アブソルートオビーディエンス
雲一つない晴天の下、草原の緑を焼く尽くすような、紅い鎧を身に纏った騎士が、火の如く駆け抜ける。
騎士は一言も喋らず、ただ、先頭を走る姫騎士に続く。
「メリト砦を捕捉致しました、兵は約五百、如何致しましょうか」
「無論、南タリアスの兵は、一人残らず捻り潰す」
隣を走る騎士に放たれた言葉は、憎しみが含まれている様に響く。
「アイン様、エテルノ様が、ウルト砦を奪還し、アルカナを捕縛したそうです」
その言葉を聞くと、アインは、口元に笑みを浮かべ、何かを確信した顔になる。
「アルカナは、もう私のモノなった。なら、もう南タリアスに用は無い。速やかに砦を落として! 六千はこのまま王都に進軍!」
「はっ!」
五百と六千に分かれ、片方は砦、片方は王都に迫る。
「街での略奪は禁止、狙うのは兵士と、ティエオラの首。それと、アレは準備出来てるんでしょう? 今直ぐに出させなさい」
アインは剣を抜き、目の前に掲げて、瞼を閉じる。
馬上にも関わらず、その姿勢は、完璧と言う他無い程、美しい姿をしている。
「アイン様! 街の門が閉まりました」
「爆発!」
数人の騎士が前に出て、火薬に火を付け、門目掛けて放り投げる。
火薬は門の前で炸裂し、一瞬で門と、その周囲を吹き飛ばす。
土埃の舞う道を駆け抜け、軽々と王都に入る。
「街に民の姿が無い、王城に入れたか」
街の中に人は居らず、生活感の残った建物だけが、出迎える。
「アイン様、只今、出撃したとの、御報告がありました」
「これで、ティエオラの首は確実に取った」
この瞬間、勝利を確信する。
「王城の門、爆破用意!」
再び数人の騎士が、火薬に火を付け、王城の門に投げる。
門の前には、一人の騎士が立っており、爆発に巻き込まれるのは、免れない。
が、何時まで経っても、爆発が起こらない。
「お前ら、誰の許可があって、この王城に入ろうとしてるんだ」
純白の鎧を纏った騎士が、悪戯をした子供を、叱る様な優しい声音で言う。
だが、その言葉には、重く突き刺さる様な、威圧が混じっている。
「その鎧は、サンイルーチェ家の。あんたがエルト・サンイルーチェ」
「烈火の姫に名前を知って頂けているとは、騎士として、名誉あることです」
エルトがお辞儀をすると、北タリアスの騎士が、全員臨戦態勢に入る。
一挙一動全てが、こちらには恐怖に感じられる。
サンイルーチェとは、それ程恐れられていると言うのが、改めて実感する。
実際、目の前で少しでも動かれると、背筋が凍り付く様な、感覚に襲われる。
「でも、残念ながら今回は、私が相手じゃないの」
右手を上げると、純白の鎧の騎士が、後ろから姿を現す。
「久しいな、エルト・サンイルーチェ」
その騎士の姿を見たエルトの顔が、見る見るうちに曇って行く。
先程よりも、重く、鋭く、攻撃的な威圧を放つ。
「お久しぶりですお父様。いえ、純白の騎士王、バート・サンイルーチェ」
「バート、こっちは任せたから。必ず仕留めなさい」
バートに言うと、こちらを向き、胸に右手を当て、小さく低頭をする。
「構え! ……てー!」
城の中から、号令と共に、数多の矢が飛来する。
自分に迫る矢を、全て叩き落とし、第二波、大三波を防ぎ切り、城の中に入る。
既に、エルトとバートは、場所を変えており、姿が無かった。
「進め! 敵将を討ち取れ!」
先頭を突っ切り、南タリアス兵を薙ぎ払う。
一人二人と吹き飛ばし、前に進もうとすると、目の前に、桃色の髪の少女が目に入る。
見た目的には、十三歳程の少女が指揮を執っている。
「第四と第九は側面カバー! 第二が前方を押し返して、第三は壁を作って、少しずつ押し返して!」
歳からは想像のつかない程、完璧な指揮を執る少女に、思わず目が惹きつけられる。
だが、戦場で、そんな事をしている暇も無く、向かってくる騎士を、出来るだけ即死する様に斬る。
広間を抜け、廊下を進むと、一つの部屋の前で、足が止まる。
「居る」
その部屋のドアを開けると、部屋の中央に、堂々と座る少女がこちらを向く。
「やあ、久しぶりだね、アイン。僕にわざわざ会いに来てくれるなんて、僕は嬉しく思うよ」
その顔、その声、その気配を感じた瞬間、体の奥底から、黒いモノが溢れ出て来る。
それは憎悪、それは怒り、それは嫉妬、それは悲しみ、それは喜び、それは愛。
自分の中で、それら全てが巡り、忘れよう、紛らわせようとして、体が自然と動く。
「ティエオラ! 貴様だけは許さない!」
剣を構え、ティエオラに迫る。
「駄目じゃないか、アイン。僕の目を見ちゃ、僕に近付いちゃ。忘れたのかい?」
ティエオラの目を見ると、頭の中が掻き回され、思考が飛ぶ。
目を逸らし、接近を試みるが、近付くにつれ、心の中を覗かれている様で、体が拒絶する。
「ティエオラ……貴様は、なぜ裏切った。何故だ!」
「僕は裏切ってなんかないさ。この国の民を裏切ったのは、グランフリートの方だろう?」
ティエオラは、自らこちらに近付き、アインの剣を手から取り、窓から外に投げる。
「っっっ……ティエオラ……姉さん」
「やっと素直になってきた様だね。僕を殺しに来たのかい?」
ティエオラの手が、右の頬を這い、首筋、胸、最終的には、太股まで移動する。
くすぐったさと、艶かしい動きに、既に思考が停止して、全てを委ねたいと言う錯覚に陥る。
「姉さんを……殺しに来た? 私は、貴様を、貴様を……ティエオラを……殺す」
「君は駄目な娘だ。でも、僕はどんな理由でも、会えて嬉しいよ」
ティエオラの顔が近付いてきて、唇に柔らかいモノが重なる。
口の中に舌が入って来て、口の中を掻き回される。
全身から力が抜けて、腰が抜ける。
ティエオラに押し倒されて、更に掻き回され、体が熱くなってくる。
「ぷはぁ……はぁ、はぁ……はぁ。姉さん、足りない」
ティエオラを抱き締めると、それに応える様に、抱き返してくれる。
「君は欲張りだなぁ、続きがやりたいなら、降伏をするんだ」
耳元で囁かれ、直接脳に、優しい声が響く。
「降伏するから。バートも引かせるから。だから……」
言葉の途中で、ティエオラに口を押さえられる。
「じゃあ、外に向かって、大きな声で撤退命令を出すんだ」
しかし、腰が抜けて、立ち上がることが出来ず、何度も転んでしまう。
「情けないなあ、僕が手伝ってあげるよ」
ティエオラの補助を受けて、なんとか立ち上がる。
廊下に出て、広間を見下ろせる場所に出る。
「撤退だ、北タリアスに帰還。バートもだ」
なんとか、震えながらも声を振り絞ると、一斉に撤退を開始する。
「じゃあ……行こうか」
先程の部屋に戻り、椅子に座らさせられる。
「お姉様」
「大丈夫だよ、僕は此処に居るから」
手を伸ばすと、細い指が絡んで来て、優しく手を包み込まれる。
それと同時に、大きな、温かいモノに意識が包まれ、ふわふわとした感覚の後、意識が落ちる。
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