巨頭会談準備
本文
「それで七凪、何で皇帝をやっているのかな?」
向かいの椅子に座る七凪は、紅茶を一口飲み、嬉しそうにこちらを見る。
「それが、起きたら皇帝でした」
「起きたら皇帝でしたって、聞いたこと無いからな」
「本当よ、知らない間に私とお兄ちゃんより偉くなっちゃって」
アルマの様子を見ているはずの都子が、盆に紅茶の入ったカップを三つ乗せて、部屋の入り口に立っている。
「盗み聞きは感心しないな」
都子は机に盆を置き、アルカナの隣に座る。
「行儀が悪いのは分かってるけど、やっぱり気になるから」
「気になっても、駄目なものは駄目だ」
「はーい」
都子は全く反省していない様子で、膝の上に頭を置いてくる。
「反省してるのか?」
「してるわよ」
「全く……」
甘やかすのは駄目だと思いながらも、甘やかし癖があるので、頭を撫でてしまう。
「相変わらず優しいですね」
七凪の顔は笑っているが、目の奥は、とても寂しそうな目をしている。
「七凪も来るか?」
アルカナが言い、七凪に空いている左手を差し出す。
「私は斑鳩ちゃんより歳上です、つまりお姉ちゃんです。いえ、アルカナちゃんから甘えに来ても良いのですよ? と言うか来てください」
七凪はこちらの世界の斑鳩の名に訂正し、差し出された手を両手で包む。
久しぶりに触れた七凪の小さな手が、お菓子をねだる子供のように、手を引いてくる。
「ごめん七凪。都子が寝たから動けない。七凪がこっちに来てくれるか?」
言うと、七凪は寝ている都子の顔を見てから立ち上がる。
七凪の手は掴んだ手を離さず、机を避けてアルカナの隣に座る。
「都子様や秋奈様を、甘やかし過ぎていませんか?」
手は握ったまま不自然な距離を開けて、七凪は動かない。
「甘やかしてはないよ。聖家では鈴鹿によく怒られてたけど、甘やかし過ぎって」
自分では甘やかしていた自覚は無かったのだが、周りから見たら甘やかしていたのか、鈴鹿はいつも甘いと言う。
「聖冬様が居なくなってから、聖家の人たちを甘やかすのは、鈴鹿さんと斑鳩ちゃんだけになりましたもんね」
「そうかな。さっきも言ったように、甘やかしているつもりは無いのだが」
「甘やかし癖があるから自覚が無いだけじゃないのですか? つもりはあくまでつもりですから」
七凪は迫るように、顔を近付ける。
「そう言われてもな……皆には寂しい思いをさせたくないからな。勿論七凪にも。甘やかして見えるのはその所為せいかもしれないな」
アルカナは近付いてきた七凪の額に、自分の額を合わせる。
「入っても構わないだろうか?」
ノックが三回部屋に響いた後、エルトの声が聞こえてくる。
「どうぞ。エルト・サンイルーチェ」
七凪が向かいの椅子に戻った後、ドアの向こうのエルトに返す。
七凪が返事を全て言い終えた後に、ドアが開く。
「改めて、失礼致します。ストレント帝国皇帝陛下。南タリアスが国主、ティエオラ・ルーシュとの御会談の準備が整いました」
エルトはそう言い、七凪に移動を促す。
七凪が立ち上がると、エルトがこちらに目配せをする。
その目配せの意味を察し、了解の意を示す為に頷く。
都子を抱き抱え、車椅子に座る。
「では、参りましょう皇帝陛下」
エルトと一緒に部屋を出て、違う方向に車椅子を向ける。
「お兄ちゃん、何をする気なの?」
都子が目を開けてこちらを見ている。
「出撃準備をな」
都子が膝の上から降りる。
「言いたい事は分かってるわ。盗み聞きは感心しない。でしょ?」
「分かっているならやらない。聖家たるもの堂々と……」
「でも、情報を集めるのは最も大事って。何処かの殺し屋さんに教えて貰ったたけど?」
都子はスカートを少したくしあげて、太股のホルスターから銃を取り出す。
「それはさぞ腕の悪い殺し屋なんだな」
言うと、都子はアルカナの額に銃口を突き付ける。
「その殺し屋は、世界最高峰の腕と評価されていたわ。今回は何が目的の戦闘準備?」
「いくら都子でも教えられないな」
アルカナは全く動じず、自分より背の低い都子の目をじっと見る。
「状況分ってるの? 私が撃てないとでも思ってる?」
都子が引き金に指を掛ける。
「どうぞ。狙うなら確実に絶命する箇所を撃てよ」
挑発に乗った都子が、躊躇わずに引き金を引く。
が、どれだけ時間が経っても発砲音が響かない。
都子が驚いた顔で何度も引き金を引くが、手の中のコルトガバメントはピクリともしない。
「なんで? 整備不良は無い筈なのに……」
アルカナは都子の顔の前に、握った拳を伸ばす。
その手を開くと、手の中のから弾丸がぱらぱらと落ちる。
「これが世界最高峰の力だ。なーんてな」
アルカナの笑顔に対し、都子は何処で弾を抜かれたのか、理解出来ないと言うような顔をしている。
「やっぱり世界最高峰にはまだまだ届かないか……」
都子は弾丸を一つ一つ拾い、コルトガバメントをホルスターに入れる。
「それ私のガバメントだろ。その白いオリジナル塗装と紅い弾丸は、世界で私だけだ」
都子にてを差し出し、コルトガバメントと弾丸、マガジンを渡すように促す。
「こんな所で時間を潰してる暇は無いんじゃないの?」
あまり時間が無いので、ここら辺で切り上げる。
「暫くは預けておくけど、次会った時は返すんだぞ」
アルカナは都子の両頬に手を添えて、ぐにぐにと揉む。
都子は鬱陶しそうな顔をするが、手を払おうとしない。
「じゃあ、私もその作戦に勝手に参加するから。私に出来ることがあったら言ってね」
「なら一緒に来てくれ。この国の現状と目的を全て話す。が、聞いてしまったら、目的を果たすまで国外に出るのは禁止する」
都子は「上等」と言い、後に付いてくる。
砦から出ると、ストレント帝国の天幕がずらりと並んでいる。
その中でも、一際大きい天幕に入る。
「失礼します。南タリアス国のアルカナと申します。ティエオラ王の側近を務めさせて頂いております」
剣の柄に手を掛ける騎士に深く頭を下げ、敵意が無いことを示す。
「何の用だ。動かずに要件だけを言え」
「では簡潔に申し上げます。シグルド殿は何方でしょうか」
その言葉を聞き、一人の騎士が前に出る。
「シグルドは私です。南タリアス国のアルカナ。噂は聞いております。会えて光栄です」
目の前のシグルドと名乗った騎士は、左手を差し出してくる
アルカナは出された手を取り、握手を交わす。
「こちらこそ会えて光栄です。今回は挨拶だけですが。またいつか共に戦う機会もあると思いますので。どのようなお方か、確かめに来れて良かったです」
「噂のアルカナ殿の戦い方が、どの様な物なのかとても楽しみです」
ストレント帝国の天幕を後にし、再び砦向かう。
「どう思う都子」
車椅子を押してくれている都子に、感じたことを聞いてみる。
「どうってねえ。まだ足りないわ。北タリアス兵の方が練度は一枚上手」
「そうか。今から王都に帰還するが、都子は付いてくるか?」
「付いて行かないと。その体でどう馬に乗るって言うの?」
「この体でも頑張れば乗れるからな。馬くらい」
言うと、都子に頭を撫でられる。
「はいはい。付いて行ってあげるから。ここからだと王都まで早くて三日よ?」
「御言葉に甘えさせてもらうよ。王都まで二日で行けるか?」
「休まずに行けばぎりぎり大丈夫だと思うわ」
「よし、休まずに行こうか。大変だと思うが、同行頼む」
ーーーーーーーー
ベッドで寝ているアルマを膝の上に乗せ、馬小屋に行く為に部屋を出る。
自由に動くことの出来ないアルカナとアルマは、都子の押す台車の上の、武器を入れる為の木箱の中に身を隠す。
「お兄ちゃん。アルマは胸が大きいから狭いと思うけど、我慢しててね」
木箱の大きさからして余裕があると思っていたが、いざ入ってみると余裕どころか、窮屈に感じる。
周りの騎士に気取られないように、真夜中に砦を出る。
馬小屋から馬を二匹借り、都子の補助を借りて馬に乗る。
さらに寝ているアルマを前に乗せて、落ちない様に、体と体を紐で結ぶ。
都子が馬に乗ったのを確認し、馬のお尻を蹴る。
月の明かりだけを頼りにして、星座で方角を確認しながら王都に発つ。
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