ただの良い人集団
タリア砦から発ってから夜が明け、更に陽が地平線の彼方に落ちようとしている。
「そろそろ休むか都子」
砦から休まず、半日以上連続して馬に乗るのは、予想以上に体力が要る。
「そうね。そろそろお尻が痛いわ」
アルマの体も考えて、休息を取る。
レーラン草原と呼ばれる場所で、アルマを抱えながら馬を下りる。
まだ不安が残っていたが、治り切っていない足で着地する。
痛みが走ってふらついたが、何とか踏み止まる事が出来た。
馬から降りた都子は、アルカナが地面に足を着いた事を心配して、小走りでこちらに来るが、問題無いと判断したのだろう、安心した顔で息を吐く。
「立てる様になったんだ。もう私が支えなくても大丈夫?」
「大丈夫だ。ありがとう」
草の上に布を敷いて、その上にアルマを寝かせ、隣に腰を下ろしてから頭を撫でる。
「あー。疲れた。お尻が壊れそう」
そう言い、都子はアルカナの肩に手を回して抱き着く。
「秋奈にも言っているが、そうベタベタひっついたりするのは良くないぞ」
後ろに寝転がり、都子を下敷きにして寝転がる。
「ああ! ちょっと……スカートだから! 下着……」
「見られても困る人は此処に居ないだろ」
「責任取ってもらうから! 絶対に責任取ってもらうから!」
「馬鹿を言うな。聖家では時々私が家事をしていたんだぞ。勿論洗濯もだ」
都子が自分の下着を隠す為、アルカナの腰に足を絡めてホールドする。
「逃がすか! 責任取るって言うまで離さないから!」
アルカナは都子の太股に指を這わせ、ホールドに対して反撃をする。
「離しな……さい。この状況でアルマが起きたらどうするんだ! 」
「何処触ってるの! これ以上は確実に責任取らないと聖家当主として筋が通らないからね!」
このやり取りが暫く続き、二人とも疲れ果てて、自然に終わる。
「はぁ、はぁ……執拗ぞ都子。はぁ、休憩にならなかったじゃないか」
「はぁ、それはこっちが言いたいわ……なかなか責任取ろうとしないなんて、聖としてどうなのよ」
互いに息を切らしながら、出発の準備をする。
「王都まであと一日。この先には王都に向かって来る敵を食い止める、南タリアス最強の迎撃兵器、断壁が有る。だがその周辺にはドレード王国崩壊の時、賊が拠点を作ったみたいでな」
エルトの部屋で勝手に見た資料を、もう一度頭の中で読み直す。
「大丈夫。賊なんて私たちの相手にならないでしょ?」
「そうでも無い。この先に居る賊はドレードの軍人崩れ、つまり全員が元軍人」
「一筋縄では行かないって事か」
アルマも居る状況での戦闘は、こちらが圧倒的に不利になる。
出来れば見つかる事無く通過したいが、迂回するのは時間的にも間に合わない。
「回り道はしない、このまま突っ切る!」
「そう言うと思った。よし、上等!」
そうと決まって、都子がスピードを上げる。
断壁からまだ少し離れているが、もう壁の天辺に有る松明の明かりが見えて来る。
「待て、戦うのは最終手段だ!」
「戦うと決まった様なものでしょ? 馬も慣らしとかなきゃ」
都子を追うために馬に鞭を入れるが、二人で乗っている為、どんどん都子との距離が広がる。
「都子! あまり離れるな!」
「分かったから、あと五秒」
五秒だけなら良いと思い、それ以上は何も言わない事にする。
「時間だ! 戻って来……」
「お兄ちゃん! 急いで右から大きく回り込むルートに変更して!」
前方を走っている都子が、刀の柄に手を掛ける。
その瞬間、賊に見つかったと確信する。
「戻れ都子!」
言うと、都子がこちらまで戻って来る。
馬を止めて、アルマを都子に受け渡す。
「何? これじゃあ十分に戦えない」
「私があいつらに突っ込んだら王都に向かえ。私も戦うなどと我儘を言うなよ。時間が無い、早く行け」
都子は何かを言いたそうな顔をしていたが、小刀だけを押し付けて小さく迂回するルートに向かう。
「言いたい事があるから……必ず戻って来て。聖家十代目、聖斑鳩の加護があらんことを」
都子はそれだけ言い残し、馬を走らせる。
「あんたの加護だとよ」
『ん? ああ、限界が来たら手伝ったるわ。私はあんまり活動出来へんでね』
話に出てきた当の本人は、自分と自覚しておらず、ただ呑気に話す。
「いつも通り奥の手で使わせてもらうよ」
赤色がベースで、白いラインが二本入っている鉢巻を、額に巻く。
『懐かしい鉢巻を巻くもんやわ』
斑鳩が何かを言ったような気がしたが、無心の境地に入った為、どんな音も届かない。
目を瞑り、大きく息を吸い、短く全ての息を吐く。
「聖家第五十三代目、九条斑鳩。さあ、真剣勝負!」
剣の柄に手を掛け、馬を駆る。
一人になった事で馬の速度が上がり、急速に賊との距離が縮まる。
賊の先頭とぶつかる瞬間、直立して馬を飛び降り、立ったまま馬から滑り降りる形になる。
慣性の法則で空中を滑るような形のまま、剣を鞘から抜かずに、賊の後頭部目掛けて振り抜く。
「ぬぁ!」
後頭部を打たれた賊は気絶し、地面に倒れ伏す。
地面に着地し、暫く地面を滑った後、丁度真ん中辺りで止まる。
「ドーブルイヴィエーチル!」
剣を右手に持ち、左手の小刀は、棟を敵に向けて構える。
「右翼は梯形陣! 左翼は単横陣! 本隊は単縦陣で突撃!」
左からは、こちらに対して斜めの陣形で突っ込んで来る。対して右からは一列の壁となって、二つの隊が同時に突っ込んで来る。
「ニプローハ」
「やぁぁぁあぁぁあぁ!」
敵の気合いと共に、両方から襲い掛かる刃に、それぞれ剣と短刀を当て、反時計回りに回転し、全て受け流す。
通過した双方の隊は、ぶつかる事も無く、それぞれ綺麗に間を抜けて行く。
「ハラショー!」
驚く程に統一された動きに、思わず賞賛の言葉が出る。
この様な攻め方は初めて見るので、正直どう反撃したら良いのか、検討も付かない。
「その首貰ったー!」
一列になって突っ込んで来ていた本隊が、一拍遅れて襲い掛かる。
先頭の男の槍を真正面から受けるが、加速して来た勢いで、簡単に吹き飛ばされる。
「うぉっとと……エータハラショー」
「なかなかやるじゃねーか、嬢ちゃん。今のを受けて立っていた奴は久し振りだぜ」
「嬢ちゃんじゃないけど。スパスィーバ」
やはり長い髪で、女と間違えられてしまった。が、なかなかフレンドリーな賊だ。
「あんた何者だよ」
中央で馬に乗っている鎧を纏った賊が、こちらに問い掛けてくる。
「私は南タリアス国の騎士だ。主はティエオラ・ルーシュ」
「おい、ティエオラだってよ」「ティエオラ様だ!?」「ティエオラ様って旧ドレード領を復興してくださった……」
ティエオラの名を聞いた賊たちが、一斉にざわつき始める。
「おい嬢ちゃん。南タリアスってのは何だ? グランフリートはドレード王国を侵略してから、タリアス国全部を治めているんじゃねーのか?」
「ティエオラ父親のグランフリートに対して、叛旗を翻した」
「おお、やるじゃねーか」「あの覇剣相手に良くやったもんだな」「てことは、今タリアス国内は戦争中なのか?」
再び賊がざわつき始める。
まさかティエオラとグランフリートが、戦争をしているのを知らない訳じゃないだろうと心の中で祈る。
「嬢ちゃん、ティエオラ様は今グランフリートと戦ってるってのか?」
「ああ、はい。そうなりますね」
祈りは裏切られ、悪い予感が的中する。
「嬢ちゃん。俺たちはグランフリートの重い税、そして元ドレード国民に対する酷い扱いから逃げる為に、此処に拠点を建てた」
「ああ、はい」
隊の一人の騎士が勝手に語り始める。
「俺たちは今や賊とは呼ばれているが、実際は小都市メリトに賊が入らねえように見張ってるだけなんだ」
「ああ、はい」
更には賊では無く、ただの良い人集団と言う事も判明した。
「だがよ、今俺たちを助けて下さったティエオラ様が、俺たちの仇敵と戦っている。嬢ちゃん、南タリアス騎士なんだろ?」
「ああ、はい。そうですね」
何故だか、馬に乗っている賊全員が、異様なやる気を出し始める。
「ならよ、俺は南タリアスに付くぜ。ティエオラ王に会って、俺たちも加勢する事を申し出ねば! 俺たちも連れてってくれよ嬢ちゃん」
「ええ……ああ、はい」
話に流されて流されて流されるまま、先程まで戦っていた敵が、遂には仲間になってしまった。
「早速団長に相談に行こうぜ。嬢ちゃんも来い、団長に会ってもらうぜ」
出来るだけ早く王都に向かわなければならないのに、こんな所で足止めを受ける羽目になった。
『アルカナ。詳しい事は馬上にしてもらい』
「ええ、そうするつもりですが?」
一秒でも早く王都に到着したい為、そう交渉してみる事にした。
良い人集団に付いて行き、砦の様な建物に入る。
中には投石機など兵器があり、完全に要塞みたいになっている。
細い通路を歩いていると、広い部屋に出る。が、また細い通路に戻り、暫く歩く。
先程よりも大きな部屋に出るも、先程よりも少し余裕のある通路に逆戻りする。
ようやく重厚な扉の前に到着し、呼吸を整える。
「失礼します団長」
一人の騎士が言うと、中から扉が開けられる。
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