その記憶に用がある

一つの視線を感じ、今まで閉じていた瞼を開く。


エテルノの顔が一番最初に見え、その上に天井が見える。


ベッドから飛び起きて、エテルノから距離を取る。


しかし、エテルノはベッドに腰掛けたままで、こちらを見たまま動かない。


「目が覚めて良かったです。傷、残っていますか?」


ぼろぼろの服をめくると、剣に抉られたはずの傷が、綺麗さっぱり無くなっている。


手で触って確かめるが、縫った後も、切れていた後も無い。


「何をした。結果はどうなった」


「薬で傷を塞ぎました。薬の詳細は不明です。ウルト砦は、北タリアスが奪還させて頂きました」


エテルノは立ち上がり、綺麗にベッドメイキングする。


エテルノがベッドに再び腰掛けたので、その向かい側に、背中を合わせる様に座る。


「あんたら、王都を取りに行ったと思うが、恐らく、今頃返り討ちにあってるだろ。まずはエルト、そして秋奈の策、そしてティエオラ」


「エルトは、元気でしょうか。何か御迷惑を掛けていたりとか」


「あ、ああ……元気だけど。迷惑は掛けてないな」


突然エルトの話になったので、少し戸惑う。


戦闘中とは全く違う雰囲気を放っており、とても戦姫と呼ばれる様な覇気は無い。


「なら良かったです。あの子のことを頼みました、アルカナさん」


「分かった。娘と生きたいなら、いつでも私に言ってくれれば、必ず応える」


騎士にする質問にしては、野暮だと思うが、娘を気に掛ける母親の姿を見せられ、自分の中で何かが動く。


「それは無いと思います。私は騎士です。仕えると決めた王に、一生を捧げます」


「なあ、娘の為に生きたいってのじゃ、駄目なのか? あんたも、あんたの夫も死んじまったら、エルトは一人に……」


「騎士は、たとえ一人だとしても。王を守る盾となり、剣とならなければなりません。エルトなら、私たちよりも良い家族が居ますから」


「親よりも尊い家族なんて居るのか? ティエオラの事を言ってるなら、それは違う。エルトの家族は、あんたらだけだ」


それを聞いたエテルノは、ベッドに寝転がる。


「アルカナさん、グランフリートは神です。ティエオラは、創造神との娘。故に、神を殺せるのは、南タリアスに一人、ティエオラ様だけ」


「あー。いきなり神とか言われても、分からないです。整理しましょう。神って居たんですか」


この世界に飛ばされた事も、非物理的だが、更に神まで居るとすると、遂に現実味が無くなり、夢だと考えたくなる。


「神は居るんです。大昔の戦争で、殆どが天に帰りましたが、少ないながらも、まだ神は残っています」


『はっ、負けや。今回の戦争は負けや。戦神が居るなんて相手が悪過ぎる』


「ティエオラは戦神と創造神のハーフ? 妹のアインは?」


斑鳩を無視し、続けてエテルノに質問をする。


「ティエオラ様は創造神です。アイン様は、創造神との子ではありません」


『ほんなら、創造神なら、神殺しの剣でも創造出来るって事か?』


「創造神なら、神殺しの剣を創造出来るという事ですか」


「恐らくは。そろそろ迎えが来る頃です。アイン様とエルトを、宜しくお願いします」


外が騒がしくなり、部屋の扉が開く。


扉の向こうから、男が入って来て、部屋の中を見るなり、きょとんとする。


「よお、エテルノ。呼び出されたから何かと思ったが、まさか、南タリアスに捕虜を返すのか?」


「急に呼び出してしまって、申し訳なく思ってます。お願いします、アルトリア」


少し若い男に担がれ、砦の中から出る。


外で馬を待たせていたらしく、馬を引いていた女性が、同じくきょとんとする。


「誰だい、その若いの。あんたにそんな趣味があったなんてね」


「エテルノさんに頼まれたんだよ、どっちかと言えば、この男はお前好みだろ」


雑に馬の背中に投げられ、砦から離れる。


「おい、何なんだ突然。神だの頼むだの」


馬から飛び下り、地面を転がり、地面に足を着けて立ち上がる。


「あんた、大人しく付いてこれないのかい? 私たちはエテルノの同期、南タリアスの騎士だよ」


女性が馬を止め、剣を投げながら素性と、文句を言う。


信憑性が無いが、王都に帰る足もないので、機を見て、馬をギンバイする事にする。


再び後ろに乗り、二人に付いて行く。


ーーーーーーーー


三日間休まず走り続け、朝方に王都に到着する。


『本当に王都に来たんやな。ギンバイを考えとった自分が恥ずかしな』


相変わらず元気な斑鳩をスルーし、城門の前で馬を下りる。


「アルカナ、俺らは取り敢えず、ティエオラ様に挨拶に行くから、好きにしてろ」


「私も挨拶に行かないといけないので、同行させて頂きます」


「なら付いて来な、あたしらじゃ、新米兵に不審がられそうだからね」


そんなに古参の騎士なのか、見た目からして、二人は二十代に見える。


新米兵とは、大体顔を合わせているので、自分が居れば、大丈夫だと思う。


通り慣れた城門を潜り、王城の中に入る。


出来るだけ足早に大広間を通過し、ティエオラの部屋に向かう。


ティエオラの部屋のドアをノックし、返事が少し聞こえた瞬間、ドアを押し開ける。


「失礼致します。アルカナ、只今帰還致しました」


「久しぶりだなティエオラ。アルトリア、密命から帰還したぞ」


「一年見ない内に、随分と成長したもんだねえ。将来が楽しみだよ」


ティエオラの前でも、畏まる態度を見せず、叔父と叔母みたいに話す。


座りながら寝ていたのだろうか、ティエオラははっと顔を上げ、こちらに気付くと、服の乱れと、髪の乱れを直す。


「一年ぶりだね、アルトリア、それにカミラ。それに、誘拐されていた筈のアルカナ」


「エテルノ様に逃がしてもらえました、この二人に手伝ってもらいました」


「ティエオラも物好きだな、こんな若いのを騎士にするなんて」


「それは違うよ、僕はアルカナに一目惚れをしたんだ」


「一目惚れだなんて、あんたもちゃんと、女の子やってるねえ」


和んでいる空気の中、自分一人だけが堅苦しく、場違いに思えてくる。


「ティエオラ様、申し訳ありません。砦を奪還された挙句、多大な損害を出してしまい。責任を取り、騎士を辞任後、どの様な刑も受け入れます」


南タリアス騎士団の勲章を、ティエオラの机に置く。


その勲章を手に取ったティエオラは、椅子から立ち上がり、ぼろぼろの軍服に、勲章を付ける。


「僕は君を手放す気は無いよ。だって、君は僕の大事な犬じゃないか。いや、自由行動が多いから猫か」


顎を撫でられ、頬に口付けをされる。


「ひゅう、熱いねえ」


「ほんと、若いってのはアンタらの事を言うんだね」


「そういった行為は、軽々しくするものではありません」


後ろではしゃいでいる二人を無視し、ティエオラを離す。


ティエオラは、少し不機嫌な顔をして、机に腰掛ける。


「そんなに罰が欲しいなら、僕と散歩に行こう。色々と街も見たいしね」


言うが先か、机から飛び下り、ティエオラに手を引かれる。


ティエオラは勢い良くドアを開き、廊下に飛び出る。


その光景を見た騎士は、廊下の隅に移動してから、二度見をする。


何人かとすれ違ったが、全員が、同じ反応を見せる。


「ティエオラ様、服と髪が乱れます。私は何処にも行きませんから」


暫くすると、ティエオラが膝に手を着いて、呼吸を整える。


案外早かった息切れに、ティエオラに体力が無い事を、体感させられる。


「この城、広過ぎじゃないかい?」


「そんなに急ぐからですよ。焦らなくても、まだ朝早いのですから、ゆっくり参りましょう」


息の整ったティエオラの右半歩後ろを、付いて行く。


軍服がぼろぼろのままなので、周りから不審な目で見られる。


「服も買いに行こう、君は軍服しか着ないからね。たまにはお洒落でもすると良いよ」


「私なんて、軍服で良いです。騎士が着飾る必要はありません」


「なら、僕の隣を歩くのなら、それなりの格好をしてくれないかい?」


ティエオラは、破れている部分に指を突っ込み、服の穴を広げる。


「それなら、軍服が適当かと思います。が、言っても、お聞きになる気は無いのでしょう」


穴を広げ続けていたティエオラの手を両手で包み、そっと戻す。


「腕」


「はい?」


「腕を組むんだ、君から」


身長差を考えると、少し苦しい様な気もするが、どうせ聞かないので、反論をせずに腕を組む。


「では、参りましょうティエオラ様。あまり遅くなると、エルトに怒られるので、程々になさってください」


「それは分かってる。腕を引っ張らないで欲しい、歩きづらいんだが?」


「ええ、私も。とても歩きづらいです」


腕を解き、別々に歩く。


城から出て、街に繰り出す。


「三年ぶりに街に出たけど、結構栄えてるんだね」


「三年ぶりって、どれだけ引きこもってらっしゃったのですか。お外に出なければ、お体に障りますよ」


ティエオラは隣に並び、服の穴を、再び広げ始める。


「僕は人混みが嫌いなんだ、それに日光も」


それを裏付ける様に、ティエオラは自分の影に入って、日光を遮断している。


「ならば、今回の外出は、どう言った経緯でしょうか?」


「君だよ。最近は忙しかっただろう? 君には無理をさせ過ぎたと、少し気を遣ってるんだ」


「御心だけでも、私には有難いです。何物にも変え難いものです」


膝をついて低頭するが、それを無視して、街を歩いて行く。


『北タリアスの暗殺者が居るな。角から出てくるぞ』


ティエオラの近くには、小さな路地に続く道がある。


恐らくそこのことを言っているのだろう。


「ティエオラ様。私、剣が折れたので、新しい物を買おうとしておりました。ティエオラ様に選んで頂ければ嬉しいです」


アルマから貰った短刀は、エテルノとの戦闘の際にへし折られ、太股に差している銃だけが残っている。


「なら、僕が君にプレゼントするよ。それよりも先に、服だけどね」


手を引っ張られ、色々な服が売っている店に入る。


色々な服を着せられるが、どれも気に食わないようだ。


ようやく気に入った様な顔で、頷くが、軍服と殆ど変わりの無い様な服になる。


「軍服と相違ないと思うのですが。そこら辺の貴族の服と申しますか」


「仕方が無いだろ、どれも微妙だったんだから」


ティエオラは店主を呼び、足早に店から出る。


「ティエオラ様! 」


斑鳩がマークしていた路地から、剣を構えた男が出てくる。


その男の後ろには、矢を番えた男が立っており、よく狙ってから矢を放つ。


反射的にコルトガバメントを抜き、五発弾丸を放つ。


最初に放った弾丸は、ティエオラに襲い掛かろうとしている矢を弾く、二発目は剣を持っている男の足に当たり、男の前進を止める。


三発目は、弓を構えていた男の弓を折り、四発目で男の足を使えなくする。


剣を持っていた男は、気力を振り絞って立ち上がり、再びティエオラに斬り掛かる。


エテルノとの戦闘に使っていた為、弾切れで、銃が動かなくなる。


直ぐにマガジンを変えるが、既に間に合う距離ではなかった。


一発の破裂音の後、男の頭が吹き飛び、ティエオラの前で崩れ落ちる。


「あー。僕の街が汚れてしまったじゃないか」


ティエオラは首の飛んだ死体を飛び越え、騒ぎを聞きつけてやって来た騎士に、何かを言う。


銃を撃った人物を探すと、反対側の路地の影で、都子がウィンチェスターを、鞄にしまっていた。


「都子、助かったが。ティエオラが近くに居るのに、散乱弾を撃つのは危険だろ」


「分かってるけど、それ以外に、確実に殺せる銃が、これしか無かったの。助けてあげたのに、説教されるなんて、心外だわ」


鞄を肩から掛けた都子は、こちらを睨み、大通りの人混みに紛れる。


「都子、有難う。帰ったら何でもしてやる」


人混みから、小さな手が上げられるのが見え、それ程機嫌を損ねていない様だった。


『そろそろ制限や。交代』


「ああ、分かった。ティエオラには粗相の無いように」


目を瞑り、数秒待ってから目を開けると、見慣れた景色に包まれる。


「任せとき。聖家の十代目様が、しっかり御守りしたるわ」


『程々にな』


ティエオラが目の前に歩いて来て、向かい合う形で止まる。


「君の方か、勝手ながら君の記憶を覗き見させて貰ったよ」


「この、創造神が。楽しかったか? 私の記憶は」


自分の過去の事になると、急に口が悪くなる。


自分も斑鳩の過去を、聞いたことがなかったので、何に怒っているのか分からない。


「君の過去、とても楽しかったよ。今度、深く聞かせて欲しいな。滅んだ筈の聖が、何故今も続いているのか」


「おい、それ以上喋ると、王族だろうが容赦せえへんぞ。お前に聖は関係無いやろ」


斑鳩がティエオラの胸倉を掴み、顔の前に引き寄せる。


『斑鳩、忘れたか? 程々にだ。無礼が過ぎる』


斑鳩が手を離し、「すまない」と、小さな声で謝る。


『取り敢えず、話は後で聞かせてもらう。私とお前は運命共同体なんだ、隠し事は無しだ』


「申し訳ありません、ティエオラ様。数々の御無礼、お許しください」


落ち着いた斑鳩が、ティエオラに低頭する。


ティエオラが斑鳩の胸倉を掴み、立ち上がらせる。


『耐えろ十代目』


斑鳩は手を強く握り、今にも手が出そうな程気が立っている。


「仲直りをしよう。少し散歩をしないかい?」


ティエオラが先に歩き出し、少し距離を置き、無言で斑鳩が付いて行く。


ティエオラは、王都の外に続く門を抜け、平原に足を運ぶ。


暫く歩いていると、少し高い丘の上に辿り着く。


「どうしてここに来たんだ。この墓は」


「言ったじゃないか。僕は君と仲直りがしたいって。だからここに来たんだ」


ティエオラは墓の前で振り返り、両手を広げる。


「何だ」


「ハグだよ、仲直りの。君との仲直りの為のね」


無表情のままのティエオラは、手を広げたまま待っているので、仕方なく斑鳩がハグをする。


「これで満足か? 私はお腹いっぱいだ」


「僕はまだまだ行けるよ。それより、君に新しい剣を渡すよ。ここなら、神殺しの剣でも作れるだろうし」


ティエオラは、墓の前にしゃがみ込み、手を合わせて、また立ち上がる。


斑鳩は自分で買っていたクロークを、ティエオラの肩に掛ける。


「少し冷えてきたやろ、女の子なんやで、体冷やしたらあかんぞ」


「感謝するよ、予想以上に冷えてきたから、少し後悔していたんだ」


ティエオラはクロークに包まり、凍えている両手に、息を送る。


「先に、この墓に挨拶をさせて下さい。剣の受け取りは、その後にお願いします」


墓の前にしゃがみ、刻まれている名前を確認する。


『斑鳩、これはあんたに聞いても分からない事か?』


「当たり前やろ、お前のが知っとりそうやと思ったわ」


『その子供に聞くしか無さそうだな』


墓に刻まれている名前を、再度確認して、手を合わせる。


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