募る不安

南タリアス国内、王都アントラは騒然としていた。


国民は色々な所で、様々な噂話をしている。


前回のタリア砦防衛戦の時、国民には勝利と伝えたが、砦を占領されてしまったのでは。と言う噂だったり。


北タリアスに降伏するのでは。やストレント帝国の属国になるのでは。


この他にも、様々な噂が飛び交っている。


「ご苦労様都子。わざわざありがとうな。本当に助かるよ」


街に情報を集めに行っていた都子を迎え入れ、紅茶を机に置く。


「ありがと。今回の衝突で国民はかなり不安を抱え込んでるみたい」


アルカナは椅子に腰掛け、都子が集めてきた情報の束を確認する。


やはり聞き込みでも、不安が多いみたいだ。


「やはりレクトに頼むしかないか」


「そうね、リヴェート家の看板が無いと、国民は聞く耳すら持たないし」


紅茶を飲み干し、取り敢えず一息つく。


「私はレクトに頼んでくる。引き続き探りを入れてくれ」


ティエオラとエルトが不在の為、今国民が一番言うことを聞くのは、リヴェート家の娘であるレクトだろう。


善は急げと言うので、大事にならない内に手を打つに限る。


今は使われていない為、使用自由の部屋を出て、副騎士長室に向かう。


以前エルトの部屋に行った時、正装をして後悔したので、今回はいつも通り軍服で行く。


「アルカナです。副騎士長にお願いしたいことがあり、参りました」


ドアを三回ノックしてから、声を掛ける。


「構わない」


部屋に入ると、レクトは服を着ずに自分の黒い羽を、丁寧に手入れをしていた。


「失礼します」


言い終わってから、しっかりと頭を下げる。


「何の用だ? 羽なら触らせないぞ」


「触りたいですけど、今回は違う件です」


真面目な顔で言うと、レクトは自分の体に布を巻き、こちらに向き直る。


「今回の巨頭会談の件か? それならばこのレクト・リヴェートが責任を持って準備をする」


「いえ、レクト様には国民の前に出て頂きたいのです」


「それは私でないと駄目なのか?」


「はい。国民からの信頼も厚い、リヴェート家の御方でなければいけません」


「リヴェート家である私でなければか……」


「無理にとは言いませんが、ティエオラ様の為、南タリアスの為にお願いします」


言って、アルカナがレクトに書類を渡す。


レクトはそれを一枚ずつ丁寧にめくり、全てに目を通す。


「成程。国民の不安が高まってるのか」


出会った当初のレクトとは、まるで別人の様な威厳とオーラを放っている。


自然と背筋が伸び、上官だと意識させられる。


「宜しいでしょうか」


レクトに返答を求めると、少し考えててから立ち上がる。


「今すぐに行こう、アルカナは出来るだけ国民を集めてくれ。集まり次第私が出る」


本人の了解が取れたので、一礼して部屋を出る。


「結構きちんとした貴族のお嬢様だったな」


『何か……最初と違い過ぎて怖いわ』


部屋を出てから国民招集の為に、街に出る準備をする。


「何だろうなこの世界の人は。タイムと言いレクトと言い。二重人格なのか?」


『スイッチの入り方が異常と言うか、裏表と言うか』


言葉にするには難しい事が、多くある世界なので、今更あまり気にはしないが、あれは流石に驚いた。


「アルカナ殿ですか」


振り返って声の主の方を見ると、背の高い若い騎士が立っていた。


「何か御用でしょうか?」


「お願いします! 私に剣を教えてください!」


「断る」


『即答!』


街に向かうために廊下を歩き出すと、若い騎士に腕を掴まれる。


構わずに歩こうとするが、全く前に進むことが出来ない。


「お願いします! 全体練習では細かく指摘して頂けないのです!」


「分かったから離して。直接教えはしないけど、私の訓練を見て学んでください」


諦めてくれそうに無い為、いつも以上に厳しい内容を見せて、諦めて貰おうと考える。


「ありがとうございます。私の名前はモラクス・オズワルドです」


モラクスは深々と頭を下げて、笑顔になる。


急いで廊下を歩いていると、歩幅を合わせて、モラクスが後ろにぴったり付いてくる。


『また面倒な事を増やしたな。秋ちゃんにも剣を教えなあかんのに』


溜息混じりに斑鳩が言う。


「仕方が無いだろ、早く国民を集めねばならんのに、引き止められたのだそ。ああするしかなかった」


いつも面倒な事になると、傍観者になる斑鳩に言われると、少し腹が立つ。


「アルカナさん、今の時期外は少し暑いので、軍服をお持ち致しましょうか?」


「要らない」


自分の部屋に入ると、秋奈が本を読んでいた。


モラクスが続いて部屋に入って来る。


「え、誰?」


秋奈が珍しく本を読むのを辞め、モラクスに目線を向ける。


「何で入って来るんだ、出てけ」


モラクスを部屋から追い出し、秋奈の隣の椅子に座る。


「誰なの? あの背の高い騎士は」


「剣を教えてほしいとしつこかったから、見せるだけって言ったら、この有様だ」


秋奈が窓を開け、外を眺める。


窓を開けた為、心地よい風が部屋の中に入ってくる。


「国民を集める為に街に出るんでしょ? この窓から出てけば、あの騎士も付いて来れないんじゃない?」


「なら一緒に行こう。一人で歩くより、幾分か気分が楽だ」


秋奈を抱き抱え、窓から飛び出る。


「あ……足痛いんじゃないの?」


秋奈が空中で、不意に呟く。


「忘れてた……」


迫り来る地面を見て、覚悟を決める。


「離さないでよ、絶対に離さないでよ!」


「それはフリか?」


「違う!」


約四階の高さから落下し、地面に足を着く。


「うむ、今回は完璧だな」


四階の高さから降りたとは思えない程、着地が静かで、綺麗なものだった。


「良いから下ろして」


秋奈を下ろして、城門に向かう。


城門から出ると、街は国民が噂話をしている姿でいっぱいだった。


街の中央広場の掲示板に、大至急城の前に。と言う紙を貼ると、一人、また一人と掲示板の前に殺到する。


「これは直ぐに集まりそうだな」


折角城から出ることが出来たので、教会の孤児院に寄る。


「あら、アルカナさん。またいらしてくれたのですか」


教会の扉を開けると、笑顔でシスターが迎えてくれる。


子供たちがこちらを見ると、全員走り寄ってくる。


「アルだ!」「カナさんが来た!」「遊ぼ!」


秋奈も一緒に、数十人の子供に囲まれる。


「あ……ちょっとスカート引っ張らないで。あんまり髪を弄らないで」


囲まれた秋奈は、直ぐに子供たちの玩具になってしまったようだ。


本人は困っているようにも見えるが、いつもより笑っているような気がする。


「こら、あなたたち。お姉さんが困ってるでしょ」


「大丈夫ですよアトリさん。子供はこれ位元気じゃないと」


この人はアトリ・ラティナと言う女性で、戦争で親を亡くした子供や、育児放棄されていた子供を引き取っている人だ。


「カナさん……リューネに、ボールを取られた」


ラキアが泣きながら、ボールで遊んでいるリューネを指差す。


「そうか、ならラキアにはドーナツをあげるから、これで我慢してくれるか?」


ポケットからドーナツが入った紙袋を取り出し、ラキアに渡す。


「ありがとうカナさん」


ドーナツを貰ったラキアが、嬉しそうに椅子に座ってドーナツを食べる。


「アトリさん、ドーナツは皆の分を持ってきましたのでどうぞ、勿論アトリさんの分もです」


ドーナツの入った箱を、買ってきたお菓子と一緒に机に置き、秋奈を確認する。


秋奈は相変わらず遊ばれているが、上手く打ち解けている様だ。


「ごめんなさいアルカナさん。こんなに助けて頂いて、御迷惑をおかけします」


「私は直接的にする人助けは向いていません。なら間接的にでも、人助けをさせてください」


アトリに、城の前に集まる事を伝える紙を渡す。


「何かあったのでしょうか?」


「最近はあらぬ噂で、国民が不安を抱えているからな。子供は見てるから、アトリさんはお話しを聞いてきて下さい」


「私は大丈夫です。この国に何があろうと、この子たちと、この教会で暮らして行きますから」


アトリは転んで泣いてしまったルイゼを、宥めながら笑顔で言う。


「そんな事言ってると、婚期を逃すぞ?」


「まだ二十二歳だから大丈夫です」


アトリが少し怒った様に言うが、少しすると、吹き出して笑う。


それにつられて、アルカナも吹き出して笑ってしまう。


「では、今日はこれで失礼させて頂きます」


「あ、はい。皆、アルカナさんと……」


「あっちの小さいのは秋奈って名前です」


「はい。アルカナさんと秋奈さんが帰りますよ」


アトリが言うと、子供が一斉にアトリの周りに集まる。


秋奈はふらふらとした足取りで、隣まで歩い来る。


「疲れたわ……ほんと」


「お疲れ様」


二人で並ぶと、アトリのせーのの合図で、子供たちが礼を言って、お辞儀をする。


「じゃあ、また機会があれば来てあげるわ」


秋奈は疲れたと言っていたが、それ程悪くなかった様だ。


怒られるか心配だったが、そう言った素振りも無いので、少し安心する。


「じゃあ。アトリさんをあまり困らせるなよ」


手を振りながら教会を出ると、道に人は居らず、全員が中央広場に集まっている様だ。


今頃都子がレクトの部屋に行き、国民が城の前に集まったと、呼びに行っている頃だろう。


「随分とアトリってのに優しいのね」


「子供にだよ、アトリさんは良い人だから、子供優先で自分は栄養不足気味だ。それなら私も何か出来れば良いと思ってな」


城の前に集まっている国民を横目で見ながら、城門を潜る。


城門の上にある見張り台で街を見渡していると、


国民はレクトの言葉に耳を傾け、この国の現状をしっかりと知ろうとしている。


その姿を確認した後、城の中に入る。

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