人助けには向いていない

タリア砦から帰還後、相変わらず休みは有りそうに無い。


巨頭会談の会場設営。城内の徹底清掃。武器と鎧の手入れ。今回の書類仕事。エルトがやりきれなかった書類。その他色々。


「私たちの仕事は書類仕事だ。全て今日で終わらせる」


王城の城門を潜ると、秋奈が出迎えてくれたので、直ぐにやる事を伝える。


「なら私は先に部屋に行ってるから」


笑顔で迎えてくれていたのに、突然豹変した秋奈が、手に持っていた兜をこちらに投げる。


「痛い! 突き指した!」


秋奈はこちらを気にする事も無く、いつもより荒い足取りで歩いて行く。


「お兄ちゃんの指が赤くなってる! 衛生兵! 衛生兵! 大至急!」


都子がアルカナの手を取り、必死に衛生兵を呼んでいる。


目の前で繰り広げられた突然の出来事に、タイムは目を何度もぱちぱちさせていて、この状況に置いてかれている。


「取り敢えず準備! 元々城に居た二百人が率先して行え」


「はい!」


中央広間に居た騎士が、それぞれ準備に取り掛かる。


「タイムたちには、それぞれ三人一部屋。全部で二十三部屋用意させてもらった」


「六十九人、全員のお部屋を用意して頂けるなんて。ありがとうございます」


相変わらずもじもじしているが、礼儀は完璧に出来ている良い子だ。


改めて隣に立つと、タイムとそれ程身長が変わらないことに気がつく。


「まあ、部屋は話し合いで、好きな所を使ってもらって構わない。タイムは当然別室を用意してある」


「えぇぇ……地下牢……とか……ですか?」


まさかの超ネガティブ思考が帰って来る。いや、むしろ予想が出来た反応かも知れない。


「タイムは女だろ。あんなおっさんらと一緒の部屋で、寝泊まりはさせれない。って都子がな」


「当たり前でしょ? タイムは私の部屋に寝泊まりしてもらうから」


タイムを挟んで向こう側を歩いている都子が、今回の準備、進行の資料を一通り読むと、その資料をアルカナに渡す。


「じゃあ都子。タイムは都子担当にする。色々と戦闘を教えて貰ったら良い。勉強になるぞ」


「そう、アルカナが言うなら期待してるわ」


「わ、私なんて……無理ですよ」


タイムは謙遜しているが、戦闘になると中身が変わったかの様に雰囲気が変わる。


下手をしたら、鈴鹿と互角以上かもしれない。


「じゃあ、頼んだぞ都子。後で書類渡しに行くから。その間に出来るだけ持て成してやれ」


都子とは仕事の担当が異なる為、ここからは一人で行動となる。


「斑鳩、確か副騎士長が城に残ってたと思うけど。名前何だっけ」


『レクト・リヴェートや。探り入れたらな、リヴェート家はこの国の懐刀らしいわ』


「ふーん。まあ、強いと言ったら強いけど。弱いと言ったら弱いからな」


最初に遭遇した時の記憶では、一方的にやってしまったので、あまり強いと言う印象が持てない。


『一般に比べたら強いけどな、エルトが異常でレクトが弱く見えるだけや』


「まあ私たちも、一応は武の家だしな。同じ武を極める家としては負けられないからな」


自分の部屋に入ると、秋奈が無言で書類仕事をしている。


「あと八十二枚。私が二十やってあげるから、冬が残りの六十二をやる。異論は認めない」


まだ怒っているのだろうか、かなり愛想が悪い。


それに加えて、随分とペンに力が入っている音が、部屋に響いている。


気まずい空気の中、書類を一枚手に取ると、ドアがノックされる。


「アルカナ殿、御報告したい事が有ります」


騎士がそう言うので、仕方無くドアを開ける。


「どうしたんだ、普通なら副騎士長にするんじゃないのか?」


「はい、それが副騎士長がこう言う面倒事は、アルカナにやらせろとの事で」


ここの上官は全員頭がイカレてるのだろうか、戦闘しか進んでやりたがらない。


書類仕事や民の揉め事、事件は全てこちらに回って来る。


「分かった。今回は何があったんだ?」


「はい、現在他国から流れて来た複数人の盗賊が、南タリアスの国民を人質にして、建物に立てこもっていると報告がありました」


急いでドアを閉めるが、騎士がドアに足を挟んで、ドアが閉まらない様に防いでいた。


「何だよ、それ位お前らでも出来るだろ」


「レクト様からお教えして頂いた通りの行動でしたので、何とか逃げられずに助かりました。では、お願いします」


レクトの入れ知恵で、こちらが面倒事だと分かれば、ドアを閉めると分かっていたのだろう。


「書類は? 盗賊が出たから出来ないって? 死にかけでも言うなクズ」


話を聞いていた秋奈が、不機嫌オーラ全開で罵る。


「いや、すみません。行ってきます。あ、書類は後できっちりとやらせてもらいます」


逃げる様に部屋から出て、都子の部屋に向かう。


廊下を走り、二つに分かれている道を右に曲がり、都子の部屋に飛び込む。


「ノックくらいしたら?」


「て、てててて……敵襲ですか?」


都子は落ち着いた様子でこちらを見ているが、タイムは怯えきった様子で狼狽える。


「いや、ごめん。盗賊討伐を協力してほしく……」


「嫌よ。私はこの軍には所属して無いから。タイムも私の担当だし、行かせないから」


「盗賊さんですか? 行った方が……」


「許可しない」


喋っている途中で拒否され、タイムが部屋の隅っこで縮こまる。


「酷い、何で都子まで機嫌が悪いんだ」


諦めて部屋から出ると、丁度アルマが自分の部屋から出て来た所だった。


「アルカナさんじゃないですか。どうなされましたか? そんなに落ち込んでいると心配です」


アルマの優しい言葉に、涙が出そうになる。


「アルマ、盗賊の捕縛を手伝ってほしいんだけど……」


「ごめんなさいアルカナさん。お手伝いしたいのは山々なのですが、今はまだ戦闘が出来ない状態なんです」


本人曰く、タリア砦防衛の際に力を使い過ぎてしまって、全く力が出ないらしい。


これで自分が頼りにしている人からは、全て断られてしまった。


凛凪はタリア砦でティエオラの軍に加わっているので、完璧に八方塞がりになる。


『一人やな。まあ頑張り』


他人事の様に斑鳩が言うので、少しイラッとする。が、間違っていないので、反論することが出来ない。


「分かったよ。行けば良いんだろ? この緩みきった駄目騎士団が出来ないなら、この聖がやってやるよ」


剣を肩に掛け、馬で街に下りる。


報告にあった場所に行くと、野次馬と騎士団の巡回隊が、盗賊の立てこもっている建物の周りで輪を作って説得している。


『うわー、邪魔。面倒、なんで野次馬がこないおるんや』


野次馬を掻き分け、盗賊の前に出る。


「人質チェンジ。私は南タリアス騎士団、ティエオラの側近だ。私が人質になろう」


そう言うと、盗賊は上がってくるように指示してくる。


仕方無く民家の二階に上がって行く。


ドアを開けると、男が十八人部屋の中に居た。


「お前か、ティエオラの側近の騎士は」


「うむ、私で間違いない」


後ろに立っていた男に掴みかかられ、手に持っていた獲物を、首に押し付けられる。


「この女は解放してやる、お前が人質の方が騎士団は言うことを聞くだろ」


肩に掛けていた剣を取られ、人質だった女の人を見送る。


再び窓の外に身を乗り出し、巡回隊の騎士に色々と要求する。


「あの、これはいつ終わるんですか?」


最近は休みが無さ過ぎて、欠伸が止まらない。


「お前の仲間が、こっちの要求に応えたらだよ」


「要求の内容は?」


獲物を持っている盗賊に聞く。


「まずは金、そして逃走用の馬車。そして俺たちを追わない事だ」


正直要求するものがベタ過ぎて、面白味が無い。


そろそろ帰りたいので、反撃をする方針に変更する。


「あの、私の剣は立てずに床に置いてほしいんですけど」


言うと、ひとりが剣を床に置き直す。


剣に注目が集まった所で、後ろに立っていた賊の腕を絡め取り、投げる。


そのまま剣を拾い、二階の窓を突き破って脱出する。


地面に着地すると、足に激痛が走る。


「あー……痛いわこれは」


足を気にしていると、盗賊が全員下に降りてくる。


「避難してください!」


巡回隊の騎士が、野次馬に避難指示を出す。


野次馬は先程よりも距離を取るが、全員完全に逃げようとしない。


『何やここの国民は。これは見世物じゃないんやぞ』


「おい女騎士、一対十八で勝てると思ってるのか?」


女騎士と呼ばれたが、気にしないことにする。


「あの、足が痛いので手加減して下さい」


「お前は馬鹿か? 手加減して下さいって言われて、はいって言う盗賊がいると思ってんのか?」


さんざん好き勝手されてイライラしてたせいもあり、沸点に直ぐに到達した。


「お前ら、生きて帰れると思うなよ」


剣を抜いて構えると、盗賊が全方向を囲む。


右から来るナイフを避け、ナイフを弾き飛ばす。


体を捻っていたので、その勢いを利用して、後ろから攻撃を繰り出した賊を蹴り飛ばす。


再び激痛が走り、体勢が崩れる。


その隙を見逃さなかった賊が、一斉に斬りかかってくる。


目の前の攻撃には何とか対応したが、他の攻撃に対応するのは不可能だと、直感が告げた。


「邪魔!」


「おらぁっ!」


「ごめんなさい!」


謎の声が三つ聞こえた後、暫くすると、賊が全員倒れる。


尻餅をつき、地面に完全に座り込む。


「痛た……誰だ」


お尻に付いた砂を払いながら立ち上がる。


「アルカナに貸し一つだから」


「あ、じゃあ俺も貸し一つって事で」


「大丈夫ですか? 間に合って本当に良かったです」


助けてくれた人を確認する為に前を見る。目の前に立っていたのは、都子、クラウス、タイムの三人だった。


「都子、タイム……助かった」


「俺は!」


「助けたつもりは無いから。ここで死なれたら、聖家の名に泥を塗ることになるから。それだけ。でも……間に合って良かった」


都子はそれだけ言い残し、一人で帰ってしまう。


「私は自分が出れないからと、アルマさんに頼まれて急いで来たんですけど。兎に角良かったです」


「俺は秋奈様に呼び出されて此処に来たっすから」


タイムは相当急いで来てくれたのだろう、髪がかなり乱れている。


「クラウス、調子に乗るな。お前には貸しが沢山あるんだからな。私が借りを作ったのは都子と秋奈そしてアルマとタイムだけだ」


タイムに肩を借り、ゆっくりと城に向けて歩く。


乗ってきた馬は、どうやら逃げてしまったらしい。


暫く歩くと、人質だった女性が前から歩いて来る。


「あ、あの。騎士の方、本当にありがとうございました」


言い、深々と頭を下げる。


「大丈夫ですよ。これが騎士の仕事ですから。民の為に尽くす、それがこの国の王の教えですから」


そう笑顔で返すと、女性は再び頭を下げる。


「アルカナさんは良い人なのですね。そう言う人がわ私はとっても好きです」


「やめろ。私は人助けに向いていない」


そう言うと、タイムは慌てて謝る。


正直返す気力も無かったので、タイムのほっぺを抓って黙らせる。


























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