昔見た面影

開かれた扉の向こうは、少し広い部屋が広がっていて、中央には机が置かれている。


そして机の後ろにある椅子の上には、女性がこちらを向いて座っている。


「よ、ようこそ。あら、随分お若いですね。年齢は十六くらいですか?」


団長と呼ばれているが、この屈強な男たちを束ねる割には、全く覇気の無い女性だった。


年齢は鈴鹿と同じくらいで、二十代前半だろう。


「初めまして。南タリアス国の騎士、アルカナです」


「ど、どうも。元ドレード王国騎士長の、タイム・エレクトルです」


タイムは頭を深く下げて、こちらがやりにくくなる程畏まる。


「タイム殿、南タリアスに御協力い頂けると言うのは、本当でしょうか?」


時間も無いので、率直に本題を切り出す。


「はぃ、ティエオラ様には御恩がありますので」


「ならば今すぐに準備をしてください。今日出るのが不可能なら明日、私が迎えに来させて頂きます」


「皆さん、すぐに準備をしてください。武器や馬は全て持って行きます。貴重品も全て持って行ってください」


「急いでいるので、先に失礼しても良いでしょうか?」


都子には全て話したが、おそらく南タリアスの関係者でなければ、王城にすら入れないだろう。


「待てって嬢ちゃん。すぐに終わる」


「外で待ってます」


不思議な構造の砦内を戻り、再び外に出る。


馬に乗り、ふと空を見上げると、日本では考えられない程、綺麗な満天の星空が広がっていた。


今までは戦争ばかりで、気を張り詰めさせていた為、全く気が付かなかった。


「ズヴェズダ」


光が一番強い星に手を伸ばす。


視界の片隅に、流れ星が流れた。


『良い事ありそうやね』


「そうだな。でも、鈴鹿に会えれば私はそれで十分だよ」


『はぁぁ。ほんに欲が無いんやね』


「以前の様に皆で暮らせれば私は幸せだ」


背後に気配を一瞬感じたが、すぐに消えた。


剣の柄に手を掛けて、いつでも抜ける様に構える。


聴覚と第六感を最大限に研ぎ澄まし、目を閉じて距離を予測する。


『回避や! 出来るだけ大きく前に飛び込め!』


斑鳩の言葉に反射的に体が動く。


前方に飛び込み、地面を滑る。


「痛いな、くそ。服が汚れた」


『上段から剣! テンポ遅れて中段回し蹴り!』


小刀を左手で抜き放ち、蹴りを柄頭で迎え撃つ。上段の剣は辛うじて手首を抑えて止める。


「タイム、普通ならこれは冗談では済まされない行動だぞ?」


「ごめんなさい。南タリアスの騎士が一人で居るなんて怪しすぎて」


あれ程の実力を見せながら、喋ると何故か弱気だ。


先程までの緊張感を、倍にして返して欲しい。


「これで分かっただろ。私は南タリアスの騎士だって」


「ごめんなさいごめんなさい。一応確認ですからご了承してください」


『これは思わぬ人材が手に入ったな。一瞬気配を出したのもわざとやろ。凛凪と互角、それ以上の実力や』


斑鳩が戦闘で人を褒めるのは、今までに殆ど聞いたことが無かった。


「準備が出来たみたいだな。行こう」


先程の戦闘の間に、全員の出発準備が整った様だった。


「ごめんなさいアルカナさん。本当にごめんなさい」


再びタイムが謝り倒すので、こっちが意地悪をしている様な気分になる。


「分かったから。普通なら駄目だろうけど、私は普通じゃないから」


「お嬢さん、早く王都に行こうぜ」


待ちかねたのであろう、後ろで並んいでいた男が、声を掛けてくる。


それに右手を上げて応える。


「出るぞ!」


「応!」


遅れを取り戻す為に、最大速度で王都に向かう。


ーーーーーーーー


小都市メリトを通過してから約半日走ると、王都アントラを取り囲む壁が見えて来る。


遠くのキンリ山から、太陽が顔を覗かせる。


暖かい陽の光と共に、王都に入る為の門を潜る。


門番の兵士が、敵襲来の鐘を鳴らそうとするが、アルカナを見ると、すぐ見張りに戻る。


王都に入ってからは馬を歩かせ、出来るだけ安全に街の中を進む。


「どうだ? 久し振りだろ。旧ドレード王国領は」


「はい。とても戦争中とは思えない活気ですね」


「本当だな、ドレード全盛期時代よりも人が笑顔じゃねーか」


ティエオラの目指す国、そのままの光景が、この街では見られる。


見知らぬ国の鎧を纏った集団に、国民の視線が一気に集まる。


「随分遅い上に、この騒ぎはなんなの? 説明お願いしますアルカナさん」


前から歩いてきた都子が、大きな鞄と、小さな男の子と歩いて来る。


「都子の子供か? 相手は? 誰だ! 私の許可も無く」


「私の子供じゃないから。街で付いて来たから、仕方無く連れて来ただけ」


「親が探してたらどうするんだ」


「アルマと確かめたけど、探してる親は居なかった。取り敢えず宿にアルマを寝かせてるから来て」


何故か随分と怒っている為、逆らえずに付いて行く。


街の中心にある大きな宿に着くと、都子は一人で入って行く。


タイムたちには待機してもらい、馬を下りて都子の後を追う。


「何で怒ってるんだ?」


「怒ってない」


明らかに不機嫌な態度で返される。


都子がドアを開けて、部屋に入ったので、後に続いて部屋に入る。


部屋の中は少し広く、奥にある二つ目の部屋が、寝室になっている様だ。


「アルマは変わらず意識が戻らないのか?」


「そう、何度呼びかけても起きないの」


二日も目を覚まさないのは、流石に心配になってくる。


「アルマ、アルカナだ」


アルマの隣に行って呼びかけるが、反応が無い。


突然右足を何かに掴まれる。


右足を確認すると、都子と一緒に居た男の子が張り付いて、よじ登って来ていた。


「危ない!」


都子がこちらを見るなり叫ぶが、アルカナに制されて動きを止める。


「大丈夫だって、これくらいの年齢なら」


腰辺りまで登ってきたところで、アルカナが抱き上げる。


「あうかあ」


男の子はアルカナの顔を指差し、名前を呼ぶが、舌足らずな為、名前をきちんと言えない。


「ははは、そうだ。よく私の名前が一度で分かったな。賢い子だ」


「まるで孫が出来たおじいちゃんじゃない」


呆れた顔で、都子は背負っていた鞄を下ろす。


「この子の名前はなんて言うんだ?」


「フユよ。お兄ちゃんの名前貰っちゃった」


自分が冬と名前を認められるよりも先に、この小さな子が名乗っているのが、少し複雑な気分になる。


「そうか、フユって言うのか。良い名前だな」


「ありゅま。ありゅま」


フユがアルマを指差すので、アルマの顔の横にフユを下ろす。


フユはアルマの頬を、小さな手で叩く。


「おおっ。第一王女の顔を叩くとは、なかなかやるな」


「ありゅまー」


フユがアルマの名前を呼ぶと、アルマの瞼が開く。


「あれ、フユちゃん。どうしたの?」


目を覚まして早々、アルマはフユに微笑みかける。


「アルマ!」


都子が隣の部屋から飛んできて、アルマに抱き着く。


「都子様もどうしたのですか? それにアルカナさんも」


「二日間ぐっすりだったからさ、都子が心配し過ぎてな。アルマが目を覚まして今に至る」


「そんなに心配して無かったから! 勝手に話を作らないでよ」


都子がアルカナを睨んで抗議する。


「都子様〜。そんなに心配してくれてたなんて。アルマは幸せです」


次はアルマが都子に抱き着く。


それを見たフユも、その周りで飛び跳ねて笑っている。


「さあ、起きたばかりで悪いが。王城に行くぞ」


荷物を纏めて部屋を先に出る。


アルカナの後ろに付いて来ていたアルマは、ふらふらとした足取りで歩いていて、遂にはアルカナの腕を支えにして歩く。


「ごめんなさいアルカナさん。力が入らなくて」


「大丈夫だ。無理をさせてすまないな。どうせなら背負って行こうか?」


「いえ、大丈夫です。迷惑は掛けませんから」


最後に都子とフユが部屋から出て、宿からチェックアウトする。


宿の外には待機していたタイムたちが、馬から下りて待っていた。


「すまない。少し遅れた」


先に馬に乗り、馬の上からアルマを引っ張って前に乗せる。


都子は宿の横から馬を引っ張って来て、フユを抱き抱えながら馬に乗る。


「王城に入る。少々時間が掛かるかも知れないから、それだけ了承してくれ」


再び馬を王城に向かわせ、街の中を進む。


王城の前に着くと、大きな橋が上げられていて、街と王城が大きな水路で分断されている。


「すげーでけえな」「これがティエオラ様がいらっしゃる城か」


修学旅行気分の男たちが、口々に喋り出す。


「アルカナだクラウス!」


王城門番に配属された、秋奈の部下であるクラウスを呼ぶ。


「アルカナさん! 今橋を下ろします!」


クラウスが城門の上から消えると、大きな橋がゆっくりと降りてくる。





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