魂の決意

先鋒が王都から出て、約二日、アルカナの隊は、北タリアス領を、偵察部隊を潰しながら進む。


二日間、警戒しながら進んでいると、流石に疲労が貯まる。


出撃前に机に置いあった、秋奈のメモを見る。


「偵察部隊です、アルカナさん。私が行きましょうか」


タイムが遠くに偵察部隊を認め、報告に来る。


「私が行こう、丁度眠気が襲って来ていた所だ」


アルマから貰った、短刀を腰から抜き、数十人編成の偵察部隊に、単騎で突っ込む。


短刀を逆手で持ち、弓を肩から取る。


矢を腰に下げている矢筒から、矢を三本取り出し、弓を構える。


矢を放つと同時に、速度を上げて、短刀を持ち直して、敵に肉薄する。


先程放った矢が敵に当たると、敵がこちらに気付く。


偵察部隊から二人が抜け、残りが行く手を阻む。


「私が二人を追うから、お兄ちゃんはそっちをお願い」


追って来ていた都子が、隣を駆け抜ける。


行く手を阻もうとした敵を、都子は容易に弾く。


剣より小回りが利く短刀を駆使し、敵に反撃を許さずに片付ける。


「お兄ちゃん、川の対岸に、伏兵が居るわ」


戻って来た都子が、川に沿って進んでいるタリアス兵の、向こう側を指さす。


「すまない都子。後方の五百を貸す。必ず追い付いて来い」


都子は頷くと、剣に付いた血を、布で拭う。


「後方五百人! 対岸の敵を迎え撃つ! この都子に続け!」


血を拭いた剣を掲げ、列から別れた五百人が、一斉に川を渡り始める。


それに応じる様に、伏兵が森から出て来る。


それを横目で見送り、軍を進める。


「アルカナ殿、前方から敵が来ました」


先頭を走っていた騎士が、先頭を追い掛けていたアルカナに、報告に来る。


「先頭四つの複縦陣。その後は梯形陣を左右対称に展開。敵を梯形陣の中に誘い込め」


報告に来た騎士が反転し、指示を先頭の騎士に、伝えに行く。


暫くすると、指示通りの陣が出来上がる。


下がって来たタイムとアルカナは、梯形陣で、敵が殺到する所に位置取る。


「梯形陣部隊、構えて下さい!」


タイムが叫ぶと、梯形陣に配置されている騎士が、全員弓を構える。


タイムも弓を構えて、敵が来るのを待つ。


先頭と先頭がぶつかり合い、複縦陣の間を通って、敵が梯形陣の中に雪崩込んで来る。


「複縦陣散開! 梯形陣はまだだ。引き付けろ……放て!」


頭上に構えた短刀を振り下ろすと、一斉に矢が放たれる。


勢いの無くなった北タリアス兵は、散り散りになって、撤退して行く。


「アルカナ殿、追撃致しますか?」


「敵が向かっているのは、ウルト砦だろ。私たちの目的地もそこだ。当然追撃戦に移行する」


言うと、オズワルドが先頭を走って、北タリアス兵を追う。


『火薬の匂いや、今すぐ止めろ!』


「全軍停止! 罠だ!」


「止まってください! 皆さん、この先には罠があります!」


それを聞いたタイムが、全員を止める。


タイムが比較的前に居たのと、陣の関係で、全員が固まっていたのもあり、全員が停止する。


すると、時間差で、進む予定だった道が、爆発する。


地面を抉って、砂埃を巻き上げる。


爆風に煽られ、飛んで来た破片を浴び、鎧を着ていなかったタイムとアルカナの服が、所々破れる。


「大丈夫かタイム!」


完全に勢いの止まった南タリアス兵は、半ば総崩れの様になっていた。


「何だよあれ」「北タリアスの新兵器」

「あんなのくらったら一発だ」


この世界では、爆弾と言うのは、未開発だったのだろう。


闘士を削がれた騎士は、意気消沈し、爆発と言う恐怖を、刻み付けられる。


「アルカナさん、ごめんなさい。足をやられちゃったみたいです」


タイムの足を見ると、血が滲んでおり、痛々しい事になっている。


「すまない、私が追撃命令を出さなければ」


この世界で、爆弾はまだ作られていないと、思い込んでいた結果の被害だ。


「大丈夫です、まだまだやれます。一応指揮官なので、報告だけしに来ました」


笑顔で答えるタイムだが、息が少し荒くなっている。


「分かった。無理はしてくれるなよ」


破れた服の裾を千切り、タイムの足に巻き付ける。


「はゎぁ………軍服が」


「気にしない。軍服よりもお前の体だ。はい、今は進まないと」


「はい、私たちがウルト砦を落とせなければ、全て狂ってしまいますから。頑張りましょう」


最初と比べて、タイムの喋り方が、怯えた様なものでは無くなったのに気が付く。


だが、それを言うと、また恥ずかしがるので、敢えて言わないことにする。


「全員立て! ここで怯えていては、南タリアスの誇りが許さんぞ! ティエオラの為に、全てを賭けろ!」


アルカナが呼び掛けるが、勢いを取り戻せない。


「止まるな! 怖気付いた者は残っていろ! 次の世代に繋ぐ為、今命を賭けろ!」


都子の率いる五百の列が、本隊を追い抜く。


「おい、アルカナさんも、今の嬢ちゃんも子供だ、この姿を、子どもに見せられるか!」


オズワルドが馬に乗り直し、都子の隊に続く。


「子どもに、先頭を走らせる訳には行くか!」


騎士が次々と立ち上がり、都子の後に、続々と続く。


「私たちも行きましょう、アルカナさん」


先に出たタイムの後に付いて行き、再び先頭に戻る。


「早かったな都子。その破壊力は流石と言うべきか」


「当たり前でしょ、聖ならこれ位出来ないと」


「聖……ね」


「何か言った?」


「いや、もう少しだなって」


都子が疑惑の目を向けてくるが、笑顔で誤魔化す。


「アルカナさん、ウルト砦が見えましたよ」


タイムが遠くを指差すと、川よりも低い位置に、大きなウルト砦が姿を現す。


ーーーーーーーー


ウルト砦に、少し離れた所に陣を張り、北タリアス兵と睨み合う。


「さあ、どう叩くか」


天幕に、都子、タイム、ついでにオズワルドを招集し、軍議を開く。


オズワルドが挙手するので、進言を許可する。


「敵はやっぱり、砦に籠りますよね。少数の隠密部隊を編成して、中から扉を開けると言うのはどうでしょうか」


「それが出来れば、私たちは苦労はしない。砦に侵入するにしても、砦の壁が高過ぎる」


オズワルドが椅子に座り、縮こまる。


都子が立ち上がり、ウルト砦周辺の地図の前に立つ。


「この近くには川がある、ならこの川をせき止めて、一気にウルト砦に流し込む」


都子は地図を指でなぞり、ウルト川からウルト砦に、指を移動させる。


「待ってください。潜入なら、私が出来るかもしれません。水を溜めるのは、時間が掛かり過ぎます」


都子がタイムを見ると、タイムが急いで椅子に座る。


「ちょっと、見ただけよ? そんなに怖がる事無いじゃない」


「今回は潜入にしよう。確かに、水攻めは時間が掛かる」


もう少しで、七凪が用意してくれた、ストレント帝国の部隊が、援軍として、来てくれる。


到着する頃には、北タリアス王都への攻撃準備が、完了しておきたい。


「準備して来ます」


タイムが天幕から出て行き、軍議が、自然に終わる形になる。


外に出ると、すっかり陽が落ちており、星が空の隅々まで、散らばっている。


「やっぱり、この世界には街灯がないから、凄く星が綺麗」


都子が隣に立ち、そう呟く。


「異世界って事を忘れそうだな。変わらない空が広がってる。月があって、星がある」


「この世界に来てから戦争ばかり。でも、案外悪くないって思う」


「どうしてだ。私はお前たちに、こんな世界を見せたくなかったよ」


「前の世界よりも、居場所があるでしょ? 戦争してるのに、皆が笑顔だったり」


草の上に腰を下ろすと、都子が、背中を合わせて座る。


暫く空を見ていると、タイムがきょろきょろと、辺りを見回しているのが見える。


「準備が出来たみたいだ。流石にこの服だと寒いな」


所々破れている所から、夜風が入って来る。


「あ、お兄ちゃんが、軍警時代だった時のコート持ってきたんだ」


都子が立ち上がり、自分の天幕に入る。


アルカナも、タイムの下に行き、都子の天幕に入る。


「お邪魔します」


タイムが恐る恐る天幕に入る。


「はいこれ。あの時のまま残してたから」


都子から黒いコートを受け取り、上から羽織る。


「よし、行こうか。夜潜入して、夜明けと共に、砦の門を開ける」


「夜から朝の間、どうやって、北タリアス兵を誤魔化すの?」


「敵から鎧を取りましょう。見張りの少ない所に陣取り、私たちだけで、見張りの役をしましょう」


三人それで合意し、徒歩で、ウルト砦に向かう。

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