言った事は撤回するよ。アルカナは僕が貰うから」


それを聞いて、エルトが泣き崩れる。


「ティエオラ様は……小さい頃私を娶って下さると、約束してくれたではないですか」


そんなやり取りを、ティエオラの背中で聞いていると、斑鳩の活動限界が来て、どちらも体を動かせなくなる。


『あー。これは久しぶりの失敗だな。こうなったら、運んでもらうしかないぞ』


『んな事分かっとるわ、真人間が居れば、適切な処置をしてくれるやろうけど、残念ながら期待出来へんわ』


案の定、倒れた体を、ティエオラが持ち上げて、へたり込んでいるエルトを置いて、自室に運ばれる。

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